EP.3「秋、大脱走とハンティング」
【先週更新分のあらすじ】
教会を訪れた、集落の外からやってきたであろう来訪者達は学者のようであった。彼らの目的はスマホを利用してコアンの扱う言語を研究する事であった。書き写されるスマホに表示された文章とコアンの身振り手振りを交えた説明で、少しずつ異世界人たちはアイザックがもと居た世界の言語を理解していった。
――――集落に棲み始めてから約五ヶ月経過した。
「ニーレンジーク!」
朝食を手早く済ませ、教会のエントランスホールを駆け抜けるコアンに声が掛かる、明日の予想天気を求める大人達だ。
「あーはいはい……はれだよ、はれ!」
(適当だなオイ……)
大人達を軽く配うと、コアンは元気良く外へ飛び出した。
陽射しが照りつける暑い日々が去って人間が活動しやすい気温になってくると、見聞を広める意欲が湧いてきて俄然外出が楽しみになった。
わがままスマホボディが暑いだの蒸すだのと不快な情報を送りつけてくることの無い生活は頗る快適であり、同一環境下にいるコアンにとっても、それは同様のようであった。
彼女は頻繁に外へ出掛けるようになった。
溜まったストレスを発散させる為なのか、それとも生来の習性なのだろうか、幼き獣は森に入り浸った。
そこで行なうのは主に採集、それとアニマルウォッチングである。
小動物を物陰からこっそり観察したり、時に追い掛け回しては見失い悔しがる。
自然と戯れる彼女の姿は、端から見ればそれはそれは健康的で且つ愛らしいことであろう。
だがそれは、実は捕まえて食べる事が目的の、所謂『狩猟』をする姿なのであった。
これもギャップ萌えに含まれるのだろうか。
猟の成果は皆無だが、木の実の類は良く採れた。
灼熱の季節を凌ぎ切れば、やって来るのは豊穣の宴。
異世界でもそれは一緒であった。
今日も今日とて朝から森へ向かう訳だが――――
「「「カリノジカンダー!!」」」
「おーし、いくぞー!」
物騒過ぎる掛け声と共に、大小様々な麻袋を握った拳を高々と挙げる麦わら盗賊団改め、麦わら狩猟団の面々。
最初は独りで森へ出かけていたコアンであったが、彼女の採集した品々を見た子供達がいつの日からか付いて来るようになった。
(変な日本語覚えさせるなよ……)
どんくさ狐が毎回、怪しげな低い声で「狩りの時間だ」なんて呟いておいて、結局木の実だけを持って帰っていくものだから、子供達には『採集に出かける』という意味で浸透しているようだ。
「むっ、はたらかないオトナもついてくるのかぁ~……」
(護衛っていう大事な仕事を毎回してくれてるんだけどな)
森へ向かう麦わら狩猟団の後におっさんが二人付いている。
暑かった頃とは勝手が違うのだろうか、今期のピクニックには大人の付き添いがある。
二人とも複数の素材が組み合わさった手の込んだ作りの弓で武装しているが、今のところその弓で矢を放つ姿を見ていない。
コアンは、自分が一生懸命動物を追い掛けているのに一向に手伝わない彼らを「働かない大人」と評した。
子供達の姿を眺めながら談笑している大人二人の様子は、確かに労働をしている様には見えない。
しかし彼らが武器を使うような仕事をせねばならない状況とは、即ち既に危険が迫っているという事だ。
ならば働いていない状況こそ好ましい、暇である事が良しとされる職もあるのだ。
傭兵を伴った麦わら狩猟団は通い慣れた森に辿り着く。
日光に焼かれた身を癒す為に何度もお世話になった川を越え、森の奥へと行軍する狩猟団。
不自然なまでに行く手を遮る樹木が無く、踏み均されて丈の短い草がぽつぽつと生えているだけの道が、この森の中には出来ている。
明らかに手が加えられたそれは獣道ではなく人の道、狩猟団は曝露した土が描くレールを辿り奥へ奥へと歩み進む。
(これだけはっきりと分かる道があれば逸れたり迷ったりする事も無いよな)
いつもの様に、本当にいつもの様に皆と小動物を追い回したり木の実を拾い集めたりしていた――――
――――筈だった。
(何で一人で何処かに行こうとするの……?)
見事に逸れた。
ついさっきまでは皆と一緒に居たのだが、コアンは突然駆け出して一人で先に進んでしまった。
子供達の声は聞こえない、随分離れてしまったようだ。
だが彼女の足元にはまだ道がある、今引き返せば間に合う。
(爆音鳴らして居場所を知らせておこうかな)
自然の中での機械音は際立つだろう。『Find me』という機能は、所有者には不評だが素晴らしく有能だ。
早速大きな音を立てようとしたところで、視界に映るものに気付き思い留まった。
「でっけーな……」
(これはでかい……)
道の真ん中に鎮座しているものがある。
(おい……近付くなよ……)
コアンは、iZakuroX6三個分はあろうドス黒いそれに歩み寄り、屈んだ。
(えっ……何するつもりなの……?)
彼女は腰紐から抜いた俺をそれの前に差し出し、スマホの画面を向けた。
「うつせ」
(アホかあああああああああああああああああああ!!)
俺はバイブを作動させて拒否の意思表示をした。
「はやくしろ」
早くそれを撮影しろと急かすコアン。
(馬鹿なこと言うな! 俺はな、それはそれは清楚で可憐で完璧美少女なJKのスマホなんだぞ!?)
とんでもない指示を出してくるバカ狐に困惑する。
冗談ではない。真歩ちゃんのスマホに――――糞の画像を保存しろだなんて、そんな指示に従える筈がない。
「はやく、いそげっ」
かすれ声だが強い口調で更に急かすコアン。
彼女が何を考えているのかは大体理解出来る。
この馬鹿でかい黒色の固形物は風化の全く進んでいない新しいものだ。
つまりコイツをひり出した大型の生物がまだ近くにいる可能性が高い。
だから急いでこの場を離れたいという事は解る、しかしこれの画像が欲しい理由が分からない。
「いそげっつってんだろ……っ!」
(くそおおおおお! 分かったよ、撮るよ!)
いつまでも彼女をこの場に留めておくわけには行かない。
俺はカメラを起動し泣く泣くシャッターを切った。
「おし、いくぞっ」
(クッソォォォォォォォオオオオオオ!!)
冗談ではない。
本当に冗談ではない。
(異世界なんてクソッタレだ、早く真歩ちゃんの所に帰りたい……)
体内に排泄物を宿した俺を握り締め、コアンは来た道を戻り始めた。
辺りを警戒しているのか、彼女の歩みは遅い。
しかし確実に道の上を歩いている、きっと直ぐに皆と合流できるだろう。
俺は聴覚に意識を集中している。
今のところ獣の鳴き声は聞こえない。
小鳥の囀りや虫の声。
草や葉のざわめき。
普段は心を癒してくれる長閑な森の環境音が、キツく張られた緊張の糸を悪戯に爪弾く。
「――――ッ!」
コアンが息を呑み、立ち止まった。
(どうしたんだ……?)
遠方の音を拾う能力は彼女の方が一枚上手のようで、俺にはまだ何も聞こえない。
じっと佇み動かないのは、音の鳴る方向を探っているからだろうか。
「えるみーのやつ……かえったらおせっきょうだな」
コアンは深い溜息を吐くと俺を腰紐に挿して走り出した、皆が居るであろう方向だ。
(何言ってんだ……お説教食らうのはお嬢の方だぞ?)
勝手な行動を取ったコアンを皆は許してくれるだろうか――――許してくれるな、何となくだけど。
程無くして、コアンが聞いた音の正体が判明した。
「コアーン!」
エルミーの姿が見えた、笑顔でこちらに手を振っている。
他の皆も一緒だ、無事に合流出来て良かった。
きっとエルミーの声をコアンは聞いたのだろう。
「しーーーーーーーーーーーッ!」
皆に駆け寄りながら静かにしろと伝えようとするコアンだが、果たして伝わるだろうか。
エルミーは人差し指を立てて口に当てた。
コアンのジェスチャーを真似た様だが良く解っていないらしく、首を傾げている。
無事に皆と合流したコアンだが、落ち着く間も無く俺を腰紐から抜くと手早くフリップを開いた。
「おい、うんこだせ……っ!」
(おまっ……言い方!!)
誤解を招きかねない指示を出され非常に不愉快であったが、危険が迫っているかもしれない状況なので直ぐに画像ビューワーを起動した。
表示されたサムネイル群に黒色の物体が混ざっている。
「…………」
(………………)
「……………………さわりたくない」
(いいから早くタップしろよ! 俺じゃ画像までは開けないんだから!)
さっさと終わらせたい俺はバイブを作動させてコアンを急かした。
彼女は顔を顰めながらサムネイルをタップする。
(うわあああああああああああああああああああああああ!!)
脳裏にグロテスクな映像が浮かぶ。
JKの自撮り映像で満たされる可能性すらあった、超勝ち組スマホだった俺が何故こんな目に遭っているのだろう。
「みろ!」
クソ画像の犠牲者に選ばれたのは、働かない大人二人だ。
彼らは画像を見て苦笑いを見せる。子供の悪戯だと思ったのだろう。
「でかいのがいる! かえらないとあぶない!」
画像を見せ終わると両腕を大袈裟に振りながら必死に説明するコアン。
脳裏にアレをこびり付かせながら振り回される俺は今、最高に最低の気分だ。
コアンの様子に何かを感じ取ったのだろうか、エルミーが大人達に何か訴えている。嫁は有能だな。
「ニーレンジーク、オーサディ」
働かない大人の片割れが声を掛けてきたので、コアンはもう一度クソ画像を見せつけた。
今度は二人ともまじまじとスマホの画面を覗き込む。
「……アムノイ、ティンドバック!」
暫く画像を見ながら相談していた彼らだったが、遂に元来た方角を指差し皆に号令をかけた。
どうやら帰る気になってくれたらしい。
(一先ず安心……かな?)
帰り道に危険な動物と遭遇するかもしれないので油断は禁物だ。
先行して安全確認を行なう為だろうか、大人の片割れが一足先に駆けていった。
(画像を見せて説明するって方法が一番有効だって事を覚えたんだなぁ……)
酷い目に遭わされたが、彼女の成長が喜ばしくもあった。
しかしその成長速度はあまりにも遅い。
まるで、成長する事を拒んでいる様にすら感じられて先が思いやられる。
かなり奥まで進んでしまっていたらしく、来る時に越えた川へ辿り着く迄に随分時間が掛かった。
(あれ……? 何だあの集団は……)
川を越えた向こう側に人影が五つ見えた。
五人全員、しっかりと武装している。
今まで護衛してくれた二人と同様の、異なる材質を組み合わせた弓と大振りのナイフを携える者や、機械式の弓――クロスボウを持つ者も居る。
彼らはこちらに向かって手を振りながら歩いてくる。
見覚えのある顔ぶれだ、先行した彼は集落まで走って応援を呼んだのか。
(あの人……今頃ぶっ倒れてるんじゃないか?)
森から集落までは結構離れている。
あの距離を走破したと考えると、消費した体力は計り知れない。
「おっ? はたらくオトナか!?」
(みんな働いてるって!)
護衛してくれた二人に対して失礼な物言いだが、ある意味では正解だ。
そう、あの五人は子供達を護衛する為に来たのではない。
「――――かりのじかんだ」
(――――狩りの時間だ……)
これから起こる事態を思い描いた俺とコアンに、別種の緊張が走った――――。
【キャラ紹介】
働かない大人二人:子供達の護衛。装備はコンポジットボウ。