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EP.1 - 12

【先週更新分のあらすじ】

 アイザックは自分が音声認識AI『A.I.Zack』である事を理解した。食卓でのローブの男と狐耳の少女の会話でローブの男の名が『キース』である事が判明、話の流れから少女の名前が彼女の口から聞けると期待するが結局不明のままであった。その後、自分を手にしたキースの興味を惹こうと画策するアイザックだが結果は失敗に終わった。

 お嬢が目覚めたのは丁度昼食時であった。きっとお腹が空いて自然に目が覚めたのだろう。


 彼女は飛び起きると俺を持って厨房に直行した。

 食う、寝る、遊ぶ――欲望に忠実な彼女の生き様ではあるが、俺はそれを歓迎している。

 所有者が幸福であればある程、俺も恙無(つつがな)く生きられるというもの。先ずは共に生き、そしていつの日か欲を貪る彼女にも他人を思いやる余裕が出来たなら、出来得る限り彼女の奉仕活動に協力して徳というものを積みまくってやろう。その時まで彼女の手の内に俺が在ればの話だが。


「おい、きーすぅ~……ういろうぅぅ~~……」


 相変わらずの横柄な物言いだ。だがキースにはその辺りの事までは伝わっていないだろう。

 厨房では彼が料理をしているようだ。未だフリップが閉じられたままなので視界は真っ暗だがグツグツと湯が煮える音が聞こえてくる。

 俺の体感温度が少し上がり、火に近付いた事を知らせている。怖い怖い。


「イクェイツェイゾ」


 キースの異世界語が聞こえた。


 どうやらテーブルで待つ様にと指示されたらしい。

 お嬢は椅子に腰掛けると、俺の視界を遮るフリップを開きホーム画面をぼんやりと眺めている。まだ完全に起きてない様だ。


(――――シャッターチャンスってやつだな!)


 俺は大欠伸をするお嬢の間抜け面を撮ってやろうと画策した。

 しかしふと思い立って、別の動作に切り替えた。


 カメラアプリが起動する。

 だが今度は写真撮影ではない、動画撮影モードだ。

 あの特徴的な鳴き声を記録してやるのだ。特に意味は無い、俺の気分転換だ。


 お嬢は画面を見てはいるが未だ呆けている。もしかして寝てるのだろうか。

 取り合えず録画をと、録画開始の指示を出すと同時にお嬢の口が大きく開かれた。


(ドンピシャだなおい! まるで待っていたかの様だ)


 狐の鳴き声が厨房に響く。

 狐幼女の貴重な欠伸シーンの撮影に成功した。大満足だ。


「コアーン?」


 キースの声が聞こえた。声をかけられたとでも思ったのだろうか。


「うるさいぞ、でかぶつー」


 お嬢は鳴き声を真似されたのが不満だったらしく辛辣な言葉で返した。が、当然キースには伝わっていない。


「……ん、うあっ!? なんだこれ!」


 どうやら撮影後に生成されるサムネイルをタップしたらしい。

 画面ではお嬢が大口を開けて欠伸をしている動画が再生され続けている。リピート再生に設定されていた様だ。


「おまえもかぁ~~~~!」


 キースと同様に俺にも鳴き声を真似されたと思ったらしい。

 何てからかい甲斐のあるリアクションをするんだこの娘は。()い奴じゃ。


 騒ぎに気付いたキースがこちらに来る。おいおい火を放置するなよ危ないぞ。


「コアン?」


「こあんっていうな!」


 お嬢の抗議はやはりキースには届かない。

 彼は首を傾げるとスマホの画面を覗き込む。すると途端に怪訝な表情に変わった。こえーよ。


(流石のキースもこの状況では俺に興味持たざるを得まいて……)


 この世界の住人にとっては、それはそれは異様な光景だろう。何せ録画された動画なんてものは見たことすらない彼らだ。この場にいる人間が四角い板に映って延々と鳴き続けているという状況は到底理解が及ばないだろう。

 アピール効果は抜群だったが、興味を惹き過ぎて厨房の火を放置されるのは少し心配なので一旦スリープモードに移行し動画を止める事にした。アラーム作動中などの特殊な状況でなければ機能を任意に停止出来る、このテクニックはなかなか有用だ。

 唐突に静かになった俺を二人が注視する。湯が煮える音だけが厨房を支配する。


(もう何もしないから調理に戻ってくれキース、煮込んでる食材が心配だ)


 様々な危機を感じているのにそれを伝えられないのは中々ストレスが溜まる。

 そんな俺の心配を他所に、暫くこちらを見ていた二人は一度顔を見合わせると腕を組み首を傾げて何やら考え始めてしまった。


(いや、考えるのは後にしよ? 結論出る前にスープが煮詰まるぞ?)



 その後、少し慌てた様子で調理に戻ったキース。料理が無事だったかどうか正確なところは俺には解らないが、好物の肉を食べている割には静かだったお嬢から察するに、味に関しては残念な結果となってしまったようだ。言わんこっちゃない。


 ちなみに食事中、お嬢は料理の盛られた器の下に俺を敷いていた――恐らく仕返しのつもりだったのだろう。




 お嬢のスマホ操作も大分(こな)れて来て、そろそろ別のアプリを弄らせてみようかとも思った。

 だが熱心にパネルを積み続ける彼女の表情を見ると邪魔する気にもなれず、只管に怠惰な時間を過ごしている内に俺が異世界に来て三日目の夜が来た。


 夕食を済ませ、ベッドで相変わらずけものパネルと戯れるお嬢は全く眠ろうとしない。

 ゲームに熱中しているからというより、単純に眠気が来ていないといった感じだ。


(昼まで寝てたからな……こうなるよな)


 昼夜逆転もお構いなしでけものピラーバトルを繰り広げていたお嬢が突然顔を上げた。狐耳が忙しなく動く。


(か、かわい……じゃなくて、どうしたんだろう……何か聞こえるのか?)


 一先ず俺は消音する為にスリープモードへ移行した。寝室に静寂が訪れる。


(――――――人の声、それに足音だ、結構多いな)


 家具を引き摺る音、扉の開閉音も聞こえる。大勢の人間がこの建物に入ってきて何かをしているようだ。

 お嬢はスマホケースのフリップを閉じ、ベッドから降りて寝室の外へ向かった。そう来ると予想していたので俺はアウトカメラに視覚を切り替えていた。


 寝室から出た所で大体の状況は把握できた。

 エントランスホールに人が集まっているようだ。人々の声の調子から、和やかな雰囲気だと分かる。地域住民の会合でも始まるのだろうか――――こんな夜遅くにか、気になる。


 お嬢はホールに繋がる扉を少し開けて様子を伺っている。

 俺には外の状況を見る事は出来ないが、代わりに別のものが見えた。


(お嬢、キースがいるぞ)


 いつの間にか傍にいた彼の存在をお嬢に知らせる為にバイブを作動させた。


「おまえ、ちょっとおとなしく……うあっ!?」


 暗がりに佇むローブを纏った巨大な彼の姿はかなりの迫力だ、びっくりするのも無理はない。


「お……ぉおぉおぉおどかすなよなぁ~……」


 ガタガタ震えながら喋るお嬢を見たキースは肩を竦めた。「おっと失礼」とでも言いたげな感じだ。


(お前は自覚が無いのかもしれないが、めちゃくちゃ威圧感高いかんな。もう少しくらい柔らかい表情できんのか……)


 相変わらず無表情でいるキース。彼はお嬢により少しだけ開かれていた扉を更に押し開けた。


「あっ、ちょっ――――」


 ホールに居る人々に姿を晒されてしまったお嬢は慌てた声を上げるが、キースは構わず彼女の背中を押してホールへと連れ出した。


「キース!」

「コーシーキース!」


 こちらに気付いた人達が一斉に声をかけてくる。キースの名前を呼んでいる様だが「コーシー」はどういう意味だろうか。

 異世界言語の解読に余念が無い俺を顔の前で構えて低く唸っているお嬢――――もしかしてそれで隠れているつもりなんですか。


 子供が数名、キースの名を呼びながら駆け寄ってきた。どうやら彼はここの人達にかなり慕われている様だ。益々以って頼り甲斐のある男だ、これで愛想さえ良ければ完璧なのだが。


「…………ニアー!?」


 駆け寄って来ていた子供のうちの一人が突然立ち止まり声を上げた。

 すると他の子らも立ち止まり、「ニアー」という単語を連呼し出した。


「うぅぅぅ……なんだよぉ~~~……」


 明らかにこちら――お嬢を見ながら口々にニャアニャア異世界語を放つ子供達。

 初対面且つ言葉の通じない彼らにお嬢は怯えているようだ。無理も無い。


 ゆっくりと歩み寄ってくる子供達。

 俺の体だけでは自分を隠し切れないとやっと悟ったか、キースの背後に回って今度こそ身を隠すお嬢。


 ――――しかし回り込まれてしまった。


 お嬢は逃げようか迷っている内に完全に包囲されてしまった。鈍臭いなこの狐、野性の欠片も無い。


「――――アンキモ!」


(あん肝!?)


 女の子が突然、海のフォアグラの名を口にする。好物なのだろうか、まだ小さいのに渋い趣味してるな――まあ異世界語なんだろうけど。

 その後、子供達は周りでワイワイ騒ぎ出した。敵意は無いと思われるが、お嬢は彼らのプレッシャーに当てられて縮こまっている。見兼ねたキースが子供達を諭した様で、暫くすると彼らはホールの中程へ駆けて行った。


 お嬢に迫る危機が去って周りが落ち着いた事で、俺は室内の異常さに気付いた。


(明るいな……これは火に由来する灯りじゃない、そもそも火が一切焚かれていない)


 光の強さは然程では無いが、まるで蛍光管の灯りの様に白々としている。それがホール全体を照らしていて、夜だというのに火が無くとも問題無いレベルの明るさだ。


 光の正体は直ぐに判明した――――月だ。


 月に相当する天体と表現するべきだろうか、兎も角それが闇夜に光を注ぎ我々を照らしている。

 ホールの上部には、いくつかの扉が不自然な場所に設けられていた。人が出入りするような場所ではない。これまではずっと閉じていたが、それが今は開かれている。そこから天体の光を取り込むよう意図して設計されたのだろう。


 月明かりのお陰でホール全体が見通せる。

 ここにいる人たちはキースと同様の人種な様で、獣の耳を持った者は一人も居ない。お嬢の存在がまた少し謎めいてきた。


(――――ん、お嬢?)


 キースはホールの中程へ歩み始めたが、お嬢は立ち止まったままだ。どうやら夜空の天体を眺めている様だ。月明かりに照らされた、肩まで伸びたクリーム色の髪の毛は自らが淡い光を帯びて輝いている様で、とても神秘的に見えた。


(まだちっこいから可愛い止まりだけど、成長したら美人になるかもなぁ……)


 月光の化粧が乗ったお嬢の顔は僅かな艶やかさを纏い普段の数割増しで魅力的に見えて、俺はつい見惚れてしまった。

 そんな彼女の顔を暫く眺めていると、瞳の光が不自然に揺れている事に気が付いた。


(どうしたお嬢……泣いてんのか?)


 お嬢は、俺の体にしがみ付くように握っていた両手の片方を放すと目を拭った。やはり泣いていた様だ。



(何だろう……まさか、あの月が故郷とか言わないよな?)



 異形の子であるお嬢の出生は未だ謎に包まれている。

 夜空の天体を眺めながら涙する彼女は一体何を想うのか、それを知る術を持たない自分自身がとても歯痒かった。

【新キャラ(?)】

村人(?)たち:とりあえず異種族とか亜人とかいうやつではない。モブ。

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