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EP.2 - 3

【先週更新分のあらすじ】

結局、天気予想アプリの有用性を見出すことが出来なかったアイザック。彼とコアンはエルミー達の誘いで猛暑の中を進み避暑地へと赴いた。そこで二人は、気候の変化や天気予想アプリの予想結果から台風が近付いている事に気付いたのだった。

「きーす! おい、きーすぅぅぅ!」


 教会のホールで、扉を勢い良く開け放ち躍りこんだコアンが大声をあげてキースを呼んだ。

 現在は丁度昼時だ、彼の居場所が何処であるか想像がついたコアンは一目散に厨房に駆けた。


 森の中で「嵐が来る」と予言した彼女は子供達に直ぐ帰るよう呼び掛けた。日本語で。

 当然通じないわけだが、腕を引いたり背中を押したりと必死に訴えた結果、何とか子供達を帰路に付かせる事に成功した。しかし彼等が何を考えてコアンに従ったのか解ってしまった俺は少々複雑な気持ちになった。


 帰り道での子供達の会話内容は食事に関するものであった。多分、必死なコアンの訴えを「腹が減ったから早く帰ろう」という意味だと解釈したのだろう。彼女の名誉の為に何とかしてやりたいところだがスマホなので――以下略。


 予想通り、キースは厨房に居た。

 彼は腕を組み汗を掻きながら煮え立った鍋と対峙している。この暑いのに良く頑張るな。


「きーす! よくきけ、あらしがくるぞ!」


 キースの周りをぴょんぴょん飛び跳ねてアピールしながらコアンは一生懸命訴える。日本語で。


「――――おっ?」


 キースは暫くコアンの様子を眺めていたが、一度考え込む動作をした後、徐にコアンの両脇を掴み持ち上げた。そして、厨房の外の廊下に設置されている洗面器の前まで運んで、また厨房に戻って行った。


「…………?」


 コアンは洗面器を見ながら暫く考え込んだが、結局いつもしている様に手を洗い始めた。


(――洗うんかいっ! まあ良い事だけども)


 手を洗い終わり、傍らに用意してあった布で手を拭くと再び厨房に駆け込むコアン。


「ちがーーーう! あらしがくるんだぞ、めしくってるばあいか!」


 腕を大きく広げたり駄々を捏ねる様に振ったりしながらコアンは必死に訴える。日本語で。

 キースは、今度は天を仰ぎながら考え込んでしまった。結構大事(おおごと)なんだが伝える術は無いものか。


 暫く悩んだ結果、キースは良く煮えた肉をレードルに乗せコアンの前に差し出した。


「……?」


 コアンは肉を見て一度首を傾げたが、すぐさま食器棚に走り二股のフォークを握り締め戻って来る。そして肉にフォークを刺してレードルから取り出し、三度息を吹きかけ冷ますと勢い良く頬張った。


「――――んっ!」


 キースに向けてサムズアップのハンドサインを送るコアン。この世界でのサムズアップはポジティブな意思表示全般に使われているらしい。また、サムズアップの様に拳を前に出して、親指を立てるのではなく小指を伸ばすとネガティブな意思表示となる。

 同じくサムズアップのハンドサインを返すキース。


「――っんぐ……ちっがーう! くっとるばあいかーーーー!」


 肉を飲み込み、地団駄を踏み始めるコアン。


「そうだ! おい、てんきだせ!」


 腰紐から俺を取り出すと、彼女はそう言いながらフリップを開く。

 それでどこまで通じるか分からないが、俺はとりあえず天気予想アプリを起動した。

 結果は変わらず晴れ、そして明日以降雨の予想だ。その画面をキースに見せながら指でぺしぺし叩くと画面が左にスライドし明日の予想天気、雨のマークが現れる。

 コアンは一瞬動きを止めるが、何が起こったか直ぐに理解し左右にスワイプを繰り返した。晴れと雨のマークが切り替わる様子を数回見せられたキースは窓の外を眺める。外は相変わらず灼熱の太陽が照り付ける快晴である。


(台風だと解らせるにはまだ情報が足りないか……)


 俺に出来る事は無いかと思考を巡らせていると、コアンは腕を振り回しながら「ぐおー」やら「ぶわー」やらと騒ぎ始めた。嵐を表現していると思われるが、果たしてそれがキースに伝わるだろうか。強烈なGがボディに加わり酷い不快感が俺に伝わって来ているので解って貰えないと凄く悲しい。


「わからんかー!?」


 彼女の問いかけに対するキースのリアクションは薄い。それを見るや否や俺を腰紐に挿し、今度は雄叫びを上げながら窓へ駆け寄り、それをガタガタと揺さ振り始めるコアン。


(大丈夫かな……暑さでおかしくなったとか思われないだろうか……)


 コアンに揺らされて悲鳴を上げる濁った半透明のガラス窓を眺めていると、外側に木製の扉が付いている事に気づいた。


(雨戸か……あれを閉めて回れば解ってくれるか?)


 妙案だと思ったが、それをコアンに伝えるにはどうしたら良いだろうか。



 ――――とりあえず震えてみた。

 振動に気付いたコアンは俺を手に取りフリップを開いた。


「なんだよ、いまいそがしーんだ!」


(知ってるけど、それよりコイツを見てくれ)


 俺はカメラを起動して彼女の顔を映し、それから直ぐにスリープモードへ移行した。


(……どう思うかな?)


「………………???」


 彼女は訝しげな表情で真っ黒な画面を暫く見つめていたが、何も起こらないと見るや再び俺を腰紐に挿し窓を揺らし始めた。



 ――――もう一度震えてみた。

 再び振動した俺に気付いたコアンは、面倒臭そうに俺を腰紐から引き抜きフリップを開く。


「いそがしーっつってんだろー……」


 再度カメラを起動して、数秒後スリープモードへ移行する。


「なんですぐとじる……ようじがあるんじゃないのか?」


 怒気を孕んだ声で俺に問いかけるコアン。

 俺は――――――カメラを起動し彼女の顔を映し、直ぐに画面を暗転させた。


「はぁ~…………」


 コアンはフリップを閉じると大きな溜息をひとつ吐く。そして窓を開けて外を覗き、俺を外気に晒した。


「……ふざけてるとほうりだすぞ?」


 暑さと、キースに言葉が伝わらないもどかしさ、そして俺の不快な動作で大分苛立っている。今、彼女が自身にストレスを与える俺に対して罰を与えようとするなら、あの地獄の様な暑さが待つ太陽の下に放り出すだろう――極力手近な場所から。

 たった一ヶ月間彼女と一緒に過ごしただけで、ここまで思考パターンを読めるようになった。出会った当初は翻弄されたものだが、この狐娘は実のところ非常に単純で分かり易い考え方をする生き物なのだ。


 取り合えず、少々身の危険を感じる状況ではあるが、コアンに窓から顔を外に出させる事に成功したのだが――――


「…………あっ」


 苛立った為に視野が狭くなってしまっている可能性も考えられたが、どうやら雨戸に気付いてくれた様だ。

 手を塞いでいる俺を腰紐に挿すと、コアンは雨戸をゆっくりと閉じた。更にガラス窓も閉じると、その様子を黙って見つめていたキースに歩み寄り窓を指差した。


「がらすとか、われちゃうぞ?」


 コアンが指差した、雨戸の閉められた窓を見ながら暫く棒立ちしていたキースだったが、思い出したかの様に振り返ると、(かまど)の近くに設置されている換気の為に開けていたであろう窓から顔を出し外を眺めた。

 森の中で見た頭上の空は正に青天であった。しかしキースの背中越しに見える遠方の空には分厚い白雲の姿が見える。


(――入道雲ってやつか、大型の台風が来そうだな)


 天気予想アプリ、正直に言って完全にクソアプリだと評していたが良い切欠をくれた。ファインプレーだ。集落の様子を見るに、まだ住民達は台風の接近に気付いていない。田畑や家畜、家屋等の損害を今から出来る対策でどれ程減らせるかは分からない。だが、そうであればこそ一刻も早く警笛を鳴らさねばならない。


 キースは外を眺めていて動かない。コアンも黙っている。俺の聴覚が、グツグツと煮える鍋の音に注意を惹き付けられたその時、風が吹いた。


 ――突風だった。


 気流が作り出した巨大な拳が壁を殴りつけ、鈍い音が響く厨房内を不可視の獣が駆け巡る。

 屋内にまで侵入してきた風は食器達に耳障りな悲鳴を上げさせ、先程までスープを煮ていた火を何処かへ持ち去っていった。

 キースは辺りを見渡しながら窓を閉める。幸い、物が壊れた気配は無かったが突風に見舞われる可能性は消えていないどころか寧ろ頻度は上がる、懸命な判断だろう。


 この風は、早ければ今日の夜にはあの馬鹿でかい雲を此処まで連れて来る。災害対策を施すのであれば急がねばならない、天気が崩れてから慌ててやり始めるようでは遅い。暴風雨の中被害箇所の応急処置をして回るような事態になれば二次災害が発生してしまう。

 文明の成熟度合いから見てこの世界の歴史は浅くない筈であり、それならば台風が発生した事が全く無いとは考え難い。過去に経験しているのであればそろそろ気付いても不思議では無いと思うのだが。


「…………ブオウ?」


「ぶおーーーー!」


 キースの異世界語に擬音語で答えるコアンの、腕を振り回し嵐を表現するダンスに力が入る。

 眉間に皺を寄せ掌で口を押さえて俯き、いよいよ真相に迫ろうかという様子で深く考え込むキース――――いや、これは笑いを堪えているのだろうか。判定は微妙だ。


「……イクェイツェイゾ」


 コアンの両肩に手を乗せ異世界語で「待て」の指示を出すと、キースは小走りで厨房から出て行ってしまった。

 厨房に取り残されたコアンは、暫く厨房の入り口をぼーっと見ていたが――――


「…………あっ」


 ――――椅子を(かまど)の前に移動させ、その後食器棚に走り器を一つ取ると、移動させた椅子の上に立ち鍋からレードルでスープを掬い器に注ぎ始めた。


(食っとる場合かーーーーーーーーーー!)




 俺は、散々キースにそんな事をしている場合かと文句を言っていたコアンに対し警告し(ツッコミをいれ)た。

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