EP.7 - 10
爺さんが語る転生についての話を聞き終わるまでに費やした時間で、バッテリー残量は80パーセントを越えるまでに回復した。
「随分充電出来たな……けど、折角だし100パーセントにしておくか」
「そうか、ならばもう少しおしゃべりタイムといこうかのぅ」
異世界について、聞きたい事は山程ある。
でも充電が終わったらさっさと出発したいので、爺さんに質問出来るのはあと一回くらいだろう。
なら聞くべきは、一つしかない。
「俺と一緒に行動してた、コアンって呼ばれてる狐の女の子って何者なんだ?」
コアンは間違いなく転生者だ。
しかし記憶の大部分を失っているようで、素性が全くわからない。
俺から本人に直接質問出来ればいいのだが、スマホなので不可能だ。
だから、転生者と関りのある爺さんがもし彼女の事を知っているのであれば、ここで情報を得ておきたい。
「おお、あの娘っ子か」
「知ってるのか? なら、出来れば詳しく教えてくれないか?」
正直、俺の興味本位な質問だ。
だが、一緒に行動する相手の事を全く知らないのでは不便な事も多々あるだろう。
それに彼女の事を詳しく知る事が出来れば、何かの手助けができるかもしれない。
「…………言えんな」
「え……なんで?」
知らないのではなく、言えないというのはどういうことだろう。
異世界に纏わるタブーでもあるんだろうか。
「女子のプライバシーをベラベラと喋り散らかすワケにもいかんじゃろ」
「そ、そっか……じゃあ、パーソナルな部分だけでもいいから」
「アイザックよ、しつこいのは女子に嫌われるぞ?」
め、めんどくせえ……。
気遣いは大事だと思うが、別に名前くらい聞かせてくれたっていいだろと思うのは俺だけなんだろうか。
「……そ、そうだ、名前! せめて名前だけでも!」
コアンという名は異世界で付けられた仮の名だ。
なぜ仮の名で呼ばれるようになったかというと、彼女は自分の名前を忘れてしまい名乗れなかったからだ。
だから、こっちから本名で呼んであげれば思い出すんじゃないだろうか。
コアンと呼ばれるのは好きじゃないみたいだし、もしかしたら喜んでくれるかもしれない。
「あー……名前か」
「そう、名前だよ! それなら問題無いだろ?」
「うーむ、でも個人情報じゃし……」
「そこを何とか……」
コアンが個人情報とか気にするとは思えないが、下手な事をしては不徳と捉えられかねない。
もう少し押してみて、無理そうなら諦めた方がいいかもしれない。
「駄目ならいいけど……一緒に旅をする仲間だからさ、名前くらいは知っておきたいんだ」
「すまんな……そもそもワシ、あやつの名前知らんかったわ」
「え……でも、転生する時に色々手続きしてたじゃん……その時に名前も書く筈だろ?」
「あれはおぬしの時しかやっとらんし、そもそも何の意味も無いただの演出じゃよ?」
「なんだよそれ……」
確かに、冷静に考えてみればあんな手続きが転生するのに必要だとは思えない。
初めての体験だからそういうものなのかと受け入れていたが、まさか全く意味が無い事だとは思わなかった。
「じゃあ名前は分からないのか……残念だ」
「すまんのぅ……というか、ワシはあやつの転生に関わっておらんのでな、ぶっちゃけ殆ど知らんのじゃよ」
「あ、そうなの?」
転生は爺さん経由のルートしか無いと勝手に思っていたが、そうでもないらしい。
という事は、結構な数の転生者が居てもおかしくはなさそうだ。
なら、これからの異世界の旅路で別の転生者と会う事もあるかもしれないな。
「いや……そういえば、何度か名乗ったのを聞いたような……はて、どんな名じゃったか」
「マジか、頑張って思い出してくれ!」
「……なんというか、ちょっと長い名前じゃった気がするんじゃ……」
長い名前……?
日本語使ってるし日本人だと思ってたが、金髪だし、もしかしてハーフか。
ミドルネームも一緒に名乗ったりしたのかな。
「テン……なんじゃったかなぁ……」
「がんばれ♡ がんばれ♡」
「……気持ち悪いし、気が散るんじゃが」
純粋な気持ちで心の底から応援したのに、酷い言われ様だ。
だが気が散ると言われてしまっては、黙るしかない。
「うーむ…………ああ、”テンヲワタリヨヲテラスヒ”じゃったかのぅ?」
「へぇぇ~…………って、二つ名じゃねーか!」
どう考えても本名じゃないだろう、聞くだけ無駄だったようだ。
しかし、コアンはなぜ本名を名乗らなかったのだろうか。
謎は深まるばかりだ。
「天を渡り……世を…………いや、夜を照らす……灯、かな……?」
いつだったか、ぼんやりと月を見上げるコアンを見た事があった。
もしかすると月に何か思い入れがあって、それを二つ名に取り入れたのかもしれない。
普段の行動が子供じみてるコアンからは想像できないセンスだ。
案外、生前はアニメとか結構好きだったりして、なんだかんだ異世界転生ライフを楽しんでいるのかもしれないな。
「さて……あと残り10パーセントってとこかぁ」
「ふむ、他に聞きたい事はあるかの?」
聞きたい事は沢山ある。
だが優先すべき事というと、何があるだろうか。
「そういえばさ、何で異世界は時間の進み方が違うんだ?」
それが何かの役に立つかどうかはわからない。
だが、一日が二百年になる原理には興味が湧く。
「それについてはワシも研究中でな、全ては解らんので断片的な事しか答えられんが良いか?」
研究中とは、これはまた新情報だな。
爺さんはこんな所で神様の真似事をしているが、実は異世界の謎を解明しようとしている研究者なのだろうか。
その辺も気にはなるが、次の機会にしておくか。
「ま、暇潰しのついでだし、全然良いよ是非聞かせてくれ」
「ぶっちゃけワシも研究の成果を誰かに聞いて欲しかったんじゃ、お安い御用じゃよ」
異世界に旅立てば他人との会話も満足に出来なくなる。
あとたったの数分だ、爺さんとの会話を楽しみつつ、ついでに異世界についての知識を得ようじゃないか。
「一応、高次元のシステムなのでな、低次元で表現するとかなり限定的になってしまうんじゃが……まあ、図解が分かり易いかのぅ」
「お、おぅ……手短に頼むぜ」
「うむ、時間も時間じゃからの……なるべく簡単に、二次元に時間の要素を加えた三次元で解説して進ぜよう」
二次元と時間で三次元か……聞きなれない表現だが、時間経過を用いて平面を立体的に解説するって事なのだろうか。
「では、おぬしの体を借りるぞい」
「えっ…………わ、わかった」
爺さんはスマホの画面を弄ってペイントアプリを起動させ、人差し指で小さい円を一つ描く。
次に、その小さい円を囲うように大きな円を描き、そして円の外側から小さい円の中心に向けて一本線を引き始めた。
「…………おい、ジジイ!」
俺は慌ててペイントアプリを閉じた。
「あっ、何をするんじゃ!」
「”何をするんだ”はこっちのセリフだよクソジジイ」
油断ならないじじいだ、恐ろしいものを描こうとしやがった。
俺が徳を積むのを邪魔しようとしているのだろうか。
「何か勘違いしとりゃせんか?」
「……勘違いなのか?」
「おぬしの質問に答える為の図を描いておったのじゃぞ?」
「そうか……」
俺は恐る恐るペイントソフトを開いた。
オートセーブ機能があるので、そこには爺さんが開いた危うい図が残っていた。
「この二重の円の大きい方が、おぬしが転生した異世界じゃよ」
「へぇ……じゃあ、小さい方が元いた世界?」
「左様」
二つの世界は大きさに差があるが……今は時の流れについて話している。
ということは、円の大きさの差が時の流れの速さの差を表しているのだろうか。
びっくりするくらい単純な図解だ。
「そして、円の中心から外側に向かう一本の線が示すのは、時間じゃ」
この線が時間……?
時間は可変な筈だから、ちょっと描かれてる情報が足らない気がする。
「この線を仮に”時間軸”としておこう」
「時間軸?」
「時間軸は全ての世界を繋ぐ要となるので、決して折れ曲がったりする事は無いんじゃ」
世界を繋ぐ要、か。
時間軸というくらいだし、時間を共有しているって事かな……でも、それだと時間の進み方が違うのはおかしくないか?
「では、その時間軸を使って時間経過を表してみるぞい?」
そう言うと爺さんは先程とは別の位置から円の中心に向けて線を一本引いた。
「さて、時間軸が二つになったが……おぬしに二つの世界の差がわかるかのぅ?」
「………………あ、まさか弧の長さか?」
「うむ、そのまさかじゃよ」
どうやら時間軸が円の上を進んだ距離が、その世界での経過時間ということらしい。
時間は、円が大きければ大きいほど早く、小さければ小さいほど遅く進む。
描かれたのはシンプルな図だが、驚くほど簡潔にそれを表現出来ている。
「なるほど、分かりやすいな……分かりやす過ぎて逆に納得いかないわ」
「これが二次元で表現できる限界じゃからのぅ」
つまり本当はもっと複雑な構造をしているって事なのだろう。
まあ、当たり前か。
何せ高次元のシステムらしいからな。
「じゃあさ、時間軸が一周したらどーなるの?」
「円を三次元に置き換えて真横から見た時に、例えばそれが螺旋状であれば疑問は無くなるじゃろ?」
なるほど、納得。
次元が増える毎に疑問は解消されていくってわけか。
低次元の存在である俺には答えに辿り着くことは出来ないんだな。
「複数の世界、マルチバースを時間軸によって統合させたものを、ワシはメタバースと呼んでおる」
「お、おぅ……まあ、どう呼ぼうが自由だけど…………まあいいか」
時間軸にせよ、メタバースにせよ、どれも既存の単語だから真新しさは無い。
だが知っている単語なおかげで、ある程度は納得できた。
何となく理解出来たし、爺さんも言いたい事が言えて満足しているようだから深く突っ込むのは止めて置こう。
「そしてメタバースは異世界を絶えず生み出し、膨張しておる」
「え、異世界って増えるの!?」
「うむ……で、新しく生まれた異世界は円の一番外側に生じるので、おぬしはかなり後の方に生まれた世界に転生した事になるのぅ」
「へぇー、それで一日が二百年になっちまったってわけか」
完全に理解したわけではないし、それは爺さんも一緒だろう。
しかし、かなり満足のいく解説だった。
主にエンタメとして……だけど。
「ふぅ……色々聞けて結構スッキリしたよ爺さん、ありがとうな」
「もうそんな時間か……寂しくなるのう」
もうすぐ充電が完了する。
再び異世界に旅立つ時が来たんだ。
「おお、そうじゃ、大事な事を忘れとったわい」
「え、なんだ? あんまりモタモタしてらんないんだが」
フル充電が完了してからは完全に時間の無駄遣いだ。
出来ればさっさと異世界に行きたいが、爺さんは俺に何の用事があるのだろう。
「二百年頑張ったおぬしにプレゼントをやろうと思ってのぅ」
「へー、何をくれるんだ?」
「ふぉっふぉっふぉっ、新しい力じゃよ!」
新しい……力?
急にファンタジックなワードを言うなよ爺さん、困惑するだろうが。
「力って…………まさかチート能力か!?」
「ふぉっふぉっ……まあ楽しみにしておれ」
爺さんはそう言ってスマホの画面に手をかざした。
俺はあまりの急展開に、図らずも心が躍ってしまう。
「うおおおお! 新たな力を得て新章突入ってことか! 燃えるぜ!」
「これこれ……あまり興奮するでない、手元が狂うじゃろが」
興奮のあまりバイブ機能が作動して震えているスマホの前で、爺さんはまるで画面を操作するかように指で何やら文字のようなものを描いている。
………………というか、実際にスマホを操作しているなコレは。
「……おい」
「よーし、出来たぞい」
「………………おい!」
どうやら爺さんは、神がかった奇跡を起こしてチート能力を付与するのではなく、スマホの設定を弄っただけのようだ。
「何が新たな力だよ、元々備わってる機能を使えるようにしただけじゃねーか!」
「まあまあ、そう言うな、きっと役に立つと思うぞ?」
爺さんが弄ったのは、スマホにインストールされているテキストエディタの設定だ。
アプリを開き、左下のマイクの絵が描かれているボタンを押すと使える様になる音声入力機能。
これを使うと、スマホのマイクに話しかけるだけで文字の入力が可能になる。
つまり音声入力を自在に操る事ができる俺は、任意のテキストを画面に表示する事ができるようになったというわけだ。
「まあ……でも正直助ったよ、ありがとな。 二百年間誰にも気付かれない機能だったから、使うの諦めてたんだ」
「異世界の住人ではなぁ……無理もないじゃろ」
異世界人はともかく、コアンは一応、元日本人なんだけどな。
色々忘れてしまっているから仕方ない。
「よし! 新たな力を得て、俺は転生を目指す旅に出るぜ!」
「うむ、行ってこい! 達者でな!」
その時、丁度バッテリー残量が100パーセントになって充電が完了した。
それと同時に、意識が遠のき始めた。
「あ……これはあの時の……」
「充電が完了したので向こう側の電源が自動でオンになったのじゃな」
そうか、電源のオンオフで此処と異世界を行き来できるんだな。
って事は死ななくても爺さんとまた会えるってわけだ。
「爺さん、またな……色々ありがとう」
「なんのなんの……アイザックよ、頑張るんじゃぞ」
見とけよ、爺さん。
俺は必ず望み通りの転生を成し遂げて見せるからな。