EP.3 - 4
【先週更新分のあらすじ】
討伐した大型の獣は集落の住民達の胃袋へと消えていった。思わぬカリスマ性を発揮したコアンは特別な存在として見られ、『ニーレンジーク』という、聖職者か、それに準ずるものであろう役職を与えられた。
コアンの、『ニーレンジーク』という役職の任命式は盛大に行なわれた。
一応は聖職者が取り仕切る式典の筈なのに、とんでもない馬鹿騒ぎだった。
飲めや歌えの大宴会で、厳粛なムードであったのはキースの顔くらいだ。
そんなキースでさえも周りの者に煽られ、無表情で瓶に入った果実酒をラッパ飲みし出す始末。
とても教会の中とは思えない風景であったが、楽しそうで何よりである。
秋から冬にかけての時期に移住してきた者達の多くは青年層だ。
彼らの影響で集落の雰囲気は随分変わった。
今まで農作業に従事していた高齢者は仕事もそこそこに引き上げる事が多くなり、汗を流して働くのは若者に変わっていった。
そして、日が暮れると人影が消えていた今までとは違い、夜遅くまで外に人の気配がする異常事態だ。
全てはコアンの存在がそうさせたのだ――――と、言いたいところだが実情は少し複雑だった。
移住してきた者達のうち、青年男性の多くは間違いなくユーシィのファンだ。
微妙な表情のユーシィを囲み、楽しそうに話し込む一回りは年上であろう男達の姿を良く見かけるようになった。このロリコンどもめ。
無論、ユーシィ本人ではなくエンジークという役職が人気である可能性も無い訳ではない。
数ヶ月前に突然現れた余所者のコアンでさえあれだけ盛大に祝われたのだ、案外『嫁にするならエンジーク』とか何とか言われていて、早い内から唾をつけておこうと考える者が多いのかもしれない。
というわけで、人が増えたロジックは恐らくこうだ。
天気を予想出来る未知の言語を操るコアンが現れる。
言語を解読する為にキースが学者達を呼ぶ。
キースに会いたいが為にユーシィが学者達に付いて来る。
ユーシィを追ってファンが大挙して押し寄せた。
この集落に人を呼び込んだのは、どう見てもユーシィだ。
だが、切欠がコアンであった事に変わりは無い。
――――俺も、それなりに貢献したと思う。
(……まあ、理由なんてどうでもいいか)
この集落で、ニーレンジークのコアンと共に暮らす。
求心力のある者が居るこの教会で生活していれば、きっと徳を積むチャンスは訪れるだろう。
そして転生する資格を得たら――――
(死ぬ、のか……)
正直、転生出来る状態になったら直ぐにでも逝きたいところではある。
しかし、だからと言って自ら命を絶てば、下手したら転生チャンスを失う事になりかねない。
徳というものには確かそういう概念があった筈だ。
(ていうか、『自ら命を絶つ』方法が思いつかないな……)
――――では壊れるのを待つか。
この体、異常に頑丈だが本当に壊れるのだろうか。
――――バッテリーがゼロになったらどうか。
随分アプリを使い倒しているが残量は未だ100パーセントである。
(俺、もしかして不死身?)
不死身は困る、転生出来ない。
ゴールテープを切った後のウィニングランが未来永劫続くなんて、全く以って酷い話だ。
家に帰るまでが――――って良く言うだろう。
辿り着かなければならないのはゴールのずっと先、人それぞれの『帰る場所』だ。
朝、目が覚めて起き上がったベッドの上。
行ってきますと声をかけ家族に見送られた玄関。
それらこそが本当のゴールなのだ。
不死であるが故に苦悩する、そんな主人公を書いた作品を何処かで読んだ。
読破した訳では無いので俺は結末を知らない、彼は幸せになれたのだろうか。
――――俺は、死ねるだろうか。
ピンチは何度かあった。
だがその度に、まるで何かに護られているかの様に事なきを得ている。
死の影は未だその姿を現さない。
だが、その存在を示唆するものが俺の中にあった。
破損した画像ファイルだ。
壊れたファイルは、俺が『壊れる』という概念を内包している――――つまり、死に近付く事が出来る存在である可能性を示唆していると言えなくもない。
(結局、真歩ちゃんかぁ……)
消えた美少女JKの姿が俺に希望を与えてくれた。
(きっと俺は真歩ちゃんと結ばれる運命にあるんだ、そうに違いない! よし、元気出てきた!)
見当違いな考えなのかもしれない。
だが、お陰で今この時をポジティブな気持ちでやり過ごす事が出来た。
――――それだけでも有り難い。
俺は1kb未満の画像ファイルに感謝の念を送った。
楽しかった大宴会の翌日、事件が起こった――――。
「ばかやろー!! おまえなんかきらいだーーー!!」
勢い良く寝室の扉を閉め走り去るコアン。
彼女に罵声を浴びせられたのは――――俺だ。
(嫌いとか言った癖に自分の寝床に置いて行く辺り、やっぱ抜けてるよな)
彼女の機嫌を損ねて罵倒されるなんてのは良く有る事だ。
毎度叩かれたり、放り投げられたりしても、数分後には何事も無かったかの様にけものピラーで遊ぶ狐娘の顔が目の前にあった。
だが今回の事件は少々厄介だ。
つい先程の出来事であった。
いつもの様にアラームで起こされたコアン。
俺を寝惚け眼で見つめる彼女は、付着していた埃が気になったのか、尻尾で画面を拭った。
すると、体に一瞬だけ刺す様な刺激が走り、俺はベッドの上に放り投げられた。
静電気が発生したのだという事は直ぐに理解出来た。
仰向け(?)で寝転がり、また怒鳴られるのかと覚悟を決めた俺の聴覚は、予想外のコアンの声を拾った。
――――――熱い。
彼女は確かにそう叫んだ。
何度も「熱い」と悲鳴を上げ、バタバタと暴れ回る音が聞こえた。
どうやら、スマホと擦り合わせた事に因って発生した静電気が原因で尻尾が燃えてしまったらしい。
何とか火を消す事は出来た様だが、彼女は暫く声にならない声で苦痛を訴えたのだった。
(わざとじゃないんだけど、悪い事したなぁ……)
任意に発火出来る機能なんてものは備わっていないし、火属性魔法が使える訳でも無い。
だが結果として尻尾に火を点けてしまった、酷い目に遭わせた俺を彼女は許してくれるだろうか。
(……いや、寧ろ暫く距離を置いた方が良いかもしれない)
大声で俺に罵声を浴びせ走り去る事が出来たのだから、きっと被害は軽微だ。
しかし次もそうだとは限らない。
獣毛は静電気が起き難いと言われている。
油分が含まれているからなのだそうだ。
しかし飽く迄も『起き難い』であって、絶対に静電気が発生しないと保証されている訳ではない。
超帯電体質である俺に近付ければ発生頻度は跳ね上がるだろう。
今の季節、湿度がかなり低く空気は乾燥している。
静電気は発生するものと考えたほうがいい。
発火が起きる原因を抑えられないのであれば、燃える物質の方を何とかするしかない。
(そういえばお嬢、昨日風呂入ってないな)
酔っ払いに絡まれながら、尽きることの無い料理を摘み続け、疲労がピークに達したコアンはホールで眠ってしまった。
寝室に担ぎ込まれた彼女の尻尾には様々な物質が付着していただろう。
それらの何れかが低い発火点を持っていて、静電気放電の熱により発火した。
そして優秀な着火材でもある尻尾は、自らが含む油分の補助も有り燃え上がってしまった。
(俺に近寄ると火傷するぜってか……いや参ったね)
俺も罪作りな男だな。
主に放火犯的な意味で。
(ちゃんと風呂に入らせよう、静電気も怖いが火事はもっと怖い)
尻尾を洗い流せば汚れと共に油分も多少落ちる、それは静電気発生のリスクを負うという事だ。
俺を構成する電子部品達にとってそれは十分脅威となる。
実際、静電気が発生した時に刺す様な痛みを感じた。
スマホに痛覚が存在するとは思えない、つまりこれは命の危機を知らせる信号だと考えられる。
静電気が体に与える影響に因って俺は死ぬかもしれない。
俺の人生(?)が有限である可能性が、また少しだけ高まった。
だが限り有る己の命を守る為に所有者を危機に晒す訳にはいかない。
(身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ――――って、言うもんな)
悪い気はしない、寧ろ好都合だ。
真歩ちゃんを護った時の様に、俺は命を危険に晒してでもコアンの無事を願う。
それこそ俺がすべき生き方、俺の行くべき運命の道程なのだ。
(……お?)
ベッドに放置されていた俺は誰かに掴み上げられたようだ。
(ユーシィか、おはよう)
フリップが開かれ、白いチュニックに毛糸の上着を羽織ったユーシィの姿が視界に映る。
コアンの怒鳴り声が気になって着の身着ままで此処まで来たのだろう。
ぼんやりとホーム画面を眺める、こういう時の彼女の行動は決まっていた。
(分ってるよ、いつものヤツね)
俺は画像ビューワーを開いてみせた。
するとユーシィは画面をスクロールさせ、あの画像を探し出し、開いた。
彼女とキースのツーショット画像だ。
画像を暫く眺めた後、深い溜息を一つ吐くユーシィ。
その表情から複雑な心境が見て取れ、こちらも何とも言えない気持ちになった。
(ごめんなユーシィ。スマホには、あの山を動かす手助けは出来そうもないよ)
キューピットの放つ矢すらも弾き返しかねないキースを、スマホ如きがどうして動かせようか。
それはまるで縁日の屋台に飾られた、接着剤で固定されビクともしない射的の景品の様だ。
あれが欲しいと何度も撃つ彼女の根が尽きるが先か、接着面に張った根が抜けるが先か。
(あっ……と、しまった!)
彼女の行く末を案じて物思いに耽っていた為、フリップが閉じられる気配を察することが出来なかった。
閉じられる寸前で視界をアウトカメラに移すという動作にも随分慣れたが、不意を突かれればこんなもんだ。
ユーシィは何処かへ移動を始めた。
寝巻き姿の彼女が行く先は十中八九、自分の寝室だろう。
(う、うむ……なんだか興奮――――いやいや、いかんいかん)
寝巻きから普段着に着替えるユーシィの姿――――ええ、正直見たいです、とっても。
しかし「つい出来心で」なんて安い言い訳で防御をしたところで、ガードの上からごりごり徳が削られるのは目に見えている。
誘惑に負けてしまう前に目を塞がれて良かった。
程無くしてユーシィは自分の寝室に辿り着いた。
寝室に着いて早々、彼女にフリップを開かれてしまった俺は視界をアウトカメラに切り替えて様子を見る事にした。
俺の視界にはテーブルの天板が間近で映っている。
(スマホケースって、良く出来てるよな)
ケースの背面側は中央で横に折れ曲がる。
その状態でフリップを下にしてスマホを置くと、ケースを支えにして立て掛ける事が出来るのだ。
(あっ!? ちょっ……まままま待って、心の準備が……)
ユーシィのあられもない姿を見ない様に背面へと視界を移したのだが、彼女自身に依って振り向かされてしまった。
カメラを起動した彼女は自撮りモードに切り替え、自分の顔をチェックし始めた。
(あーはいはい! アンキモ、可愛いから! もう閉じるよ、いいよね?)
広く開いたチュニックの首元が俺を執拗に誘い込む。
彼女は目の前の道具に意思が有って自分の姿を凝視している事を知らない。
駆け巡る背徳感が俺の体を震わせた。
バイブによる振動でガタガタと音が鳴り、顔のチェックに夢中だったユーシィはハッと我に返る。
そしてクローゼットに駆け寄ると、中からいつもの白いブラウスと赤いロングスカートを取り出した。
(…………ん?)
いつもの服の他に、何かの道具をクローゼットから取り出したユーシィ。
彼女の手に握られていたのは――――
(多分、短刀だな)
木製の柄と鞘の、刃渡り10センチ強の短刀だと思われる。
(なんだか物騒だなぁ)
異世界の世情を知らない身であるからそう感じるだけで、護身用に刃物を携帯するのが普通なのかもしれない。
だが、初めて会った時に見た、あの禍々しい眼差しを思い出して良からぬ考えが脳裏を過ぎった。
(だ、大丈夫だよなユーシィ……聖職者だもんな?)
数ヶ月観察して、その振る舞いから彼女が悪い人間で無い事は分かっている。
間違いさえ起こらなければ、彼女がその手を他人の血で染める事はきっと無いだろう。
(うんうん、若干色ボケの素質が見え隠れしてるけどユーシィは良い子だからあぁぁーーーーーっと!)
考え事をしていて、彼女から視線を逸らす為にカメラを切り替えるのを忘れていた。
俺の視線が向いているにも関わらず大胆に服を脱ぎ出したユーシィ。
彼女の柔肌が露になる様を捉えた映像は、いつもとは違う場所に、画像ビューワーでは閲覧出来ない形式でしっかりと記録されたのだった。




