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EP.3 - 5

 尻尾炎上事件から一日経ったが、コアンとの関係は修復していない。


 彼女は特に塞ぎ込んだ様子も無く、良好な健康状態の様だ。

 食事風景もいつも通りでひと安心といったところだが、まるでひと摘まみ千切られたパンの様に欠けた尻尾は痛々しかった。


 ユーシィはコアンに俺を渡そうとしたが受け取りを拒否された為、現在のスマホ所有者はユーシィである。




(いやぁ~、お嬢とは違う意味で気が休まらんな、これは)


 俺はユーシィの寝室で朝を迎えた。


 カメラを切り替えて彼女の着替え姿を見ないようにしてはいる。

 だが布の擦れる音に想像力を掻き立てられてしまい、どうにも落ち着かない。


 現在の俺はテーブルの上でケースを支えに横向きに立たされていて、インカメラに切り替えれば部屋の様子が大体分かる、若干上向きだが悪くないアングルだ。


 着替えが終わったユーシィにスマホが操作され、カメラが起動し自撮りモードに切り替えられた。


 彼女は相変わらず紅白の衣装を見に纏っている。

 クローゼットには違うデザインの服もあるが、エンジークの正装であろうこの服以外を着て表に出る事は殆ど無い。


(うーむ、可愛いな……)


 俺を見つめながらブラシで亜麻色の髪を梳かすユーシィの姿にうっかり見蕩れてしまう。


 寝室には鏡が無い。

 この建物で鏡が設置されている場所は、厨房の入り口付近にある洗面所か、風呂場の脱衣所である。

 なので、一度寝室を出ないとしっかりとした身支度が出来ない。

 キースに出会(でくわ)す前に極力万全の状態に近付けたいと考えたユーシィは、俺を鏡代わりにする事を思いついたのだろう。


(アイツ、あんまりそういうの気にしないと思うんだけどな)


 現在はコアンとユーシィ、そしてキースが教会で生活している。

 一緒に居る事が多いユーシィとキースだが、二人の距離が縮まっていく様子は全く無い。

 これだけ興味を惹こうと頑張っているユーシィを相手にしようともしない朴念仁に腹(無い)が立ってきた。


(男としてどーなんだそれは……こちとら超長距離片想いしてるっつーのによぉ!)


 若くて見た目も申し分無く家事全般こなす事が出来るハイスペックな女の子ユーシィ。

 彼女が一回り年上であろう無愛想な男にこうも熱を上げているのは何故なのか。


(この世界の聖職者って、もしかして超優良物件……?)


 男達に大人気のユーシィ、そしてコアンの件もある。

 キース優良物件説、案外的を射ているのではないだろうか。


 初めて会った時に見たユーシィの敵意剥き出しの眼光。

 あれは得体の知れぬ狐娘に獲物を取られまいと繰り出した牽制の一撃なのかもしれない。


(それなら納得いく……っていうか、そうでなきゃ納得いかねぇ!)


 色々と理屈を捏ねているが、結局は嫉妬である。




 身支度を終えて朝食を取る為に厨房へ向かうユーシィ。

 その途中、朝食を終えたらしいコアンと擦れ違った。


「コアン?」


 いつも一緒に食事をしていたのだが今日は妙に早い。

 不審に思ったか、ユーシィはコアンを呼び止めた。


「………………やだっ!!」


(あっ、逃げやがった!)


 コアンはユーシィが制止するのを無視して走り去ってしまった。


「ナァ~……」


 ユーシィが溜息と共に発した異世界語は、主に非難する時に使われる感動詞の類であろう事が解っている。


 コアンがユーシィから逃げた理由は明白であった。


 昨日、俺に尻尾を焼かれたコアンに更なる悲劇が起きていた。

 朝食後、キースとユーシィに連れられて教会のホールへ向かったコアン。

 俺はそこで、いつもと変わらず言語研究の為に学者達に弄り倒されていたのだが、コアンとキース、そしてユーシィは別の事をしていた。


 異世界語レッスンである。


 当然と言えば当然だ。

 あれだけ祝われたのだ、ニーレンジークとは、それはそれは重要な職であろう。

 その職に就いた者と意思の疎通が出来ないとあっては任命した意味が無い。


 学者達は引き続きコアンの扱う言語の研究を続ける。

 キースとユーシィはコアンに異世界語を教える。

 双方向のアプローチで意思疎通の円滑化を効率良く進めようという算段だったのだろう。


 しかしその目論見は二日目の今日にして早くも崩れ去った。


 昨日から随分不満を漏らしていたコアン。

 尻尾を焼かれた事に因るストレスもあったかもしれない。


 今まで文句を言いつつも従っていた狐娘がついに反旗を翻した。


(まあ、仕方ないか……)


 スマホの俺は彼女を追う事が出来ない。

 判断はキース達に任せて俺は学者連中に身を任せるしかない。


(やるせないなぁ)


 俺は、意思を持ちながら他人の業に翻弄されるだけの己の無力さと境遇を嘆いた。




 ――――直ぐに解決すると過信していた狐の逃亡劇は、思わぬ大事となった。




「コアーーーン!」


 薄暗くなった夕刻、厚手の外套を羽織ったキースの大きな声が辺りに響いた。


 昼食時になっても帰って来る気配の無いコアンを捜索し始め、気が付けば夕食時も過ぎ去ろうとしていた。


 昼間、キースとユーシィが集落中を見て回ったがコアンの姿は無かった。

 その後の動向から察するに、教会の裏手の茂みに入っていったという情報を得て、捜索範囲をそちらに延ばしたと思われる。


 キースの声は良く響く。

 加えてコアンの聴力はかなり高い。

 彼女にとってキースは、餌をくれる飼い主のようなものだ。

 迷子になってお腹を空かせた彼女の耳にキースの声が届けば、直ぐにでも駆け寄ってくるだろう。


 しかしその気配は無い。


(迷子というより逃亡者だもんな、そうそう姿は現さないか)




 草を分け歩み進むキースとユーシィ。

 キースと同様に厚手の外套を羽織ったユーシィは、コアンに倣い俺を腰に挿している。


(こんな状況でなければ良い意味でドキドキ出来たんだがなぁ……)


 ざわざわと鳴り、時折視界を遮る雑草達。

 ざらついたその表面に心まで撫でられているかの様な気分で、とてもじゃないが情欲に身を任せる気になれない。


 遠くの方でコアンの名を呼ぶ声が聞こえた。


 捜索は大人数で行なわれている。

 皆コアンを心配してくれている様だ、有り難い。


 折角誕生した聖職者がたったの二日で失踪。

 逃げた当人が無事であれば笑い話にも出来ようものだが、それを確認するまでは気が気でない。




 どれ程進んだだろうか。

 行く手を阻んでいた雑草の姿は無くなり、開けた場所に出た様だ。


 ついに陽はほぼ隠れて暗くなり、辺りを見渡すことは出来ない。

 キースとユーシィは持参したランタンの灯心に、二種類の鉱石を打ち合わせて火花を発生させる小型の着火装置で火を灯した。


 ランタンの灯りで少しだけ視界が広がり、暗闇にぼんやりと建造物が映った。


(家だ……廃村か?)


 ぽつぽつと小さな平屋の家が疎らに建っている。

 暗くなっても灯りが点いていないので、人は住んでいないだろう。


「コアーーーーーン!」


 ユーシィが叫ぶ。

 立ち止まって暫く返事を待つが、コアンの声は返ってこない。

 此処には居ないのだろうか。



 キースとユーシィは二手に別れて廃屋群を虱潰(しらみつぶ)しに探す事にしたようだ。



 廃屋の捜索を開始したユーシィ。

 一軒目の扉をゆっくりと開け、屋内をランタンで照らす。

 ランタンを持つ手が震えているらしく、カタカタと音が鳴っている。


(怖いのかなぁ……キースと一緒に見て回っても良かったのに……)


 恐怖心と天秤に掛け、効率を優先したのだろう――――偉いぞユーシィ。


 灯りで照らされて中の様子がはっきりと見えた。

 随分荒れていて足の踏み場が少なく、入って捜索するのは難しそうだ。


「コアーン……?」


 ユーシィは控えめな声量でコアンを呼んだ。


 ――――返事は無い、無人だった様だ。


 深い溜息を吐くと、扉を閉めるユーシィ。



 二軒目、三軒目と同じ様に捜索するが、人の気配は全く無かった。



 次いで辿り着いた四軒目の扉が開かれ、屋内が照らされた。

 他の家よりも若干広めで、所々床が抜けているがそれ程荒れた様子は無い。


(………………当たりだ)


 人の気配は未だ感じられない。

 しかし見覚えのある物が落ちていた。



 麻袋の服だ。



 初めてコアンと出会った時に彼女が着ていた防具が数着、乱雑に置かれている。

 恐らく俺と出会う前は此処を根城にしていたのだろう。

 そして腹が減る度に教会へ盗み食いをしに行っていたのだ。


(しかし、こんなとこでずっと生活してたのか……?)


 雨風は凌げるだろうが、冬場はかなり冷え込む。

 年端も行かない女の子が、凍死の可能性すら有る生活を強いられていたかと思うと胸(無い)が痛んだ。


「コアーーーン……」


 ユーシィは屋内に一歩踏み入ってコアンを呼んだ。


 ――――が、返事は無い。


(居ると思うんだけどなー)


 コアンの思考パターンは単純だ。

 彼女がパッと思い付く他所の寝床と言えば此処しかない。

 暗くて奥までは良く見えないが、彼女が以前に住んでいた痕跡がある此処が正解の筈だ。


 しかし、ユーシィは深く溜息を吐きながら屋外へ出ようとした。


(待て待て待て! もっと良く探してくれ!)




≪I'm here≫

「ヒッ!?」

「ふぇぁっ!?」




 俺は慌てて大音量でユーシィを引き止めた。


「………………コアン?」


(居たな……)


 俺とユーシィは大きな音に驚いた狐娘の間抜け声を聞き逃さなかった。


 ランタンで照らしながら奥に進むと、隅に麻袋の山が出来ていた。

 間違いなく中にコアンが居る、何せ尻尾がはみ出しているのだから。


「コアン……ッ!」


 ユーシィが上ずった声でコアンに声をかける――――うんうん、見つかって良かったねぇ。



「……………………いません」



 鼻が詰まった様な声――――恐らく鼻を摘みながら出した声が返ってきた。


(そんな言葉の返事が出来る人間、この辺りじゃお嬢しか居ませんから……)


 隅に出来た茶色い物体に歩み寄り、ランタンを足元に置いたユーシィ。

 恐怖心と戦う為に張っていた緊張の糸が切れたのか、

 コアンが見つかって嬉しかったのか、

 ユーシィはスンスン鼻を鳴らしながら丁寧に一枚ずつ麻袋を降ろしていく。



 崩された麻袋の山、そこには蹲った狐娘の姿があった。



「………………いません」

(――――――――往生際悪過ぎだろ!)



 ユーシィは声を上げて泣きながらコアンを起こし、抱きついた。


「ぐあぁぁぁぁ! しめころされるぅぅぅーーッ!!」


(感動のご対面が台無しだなオイ!)



 俺の出した音か、

 ユーシィの泣き声か、

 それともコアンの叫び声か、

 何れかが辺りに居た人々を呼んだ。


 そして大喝采のもと、フォックスハンティングは無事終了となったのだった。

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