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EP.6「春、新たな日々と恩返し」

悲劇的な事件が起きたあの日から約一か月の間、俺やコアン達は平穏な日々を過ごしていた。

だが、他の人達も同様かというと、どうやらそうでもないらしい。

時折、武装した軍団が街を練り歩き物々しい雰囲気を醸し出したり、夜中にけたたましい鐘の音が響き渡ったりと、俺たちの預かり知らない所で何かが起こっているようだった。


「ちっ……うっせーな……」


今日もまた鐘の音が街中に響き渡り、自室の窓の近くで日向ぼっこをしながらウトウトしていたコアンは心地よい気分を台無しにされてキレている。


「ったくよぉ……ちょっともんくいってくるか」

(やめとけって)


俺はコアンを思いとどまらせようと、バイブを作動させて注意を引いてみるが……


「は? なんだおまえ、ひよってんのか?」


……なかなか思うようにはいかない。


不穏な空気は感じるものの、街は特に混乱が起きている様子もなく平和そのものだ。

しかし臆病なくらいが丁度いいだろう。

俺はバイブでコアンの注意を引き続けるが……


「かってにふるえとけよ、こんじょーなし」


……だめだこりゃ。

何となくだが、俺が伝えたい事をコアンは理解しているような気がする。

だが、伝わっていても、そもそも言うことを聞いてくれないのでは意味がない。

折角の平穏な毎日をバカ狐の余計な行動で台無しにされたくないと、必死に抗議の振動をし続けるが、しばらくすると完全に無視するようになってしまった。


(頼むから変な事件とか起こさないでくれよー……)


こんな時、頼りになるのがエルミーなのだが、今日は朝食後に何処かへ出掛けてしまい頼ることが出来ない。


(悪い予感がする……)


平穏な日々が、ガラスの様にみしりと音を立ててひび割れていくのがわかる。

こういう時は絶対トラブルを起こしやがるんだ、このバカ狐は。


コアンは広い屋敷内を歩き回り、鐘の音の出所を探す。

音の大きさから察するに、この建物からそう遠くない場所で鳴らしているのは間違いないだろう。しかし屋内で昼夜問わず鐘を鳴らすなんて行為は非常識……というか、何のためなのかいまいち想像がつかない。

だが、屋外でならどうか。

鐘を鳴らして街の住人たちに何かしらの合図を送っていると考えれば、夜中にでかい音を立てても変だとは思わないだろう。

探すなら外かと思うのだが……


(まあ、外に出ないっていうのなら、それはそれで……)


屋敷の外で何かの事件に巻き込まれるよりはマシだろうと妥協し、俺は抗議のバイブを止め、コアンの気の向くままに行動させることにした。


「きんじょめーわくなばかやろーはどこだー? こんちきしょーめ!」


鐘の音はすぐに鳴り止んでしまったので場所の特定は困難だ。

随分歩き回ったが、なかなか鐘のある場所に辿り着けない。


「コアン!」


エルミーの声だ。


(ああ……この声をどれだけ待ち望んだことか……)


朝食後、用事の為に姿を消していたエルミーが戻ってきてくれた。

彼女が居ればコアンが妙な気を起こすこともないだろう、たぶん。


「よー、えるみー。 どこいってたん……ぬあっ!?」


コアンの言葉を遮るように、また鐘の音が鳴った。

やはりかなり近い場所で鳴っているようで、随分大きな音だった。

耳の良いコアンには刺激が強かったようだ。


(これは……上だな)


屋敷の近所でもなく、屋内でもない、恐らく鐘は屋敷の屋上に設置されているのだろう。


「おいえるみー! これ、なんとかならないのか!?」


エルミーは一度首を傾げるが、コアンが頭上の耳を手で押さえている様子から何を言っているのか察したようで、暫く考え込むとコアンの手を引き歩き始めた。

屋敷の長い廊下を進み、壁に突き当たると今度は階段をどんどん上がっていく。

そうして辿り着いた屋上には、3メートル程の石塔が数個並んでおり、その全てに鐘がぶら下がっていた。


「あ、あいつだな!」


石塔の一つに人影を見つけたコアンは走り出す。

そして騒音を出していた犯人を問い詰めようと石塔の壁に設置された梯子に手を掛けた時、見知った顔を見たコアンはポツリとつぶやいた。


「きーす……おまえだったのか……」


まるで推理ドラマの最終回にありそうなセリフだ。

だが事件のクライマックスにしては罪があまりにも軽く、下らなすぎる。


「おまえなー、ごきんじょとらぶるになったらどーすんだ!」


梯子を上りきり、キースの横に立ったコアンは、彼の足をぺちぺち叩きながら説教を始めた。


(ご近所て……っていうか、仕事でやってるんだろうから苦情は来ないと思うけどな)


真っ当な仕事をこなしているだけの人に苦情を言いに来る不届き者も偶に居たりするのが悲しいところだが、キースは権威ある聖職者なので、この辺りで文句を言いに来るのはコアンくらいしか居ないだろう。


何やら喚いているコアンを暫く見ていたキースは何を思ったか目の前の鐘を軽く小突いた。


「ぐああっ!」


鐘の音は控えめであったが、すぐ傍で鳴っているため聴力が異常に高いコアンには普通にダメージが入ったようだ。

そして、その様子を見たキースの口角が少し上がったのを俺は見逃さなかった。


(コイツ……クールぶっといて実はお茶目さんだったのか……!)


朴念仁だとか実直だとか、そんな印象しかなかったキースだが、かなり化けの皮が剥がれてきた。

彼の面の皮で守られた内に秘めたる本性はいったいどんなものなのだろうかと興味が少し湧いてきた。

コアンがぎゃーぎゃー喚きながらキースの足をポカポカ殴るが、強靭な肉体はその衝撃を悉く無効化する。


(お嬢の負けだよ……)


暫くの後、コアンが殴り疲れて膝に手を付き肩で息をしだしたところでゲームセット。

この喧嘩、キースの圧勝だ。

そんな様子を後ろで見守っていたエルミーが、ここぞとばかりに歩み出てキースに何やら進言している。

キースは暫く考える素振りを見せ、やがて何かを思いついたらしくコアンの両脇を掴んで持ち上げた。


「うおっ!?」


突然、掴まれて持ち上げられたコアンは驚いた様子を見せるものの、先ほどの連打での疲労が回復していないので抵抗する気が起きないようだ。


「コアン、ミロ!」


エルミーは見ろと言うが、果たして何を見ろというのだろう。

キースがコアンを掴み上げ、石塔の外に向けているという事は景色を見ろということなのだろうが、見えるのは街並みと、街を囲う壁の向こうに見える平原だけだろう。

そこに何があるというのか。


「は? なんでめーれーくちょーなんだよ……」

(それはお前のせいだぞ)


エルミーはコアンの言葉を一生懸命聞いて、その言葉の意味を理解しようと努力してきた。

その甲斐あってそれなりに意思疎通が出来るようにはなったのだが、如何せん勉強元の質が悪いせいで素養に難が出てしまっている。


「ったく、なんだって……ん、なんかたくさんこっちにきてるな」


何かを発見したらしいコアンは、俺を眼前に構えた。


「おい、あのでっかくするやつやってくれ」

(はいはいズームね……)


俺はカメラアプリを起動して、画面に映像が映し出されたのを確認するとズーム機能を作動させた。

すると、画面に広がる平原の地平線に波打つ多くの影が並んでいるのが見えた。


「…………よくわからんな」

(うーん……光学ズームの最大値に合わせてみるか)


ズーム倍率を上げ過ぎてしまうと画質が劣化して見辛くなってしまうので、敢えて倍率を下げて画質上げると、地平線に蠢く影が人のものであることが確認できた。


「へーたいだーーーーーーーー!」

(凄い数の兵隊だ……けど、なんとなく見覚えがあるな)


鐘の音はあの大軍団の接近を知らせるものだったらしい。

エルミーはコアンにそれを教える為にここへ連れてきたのだろう。

そして、キースの落ち着きようから察するにあの兵隊たちは……


「……みかたか?」


コアンがエルミーに問いかける。

これだけ異世界語まみれの生活を続けている中で、普通に日本語で質問してまともな答えが返ってくると思っているのが不思議で仕方ない。


「ン~…………トモダチ!」


エルミーの脳内日本語辞書に味方という単語は恐らく無いだろう。

しかし状況からなんとなくコアンの質問内容を予想し、それに合った最適な言葉を選んだのだと思う。


「…………へぇー、ともだちおおいな……」


あまりの察しの悪さに突っ込みを入れる気すら失せたが、コアンには敵意の無い集団であることさえ伝わっていれば特に問題は無いだろう。


コアンに鐘を鳴らす意図が伝わったと思ったか、キースはコアンを床に降ろした。

そしてゆっくりと屈みコアンの目線の高さに顔を合わせると、両耳にそれぞれ人差し指を挿すアクションをしてみせた。


「コアン、ウルサイウルサイ」


エルミーが横で両耳を塞ぎながら言う。

俺には当然その意図が理解できたが……コアンには無理だろうな。


「なにいってんだ、うっさいのはこのでかぶつだろーが」


そう言ってキースの顔面をぺちぺち叩くコアン。

すると、キースは表情一つ変えずスッと立ち上がり、どこからともなく小さな金属製の槌を取り出した。


「お…………おいやめろ!」


その様子を目の当たりにしたコアンはこれから起こる事を察し、慌てて抗議の声を上げる。

だが彼女の訴えをキースが理解できる筈もなく、無情にも槌は振り下ろされた。


「ぐああああああああっ!」


鐘の音は哀れな女狐の断末魔を掻き消し、街中に響き渡ったのだった。

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