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EP.3 - 3

 ――――――冬。



 太陽が空にその姿を現しているにも関わらず外気温が氷点下に届こうかというこの季節はもう、そう呼んでも良いだろう。

 約八ヶ月ここで暮らし、元の世界で見た四季がここにも存在する事がほぼ確定した。


 秋から冬にかけての間、集落に大変革が起きた。


 其処彼処(そこかしこ)で新しい家が建ち、見慣れぬ人と擦れ違う事が増え、嘗ての閑散とした風景は無くなっていた。



 人口が急増したのだ。



 この集落に人を呼び込んだものは何か。

 それは答えを勿体振る隙も無い程に明確であった。



「コアン、トマレ!」


「む~……めーれーすんなよえらそーに……」



 昼食を済ませたコアンは現在、伸ばし放題であったクリーム色の髪に鋏を入れて貰っている。


 脱衣場で行なわれているコアンの散髪を担当しているのはユーシィだ。

 彼女はもぞもぞと動き落ち着きの無いコアンに『トマレ』と言った。

 この言葉は異世界語ではない、日本語の『止まれ』である。


 学者達の言語研究は俺が想像していた以上に早いペースで成果を出している。

 流石にまだ会話と呼べる程のものは出来ないが、単純な指示をコアンに伝えることくらいは出来るようになった。


「メ、シメル!」


「ふぇ~い」


 ユーシィの指示に間の抜けた返事を返すコアン。

 コアンに目を閉じさせると、前髪の仕上げに取り掛かるユーシィ。

 その隣では青眼鏡っ娘がスマホを構えている。

 俺は現在録画中の状態だ。


「オワリ~」


「やっとおわったかー」


 椅子から飛び降りてさっさと逃げようとするコアンの肩をむんずと掴んだユーシィ。

 彼女は腰に挿していた獣毛らしき素材のブラシを手に取ると、それでコアンの髪を梳かし始めた。


「おわりじゃないのかよ……」


(何が終わったかまで伝えられるようになるかねぇ……)


 初めてキースから異世界語を聞いた時の絶望感が最早懐かしい。


 あの頃見たコアンの髪は肩に掛かる程度だったが、現在は胸(無い)の辺りまでに達していた。

 今回はそれに手を加える事になったのだが、全体を軽く()いた後に前髪の長さを調節した程度であった。


(あまり変わった気がしないけど、そういうもんなのかな)


 本当にこれで終わりなのかと疑問に思いつつ眺めていると、ユーシィが腕に巻いていた幅一センチ強の白い紐を解いたのが見えた。

 彼女はその紐でコアンの髪を結わえていく。


「なんだぁ~?」


 後ろで何をされているのか確認のしようがないコアンは、仕方なくされるが儘になっている。



 程無くしてコアンの新しいヘアースタイルは完成した。



 二つに纏められた長いおさげ髪は首元から前に垂れ、伸ばしっ放しで毛量の多いロングヘアーだった以前と比べて野暮ったさが無くなりスッキリした見た目になっている。


「む……これ……くびのとこ、さむくないか?」


(ああ、それは確かにそうだな)


 夏場なら良いかもしれないが今は冬だ。

 とても可愛らしい髪型だがスタイリストのエゴが少々出しゃばり過ぎたか。


「マークェイ」


 その時、脱衣場の扉が開いてキースが現れた。

 彼が抱える籠には服が入っているようだ。


「………………ユーシィ」


(言い直した!?)


 こちらからユーシィの表情は見えないが、相当嫌そうな顔をしていたのだろう。

 キースは改めてユーシィの名を呼んだ。


 ――――『マークェイ』はユーシィのもう一つの名だと思われる。


 要するに、ファーストネームとファミリーネームみたいなものだろう。

 お堅いキースだけが呼んでいた『マークェイ』という名の扱いはファミリーネームに近いと思われる。

 この世界での常識は分からないが、普段使いではあまり好まれない格式ばった呼び方なのかもしれない。

 少しでも彼との距離を縮めたいユーシィはファーストネームに相当する呼び名を強く望んだのだ。


(めんどく……いやいや、健気だねぇ……)


 見事、望んだ呼び名で呼ばれるようになったユーシィの恋はついに一歩前進したのだろう、めでたしめでたし。


 キースは服の入った籠を床に置くと、そそくさと脱衣場を後にした。


「ハァ~……」

(はぁ~……)


 青眼鏡っ娘の溜息が俺の気持ちとハーモニーを奏でた。

 傍から見ても一目瞭然なユーシィの恋心を、ハートが分厚い筋肉で守られてでもいるかのように事も無げに弾き返すキースには、きっと皆が呆れているだろう。


「コアン、コウカン」


 キースの素っ気無い態度には慣れているのか、ユーシィは何事も無かったかの様に籠から服を取り出すとコアンに差し出した。


「こーかん? あたらしいぼうぐか!?」


 支給された防具は相変わらず防御力皆無の、どう見ても服だ。


(あれ? これってもしかして……)


 服のデザインに見覚えがあった。

 袖口の広い白のブラウスと細かいプリーツの入った赤のスカート、これはユーシィが着ている似非巫女装束と同様のものだ。


「うわぁ……しわしわおばさんになっちゃうじゃん……」


(どんな呪いだよ……)


 コアンは文句を言いつつも着替え始めた。

 着替え動画まで保存してしまうのは非常に(まず)いので、録画状態であったカメラアプリを強制終了させる事にした。



 俺と青眼鏡っ娘がカメラの主導権争いをしている間にコアンの着替えは終わった。



 スカートには尻尾用のスリットが入っている様で、立派な尻尾はスカートの中に閉じ込められる事無く自由を満喫している。

 尻尾の付け根の部分にはチャームポイントの蝶結びが赤い腰紐で作られていた。


(これは、『たまちゃん』だな……)


 言語研究で頻繁に使用されるクイズゲームのナビゲート役である狐娘『珠萌(たまえ)』通称たまちゃんは、巫女装束をモチーフにしたコスチュームを見につけている。

 色々と足りないところはあるが、今のコアンの姿はたまちゃんのコスプレと言えなくもない。

 誰かがたまちゃんとコアン、そしてユーシィの服との類似点から着想を得て、この服を着せようと思いついたのだろう。


(まさかリアル狐巫女を見る事になろうとは……流石は異世界だ)


 巫女とは程遠いイメージのコアンだが、ユーシィも聖職者の癖に割と()()なので気にしない事にした。



 手早く脱衣場の掃除を済ませたユーシィ。

 彼女はまだ用事があるようで、コアンの手を引いて脱衣場を出た。


「なんだよ~、まだおわりじゃないのか~?」


 流石に焦れてきたコアンはユーシィに問うが、単語でのやり取りで無いと伝わり難いせいか無視された。



 ユーシィとコアン、そして俺を持った青眼鏡っ娘はエントランスホールに辿り着いた。



「うお……なんだこいつら……」


 ホールには沢山の人が集まっていて、ざわめいている。


 現在は昼過ぎでまだ明るい時間だ。

 祈祷は(イーズ)の見える夜に行なわれるのが通例であり、日中の教会に人が集まるのは珍しい。


「エンジーク、マークェイ」


 祈祷時の定位置である台座の前に立つキースがこちらに声をかけてきた。

 するとユーシィはコアンの手を引き、黙ってキースのもとに歩み寄る。


(一体何が始まるんだろ……)


 この集落に来たばかりの頃、同じ様な状況があった。

 あの時はコアンに名前が付けられたが、今回は何をされるのだろう。


「ニーレンジーク」


 キースがコアンをこの名で呼ぶのは、恐らく初めてだ。


「その……にーなんとかいうの、ながくてわからん……」


(覚えようとしてないだけだろ……)


 この『ニーレンジーク』という単語、ユーシィの名をキースが呼ぶときに付ける『エンジーク』という言葉に酷似している。

 派生語と捉えて問題ないと思われるが、意味を知らない。


 だが、キースが今のコアンに向けて初めてその名を呼んだ事から、その意味を推測する事が出来る。


 この『エンジーク』または『ニーレンジーク』という単語は、聖職者を意味していると思われる。

 そして、何時だったか、キースが『コーシーキース』と呼ばれた事があった。

 この事から『エンジーク』、そしてその派生語『ニーレンジーク』は女性の聖職者を表す言葉であり、『コーシー』は男性聖職者を表すのではないかと推測出来る。


 コアンは、いつの間にか集落の住民達から聖職者と見られていたのだ。


 そして今日、ユーシィと同じ服を着せられて皆の前に立たされたという事は――――


「…………ハインザウト」


 キースは、台座に乗せてあった白い布をコアンに手渡した。

 その様子を青眼鏡っ娘が俺で録画している。


(何でも撮りたがるな、この眼鏡は)


 白い布は、ローブの様であった。


「おー! ふかふかだ!」


 ところどころにキースが着ていたローブに似た文様が描かれているが全体のデザインは違っている。

 フードや袖などの縁がグレーの獣毛で覆われていて暖かそうであるが丈は腰ほどまでしか無い、ハーフファーローブとでも呼ぶべきだろうか。


 コアンは早速ローブを羽織った。サイズは問題ないようだ。


「アンキモ……」


 どうやら青眼鏡っ娘はあのローブのデザインを気に入ったらしい。



 聖職者と同様の服とローブを与えられ、そして聖職者の名で呼ばれたコアン。

 彼女はこの場で正式に聖職者、若しくはそれに準ずる者の資格を与えられたのだろう。



 俺の所有者は、この集落で重要なポジションについてくれた。


(これはもう、ゴールも近いかな……)




 俺は、嘗て麻袋のようなボロを着た狐娘だった彼女の晴れ姿を目に焼き付けながら、ウィニングランに向けた今後の生活を妄想しつつ感動に打ち震えるのだった。

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