EP.1 - 9
「ういろうーーーーーー! ういろうたべたいぃぃぃーーーーーー!」
三日目の朝、またアラームで叩き起こされるお嬢だが不機嫌になる様子は無く、アイドルソングを歌い続ける俺を掴むと寝室から飛び出してとんでもない事を叫びながら建物の中を駆け回った。
「ういろうぅぅぅ~~~~~!」
恐らくモンクを探しているのだろう。そして見つけ次第『ういろう』を食わせろと訴えるつもりだ。
肉食系からスイーツ女子に鞍替えしたのかと勘違いしそうだが、実はそうではない。
事の発端は昨日の夕食だ。
最早住み着く気満々で悪びれる様子も無くモンクが寝室に運んできた食事を頂こうとしたお嬢は、目の前にある料理を見て突然はしゃぎ始めた。肉類が含まれていたのだ。
人の顔程の大きさで少し深さのある皿に盛られたその料理は、一口大にカットされた緑黄色野菜と動物の肉らしき固形物を煮込んだものであると推測される。それらが浸っているスープは透明度の高い黄金色だ。
咄嗟に手掴みで食べようとしたお嬢だが流石に熱さに気付いたのか、傍らに用意された先が二股に分かれた金属製の細長い食器で肉を刺すとそれを高々と掲げ、目を輝かせながら「しんせんなニクだぁ!」と歓喜の声を上げた。
その様子を見たモンクはお嬢の掲げた肉を指差し異世界の言葉を発した。
俺には少し違う様に聞こえたが、お嬢はそれを『ういろう』と聞き取った様だ。
この世界では肉の事をういろうと呼ぶのだろうか。
初めて覚えた異世界の言葉がまさか日本の郷土料理と同じとは何の因果か。
嗅覚や味覚が無いのでういろうの詳細はお嬢のリアクションから推測するしかない訳だが、肉を頬張った彼女の口角が見る見る上がっていった事から期待通りの味だったのは間違いない。やはり動物の肉だった様だ。
そんな訳で、自分の大好物の名前を知った彼女は今日も朝からそれを求めて屋内を彷徨い駆け巡っている。
お陰でこの建物の構造を大体把握出来たが肝心のモンクが見当たらない。
「くっそぉ~、にげたなあいつ~」
(そりゃ話す言葉も分からない穀潰しに住み着かれたら逃げたくもなるわ)
本当に逃げたとは思っていない。
しかし現在の俺達は只の厄介者だ。スマホである俺は兎も角、お嬢はしっかり食料を消費する。それでいて何の役にも立たないのであれば、いつ見放されても文句は言えない。
(俺が人間なら掃除くらい手伝うんだがなぁ……お嬢にはそういうの期待出来なそうだしなぁ……)
長椅子の並べられたエントランスホールで何か手は無いものかと考えていると出入り口の扉が開かれてモンクが現れた。
「ういろう!」
(お嬢! それ、ういろうやない! 人間や!)
お嬢はモンクの周りをグルグル回りながらういろうコールをしだす。人間に戯れ付く犬や猫が喋れたらあんな感じなんだろうか。
モンクは大き目の麻袋を担いでいる。彼は戯れ付いてくるお嬢の頭をひと撫ですると、一昨日はパンや果物が置いてあった台座へと向かった――――完全にペット扱いだぞお嬢。
麻袋を床に置いたモンクはそこから何かを取り出し台座に並べ始めた。
葉菜類が目立つ、全て食料だろうか。お嬢は麻袋の前にしゃがんで取り出されるものを熱心に監視している。
異世界の情報を得る為に俺も袋の中を覗き込みたいところだが、床に置かれてアウトカメラで天井を眺めている状態なのでモンクが中身を取り出す様を辛うじて観察出来る程度である。
「おおぉぉぉ~! ういろうぅぅぅ~~~!」
ういろうが入っていた様だ。モンクは再度始まったお嬢のういろうコールに無表情で頷いて答えている。
彼が取り出したそれは恐らく鳥類の肉、原型は留めているが毛は全て除去され鳥肌を完全に露出させている。まあ異世界なので実はあのままの状態で生きているのかもしれないし、魚は切り身の状態で泳いでいるかもしれない――――流石に無いか。
ういろうが台座の上に置かれる。すると、モンクは台座の前に跪き胸の前で両手を組んだ。お祈りでもしているのだろうか。
(まさか……美味しくなぁれ、萌え萌えキュン的なやつだったりしないよな……?)
これまでの情報からすると、やはり食の恩恵に対する感謝の意を信仰の対象に祈るという形で表していると見るのが妥当か。だが行き過ぎた愛の調味料という可能性も捨てきれない。異世界だし。
祈祷が済んだのかモンクは麻袋に食材を戻し始めた。お嬢はういろうの行方だけが気になる様で、野菜には目もくれない。
(好き嫌いはいかんぞ……でも体に合わない食べ物なんかも有るのかな)
体は人間だろうしペットに与えてはいけない食べ物の類いは問題無いだろうが、アレルギー等で大事に至ってしまえば、所有者に扱われないと存在意義が消滅する、まるで寄生虫の様な立場の俺も同時にピンチだ。未然に防ぐ方法は――――今のところ思いつかない。
外敵からの攻撃に対しても寄生する宿主を守る術が欲しいが盾や武器に変化は出来無い。知恵を絞ってどうにかする他無い。フィジカルタイプのチート能力も欲しかった。
(せめて考えている事が伝わればな……)
指示待ちに徹する事が楽なのは切羽詰まってない時だからこそだなと痛感する。
(う~ん……『指示』か……)
お嬢とコミュニケーションが取れないというもどかしさは、それはそのまま己自身に対するものとなる。自身が思い通りにならない所為で不便が生じているからだ。
意図した動作を起こすことが状況に依り出来たり出来なかったりするのは、iZakuroX6が持つ何かしらの機能が俺の出した『指示』を受けてスマホの状態を参照し、それに応じて能否を決定しているからだろう。己の体なのに何故その様な事になっているのか、全く以って不便極まりない。
まるで他人に指示を出している感覚だ。だが俺は独りだ。指示どころか語りかける相手すらいない。ただ一つのスマホとして俺はこの世界に転生して来たのだから。
(……あれ? じゃあスマホケースの扱いはどうなるんだ?)
スマホケースも『俺』と認識して良いのだろうか。
転生する時にサービスで付けてくれたのか、それとも融合してしまったのか。
己の謎に迫ろうとすると新たな謎が生まれてしまう。
(謎が謎を呼ぶ本格ミステリーだな! 真犯人は誰だよ畜生!)
脳内会議の落とし所に困って冗談でお茶を濁すところまで来てしまった。
体が段々熱を持ち始めてきて疲労も感じる。知恵熱かよ。
『考える』とは、己の知識を総動員する事だ。この体の何処かにそれが記録されていて、考えている間はそこにアクセスし続ける。だからバッテリーを消費するといったところか。
(馬鹿みたいな事を考えるのは控えた方が良いのか……何が真犯人だよ――――怪しいのはやっぱあの爺さんかな?)
控えた方がと言った傍からこれである。
Zakuro Storeでの出来事を思い返す。
思えば最後に俺の名前を呼んでくれたのは爺さんだったか。
現実世界で活動していた頃は毎日の様に真歩ちゃんが呼んでくれた。
ホーム画面で「Hi, Zack!」と声が掛かるとiZakuroX6が音声アシスタントアプリを起動する。現在は当然オフラインなので殆ど役に立たないが、向こうの世界ではそれはもう色々な情報を真歩ちゃんに提供したものだ。
(また、真歩ちゃんに呼んで欲しいな……俺の名を)
……。
(……ん? 俺の『名』?)
――――――いや違う、『俺』の名だ。
真歩ちゃんも爺さんも『俺』の名前を呼んだのだ。
(やっぱ真犯人あの爺さんだわ……)
辿り着いてしまった――――――真実に。
暗く狭い、『謎』という名の壁に四方を囲まれ天も地も塞がれた思考の密室に一条の光が差す。
(しかしそれが解った所でなぁ……でも、そうは言っても一歩前進だ)
光の漏れる隙間は余りに狭く、外界へ俺を解き放ってはくれそうに無かった。
それを光明足らしめるにはもう少し謎を削り取り隙間を広げねばならない。
――――――謎は少し解けた。
ここから芋づる式に色々な疑問点が解消してくれれば良いが、それは俺の頑張り次第か。
(やってやるさ! 取り敢えず解った事を整理しよう)
昂ってきた。
高揚感が体温にも影響を与えたか、少し熱を持ってきた様に感じる。
――――あっ
(――っちいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!?!?!?)
熱い。かなり熱い。
考えに耽っていたので視覚への注意が疎かになっていた。
ここは恐らく厨房だ。
モンクが食材を運び込み調理しているのだろう。
そしてお嬢は調理されている食材の傍、煮込まれているであろう肉の傍、つまり火の傍だ。しかもかなり近い。
(熱い近いあついあついちかいあついとけるとけるとけるマジ溶けるってこれ!!)
堪らず『Find me』機能を使って猛烈にアピールする。
お嬢は喧しい俺をブンブン振って黙らせようとする。ああ、少し冷えた。
「おまえうるさいぞー」
(あッ!? それはちょっと困る! それは困るぅぅぅぅ!)
あろう事か、お嬢は首元から服の中に俺を放り込んだ。
腰に巻かれた紐に引っ掛かり腹の辺りで止まったようだ。暗くて何も見えない。何もだ、断じて見えない。
しかし火の近くよりは全然マシだ――――危なかった。
(危うくゲームオーバーだった……良く耐えた、感動した。真歩ちゃんのスマホケースが護ってくれたのかもしれない……ありがとう俺の女神! 愛してる!)
例え電波は届かなくとも、女神の加護は確かに届いている。
我が最愛の美少女JKは姿を変えて異世界にまで付いて来てくれたのだ、俺は独りじゃない。
溶けそうな程熱い胸の内は、きっと火に近付いた影響だけではないと思わずにはいられなかった。
【登場キャラ】
アイザック:じっちゃんの名にかけて
狐のお嬢:スイーツ(肉)
モンク:MONK'Sキッチン