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EP.2 - 6

「ニーレンジーク!」


「うへぇ……ま~たきたぁ……」


 台風の襲来から数日間、おっさんズは連日コアンのもとに訪れた。

 彼らはコアンを『ニーレンジーク』と呼んだ。意味は分からないが、悪い言葉で無さそうな事は皆の態度から理解出来た。

 朝食を済ませたコアンに彼らがせがむのは、明日の予想天気である。

 熱心に通いつめる彼らの様子から察するに台風警報は役に立ったのだろう。嬉しい限りだ。


「コアン、ゲインオーク」


「わーかってるよ、も~……」


 キースにも急かされ、テーブルに置いてあった俺を掴むと面倒臭そうにフリップを開くコアン。

 俺はさっさと天気予想アプリを起動し、予想天気を表示させた。

 ちなみに『ゲインオーク』という異世界語は日本語に直すと『お願いします』である。


「う~ん…………はれっ!」


 晴れであると日本語で答えるコアン。

 おっさんズは腕を組み頻りに頷いている。


 クイズゲームの一件で、彼らはコアンの言葉を理解しようと決めたらしい。

 明日の天気を知る為に、ほんの数種類の天気に関する言葉だけを覚えれば良いのだから容易い事だ。

 モザイク画像クイズで日本語の『鍋』を覚えた彼らは知りたい言葉を絵で示せば良いのだと気付き、「晴れ」「曇り」「雨」の三つを難なく覚え、こうして毎朝コアンの天気予想を聞きに来ているのである。


 コアンは働きたくないと言っていたが、結局お天気お姉さんとして就職する事になってしまった。




 ――――一ヶ月程、毎朝天気を予想し続ける日々が続いた。




 アプリの予想精度は、多少良くなった様に思えるが実用レベルにまでは至っていない。というか一生その域にまで達する事は無いだろう。

 だが、コアンの天気予想は驚くべき的中率を誇った。


 どうも彼女には天候の変化を敏感に察知する能力がある様に思える。

 それが知識や経験から来るものなのか、野生の勘なのか、それともチート能力なのかは分からない。

 一応アプリを参照はするのだが、それだけでは決めずに窓から空を見たり、時には外に出て臭いを嗅ぐ様な仕草をしたりと、ひと手間かけてから予想するのだ。働かないと言っていた割には熱心な仕事ぶりである。


 お陰で住民からの信頼度は鰻登りだが、アプリを起動する度に「お前は本当に適当だな」とお叱りを受けている俺の、コアンからの信頼度は下がる一方だった。俺のせいじゃないのに。



 そんな超有能天気予想士の噂は、どうやら他の地域にも及んでいた様だ。




 ――――それは衝撃的な出会いであった。




 見慣れぬ者達、恐らくこの辺りの住民ではないと思われる、整った服装の男女数名が教会に訪れた。

 男達の中にはローブを纏っている者も居る、キースが所持しているものと同じデザインだ。


「エンジークマークェイ、アワリアフランクス」


 キースは教会の出入り口で来訪者達を迎えた。


(何言ってるか分からんけど、フランクスって言ってるし一応歓迎はしてるのかな)


 コアンは丁度外に出掛けようとしているところであったのだが、来訪者達と遭遇してしまった為にキースと並んで立ち止まっている。

 この場の動向を見守っていると、来訪者の内の一人が突然こちらに向けて駆け出した。


(――なっ!?)


 その者は、勢いに任せてキースにタックルを仕掛けた――――



 ――――のでは無く、抱きついた。



(どういう事だオイ! 説明しろ説明!)


 キースに抱きついたのは女の子だった。

 歳は真歩ちゃんと同じくらいだろうか、まだ成熟しきっていない華奢な体がキースの巨躯にもたれ掛かる。走った事で舞い上がった亜麻色のセミロングヘアとプリーツの入った赤いスカートが、キースとの接触で浮力を失いふわりと落ちた。


「……ユーシィ。ユーシィホークスェイゾ……」


 彼女はキースを見上げ、異世界語で何やら語りかけている。その表情は、憧憬する様でもあり、物欲しそうでもあった。


(キースお前ぇぇぇぇ! 聖職者面しやがって、ロリコン糞野郎じゃねえか! 騙されたよクソァ!)


 あまりに衝撃的な出来事に俺は気が動転している。

 どうやらコアンもこの後の展開に興味がある様で、その場を動かず成り行きを見守っている。

 抱きつかれたキースは相変わらず無表情だ。何余裕くれてんだテメェ。


 不意に、キースにもたれ掛かる女の子の顔がこちらに向いた。

 その瞳は吸い込まれる様な感覚を抱かせる程に魅力的であったが、少し――――敵意を感じる眼差しだった。


「うぉ……なんだこいつ……」


 気圧されるコアン。

 不遜な態度が常の彼女だが、相手に強気で来られると途端に弱さが出る。


「くっそぅ……このしわしわおばさん、けんかうってやがるな……」


(おばさんじゃないし、しわしわじゃなくてああいうデザインの服なんだぞお嬢)


 コアンと二桁も離れていないと思われる彼女の年齢は、下手すればキースの半分くらいだ。二人の関係が非常に気になる。

 まさか既に結婚しているなんて事は無い――――と思いたいところだが、異世界の慣習がどの様であるか解らないので絶対とは言い切れない、言い切れないのだ。


(くっそぅ……おのれキース……ッ! そんな奴だとは思わなかったぞ裏切り者ぉぉぉ……)


 彼と信頼関係を築いていた訳ではないが、色々な想いが重なって突き放された様な気分になり憎しみが膨れ上がる。ぶっちゃけた話、嫉妬である。


 キースは女の子の肩に手を置き一言告げると自ら一歩体を退いて離れた。そして頭を掻きながらこちらに向き直り屈むと、コアンに屋内に入るようジェスチャーで指示を出した。


「ひぇっ……」

(うおっ!?)


 キースの体越しに見えた女の子は表情に影を宿し、明確な敵意を込めた目で見下ろしてきた。

 慈悲の光が消え失せ、深い闇で濁ったその瞳に心臓 (そんなものは無い)を鷲掴みにされたかの様な恐怖が体中を駆け巡り、思わず震えた。



 ヴヴヴ――ヴヴヴ――。


 ――――震えた。



「お、お、おちつけっ……びびってんじゃねーぞこしぬけっ……」


(お嬢だって完全にビビってんじゃねーか……ていうか何だよあの子、怖ぇよ!)


 コアンは足早にその場を離れ、ホール中程の長椅子の陰に隠れつつ入り口の様子を窺う。まあ隠れられてないんだけど。

 続いてキースが引き連れた来訪者達がホールに入ってくる。彼らの目的はまだ分からないが、特に警戒する事も無く談笑などしながら歩み進むその様子から察するに害意は無いだろう――――あの子以外は。


 来訪者達はコアンの近くまで歩み寄ると長椅子に腰かけ始めた。

 こちらに向けて笑顔で手を振る者もいて、かなり友好的である事が窺える。

 しかしコアンは警戒心を解かない、解ける訳が無い。

 しわしわおばさん(推定未成年)のあの恐ろしい眼差しは何を意味しているのだろうか。凄い、怖い。


 長椅子に膝をついて背もたれに手を置き目的の分からぬ来訪者達を観察するコアン。

 彼女を好奇の目で見る来訪者の一人が発した異世界語を聞き取れた。


 ――――アンキモ。


(よし、少なくともアイツは敵じゃない……多分)


 恐らく、皆敵ではないのだろう――しわおばは兎も角として。


 彼らの服装は白を基調とした、というかほぼ白であるが、しわおばは違う。白いブラウスに、細かいプリーツの入った赤いロングスカートだ。形状こそ違うが配色的には巫女装束の様な印象を受ける。

 白一色の集団の中で一人だけ色の違う服装なのは、彼女が特別な存在である事を意味しているのではないだろうか。一番若そうだがチームリーダーである可能性も無くはない、怖いし。


「コアン」


 キースが声を掛けてきた。暫くしわおばと話をしていた様で、一応そちらにも耳 (無い)を傾けていたのだが残念ながら聞き取れなかった。彼の後ろに控えこちらを見ているしわおばの表情は――明るい。乙女心というのは本当に良く分からない。


(……ん? 乙女心、か……)


 彼女の胸の内が何となく読めた気がした。

 キースが、推定未成年の女の子に手を出す様なロリコン糞野郎でなく、今までの俺のイメージ通り聖職者――というか朴念仁であるならば、そんな彼の態度こそがしわおばのあの表情を引き出している原因なのではないだろうか。


(片想いなのかな……辛いよな、闇落ちしそうになるのも解るよ……)


 勝手な想像を膨らませていると、コアンの腰紐から俺が引き抜かれた。


「いーけど……そいつにはかすなよ?」


 キースの求めに応じてコアンは俺を彼に差し出したらしい。条件付きで。

 そして、キースの手に渡った俺は――――



 ――――しわしわおばさんの手に渡された。



「か、かすなっていっただろぉ~……」


 コアンの悲しそうな声が聞こえる。

 不本意極まりない事であろうが、完全にしわおばに怯えている彼女に俺を取り戻すことは出来ない。


 ――――しわおばの手によってフリップが開かれる。


(さて、お手並み拝見といこうか)


 長椅子に座していた他の来訪者達も集まってきてキースと共にスマホの画面を覗いている。

 彼らの目的は俺だったようだ。モテモテですまんな。


 慣れた手付きで俺を操作するのはキース、俺を手に持つしわおばは――――キースの顔を見つめている様だ。


(いやこっち見ろよ! 何しに来たんだよ!)




 俺はツッコミを入れつつも、彼女の表情を複雑な心境で眺めていた。

【キャラ紹介】

しわしわおばさん:推定未成年の女の子。コアン的には「しわしわな服のおばさん」。

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