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EP.7 - 9

フル充電までは、まだまだかかりそうだ。

バッテリー残量の増加ペースから推測するに、やはり店員さんの言った通り一時間くらいはかかるようだ。

出来れば直ぐにでも異世界に戻りたい。

爺さんの話で暇を潰さなければならない現状がもどかしい。


「なんか、やっぱりあんまし信じとらんように感じるんじゃがのぅ……」

「俺は別に爺さんを信用できない相手だとは思ってないよ、ちょっとオツムが信頼できなそうだなって思ってるだけで」

「なんかめちゃくちゃ失礼な事言っとるな?」


爺さんはこんな風に、俺に悪口を言われても軽く文句を言うだけで露骨に機嫌が悪くならないところから察するに、性格は悪くないと思う。

だから信用できる、というのも単純な話ではあるが……。


「……で、地縛霊が何だって?」

「うむ、そうじゃな……」


急にオカルト話に振り切って、どう俺を納得させるつもりなのだろう。

どんなトンデモ理論を展開するのか、正直かなり興味深い。


「まず、世界が仮想空間であると仮定する。 すると、霊魂の類は一切の矛盾無く世界に実在する事ができるのじゃ」

「……は? いや、まぁ…………そうかもなぁ」


仮定の話なら、そりゃあ何でも有りだ。

()()()()()()()()()()()()()()()()()という文章は、それ自体に矛盾を孕んでいるような気がするが、早々に話の腰を折ってしまうのもアレなのでツッコミは入れないでおこう。


「なぜならば、万物がデジタルデータの形式に統一され、仮想空間上に表現されたものとして扱われるからじゃ」

「ああ……なるほどね」


一応、納得できなくもない。

デジタルデータだって、記録媒体に物理的に書き込まれたものだ。

それで表現された仮想空間も広義では物質……実在するものだという理屈だろう。


「つまり霊魂もデジタルデータの集合体ということになるんじゃが、特に地縛霊と呼ばれておるものは異世界転生と深い関係があるデータでな……」


転生と霊魂……つまり魂が密接な関係にあるというのは、まあ当然だろう。

だが地縛霊が特殊ってのはどういうことだろう。


「地縛霊のデータにはな、詳細な位置情報が含まれておるんじゃよ」

「へ……へぇ……?」


なるほど、特定の場所に縛られている霊というのは、位置情報が固定されているから、そこから動くことができないのか。


「なんか……幽霊に対する認識が観光地的な何かに変わってしまいそうな話だな」

「そういうのが好きな者達には心霊スポットなんぞ元から名所みたいなもんじゃろ」

「確かに……」


誰かが人の死にアレコレ理由をつけて恐怖心や好奇心を煽るような噂話を作ると、興味を持った人達が噂の地を自分の目で確かめてみようと集まってくる。

そうして集まった人達がまた、誰かを怖がらせようと新たな噂話をでっち上げる。

そんな事が繰り返されるうちに、その地は心霊現象やら何やらのコンテンツを一通り揃えた、一度は行ってみたい観光スポットとして人々の心に刻まれるのだ。


「あれ……まさか、異世界転生と関係がある事って……」

「そう、存在と場所を多く人々の記憶に残すことで生まれる地縛霊というデータ群は転生先を指定するのに非常に有用なんじゃ」


なるほど、地縛霊が持つ位置情報が転生先になるわけか。

なら出来る限り安全なところで地縛霊になりたいものだな。

山奥とか線路上とか絶対ダメだろ。


「じゃあ、俺の地縛霊はもしかして……真歩ちゃんに取り憑いてたりするのか?」

「勘違いするでない……地縛霊は、あくまで”例”として出したまでじゃ」


爺さんがニヤリとした気がしたので、絶対にツッコミを入れないぞと心に決めつつ、新たに湧いた疑問を解くために質問を俺は投げかけた。


「地縛霊じゃないなら、俺の転生先を指定するものは何なんだ?」

「もちろん、記録じゃよ……記憶とも言うかのぉ」


記録、あるいは記憶。

それが転生に必要なものだというのは、もう知っている。

そして爺さんは、それらについての情報は、俺には必要ないと言っていた。

それはつまり、それらに該当するものが既に用意されているということだろう。

いったい何を参照して俺を真歩ちゃんの元に転生させようというのだろうか。


「スマホを使っていると、事ある毎に所有者のデータ登録を求められるじゃろ?」

「……な、なるほど!」


所有者が真歩ちゃんであるという登録情報が、転生先の位置情報として使えるということか。

人間の曖昧な記憶ではなく、記録媒体にしっかりと刻まれたデータだ。正確性は段違いだろう。

これは、スマホの利点が出たか?


「例えば、そうじゃな……顔認証に使うデータとか残っておれば最強じゃのう」

「………………えっ?」


ちょっと待て、何か嫌な予感がしてきた。


「それと自撮り画像なんかを合わせれば、凄く良いデータが出来上がるじゃろうなぁ」

「…………ッ!?」


確か、その辺のデータって……消えてなかったか?


「逆に、住所とかはイマイチなんじゃよ……人が記憶するには印象が弱めじゃからの」

「そんな…………」


顔認証に使うFaceIDはコアンにスマホを操作させる為、転生初日に消してしまった。

まさかこんな所で必要になるなんて、思いもよらなかった。

知ってさえいれば絶対に消さなかったのに。


「……どうして教えてくれなかったんだよおおおおお!!!」

「えっ…………まさかおぬし、消してしもうたのか!?」


真歩ちゃんの自撮り画像も残っていない。

元々自撮りをあまりしない子だったので、転生時のデータ破損に巻き込まれて全滅してしまった。


「むむむ……いーぢーげーむかと思うたが、ちぃとハードルが上がってしまったのぅ」

「ちくしょぉぉぉ…………」


折角のスマホの利点が、運命のいたずらに因って露と消えてしまった。

こんなのってないよ……。


「落ち込むのはまだ早いぞよ……自分の記録が無くとも、他人の記憶がある!」


爺さんは力強く言った。

転生に必要なデータは多くの人々の記憶だという。

しかし一個人のスマホなんて、そんなに大勢の人に認知されているだろうか。


「……厳しくないかぁ?」

「何を言うか、自分の命を救ったスマホを、そうそう忘れるわけがなかろう!」


確かに、真歩ちゃんなら俺のことを覚えてくれているだろう。

それで転生出来るというのなら、何も問題はないのだが。


「転生…………いけるのか?」

「転生するには不十分じゃが、位置情報くらいにはなるじゃろ」


やっぱり、足りないらしい。

足りない分はどう補うのだろう。


「無事転生できるかは、おぬしの頑張り次第じゃな」

「そうなりますよね……」


つまり、徳を積めと。

それしか望みがないのであれば、そうするしかないよな。


「多くの人々の記憶に残るような活躍をすれば、転生するに足るデータを蓄積できるじゃろう」

「わかったよ、やってやるさ」


他に方法があるわけでもないのだから、覚悟を決めるしかない。

今を必死に生きて、明るい未来を掴むんだ。


「うむ……じゃが、転生先で碌でもない業を背負わんよう、行動には細心の注意を払うんじゃぞ……わしは助けてやれんからな?」


もちろん、妙な行動はしないよう心掛ける。

だが成り行きで……とか、不可抗力で……とかはあるかもしれない。


「そこをなんとか…………ならないの?」

「わしの仕事は、数式で例えるならマイナス1の乗算程度のものじゃ……転生用のデータは絶対値を参照するからのぅ、何も変えられんわい」


なるほど、爺さんの仕事は転生を”させる”だけってことか。

転生後がどうなるかはデータに準ずる……つまり因果律、因果応報というわけか。


「とんでもない化け物に転生しそうであれば、介錯してやるくらいは出来るかもしれんがのぅ」

「縁起でもないこと言うなって……」

「逆に、理想を遥かに超えた存在に転生することも有り得るがのぅ」


理想を遥かに超えた存在かぁ……俺は、真歩ちゃんの傍に居られればそれでいいかな。


「っていうか、絶対値を参照するっていうなら劇的な変化は起きないんじゃないか?」

「”マイナス1の乗算”と例えたものは転生プロセスの一番最初の工程に過ぎんよ、その後の変化は……神のみぞ知ると言ったところかのぅ」


神のみぞ知る……か。

かつて神と名乗った人物がそれを言うのは滑稽過ぎるな。


「………………神様って、居るのかな?」

「正直わからん……が、高次元という我々が知覚出来ない領域にも何かしらが存在しておるのであれば、それを知覚している存在が居る可能性は高い……それが神様なのか、別の何かなのかは分からんがの」


高次元の存在が居て、俺たちはデータでしかなくて……まあ”俺”は今の時点でもデータそのものなんだが。

しかし、爺さんや店員さん、そして真歩ちゃんすらもデータによって仮想空間に表示された存在なんだと考えると、なんだか不思議な感じがするな。


「ま、おぬしの望む未来を現実のものにしたいのであれば、その神様に気に入られることじゃな」

「そしたら、データを良いように書き換えてくれるかもしれない……ってか?」


希望的観測ってやつだな。

自分たちがどうする事もできない事象が絡んでいるのだから、結局神頼みになってしまうのは仕方ない。

因果律は操作できないから、頑張って理想の結果になるよう原因の方を変えていく。

それはつまり……


「努力次第……か」

「左様」


俺は覚悟を決めた。

それを察したのか、爺さんは強い眼差しを俺に向けつつも、柔らかな表情を見せた。

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