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EP.2 - 8

ちょっとだけアクションシーンを書けたのが嬉しかったです。

本当にちょっとだけですが。

 学者達による、スマホを使った言語研究は深夜にまで及んだ。



 あれこれアプリを弄繰り回していた彼らだが、結局辿り着いたのは異世界人の言語研究において最初の成果をあげたクイズアプリ、『クイズ・シャーマニック・ラボラトリー』であった。


 問題文が表示されるや否や黒板にそれを書き殴り、コアンにあれこれ質問する。

 コアンは漢字が得意でない様で、文章を読み上げる事にすら悪戦苦闘していた。

 しかし、モザイク画像クイズ等の画像を伴った問題で少しずつ成果を出していく。


 学者達は必死に文字を書いていく。

 書くスペースが無くなるとカメラを起動して撮影し、画像として保存して書かれた文字は消す。

 そんな作業を繰り返しながら言語研究は続いた。


 コアンはエルミーと共に、かなり遅くまで学者達の質問を受けていた。

 だが夜も更けると流石に限界が来たようで、二人一緒に奥の部屋へと消えて行った。


(お泊りか……エルミーが不良娘になっちまう~)


 せめて健全な夜を過ごして欲しいと願うばかりであった。



 コアンが去った後も言語研究は続く。

 保存した画像から日本語を書き写し、それに何やら書き加える――異世界語の文字だが内容は解らない。


 黒板に書かれている異世界文字は筆記体である。

 以前に活字体の存在を数度確認はしているが、全てを把握出来ていないので殴り書かれた筆記体は完全に解読不能だ。


 この集落は文字の使用率が極端に少ない。

 故に研究する機会を今迄得られなかったが、此処に来てついにチャンスが巡ってきたと思いきや、随分高いハードルを目の前に置かれてしまった。


(厳しいなぁ……まあ、一応覚えておこう)


 一緒に書かれている日本語からあれこれ想像しながら、ミミズがのたくった様な異世界文字を記憶する事にした。





 ――――数日後、延々と未知の言語を記録し続けた学者達により、クイズ大会が教会で催される事となった。





 昼食を済ませた一同は、いつもの様に教会のホールに集まった。


 持ち込まれた黒板は新たに作り直され、壁に立てかけるだけの只の板状から木枠で囲われた足付きの物になった。

 その黒板の前に立ち、スマホに保存された画像を見てクイズの問題文を書き写すのはユーシィ。

 他の学者達とキース、そしてエルミーを含めた数人の地域住民達が、黒板に向けた長椅子に座している。


 そしてコアンは、黒板の前に用意された椅子に腰掛けている。


(お嬢の解説で解らない箇所を皆で考えて補完しようって寸法だな)


 参加人数は多ければ多いほど良いが残念ながら集まりは悪い、暇を作れる大人が少なかったのだろう。

 地域住民からは何時ぞやの麦わら盗賊団の子供達と数名の大人のみの参加となった。


 問題文の書き写しが終わった。

 異世界文字で注釈が入っている箇所が見られる。

 恐らく別の問題文でコアンが解説済みの、既に意味が判明した単語なのだろう。



【第三問】

 月が地球の影によって欠けて見える現象。


 1.日食

 2.星食

 3.夕食

 4.月食


(「月が」で問題文の表示が暫く止まるやつだなこれ……)


 大会用に作成されたクイズは、難易度は高くないがイヤらしい出題の仕方が多い。

 難しさに重点を置いてしまうと参加者が減ってしまうからだそうな。


「…………わからんっ!」


(分からんか~)


 知識面でのコアンへの期待度は低い。

 だが今は正しい答えを必要としている訳ではない。

 何が書いてあるかを伝えられれば良いのだ。


 ユーシィは選択肢に並んでいる『食』の文字を丸で囲んだ。

 同じ文字が四つ並んでいるという理由でこの問題が選ばれたのだろう。


「コアン、アーコイルゥエイン?」


 ユーシィは『食』の文字を指差しながらコアンに問う。


「うん? う~ん……おし、まってろ!」


 ここ数日間で何十回と聞いた異世界語なので流石に覚えたようだ。

 ユーシィの言葉の意味を理解し、コアンは何処かへ走っていった。


(お嬢……たった数日で随分飼い馴らされたな)


 第一印象最悪の出会いだったにも関わらず、ユーシィの言う事を素直に聞くようになったのには訳がある。


 ユーシィは、学者と思しき他の者達とは与えられた役割が違うらしい。

 彼女は言語研究には殆ど参加せず、家事全般を担当していた。

 料理も当然彼女がやっていて、教会に宿泊する全員分を賄うその力量は確かなものだ。

 どうやら味も良かったらしく、それがコアンの味覚にクリティカルヒットしたのだった。

 思えばキースはいつも食材を煮込んだスープばかり作っていた気がする。その辺りも影響していそうだ。


 というわけで胃袋をがっちり掴まれたコアンは、ユーシィの従順な下僕と成り下がってしまったのだ。


「またせたな、おばさん!」


 ――――そうでもないらしい。


 戻ってきたコアンの手には、パンが握られていた。

 彼女はそれを少し千切り、皆に見せびらかした後、自分の口に放り込んだ。


(なる……ほど?)


 答えが解っている俺には非常に解り易い解説だと感じられるが、異世界人にはどれだけ伝わるだろうか。


「くえっ!」


 コアンはもう一度パンを千切り、今度はユーシィにそれを渡した。


「……クエ?」


 ひと切れのパンを渡されたユーシィは不思議そうにコアンを見る。

 コアンは、まだパンを咀嚼しきれずもぐもぐと動かし続けている口を指差している。


「――――っ!」


 ユーシィはハッと息を飲み目を見開くと、パンを口に放り込んだ。

 そして勢い良くギャラリーの方へ顔を向ける。すると――――



「「「オォォォーーー!」」」



 ――――歓声が上がった。

 皆、『食』の字の意味を理解出来たらしい。



「「「……オォォォオオオ!?」」」



 湧き上がった歓声が、直ぐに疑問の声――いや、悲鳴に近いものに変わった。


(これは……組み合わせが悪かったな……)


『日』や『月』は既に解説済みだ。外に出て空を指差せばそこにいつでもある為、早い段階で理解させる事が出来た。

 そして今回、食べるという意味の『食』を皆に理解させた。

 新たな言葉を理解して貰えたのは良かったが、奇しくもそれが混乱を招いてしまった。


 果たして、『日食』や『月食』を正しい意味で異世界人に理解して貰える日は来るのだろうか。



 ――――文章を実演して意味を伝えるという、連想クイズによる言語研究は夕食時近くまで続いた。



「ちっとつかれたなぁ~……」


 質問を受ける度に体を一生懸命動かしていた為、椅子に腰掛けるコアンの表情に疲労が見え始めた。

 だが言語研究はまだ続くようで、ユーシィは黒板に新たな問題文を書いている。


(うわぁ……酷い問題が来たな)


 ジャンルはアニメ・ゲームの四択クイズで、往年のギャグアニメの一発ギャグを答える問題だ。

 その一発ギャグとは――――突然、人前で体の一部分を晒すというものである。

 その一部分が何であるかを答えるのが今回の問題だ。


「コアン、ゲインオーク」


 問題文と選択肢を書き終えたユーシィは、選択肢の一番上を指してコアンに実演を依頼した。


「………………は?」


 コアンは、明らかに不機嫌そうな顔をした。


 選択肢には、そのギャグを披露する時の掛け声が並んでいる。

 体の一部分を表す文字以外は全て一緒だ。

 ユーシィは、問題文よりも効率が良いだろうと思い選択肢の方を指したのだろう。


 ――だが、それが逆にコアンの逆鱗に触れた。


 晒す体の一部分は、上から順に『尻』『腹』『脇』『前』である――――『前』が最初じゃなくて良かった。


 この狐娘、羞恥心というものを持ち合わせているとは到底思えない立ち振る舞いを普段からしている。

 しかし、何故だかどうしてプライドは高い。

 いきなり自分の尻を衆目に晒せと言われては、憤りを感じざるを得ないであろう。


「ふざけんな!」


 コアンは椅子から飛び降りると、黒板の前に仁王立ちした。


(えっ、やるのか? 無理にやらなくても良いのに……)


 ――――静寂が訪れた。

 皆は固唾を呑んでコアンの姿を見守っているのだろう。


 時が止まったかの様に静けさを保つ教会の面々。

 未だコアンは尻を曝け出す様子を見せない。いったい何が始まるんだ。


(迷ってるのかな……ユーシィの料理、美味しそうに食ってたもんなぁ……)


 アウトカメラでコアンの姿を見ていたが、ユーシィの表情が気になりインカメラに切り替える。

 ちょっと言う事を聞かなかったからと言って夕食抜きにするような子だとは思いたくないが、ユーシィの黒い部分を見てしまっているので何とも言い難い。

 あの怨念に満ちた目を思い出し、身震い一つしながら慌ててアウトカメラに切り替えた。


(――ッ!? コアン、何処行った?)


 つい先程まで黒板の前に仁王立ちしていたコアンの姿が見えない。


(逃げたか~……まあ仕方ない)


 ――と思ったその時、一瞬尻尾がフレームインした。


(あれっ、下か!?)


 どうやら黒板とユーシィの間に入ってしゃがみ込んだらしい。

 懐に潜り込まれたユーシィは腰が引けて前屈みになる。

 お陰でカメラが真下に向き、コアンの様子を視認する事が出来た。


 彼女は――――ユーシィのスカートの裾を摘んでいる。


(……マジか)


「おまえがやれ!」


 ユーシィの赤いスカートはギャラリーが見守る中、盛大に捲り上がった。





 ――――緊急トラブル発生につき、クイズ大会はお開きになった。





 現在は皆、和気藹々と夕食を楽しんでいるようだ。


 俺とチョークを放り投げて何処かへ走り去ってしまったユーシィだが、どうやら直ぐに正気を取り戻したらしく、夕食の準備もしっかりやってくれたようだ。

 俺だけスカートの中身を見れてないのに床に叩きつけられたのは納得いかなかったが、大きなトラブルにならなかっただけ良しとしよう。


「…………すくない」


(……ん?)


「すくない!」


 コアンは機嫌が悪そうだ。何かあったのだろうか。


「どーみてもすくないだろ、これ!」


 俺はテーブルの上に置かれているので確認出来ないが、コアンの為に盛られた料理の量がどう見ても少ないという事らしい。


「おい、しわしわおばさん!」


 配膳していたのはユーシィだ、器に盛ったのも彼女だろう――――悲しい事件だったね。


「エイン? ケーフシェイニマトリング~」


 ユーシィの声だ。

 意味は解らないが完全にすっとぼけてる感じの口調だ、彼女の心情が手に取るように解って辛い。


「ぬああああああああああ! いーだろぱんつくらいみられたって、へるもんじゃないし!」


(そうか、パンツは穿いてたのか、そうかそうか……)


 うっかり良からぬ妄想をしてしまいそうになったが、咄嗟に黒髪美少女JKの顔を思い浮かべ未遂に終わらせる事が出来た。


「くっそーーー! ひきょーだぞ、けちけちおばさん!」


 ユーシィは、『しわしわおばさん』から『けちけちおばさん』にクラスチェンジしたようだ。


(そういえば、ユーシィの本当の職業は何なんだろうな)


 学者か家政婦か。

 数日間観察していて、何となくだが周りから特別扱いされている印象を持った。

 しかし担当している仕事は家事全般で、特殊な役割を持っている様には思えない。


(キースと一緒に居る事が多いし、聖職者の可能性もあるか)


 祈祷を捧げる姿を見かける事も多かった。まさかの巫女さんか。


(でも言語研究の為に巫女さんを呼ぶ訳ないしなぁ……)


 謎多き美少女ユーシィはコアンに絡まれているようで、時折棘のある異世界語が聞こえる。


「エンジークマークェイ……」

「――ユーシィ!」


 キースの言葉を遮って唐突に名乗るユーシィ。

 呼ばれ方が気に食わなかったのだろうか、エンジークマークェイとは何だ。


(エンジーク……あれ、なんだっけ? どっかで似たような言葉を聞いたな)


 俺は、コアンの「寄越せ!」やら「食わせろ!」などの怒号をBGMに、異世界言語研究を独り進めるのだった。

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