EP.2 - 5
【先週更新分のあらすじ】
台風の訪れを察知したコアンはキースに対策をするよう訴えかける。苦労の末に何とか伝える事に成功し、避難所になった教会のエントランスホールで地域住民達と一夜を過ごすコアン。翌日の大荒れの天気でトラブルに見舞われるも大きな事故は無く台風をやり過ごす事が出来た。
――――嵐は過ぎ去った。
日中、散々台風に地域一帯を荒らされたが、日が落ちる頃には暴風域を抜けて天気も落ち着き、気温の然程上がらない快適な夜を過ごす事が出来た。教会のホールに集まっていた70人程の地域住民達は数名を残し自宅へと帰って行った。ホールに残り夜を過ごした者達は、家屋が被害に遭ってしまったのだろうか。
コアンが寝泊りしていた部屋は、残念ながら雨漏りが酷く寝室として使うのは厳しそうだ。
木造の居住部分には複数の空き部屋が有り、コアンの居た角部屋以外は殆ど被害が無かった様である。新たに宛がわれた部屋に寝床が作られ、夜はそこで過ごした。
――――翌日は、快晴であった。
(晴れたのは良いけど、嫌な予感しかしないな)
日光を遮ってくれる雲は無い。
日が昇ってからそれ程時間は経ってないのだが既に気温は夏を感じさせる程に至り、茹だる様な暑さが続く日々を予感させる。
朝食を済ませたコアンは、ウィオンに会いに来た。
飼育小屋は、倒壊は免れた様だが所々に破損箇所が見られ、昨日の台風が如何に凶悪であったかを物語っている。
雑に打ち付けられた木の板が目立つ、大慌てで対策を施したのだろう。しかしこの板切れ一枚追加したお陰で小屋が壊れずに済んだのかもしれないと思うと感慨深い。何が切欠で運命が変わるか分からないのだ、人事を尽くすその重要さを再認識した。
小屋の中から鳴き声が聞こえる。格子状に組まれた木材の隙間から、喉を鳴らしながら地面に落ちている何かを啄むウィオン達の姿が確認出来た。
「よしよし、ぶじだな~?」
ウィオンの元気な様子にコアンは満足げだ。思えば、台風が来ると分かった途端妙に慌て始めたのは家畜の被害を危惧しての事だったか。
「ぜーんぶくってやるからなー、それまでしっかりいきろよー?」
(もうちょっとオブラートに包んだ言い方しようや……)
異世界人に彼女の言葉が通じなくて良かった。もし仮に、共通の言語を扱っていたとしたら失言製造機と化していただろう。
「あっちーな……かえるか」
気温はどんどん上がっていく。コアンはウィオン観賞を早々に諦め避難することにした。
教会に向かう途中、家屋の修繕を行う人々の姿が見えた。被害はどの程度であったのだろうか、果たして俺達は役に立ったのだろうか。
俺の胸の内に台風一過の晴天が訪れる時はまだ先のようだ。
晴れの日の日中は、大人達が教会を訪れる事は少ない。
この集落は基本的に自給自足で生活しているようで、天気の良い時に成るべく出来ることを済ませてしまおうという考えなのだろう、大人達は農作業等に精を出している。
しかし今日は違う。
きっと復旧作業の情報共有でも行っているのだろう、キースを含めた大人達数名が集まり何やら話し込んでいる。
「コアン」
寝室に向かおうとしたコアンをキースが呼び止めた。
「……たのんでもむだだぞ、ぜったいはたらかないからな?」
彼女の言葉から、絶対に働きたくないという強い意思を感じる。エリート無職の貫禄だ。
外で住民達が一生懸命作業している様子を見たので邪推したのだろう。
しかし台風被害の後始末を子供に任せるのは不安だ。実際、作業している子供の姿は無い。働かされる心配は無さそうだが、キースはコアンに何の用事があるのだろうか。
「……ん?」
言葉の通じない彼が身振り手振りでコアンに出した要望は、どうやらスマホの借用願いらしい。
「ん~……ま、いっか」
すんなり俺をキースに貸し出すコアン。意外だ。
「かわりにそいつをこきつかっていいぞ!」
(――――――おいっ!)
使われる事は寧ろ大歓迎なのだが、代わりに働けと言われると途端に嫌な気分になった。人の心って複雑だな――――人じゃないけど。
異世界の大人達に囲まれた俺は悩んだ。
きっと彼等が求めているのは天気予想アプリなのだろうが、あれはジョークアプリの類であり実用性に乏しい。
実際、一昨日の予想通りであれば今日も雨の筈だが見事に外している。
やたらに見せびらかした結果、役に立たないと判断されてしまえば大人達は俺に興味を示さなくなってしまう。
何のアプリを使わせてやろうかと俺が悩んでいる最中もキースは画面を弄くり回している。
おっさん達に見守られながらおっさんに体を撫で回されるのは結構気が滅入る。
(やっぱ弄って貰うなら女の子だな――――っと、何だ?)
誤操作か、それとも意図してか、何かのアイコンがタップされたようだ。
画面がホワイトアウトし、中央に『TITUN』という文字が現れた。
株式会社ティターンの社名ロゴだ。
TITUNはゲームの企画・開発を主な事業内容とする会社である。
社名は「大きな会社にしたい」という願いから、神話に出てくる巨躯の神ティターンに準えて付けられた。
綴りがTITANではなくTITUNである理由は、ロゴを考えている最中に画数が13画という不吉な数字である事に気付き変更された為である。当初は『I』を小文字にする案が有力だったが、「小さいのは嫌だ」「もっと独自性を出そう」等の否定的な声が上がった為に再検討され、『A』を『U』に変えるという大胆な案が出る。画数は11となり、ピンゾロで尚の事良しとされ採用に至った。因みに、カタカナ表記のティターンも11画である。
暫くロゴが表示された後、画面が暗転する。
そして、中央に火の焚かれた焚き火台が現れ、続いて両側に巫女をモチーフにしたであろう女性キャラクターが現れる。
巫女二人が神楽鈴を一振りすると、怪しげな音楽と共に画面上部に文字が現れた。
[QUIZ SHAMANIC LABORATORY ―過去問題集―]
クイズ・シャーマニック・ラボラトリー(通称QSL)はアーケードで爆発的人気を誇るオンライン対戦型クイズゲームである。
QSLはクイズゲームだが、元はシャーマニック・ラボラトリーという、結構ダークな世界観のロールプレイングゲームである。
そちらも人気作でありシリーズ化されて続編がいくつも制作されているのだが、それを題材にしたクイズゲームが開発されていると発表された時は、「開発スタッフにヤバイ精霊が憑依した」と、期待と不安が入り交じったファン達が騒ぎだしネット上でかなり話題になった。
シャーマニック・ラボラトリーは、シャーマンであるプレイヤーが精霊を複数、自分の体に憑依させる事で新たな精霊を合成するという独特な設定と練り込まれたそのシステムが特に人気で、それはクイズ版にも受け継がれている。
『数学に詳しい精霊』や『アニメに詳しい精霊』等、思わずツッコミを入れたくなるような奇抜な精霊達を組み合わせて憑依させ、出題傾向を得意分野に絞るという攻略要素がそれだ。
定期的に開催される大会では、最終的には総合的な知識量が物を言うが、攻略要素が自身にプラスに働くと思わぬ高得点を獲得出来る。
その大会用に作成されたクイズを傾向と対策用と称して収録し、ダウンロード版として配信されたのがスマホ用アプリのQSLである。
収録内容の変更がある為アップデートの必要はあるがオフラインでもプレイは出来る。つまり、今もプレイ出来るという事だ。
(でも、出来たところで……って感じだな)
問題の内容によっては異世界人にも役立つ事があるかもしれない。
だが未知の言語で表示される文章では内容を理解する事がそもそも出来ない、問題外だ。
おっさん達が固唾を飲んで見守るなか、キースの指が画面に触れた。
《しまらぼっ!》
可愛い女の子の声と共に画面がホワイトアウトする。
そして、先程とは打って代わってポップな音楽が流れ始め、明るい雰囲気の景色が表示される。
続いて『しまらぼ』の四文字が浮かび上がった。
ざわめくおっさん達。
未知の体験の連続だ、無理もない。
だが実は、現実世界のおっさん達も同様であった。
長年貫いてきた世界観などまるで無い、完全な異世界になってしまったQSLのデザインを知った往年の『シマラボ』ファンがざわざわする様子がネットのレビューからも伝わってきた。
ファンは自分達が愛した作品の変貌に驚き、呆れ、怒り、口々に開発スタッフを罵った。
それらは瞬く間にネット上に拡散された。だが結果的に超話題作となり、思いの外練り込まれたゲームシステムと可愛いキャラクターでプレイヤーのハートを掴み、その人気はQSLがシリーズ化するという新たなムーブメントを作るまでに至ったのだった。
≪たまちゃんがゲームの説明をしてやるから、心して聞き給えー!≫
自らを「たまちゃん」と呼称する、ナビゲート役のキャラクター『珠萌』が画面に現れ、説明文が表示され始めた。
たまちゃんは会話ウィンドウで一生懸命ゲームの説明をしているが、異世界おっさんズの視線は全てコアンに注がれていた。
(まぁ見るよな……)
たまちゃんは巫女装束をモチーフにしたと思しき服を着た狐耳の女の子であった。
「…………ん、なんだ?」
コアンがおっさんズの視線に気付いたようだ。
≪……以上で説明は終わりだ、存分にクイズを楽しみ給えー!≫
説明文は文字のみだったが、〆のセリフは音声入りだった。
たまちゃんの声に反応したおっさんズはコアンから目を逸らし再びスマホの画面を注視する。
「……なんなんだ!?」
コアンの不満げな声が聞こえた。
(たまちゃんの方が人気……か?)
たまちゃんは出るとこ出てるナイスバディである。絵だけど。
キースは、画面に動きが見られなくなると取り敢えずタップしてみるという癖がついている様だ。
初めて俺に触れた時の――けものピラーが動作し始めた、あの時の印象が強く残っているのだろう。
お陰でゲームはサクサク進むがタップする位置は適当だ。四択や並べ替え等、どの様な回答形式のクイズが出題されても正解する事は難しい。
「おい、なんなんだ!? みせろ!」
単に興味が湧いたのか、それともおっさんズの態度が気に食わなかったのか、スマホを見せろと騒ぐコアン。
キースは屈んでスマホの画面を彼女に見せた。
丁度、問題文が表示されているところであった。
【第一問】
名古屋の名を冠する愛知
県の名産品で、卵肉兼用
種に分類される鶏。
「名古屋○○○○」
1.なごやん
2.きしめん
3.コーチン
4.ういろう
(ん……ああ、コーチンか)
全文読めば非常に簡単なクイズなのだが、一文字ずつ表示されるのでお手付きを誘発し易い、イヤらしい問題文だ。恐らく同じ出だしで答えが別の問題もあるのだろう。
「なー……ふる…………こ? う~ん……」
(あらら、名古屋が読めない――――っていうか知らないのか)
知らないのか、それとも忘れているのか。
コアンの出生の秘密が分かるまでは、その辺りの謎はお預けか。
――――不正解を表すビープ音が鳴った。
選ばれていたのは『ういろう』でした。
(うーん、惜しい……正直、正解にしてあげたい)
正解したところで何か得られる訳でも無いが、気持ちの問題というやつだ。
「なんだこれ」
第二問はモザイク処理された画像が何であるかを答える四択クイズだ。
黒色の物体の様だ、時間経過と共に処理効果が低くなり正体が露になってゆく。
選択肢は四つ
1.茶碗
2.なべ
3.ヤカン
4.おさみ
(異世界じゃツッコミ入れる人間も居ないし虚しいだけだな……)
コアンは暫くモザイク画像を眺めて悩んでいたが、完全にそれと分かる状態にまで画像が変わった所で見事二番の『なべ』を選択し正解した。黒い土鍋であったのは何と誤認させる為だったのだろうか――考えたくない。
「っしゃー!」
クイズである事は理解しているようで、正解を選べた事を素直に喜ぶコアン。
この辺りの適応能力が知識から来るのか想像力から来るのかに依って彼女の見方が変わってくる、クイズゲームは意外な有用性を秘めているのかもしれない。
「……サニーバッチ?」
画面を覗き込んでいたおっさんズの一人が異世界語を呟いた。鍋のことだろうか。
おっさんズは頷き合っている、皆の認識は同じであったらしい。
「なーべー!」
おっさんに対して日本語で訂正を入れるコアン。
ウィオンの時は一発で覚えたのだが、興味が無い物の事は覚える気すら無いらしい。
「ナーベ……」
鍋という言葉を覚えたところで大して意味は無いが、コアンの言葉を理解しようとしてくれているのは単純に嬉しい。
有用性に拘らず何かしら行動を起こした方が良いだろう。相互理解は互いに好奇心を刺激し合う事で促進される。
「まってろ!」
突然、走り去ったかと思うとガラガラと音を立てて舞い戻ってきたコアン。
キースが煮込み料理に良く使っていた金属製の寸胴鍋を引き摺ってこちらに歩いてくる。
「なべー!」
(頑張ってるのは分かった、しかし何ともお嬢らしい姿だ……)
言葉の問題もあるが、物の扱い方の問題もどうにかしないとこの身が持たない。
所有者が抱える問題には今後も悩まされそうだなと、重い鍋を一生懸命引き摺りながら歩いてくるコアンの姿を見ながら思った。
【キャラ紹介】
異世界おっさんズ:THE MOBS
たまちゃん:QSLのナビキャラである狐娘『珠萌』




