EP.3 - 1
新たに現れた五人の大人は森の奥を目指し進んでいる。
護衛を担当してくれていた人は、そのまま子供達を引き連れて集落へと帰っていった。
(結局付いて行く事になっちゃったか……)
コアンは現在、五人の狩人達と行動を共にしている。
最初は皆に引き止められたのだが、駄々を捏ねまくった結果大人達が折れてしまい、付いて行く事を許されてしまった。
「かりっ、かりかりぃ~♪」
(何だその歌……)
不可思議な狩人の歌 (?)を小声で口ずさむコアン。
狩りが好きなのか、単に獣肉を食べたいだけなのか解らないが、かなり上機嫌だ。
「おっ……あったぞ、うんこ」
(女の子がうんこうんこ言うんじゃありません!)
注意の意味を込めたバイブを作動させたが「大人しくしてろ」と言われ、引っ叩かれた。
近辺の草を分けたり、木の幹を探る狩人達。
どの様な動物であるか、またその行方を憶測する為に情報収集をしているのだろう。
「なんもきこえんな~」
コアンも森に響く音を聞く事で捜索に協力している。
獣の咆哮等は聞こえず、相変わらず長閑な感じだ。
「ニーレンジーク」
ふらふらと辺りを歩き回るコアンに狩人の一人が声を掛けた。
彼は、奥に続く道の先を指差している。
「そっちか~」
他のメンバーも彼の姿を見て、手元の捜索を止めた。
「じゃあな、うんこー」
大型動物の存在を教えてくれたうんこさんに別れを告げ、一行は更なる森の奥を目指す。
――――人によって作られた森の道の終着点は湖であった。
広さはさほどではない、学校の体育館二つ分といったところか。
狩人達は二手に分かれ湖の周辺をゆっくりと歩く。
動物が水を飲んだ痕跡でも探しているのだろうか、随分と細かい調査に思える。
(プロの考える事は素人には解らんよな……)
コアンの腰紐に巻かれている俺は、辺りを見渡す事すら出来ない素人以下の存在だ。
少しでも役に立てるよう、聴覚に意識を集中している。
しかし音は俺より聴覚の優れたコアンが獲物を逃すまいとしっかり聞いているので、その役どころも微妙だ。
(うんこさんの方が役に立ってる気がするなぁ……)
異世界ではスマホはクソの役にも立たない、クソ以下の存在なのだろうか。
(いや、今だけ! 今だけだから!)
ネガティブな思考を振り払い、耳 (無い)を澄ました。
ぐるりと湖の畔を半周して合流した一行。
結局、狩人達が探していたものは見つからなかったようだ。
座り込んで作戦会議を始めた彼らから少し離れた所を彷徨くコアン。
ヒキニート扱いしていた事もあったが随分な働きっぷりだ。
木々生い茂る森の奥を、覗き込むように注意深く探るその動作は若干の獣臭さがある。
「…………いた」
(えっ、マジか……)
立ち止まり、湖を背にして森の奥を見つめるコアン。
俺には姿を確認する事ができないが、彼女には見えているのだろうか。
何者かの存在を察知したようだが、彼女は相手に近付こうとはせず、その場をゆっくりと離れ狩人達のもとへ向かった。
狩人達を引き連れて先程立ち止まった場所に再び戻ってきたコアンは、草を掻き分け森の奥へ向かう。
慌てて駆け寄り彼女の横に付く狩人に、静かにするよう指示を出すコアン。
すると狩人は、交差させた右手の人差し指と中指を斜めに口に当て、頷いた。
(『口を閉じろ』のサインかな、ジェスチャーは伝わり易くて良いよな)
極力音を抑え、ゆっくりと前進する異世界ハンターズ。
狩りらしい狩りを見るのは初めてなので、気持ちが高ぶり震えが来た。
案の定、狐に叩かれた。
暫く奥に進んだところでコアンは足を止めた。
「……みっけた」
(おお、やったな!)
丈のある草の中を少し屈みながら進んでいたので残念ながら俺には前方の景色が見えない。
どんな生物なのだろうかと想像を膨らませていると、コアンは立ち上がり腰紐から俺を抜き、フリップを開いて高々と掲げた。
(おう、任せとけ)
コアンの身の丈程度の広葉樹の壁が目の前にあり、隙間はあるものの向こう側の状況を把握する事は難しい。
彼女の意図を把握し、カメラを起動してシャッターを切る。
「ちょっとまだとおいかなー……」
画像ビューワーでつい今しがた撮った画像を開き、隣で屈み葉の隙間から向こう側を覗いているハンターに手渡すコアン。
(おお……でっけーな!)
彼女の言う通り少し距離があるが、近くの樹木と見比べると体高がどの程度か大体分かる。
大型である為に一瞬アフリカゾウくらいありそうだと錯覚したが、恐らくその半分か、更にもう少し小さいくらいだと思われる。
形状はアリクイが近いだろうか、尾と同じくらいの長さがある前に伸びた頭部を持っている。
どちらが頭か、初見ではじっくり見ないと解らないだろう。
ほぼ灰色の長い体毛で覆われているが、頭部の毛は若干短めだ。
ハンターズ全員が画像を確認し終え、俺はコアンへ手渡された。
彼女の腰紐へ帰還した俺に出来る事は、もう本当に何も無い。
後は狩りのプロに任せるのみだ。
ハンターズは全員立ち上がった。
相手にこちらの姿を晒す事になる筈だが、皆躊躇せず立ち上がったという事は視力の弱い動物なのだろうか。
彼らの内の一人がコアンの目の前まで来てジェスチャーを行なった。
人差し指を立てて頭上で数回大きく円を描き、そしてその手の指を全て立て、掌を耳の後ろに当てるという動作であった。
(くるくるぱー……じゃないよな、音が気になるのかな?)
丁度その時、低音域を奏でる金管楽器のような音が聞こえた。
どうやらあの大型動物の鳴き声らしい。
ハンターズは皆、耳の後ろに手を当てて辺りを見渡した。
コアンもそれに倣い耳を欹てている様だ。
(周辺の音を聞けっていう指示だったか)
暫く聞き耳を立てていたが、全員これといった反応は見せない。
俺の聴覚も、何も捉える事は出来なかった。
先程コアンにジェスチャーを見せた彼がこちらに右手の掌を見せ、人差し指以外を折った。
これは非常に解りやすいサインで、要は『一』を表したものである。
コアンはそれに対しサムズアップで答えた。
ハンターズは、あの大型動物の仲間が近くに居るかどうかを知りたかったのだろう。
だから耳の良さそうなコアンに、聴力による索敵を依頼した。
先程の鳴き声に反応した仲間が同じ鳴き声を返してこない事を確認出来た為、一匹であると判断したようだ。
湖の畔を念入りに調査していたのも、単に動物の行方を知る為という訳ではなく、動物の群れが近くに居ないか確かめる為であったのかもしれない。
沢山の動物が水を飲む為に湖を訪れ、地面の草を踏み荒らした痕跡を探していたのだろう。
大型動物の群れに囲まれては人間など一溜まりも無い。
彼らは経験により培った知識をもって、獲物を追うリスクがどの程度かを探っていたのだ。
ハンター二人が屈み、自らの持ったクロスボウに取り付けられた金属のハンドルをゆっくりと回して弦を引き絞っている。
他の者は獲物の動向を見つつ、ハンドサインで作戦会議をしているようだ。
――――戦が始まる。
俺はあの大型動物の生態を知らない。
獰猛なのだろうか。
脚力はどれ程か、武器は爪か、牙か――――全く分からない。
不安が募る。
ハンターズは無事に獲物を狩り、集落へ帰還出来るのだろうか。
俺はスマホだ、戦えない。
所有者である女の子一人すら守る事が出来ない。
森の奥に向かう前に音を鳴らし喧しく騒ぎ立て、コアンを集落に戻すよう狩りの進行を妨害すれば良かったと、後悔の念が湧いた。
今はもう、只管に皆の無事を祈るしかない。
ハンターズが動いた。
そろそろと、クロスボウの二人と複合弓を持った一人、そして抜き身の大振りナイフを持った一人がこの場を離れて獲物との距離を少しずつ詰めていく。
先程からコアンとやり取りをしていたハンターは此処に残った。
彼はコアンに、この場に留まるようジェスチャーで指示を出してきた。
彼女は特に不満は無いらしい。
広葉樹の葉の隙間から狩りの様子を窺うことにしたようだ。
(よぉ~し、良い子だ。大人しくしてような?)
俺は、護衛の為に残ってくれたであろうハンターに感謝をしつつ、コアンの懐で皆の無事を祈る事にした。
――――暫くの後、戦いの火蓋は切られた。
所狭しと生い茂る木々の間での戦闘だ。
コアンは葉の隙間から覗くだけでは満足出来ないようで、広葉樹の下に潜り込み顔を出して観戦している。
「おい、うつしとけよ?」
フリップを反らせ、くの字にしてバランスを取り、地面に置いて縦に俺を立たせたコアンは、狩りの様子を撮影するよう指示を出してきた。
離れた位置であり、遮蔽物も沢山あるので満足のいく撮影環境では無いが、俺は一応『録画』してみる事にした。
初手はクロスボウによる一撃だ。
どうやら頭部にヒットしたらしく、大型の獣は激しく首を振っている。
しかし倒れ込むまではいかない。
次いで複合弓より放たれた矢が胴体に数本刺さる。
四連か五連射はした様に見えた。
獣は地面を蹴って走り出すが、直ぐに木にぶつかって足を止めてしまう。
(やっぱり、視力があまり良く無いんだろうなぁ……)
ハンターズは木を上手く利用して身を守りつつ矢を射る。
かなり有利な状況に思える、このまま無事に終わってくれるだろうか。
「うぉっ……たった!」
(でけぇ……大丈夫かアレ……)
獣は今まで四本足で駆けずり回っていたが、突然後ろ足で立ち、前足で目の前の木を殴った。
障害物を力で除けようと考えたのだろう。
しっかり根を張った木が倒れる事はなかったが、その衝撃で葉が大量に落ちた。
(ヤバイな、あんなのが採集してる子供達の近くまで来てたのかよ……)
討伐隊が組まれた真の理由を今、理解した。
森の中に道が出来ているのは、頻繁に人が訪れるからだ。
そして実り多き今の季節は、利用者が大勢いるだろう。
食料を得るため採集をしに来た人たちに危険が及ばないよう、彼らは獣を狩る事を決めたのだ。
命を守る為に命を賭けて命を奪う。
それは人間のエゴイズムとも取れるが、きっと生き物が持つ性なのだろう。
生きる為に奪い合う。
これは俺が求めている『徳』とは、かけ離れたイメージのものに思える。
俺を非常に悩ませる光景が、目の前で繰り広げられていた。
何度か聞いた獣の咆哮。
たった今、ひと際高い鳴き声が響き渡った。
――――消え行く命の最後の叫びだった。
討伐は成功した。
ハンターズは全員帰還を果たし、現在は湖の畔で休憩している。
コアンを護衛してくれていたハンターは、一足先に集落の方へ駆けていった。
討伐した獣を持ち帰る為に、更なる応援の要請をしに行ったのだろう。
「おまえもよくがんばったなー、ゆっくりやすめよ?」
コアンが声をかけたのは――――
――――なんと、森の奥から引き摺り出され湖の畔に横たわっている獣だ。
このような死生観を彼女が持っているとは、全くもって予想外だった。
見た目と普段の行動や言動から、小さな子供と思っていた。
だが不意に事象に対する順応性の片鱗を見せ、それは数多の価値観で形成された『社会』というものに触れ経験を得た成人を思わせる。
そして死を安息と捉えるその死生観は、まるで歳を重ね達観した老人のそれだ。
(なあ、お嬢…………何年生きてる?)
ロリババアというジャンルがある。
見た目は幼い女の子だが齢数百という、創作キャラによくつけられる設定の一つだ。
もし彼女がその類だったとして、考えられる可能性は――――
(――――やっぱり、転生した?)
異世界転生――――それは創作世界の超常現象として多く語られる。
だが俺の身に実際に起こった出来事でもある。
前例も無く、初体験の為にその全容を知る由も無い。
しかし確かな事がある。
前世の記憶――――つまり元の世界の記憶があるということだ。
コアンが異世界転生者であるとするならば、彼女も同様である可能性は高い。
前世で記憶したものと考えられる言語を喋る彼女だが、その扱い方は決して達者とはいえない。
そして俺は、己自身とその体であるiZakuroX6の性能を完全に理解している訳ではない。
これらは似た状況であると考えられる。
やはり元の世界の言語という共通の記憶を持っている俺とコアンは同じ境遇にある、即ち異世界転生した者同士なのではないか。
また、彼女の脳内では記憶するものに対してかなりシビアな取捨選択がなされているように見える。
これは前世の記憶を持って生まれた為に生じた、新しい記憶を書き込む為の空き容量不足から来るものなのではないだろうか。
彼女の脳は元々あった記憶を整理して異世界の記憶と入れ替え、少しずつこの世界に最適化しているのかもしれない。
最適化中でも稼動せねばならない為、現在は元の世界から持ち込んだ記憶とこの世界で生成される記憶、二つの記憶の同期が取れず乱調を起こし彼女の精神にブレが生じている。
しかし時が経てば記憶の断片化が解消され、彼女はまともに記憶の出力と書き込みを行なうようになるだろう。
それはきっと、傍から見れば単なる『立派な大人』の姿だ。
そう、異世界転生のプロセスが完了する事で彼女は『大人』になるのだ。
(いやいやちょっと待て考え過ぎだろ……いや、でも異世界だしなぁ……)
この仮説が正しかったとして、異世界に最適化してしまった俺はどうなってしまうのだろう。
壊れた画像ファイルが思い出される。
あれは偶然なのか、それとも必然なのか。
デフラグしたらデータが壊れちゃいましたでは困る、忘れちゃいけない記憶がある。
俺は一度、身震いした。
(遠距離恋愛はつらいよ……早く真歩ちゃんに会いたい)
俺は目の前にある亡骸を見ながら、獣の魂の行方を夢想した。
【キャラ紹介】
異世界ハンターズ:五人のレンジャー。
「コンポジットボウ!」
「クロスボウ!」
「ナイフ!」
「コンポジットボウ!」
「クロスボウ!」
「「「「「五人合わせて、五レンジャイ!!」」」」」
「……お前らちょっと一旦座れ」