EP.7 - 8
スマホが充電器に置かれると、バッテリー残量は少しずつ増えていった。
それを確認した俺は、疑問……というか心配事がひとつ出来た。
「店員さん、充電ってどれくらい時間掛かります?」
「フル充電だと一時間程ですね」
「そうですか……」
無線充電ならそんなもんだろう。
というか二百年持つバッテリーが、たった一時間で充電完了してしまうと考えると寧ろメチャメチャ短い。
だがタイムリミットのある俺にとっては、たったの一時間であっても貴重だ。
しかも、これから行く異世界は、その一時間がとんでもなく長い時間の可能性がある。
異世界の二百年は俺が元居た世界の一日だ。
では、ここでの一時間は、異世界では何年になるのだろう。
「なあ爺さん、異世界と此処の経過時間って、どれくらい差があるの?」
返答次第によってはフル充電を待たずに戻る事も考えなければならないだろう。
スマホが長期間無反応のままだとコアンが手放してしまうかもしれない。
「おぬしは今のところ異世界に存在しておるので、時間の進み具合は異世界と一緒という事になるのう」
「あ、そうなの?」
それなら安心だ。
しかし、異世界に居る事になっているという事は、今ここにいる俺は何なのだろう。
そもそも、このZacro storeって何なんだ?
「ワシらが居る、この場所のことが気になるのか?」
「……心を読むなよ気持ち悪いな」
「おぬしが聞きたそうな顔をしておったからのぅ」
俺の何を見て聞きたそうにしてたと言った?
このジジイ、本当に大丈夫なのかな。
「まあ、時間あるしな……聞かせてくれよ、この場所がどんな性質を持っているのかを」
俺がそう言うと、爺さんは満足そうに頷き、語りだした。
「簡単に言うならば、ここはVR空間のようなものじゃな」
「なるほど理解した、ありがと爺さん」
「えぇぇ…………」
爺さんはもっと語りたいらしく不満げだ。
だが異世界に居る事になっているという情報と、この場所がVR空間のようなものだということが解れば、もう他に細かい説明は要らないだろう。
実体の無い仮想空間では何でもアリだ、理屈で考える意味が無い。
それはつまり、何も知る必要がないって事だ。
老人の話は長くなりがちだが、思いのほか短く済んだな。
「もっと色々あるんじゃがのう……」
しょんぼりしている爺さんが哀れだ。
仕方ない、もう少し話をさせてやるか暇だし。
「取り敢えず此処についての話はいいよ、他にも聞きたい事があるからさ」
「おお、そうか!? 何でも聞くがよいぞ、わしの知ってる事なら何でも答えて進ぜよう! ……知ってる範囲でな」
「…………なんだかなぁ」
やたら嬉しそうなのが気になるところではあるが、どうせ大した理由ではないだろう。
そんな事よりも気になるのが、答えられる事に"知ってる範囲で"という前提条件がある所だ。
爺さんは全知全能的な存在ではないらしい。
まあスマホの充電すら人任せなのだから当然と言えば当然か。
立ち位置的には異世界転生のキーマンみたいだが、あんまり頼りにならないのかもしれないな。
「じゃあ聞くけど、本当に徳を積んだら転生出来るようになるのか?」
異世界に行ってからずっと疑問に思ってた事だ。
"徳を積む"という、具体的な指標の無い曖昧な目標を設定され、ずっと不安を抱えたまま生きてきた。
だがその不安ともこれでおさらばだ。
いくら頼りない爺さんでも、流石に答えられるだろう。
自分で言った事なのだから、答えられない訳が無い。
「……はて、誰がそんな事を言ったのかのぅ」
「テメェだよ、ボケジジイ」
爺さんは唇を尖らせて肩を竦めた。腹立つ。
確かに爺さんはあの時、徳を積めと言った。
聞き間違いじゃない。
ボケたフリで無かったことにさせるワケにはいかない。
「まさか神様ともあろう御方が約束を違えるのか?」
「いや……徳を積んだら転生出来るとは言うとらんのじゃが……」
ゴネ始めやがったぞ、このクソジジイ。
だが俺は諦めない。
一度は転生してるのだから、それ自体は不可能ではない筈だ。
「この俺の、二百年の努力の全てが怨念へと注がれてしまう前に態度を改めた方がいいぞ?」
「か、神様だと思っておるのなら脅さんでくれ……罰当たりとは思わんのか」
まあ、俺がキレたところで何が出来るわけでもないのだが、ここは勢いで押しきる。
絶対に転生させる約束を……いや、一筆書いてもらうなりして、ちゃんとした契約をここで締結しておかねばならない。
ゴネ勝負に持ち込めれば、そこからは千日戦争だ。
「ま……まあ、元居た世界に送ってやることは出来るんじゃがのぅ」
「なんだそれ、それって転生とは違うのか?」
はぐらかされているのだろうか、何か引っ掛かる。
聞く相手を不安にさせる言い方だ。
「その……ちょっと違うというか、転生はさせられるが細かい行先までは決められない……みたいな感じなのじゃ」
ああ、不安が妙な形で現実になってしまった。
転生は出来るが転生先を指定できないと来たか。
そういえば一回目の転生は、行先を異世界としか言ってなかった。
なんてこった、そんな落とし穴があったとは。
「おぬしはもう気付いておるじゃろうが、わしは神様などではないのでな……出来る事には限りがあるんじゃよ」
「じゃあ、転生しても真歩ちゃんに会えない可能性があるって事か……」
爺さんが神様かどうかなんて事はどうでもいい。
しかし真歩ちゃんに会えないというのは大事件だ。
最早転生すらどうでもよくなってくる程の事だ。
「残念じゃが、可能性はゼロではない」
「マジかよ……」
真歩ちゃんと出会えない世界に転生して、意味なんてあるのだろうか。
そんな事を考えていると、どんどん気が滅入ってくる。
「しかし、可能性をゼロに近づけることはできるぞい」
意気消沈している俺を見兼ねたのか、爺さんの発言に俺を鼓舞しようとする意図を感じた。
だが、出来る事が限られていると言われてしまっているので、俺の心に希望が湧いてくる様子はない。
「へぇ……どうやって?」
「あんま信用しとらんようじゃのう……」
爺さんは、「さて、どうしたものか」と呟きながら何やら考え始めた。
別に信用していないわけじゃない、頼りないと思っているだけだ。
信用と信頼は、似て非なるもの。
人間性を評価している人物であっても、任せられない事は多々ある。
「そうじゃ、おぬしは因果律を知っているかの?」
難しい話をして有耶無耶にする作戦か?
舐めるなよ、集合知に触れた者の力を。
「えーっと……原因と結果がペアになってるってヤツ?」
「うむ、平たく言うと、そんな感じじゃな」
創作の世界では、わりとポピュラーな単語なんじゃないだろうか。
登場人物の絶望的な運命を変えるために、毎度毎度因果律は都合の良いようにねじ曲げられて久しい。
「……まさか、因果律操作を?」
このタイミングで因果律という単語が出てきたということは、そういうことなのだろうか?
神様ではない爺さんに、因果律の操作なんて大それた事ができるのだろうか。
「そんな事できるわけないじゃろ」
「ですよねー」
ある意味、信用してた。
爺さんは、結局ただの爺さんだ。
まあ、こんな場所に存在している時点で、ただの爺さんではないのだが。
「そもそも因果律は"変える"とか"操作する"とか、そういう類いのものではない気がするんじゃが……解釈の違いなのかのぅ」
そういえば、フィクションで度々登場する単語の意味を深く考えることって、あまり無いな。
でも、創作された世界というのは創作者独自の世界なわけだし、その設定にいちいちツッコミを入れるのは野暮ってもんだ。
そういうもんだと受け入れて楽しむ方がスマートだろう。
「で、その因果律がどうしたっていうんだ?」
「うむ、因果律という法則が異世界転生に対して、どのように作用するのかという話なんじゃが……」
なるほど、分かってきたぞ。
転生に対して法則がどう作用するかを知れば、望み通りの転生が出来るかもしれないという事。
この話は俺の運命を左右する、超大事な話だ。心して聞かなければならない。
「まず、因果律の要素の一つである原因……これは、”おぬしの行動全て”じゃ」
「……ほぅ?」
「そして、もう一つの要素、結果は”おぬしという存在がどのようなものであるかという情報の蓄積”なんじゃ」
「ほ………………ほぅ?」
起因が俺の行動全てだという話は理解できる。
一挙手一投足が自身の運命を決定付けるなんてのは、別に当たり前の事だ。
しかし、それらの原因を受けての結果が”情報の蓄積”というのは、どういうことなんだろう。
それが転生に与える影響って何なんだ?
「つまり、おぬしを認識した万物の記憶が記録として世界に蓄積され、おぬしの転生はその情報を参照して行われるというわけなんじゃよ」
「えーっと…………つまり?」
「簡単に言うと、生前悪さばかりして人に迷惑かけてたら碌なもんに生まれ変わらんし、その逆もまた然りということじゃ」
「………………」
在り来たりな話過ぎる。
散々講釈たれて、結論がこれでは拍子抜けもいいところだ。
「何というか……それだけ?」
「無論それだけではない、おぬしは漠然と幸せな来世を望んでおるわけではなかろう?」
確かに、そうだ。
俺が来世に望むことは、真歩ちゃんのスマホになりたいという、かなりピンポイントなものだ。
「生前、徳を積めばまともなものに生まれ変われるであろうが、みっしょんこんぷりーととはならんじゃろ?」
「なるほど、他にもやらなければならない事があるんだな……って、それは先に言えよ!?」
徳を積むだけじゃ真歩ちゃんのスマホになれないというのであれば、最初に転生する時にそれも伝えるべきだろう。
まさか言うのを忘れてたのか、このくそぼけジジイ。
「二百年のタイムロスはかなりのものだぞ、どうしてくれるんだ!」
「慌ただしかったからのぅ……じゃが安心せい、おぬしに限って言えば必須の情報ではない」
「そ、そうなの……?」
何故俺に限って言えば、なのかは分からないが、重要な事ではないらしい。
ビビらせやがって……発禁モノの言葉で罵り続けるところだったぜ。
「さて……では、地縛霊を知っておるか?」
「え…………まあ、知ってるけど」
因果律の次は地縛霊か。
話のジャンルがブレまくるなぁ。
俺は爺さんの取り留めない話に呆れつつも、自分の運命を左右する事なので話を聞く姿勢を崩さないよう心掛けた。