EP.3 - 2
【先週更新分のあらすじ】
暑い季節が過ぎ快適な日々が続く中、コアンは大人同伴のもと、集落の子供達と森へピクニックに出かけた。そこで大型生物の存在を察知した一行は森を離れ避難する事にした。入れ替わるようにして森を訪れた狩人たち。彼らとコアンは協力して大型生物の居場所を突き止め、見事討伐に成功したのだった。
「はらへったぁ~……」
(昼食抜いたのが効いて来たか~)
四人のハンター達、それと獲物を運ぶ作業の応援に来た十人の男達と共に、コアンは朝に渡った川までお腹を空かせながら戻ってきた。
体長二メートルはある巨体の運搬に使われたのは、鉄製の太い棒が箱形に組まれた前後に細長い台車だった。
獲物の前足と後足はそれぞれ丸太に荒縄で括られた。
その丸太を上部に引っ掛けられた台車は、獲物をぶら下げた状態でキリキリと耳障りな音を立てながら森の中をゆっくりと進んでいった。
川に着いた頃には昼食時を疾うに過ぎていて、時折コアンの腹の虫が俺に語りかけてきて五月蝿かった。
川沿いに、火を起こした跡が点在する少し開けた場所がある。
コアンは何度か住民達と共にそこを訪れて、川で涼みながらバーベキューを楽しんだ事があった。
一行がそこに辿り着くと、大勢の人達が集まっていて歓声で迎えてくれた。
大型生物討伐成功の一報を受けて集合したのだ、きっと今夜はここでバーベキューパーティーなのだろう。辺りにはテーブルや椅子が多数用意されている。
そして、調理器具や食材を運搬するために使ったであろう木箱が到るところに乱雑に置かれていた。
麦わら狩猟団の姿も見えた。
エルミーがこちらに駆け寄ってきて、コアンに桃色をした綿らしき生地の大判ストールを渡した。
(そうか、日が暮れれば冷えてくるよな)
なんと気の利く出来た嫁なのだろうか、エルミーが女神に見えてきた。
「おっ、あたらしいぼうぐ」
(防『寒』具、な)
コアンはエルミーからストールを受け取ると、礼も言わずさっさと羽織った。
嫁がこんなに甲斐甲斐しく世話をしてくれているのに、旦那はまるで駄目だな。
相変わらずコアンは衣類を防具と称しているが、当然の事だが物理防御力はほぼ0である。
異能バトルアニメのように闘気を流し込んで硬質化、みたいな事が出来ればその限りではないが――――
(折角の異世界なのにそういうの全く見ないよなぁ……)
ネット小説に良く有る様な異世界ライフは此処には無いのだろうか。
『転生先ガチャで無味無臭なハズレの異世界を引いた俺は田舎の集落でまったりスローライフすることにしました。』
俺の異世界転生話を小説化したらタイトルはきっとこんな感じになるだろう。
(まあ、悪くない――――かな?)
読み物であれば物足りなさはあるだろう。
しかし当事者としてリアルタイムで体験しているのだ、剣と魔法のファンタジー世界でピンチの連続なんて冗談じゃない。スローライフ最高だな。
じゃれ合いだした少女二人のイチャイチャボイスを聞きながら満更でもない気分に浸っていると、重く大きな音が響いた。
「「「オォォォーーー!!」」」
次いで歓声が上がる。
獣の巨体が地面に降ろされたようだ。
(ん? 何やってんだあいつら……)
横たわる巨体の近くで学者連中が行なっているのは――――測量、だろうか。
作業に使用している、縦に鉄板が取り付けられた円状の道具は日時計に似ている。
しかし後から彼らの作業に加わったキースとユーシィは、円状の道具に落ちる影よりも方角を気にしている様だ。
その周りでは着々とバーベキューの準備が進められている。
今夜のメインディッシュである獣の巨体を中心に見て、少し離れた四方に火が焚かれた。
そしてやはり四方、今度は獣に近い位置に長めの杭が打たれた。
杭同士は荒縄で繋がれ、何やら金属製の飾りを取り付けて――――
(…………は?)
バーベキューだと思っていたが、これは――――何かの儀式の準備だ。
この世界には食材を調理する前に祈祷を捧げる風習がある。
しかし教会で見たそれは結構簡素なものであった為、火を焚き始めた様子を見てバーベキューの準備だと勘違いしてしまった。
キースやユーシィが方角を気にしていたのは、きっと信仰の対象である月の位置が重要であるからだろう。
天体観測用の道具まで存在しているこの世界の天文学が、どの程度進んだものなのか少し気になった。
「おなかすいた……」
(……もう暫くの辛抱だ、頑張れ)
折角湧き上がった天文学への知的好奇心がコアンの腹の虫に粉砕されてしまった。
「コアン……タベタイ?」
「たべたい~……」
コアンはふらふらと近くにあった木箱に歩み寄ると、その上に座った。
次いでエルミーも隣に腰掛ける。
エルミーは『食べたい』という日本語を覚えていた。
食事時が近くなるとコアンが何を食べたいだの腹減っただのと喧しかったので、空腹を表す言葉だと自然と理解したのだ。
「タベタイ~~~!」
エルミーは何故だかご機嫌だ、微かに彼女の笑い声が聞こえる。
コアンに言葉が通じたことが嬉しかったのかもしれない。
「なにがおかしいんだよ……こいつ、くっちまおうかな……」
(食べちゃだめだよ? 色んな意味で!)
コアンの危うい発言にツッコミを入れながら儀式の準備の様子を眺めていると、ユーシィが獣の前に歩いていくのが見えた。
手には大きな柄杓が握られている。
四つの焚き火のうちの一つに大きな釜が置かれていて、中でグツグツと湯が煮えている。
ユーシィは通りすがったその釜から柄杓で湯を掬うと、勢い良く目の前の巨体にかけた。
(お湯で清めるのか、色んな風習があるもんだなぁ……しかし――――)
釜と獣を往復するユーシィの近くで跪いて祈りを捧げるキースの姿にピントが合った。
(どう考えても役割逆だろ……)
湯を運ぶ作業はかなりの重労働らしく、ユーシィの体からは汗が噴き出しているようだ。
加えて蒸発した水分も彼女に纏わり付き、白いブラウスが少し透けてなんとも目のやり場に困る状態になっている。
(…………っていうかあれ、意識してやってないか?)
湯を運ぶ作業中、ユーシィはキースの方を頻繁にチラ見している。自分の姿を見ているか気になるのだろう。
二人の距離はかなり近いので、キースからはユーシィの透けた肌がはっきりと見える筈。
しかしキースは瞳を閉じて一心に祈り続ける。
ユーシィはそんな彼の姿を見ては、がっくりと肩を落とし溜め息をついた。
(色仕掛けかよ! あんなのが聖職者やってて良いのかな……)
男をゲットするのに必死な不埒巫女はそんな感じだが、キースや他の人達は真剣に祈りを捧げている。
形無きものに縋るのは、恐怖に心が支配されているからだ。
彼らは今、何に恐怖を感じているのか。
それは恐らく『祟り』と呼ばれるものだろう。
彼ら、若しくは彼らの祖先は食文化が発展していく過程で『祟り』を目の当たりにした。
食材が持つ毒素にやられた身近な者が体調を崩し絶命する瞬間を見たのだ。
例えば、食材を生で食べた者が体調を崩し、茹でて火の通ったものを食べた者が無事であったとする。
これは熱による殺菌効果の有無が明暗を分けたと捉えるのが普通だ。
しかし知識の無い者では熱湯が食材に及ぼした効果を正確に理解する事は出来ない。
毒素に因る体調不良を、食材とした生き物に祟られたと思ってしまうのも仕方の無い事だろう。
十分な知識を持たない彼らは、熱湯には祟りを浄化する効果があると考えた。
そうして生まれたのが、俺が今見ているこの儀式なのではないだろうか。
(おっ、お湯かける儀式は終わったのかな?)
ユーシィは柄杓を地面に置くと、キースの前で跪き獲物に向かって祈り始めた。
「う~……はらへったぁ……」
コアンは座っていた木箱から降りふらふらと歩き出した。
(ちょっ……まだ儀式の最中だから邪魔しちゃいかんぞ)
彼女は一直線に獲物が横たわる場所へ向かっている。
「コアン……?」
エルミーも付いて来ているが引き止める様子は無い。
メラメラと燃え盛る焚き火が近付き体感温度が上昇する。
ユーシィが一生懸命かけた湯の影響か、体感湿度も少し上昇した。
ついに横たわる獣の頭部近くに辿り着いてしまった飢えた幼き狐娘。
彼女はその場で屈むと、何を思ったのか獣の顔を撫で始めた。
「あとはまかせろー? ぜーんぶくってやるからなー」
(全部は無理じゃねぇかな……相当でかいぞコイツ)
かなりの人数が集まってきているが、この場の人間だけで食べきれるだろうか。
コアンの胃腸の心配をしていると、唐突に一陣の風が吹き抜けた。
何処かで驚く人の声が聞こえた。
風に煽られた焚き木達の纏う炎が、一瞬だけ高く燃え上がったのだ。
「――――じゃあな!」
コアンは徐に立ち上がると誰かに別れの言葉を告げた。
「たっしゃでな!」
別れを告げた相手は直ぐに分かった、目の前の巨大な獣だ。
彼女は、魂の存在を信じているのだろう。
――――いや、多分『知って』いるのだ。
異世界に渡った俺の意識、これはきっと魂と呼ばれるものだ。
そして恐らくはコアンも魂が異世界に飛ばされ、転生した。
だから彼女は獣の魂もどこか違う世界へ旅立ったのだと、そう考えたのだろう。
獣の魂を肉体から切り離したのは自分達人間だ。
だから後に残った肉体を供養する義務を負う。
とても普段のおバカな狐娘とは思えない、大人びた考えだ。
「――――イェスターブ!」
隣にいたエルミーが、聞いた事の無い異世界語を叫んだ。
すると祈りを捧げていた人々も、口々に同じ言葉を発した。
これはきっと別れの言葉だ。
軽い挨拶程度のものではなく、もっと重い意味を持った別れの言葉。
俺の聴覚が届く範囲では今まで誰も口にしなかった言葉だ。
獣の魂は何処へ行くのか。
体は土に還り魂は天に還ると言うが、転生するならば行き先は別だろう。
神様を自称する爺さんと出会った、あのZakuro Storeにでも行くのだろうか。
あそこはスマホでも喋れる。ならば獣も同様の筈。
もし喋る事が可能であれば、思う存分爺さんに「人間共に酷い目に遭わされた」と愚痴ればいいさ。
そして来世では恙無く暮らせるよう、転生先を配慮して貰うといい――――。
「よぉぉぉぉぉし、おまえらぁぁぁぁぁ!!」
獣の巨体を背にして、祈りを捧げていた人々に向き直ったコアンは唐突に叫び出した。
瞳を閉じ一心に祈っていた人も顔を上げ、皆の注目がコアンに集まる。
「くうぞーーーーーーーーーーーーーーー!!」
コアンは食事に取り掛かる前に「食うぞ!」と気合を入れる事が多かった。
一体何を始めるのかと思ったが、いつもの食事開始宣言だった。
「「「クウゾーーーーーーーーーーーーーーー!!」」」
麦わら狩猟団がコアンの叫び声に続く。
一緒に食事をする事が多かった彼らは聞き慣れた狐娘の言葉を復唱した。
「のこすなよーーーーーーーーーーーーーーー!」
「「「オオオォォォォォーーーーーーーーー!!」」」
麦わら狩猟団の行動に触発されたのか、大人達も声をあげだした。
「くったら、はぁみがけよーーーーーーーーーーーーー!」
「「「オオオォォォォォーーーーーーーーー!!」」」
(お前ら意味分かってないだろ! ちゃんと歯ぁ磨けよな!)
思わぬカリスマ性を発揮し人々の心を揺り動かしたコアンだが、足元はふらふらだ。
「よぉぉぉぉぉし、かかれーーーーーーーーーーー!!」
空腹で限界が近い彼女だが、最後の力を振り絞って獣の巨体を指差し号令をかけた。
すると大人達が横たわる獲物の巨体に群がった。
ある者は大きな柄杓を持ち煮えた湯をかける。
またある者は先端に布が巻かれた長い棒で獲物の体を擦り始めた。
四方の焚き火全てに釜を置き、川からせっせと水を運んで注いでる者たちもいる。
(おお、凄いな!)
柄杓で湯が掛けられ続けている部分が棒で擦られると、みるみるうちに体毛が剥がれていく。
地面に落ちた体毛は回収されているようだ、何か使い道があるのだろう。
(お湯スゲェな、そりゃ祟りに効くと勘違いもするわ)
空腹のあまり、ついにその場にへたり込んでしまったコアンの腹で、肌が露になってゆく獣の体を眺めながら感動に打ち震える俺。
「ぶるぶるするなぁ~……ばかぁ~……」
コアンはいつもの様に平手打ちをする元気も残ってないようだった。
獣の体毛が除去され調理が進み、食事の準備が整った頃にはとっぷりと日が暮れて、空には月の姿がはっきりと見えていた。
「やったぁぁぁ~……やっとたべられる~~~……」
かなりの時間空腹と闘い続けたコアン。
彼女は配られた器に盛られているこんがりと焼けた肉片を見て弱弱しく喜びの声をあげる。
器には獣肉の他に、色とりどりの焼けた野菜と乾燥果が盛られている。
それらに少々過剰ではないかと思われる程の香辛料が付着している事から、全ては肉の臭みを取る為に一緒に調理されたものであろう事が窺える。
「………………」
(…………食べたら?)
木箱に座るコアンの膝に置かれた器の料理が一向に減らない。
空腹を我慢する為に張っていた気が抜けた彼女は、放心状態になってしまったようだ。
「コアーン?」
隣に座るエルミーが声を掛けてきた。
彼女は不思議そうにコアンの顔を覗き込むと、手に持っているフォークに刺さった肉片をコアンの前にチラつかせた。
「――――んっ!」
突然覚醒したコアンは目の前の肉片にかぶりついた。
「――――――――っうんまぁぁぁぁぁぁああああ!!」
エルミーの与えた肉が飢えた獣の魂を呼び覚ました。
猛然と食べ始めたコアンの隣で満足そうに笑みを漏らすエルミー。
(完全に正妻ポジションだな……)
夜になって少し肌寒い気温になった。
過剰に掛けられた香辛料か、それとも低下した気温のせいか、エルミーがくしゃみを一つする。
すると、コアンは羽織っているストールをエルミーの肩に掛けてあげたようだ。
そして、減っては盛られ、減っては盛られを繰り返す互いの器の料理を、二人は仲睦まじく食べ合うのだった。
翌日――――
いつものように言語研究のため画像ビューワーを開いた学者の青眼鏡っ娘が、例のクソ画像を見てひっくり返ったのは言うまでも無いだろう。




