EP.1 - 10
【先週更新分のあらすじ】
ローブの男の居住地と思しき建物で狐耳の少女と一日を過ごしたアイザック。食事の際、思いがけず異世界の言葉を一つだけ理解する事になる。少女が『ういろう』と聞き取ったそれは、食材に使われていた鳥類の様な形をした異世界生物の肉の名前と思われる。その食材を調理中の厨房で火に近付けられ危機を感じたアイザックは騒ぎ立て、それを鬱陶しく思った少女に、彼女の服の中へと仕舞われる。暗闇で思考を巡らせたアイザックは『自分の正体』という一つの答えに辿り着いたのだった。
お嬢の懐に潜む俺は自分の正体を悟った。
幼女の服の中に潜り込む様な奴の正体なんて変態以外の何者でもないが、そういう事ではない。
そもそも故意に潜り込んだ訳では無いので、仮に変態だったとしても、『変態』という名の――――――何だろうか。
第三者から見れば俺が『スマートフォン』である事に変わりは無いのだが、『俺』という存在は少し限定的なものな様だ。それが、事ある毎に感じる不便さの原因だったらしい。
先ず、俺は異世界に『転生』した。
同型のスマホに機種変更したのではなく、俺は異世界で新たに生まれ、『俺』という存在に変わったのだ。
死ぬ前の、真歩ちゃんの手に在った『俺』の定義は明確でない。
自発的な行動に出た事は只の一度も無く幸福な日々をスマホとして過ごしていただけなので、己の存在を定義付けるなんて無駄な事はする必要無かった。時折美少女JKの柔らかい指に撫でられるだけで幸せだったのだから。
だがその幸せを失った為に明確な目的を持って転生し自らの意思で活動を開始した『俺』は、どうやらあの時とは全くの別物になった様だ。物質的変化とも、精神的変化とも言い表し辛い――――それは、本質的な変異を伴い異世界へと渡される、死と新生を繋ぐプロセス。断じて機種変などでは無い、まさに『異世界転生』だった。
俺は、俺自身が『どの様なもの』では無く『何者』であるのかという所に辿り着いた。
もっと早い段階でヒントはいくつか出ていたのだが、前例というもの自体が少なくとも俺の記憶には無いのだから、ある程度出揃わないと気付き様が無い。
最初にヒントが与えられたのは、
『ロック中でも出来る動作』
という点に気付いた時だ。
『スリープモードへの移行と解除』
『撮影モードへの移行と撮影』
そして、『Find me機能の作動』
これらはロックが掛かっていても出来る事である他に、もう一つ共通点が有った。
それは――――
『ハンズフリーでも出来る事』
――――である。
それ自体は「便利だなぁ」くらいの他愛の無い事だが、『何故』『今』それが出来るのかという所が重要になってくる。
先ずは『何故』出来るのか、からだ。
何故、ハンズフリーでスマホを操作出来るのか――――それは、音声で指示を出せるからだ。
iZakuroX6は、感度は低めに設定されているがスリープモード中も音声に依る指示を受け付けている。
「Good morning!」「おはよう!」等で解除、同様にスリープモードへの移行も出来る。
そしてロック画面を開いた状態で「Say cheese!」で撮影モードの起動、その状態で「Cheese!」と声を掛けると撮影を開始する。
また、「Hi, cheese!」で自撮りモードでの起動も可能なのだ。便利かどうかは正直解らないが、開発チーム曰くジョーク機能らしい。
それと予め登録しておいた音声に反応して作動する『Find me』機能。
これらが、手を使わずに音声で操作出来るという各機能の仕組みだ。
次は、何故『今』それが出来るのか、だ。
この世界でiZakuroX6は、たった今列挙した動作を行なったが誰も音声で指示を出していない、なのに動作した。一体操作しているのは誰か。
――――――答えは『俺』だ。
「当たり前だろ?」と思うかもしれない。
確かにそうだ当たり前だ、他に誰が居るというのか。俺を持っている狐の女の子では当然、ない。彼女がまともに動かせたのは、けものパネルと――――後は俺の心くらいだ。
(――――めちゃくちゃ動いたけどな! 色んな意味で!)
それはさて置き、操作している『俺』が『iZakuroX6』、即ちスマホそのものだとすると、あまりにも出来ない事が多過ぎる様に思える。物に自我が芽生えるという常識を外れた出来事な為、憶測の域を出ないが。
画面をタップするという操作に相当する指示をiZakuroX6に出せない。
画面を自分で触れないので仕方ないが、スマホが俺自身なのであればそこは省略出来ても良さそうなものだ。
撮影モード中にカメラを切り替えられない。そして、いつでも可能な筈のスリープモードへの移行を時計アプリに妨害された。
アプリを走らせているのはiZakuroX6だろう。
強制終了させてこちらの指示を優先できないとなると、『俺』の指示はiZakuroX6から出ているものでは無いと考えられる。
iZakuroX6の機能である筈なのに『俺』には出来ない事がいくつか判明した事で、『俺』の存在がiZakuroX6に於いてどのように位置付けられているかのヒントが示された。
では『iZakuroX6』が『俺』では無いとするならば、『俺』とは何者なのか。
iZakuroX6の中に居る者。
iZakuroX6に動作の指示を出している者。
そして、ハンズフリーでiZakuroX6を操作する為に必要なもの。
『アイザック』は一人ではない。
この体の中に、もう一人の『アイザック』が居る。
――――音声認識AI『A.I.Zack』
それが、スマホを操作している者の正体。
そして自身を『俺』と呼称している『自我』を有するものだ。
ではiZakuroX6は何かというと、俺の体という認識で間違いないだろう。
その『体』は、色々と能力が盛られているが基本的には只のスマホなんだと思う。
iZakuroX6の持つ機能にとってA.I.Zackとは、あくまでそれが認識した音声を予め登録されているオーダーリストと照合させ対応するものを探させて、時に組み合わせたそれをiZakuroX6が命令として受け取り実行するというだけの、結構限定的な関係だ。だからこそ、事ある毎に不便さが付き纏う。
では何故『俺』はA.I.Zackとして転生してしまったのか。
理由は大体見当がついた。冗談の様な話だし俺の勝手な想像ではあるのだが、多分合ってると思う。
Zakuro Storeで転生手続きの代筆をしてくれた神様と名乗る爺さん。
爺さんは俺を「アイザック」と呼んでいた。
何も違和感は無い。iZakuroX6は人々から『アイザック』と呼ばれているのだから。
俺には視認出来なかったが、転生手続き用の書類には『転生をする者』の名前を記入する欄があったのだろう。
そこに爺さんは『アイザック』と書いたのだ。
もっと言うなら、『転生したいもの』を書く欄もあったかもしれない。
やはり爺さんは『アイザック』と書くだろう。
異世界でも俺が俺である為に、気を回してそう書くと思う。悪い人ではないのだ、爺さんは。人じゃなくて神様か。
iZakuroX6は確かにアイザックだ、しかしそれは通称、若しくは愛称である。
アイザックと呼ばれているものは二つあるが、正式名称を『アイザック』としているのは『A.I.Zack』だけなのだ。
斯くして、スマホに在る意思というぼんやりした存在だった俺は、正式な手続きをして転生した事で『A.I.Zack』と明確に定義付けられた。
しかしA.I.Zackはプログラムの名前であり、物質として存在するには体が必要だ。だから、恐らくZakuro Storeの店員さんがiZakuroX6のボディを宛がってくれた。
これにより、スマホであったアイザックがiZakuroX6の中に異世界転生する形となった。
そして真歩ちゃんのスマホケースも――――これは爺さんが頼んでくれたのかもしれない。
俺とスマホとスマホケース、転生して三つの要素が一つになった。なんだか合体ロボットみたいだな。
爺さんを真犯人とは言ったが、この件に関して犯人と呼べる様な悪人は存在しない。うっかり『スマホになりたい』と言ってしまったのは俺だし、スマホがスマホに転生するのは実は特異なケースで、爺さんもこうなる事を想像出来なかったのかもしれない。
(爺さんもまた……アイザックという名に踊らされた犠牲者の一人に過ぎないって事さ……)
でも、出来る事なら小一時間くらい問い詰めたい気分だ。余りにもハードモード過ぎないかと。もう少しどうにかならなかったのかと。
俺が自分探しの脳内旅行を終えた頃、お嬢達の朝食が丁度終わった。
俺を懐から取り出したお嬢はけものピラーで遊び始める。
食器を片付け終わり一息ついたモンクは不意に言葉を発した。
「――――ナトゥイミシェーイン?」
聞き取れた。しかし意味は解らない。
「ん~?」
お嬢はモンクの方をチラチラ見つつも器用にけものパネルを積み上げている。
明らかに上達している。意外と彼女のポテンシャルは高いのかもしれない。
「ン~……」
モンクは考え込んでいる様だ。
二人はお互いの言葉が理解できない。俺はそもそも喋れない。酷い三角関係だ。
モンクは厨房を少し彷徨いた。
お嬢は特に気にする様子も無くゲームに集中している。
程無くしてモンクは食卓として使っていたテーブルにういろうを持ってきた。
手羽の部分が朝食に使われていた様で、もげて無くなっている。
「ういろう!」
さっき食べたばかりだがお嬢の中での優先順位は未だ、ういろう>ゲームな様だ。
「アーコイルンイミシェ……」
モンクはテーブルに置かれたういろうを持ち上げ、お嬢の眼前にまで運び言葉を続けた。
「……ウィオン」
(ういろうじゃなくてウィオンなのか……成る程)
この肉がウィオンという名前なのは理解出来た。
ではウィオンという名詞へと続く、前の言葉が意味するものは何なのだろうか。
モンクは肉をテーブルに置くと、今度は身を乗り出しお嬢に顔を近付け――自分を指差して
「アーコイルンイミシェ、キース」
と、言葉を発した。
「むっ……かお、ちかいぞ……おまえのかお、こわいんだよなぁ……」
(分かる、分かりみしかないが今は大事な時だ、我慢してくれお嬢)
不遜な態度である事が多いお嬢だがモンクフェイスの圧倒的威圧感には勝てない様で、少し怯えた様子を見せている。
少し気の毒ではあるが、今はお嬢に生贄になって貰って異世界言語の解読を進めよう。
『ウィオン』の位置に、代わりに現れた『キース』という言葉、これで一つの単語だろうか……何を表しているのかは、モンクが示してくれている。
彼は自分を指差して『キース』という言葉を発した。つまり彼自身を表す言葉なわけだ。
もう一度、モンクは肉を指差し「アーコイルンイミシェ」と言った。
「う~ん……ういろう!」
お嬢が答える。
モンクは大きく頷いた。
「おー、せいかい?」
(正解だ、偉いぞお嬢! ういろうじゃなくてウィオンだけどな!)
彼女に異世界言語を理解して貰うのが一番良い、俺がいくら理解したところで喋れないのだから。
モンクは、今一度自分を指差し「アーコイルンイミシェ」と言った。
もう解った様なものだ。アーコイルンイミシェという言葉は、『これの名前は』という意味だ。
つまり――――
「……きーす!」
(キース!)
モンクは再び大きく頷くと、右手を軽く挙げた。
「おまえ、きーすってなまえなのかぁ」
(流石、一日でけものピラーマスターになっただけの事はある)
お嬢を軽く見てた自分が少し恥ずかしくなった、適応能力は十分に持ち合わせている。
異世界言語学習を共に出来る彼女に拾われた俺は、実はとても恵まれていたのだ。
さあ、この場で二つの名前が判明した。
モンクの名前は『キース』だ。
そして俺は『A.I.Zack』
では――――
「ナトゥイミシェーイン?」
モンクのおっさん改め『キース』が発した言葉は、流れから言ってお嬢への質問だ。キースの右手がお嬢に差し出される。
(さあ、どーぞ! お嬢のお名前なんてぇの!)
「う~ん……」
緊張が走る。
実はずっと気になっていたお嬢の名前。
名前があるという事は、それを名づけた家族がいる可能性が出てくる。
もしもこの世界にその家族がいるならば、スマホの画面に表示される文字を読める存在が他にもいるという事になる。
お嬢の名前が持つ意味は通常のそれよりも大分重い。
「…………わからん」
お嬢は小首を傾げて答えた。
(――いや、何でよ! 解るだろ!? 名前を聞いてるんだよ!)
確かに肉やキースの時とは少し違う言葉だった。でも流れで大体解る筈だ。
「………………ワカナ?」
(ああ、違う! それ名前じゃないぞキース! 『わかな』……悪くないセンスだけど違う!)
もどかし過ぎて体調を崩しそうだ。
「わーかーらーんーっ!」
お嬢は頭を振って答える。
キースは低く唸る、考え込んでいる様だ。
「ワカラン……」
(解らんな……)
なかなか思い通りにいかない狐耳の少女に苦心する俺とキースに不思議な一体感が生まれたのだった。
【登場キャラ】
アイザック:iZakuroX6に搭載された音声認識AI『A.I.Zack』
狐のお嬢:わからん
モンクのおっさん:アーコイルンイミシェ『キース』