閑話『衝動買いのその経緯』
「……白大金貨が百枚と白金貨が少し……か、上がりは上々だったな」
「…………銀の値段が高騰するって、良く分かったわね」
「そこら中へ網は張ってる、ヴァリエの方で貨幣を新造するって噂聞いてない?」
「……それ、私が耳にしたの三日前なんだけど……? 三ヶ月も前から銀の買い占め始めてたじゃないの、どうなってるのよ……」
「そんなもんヴァリエの商会とか貴族とかとコネ持ってるからに決まってんじゃん」
「……いつの間に……」
「ひみつ」
その日、かなり大口の仕掛けに上手く利益を出して、その利益たる貨幣の詰まった袋を担ぎながら、俺はモニカと護衛を連れて街を歩いていた。
白大金貨百枚。
値打ちとしては、ちょっとした城なら庭付きで購入出来る程の価値だったが、事前に仕入れていた情報と、運にも恵まれて僅かな期間でこれだけ稼ぐ事が出来た。
だが、こんなものではまるで足りない。 違う、例えこの白大金貨が今の十倍を超す量だとしても、足りる事はない。
「………えーと? まずリオナへの給料だろ? それと生活費と商会の方での運用費用と……」
「まず真っ先にリオナちゃんなのね……」
「当たり前じゃん」
「ああうん、そう……」
指折り数えながら、同行人の呟きを耳にしながら歩みを進めるが、進む道は屋敷への帰路では無い。
屋敷で帰りを待っていてくれている使用人……幼い頃から共に暮らすリオナには、自分がこんな荒稼ぎをしている事を教えていない。
あまり言う必要も無いし、言ったら不要な詮索されてしまいそうだしで、良いことが無い。
「………ざっと五十枚ってところかな、後はモニカ、預けとく」
「……五十枚も?」
「なんだよ、やり方に文句言わないのが雇用条件の筈だぜ?」
「それはそうだけど……きりがないよ?」
「知ってるわそんなもん」
「…………」
俺は荒稼ぎした利益の大半を、奴隷の解放に使っていた。 それを使用人であるリオナには知られたく無かった。
自分が奴隷という存在に関わっている事実を知られたく無かったのだ。 それが例え解放するという事であっても。
「次の競売は来週だったよな、その前にもう少し稼いどきたいな」
「……あんまり無茶してると他商会とか貴族に睨まれるよ?」
「その辺はどうにかする。 ヘマしない限りは問題ない」
「……そう、じゃあいつも通り次の競売の奴隷のリストとか、調べるね」
「よろしく」
奴隷の売買は通常、月に一度か二度行われる奴隷専用の競売によって競りに掛けられる。
俺はそこに参加して可能な限り多くの奴隷を競り落とすつもりだった。
金が多ければ多いほど、当たり前だが奴隷は買える、そして解放出来る。
競りに掛けられる奴隷の数は現時点では不明だが、今回稼いだ額でも全員解放するのは無理だろう。
「………………」
もちろん手持ちの金額でも解放する人数を増やす事は出来る。
それは、価値の低い奴隷ばかりを解放する事だ。
年老いた者、怪我や病気に掛かった者……そういった者ばかりを選び、価値の高い若く力の強い男、若く美しい女等は選ばない……そうすれば、解放される奴隷は多くなる。
そして俺は、ずっとそうしてきた。
全てを選べないから、切り捨てて、選ばなかった奴隷達の事は見て見ぬふりをしてきた。
自分にはそうすることしか出来ないからと割り切りながら、二年もの間、そうしてきたのだ。
俺が解放してきた奴隷は、数えれば四桁を軽く越える筈だ。
だが、この国から奴隷が居なくなる事はない。あまりにも奴隷という存在は数多く存在していた。
「……………あーあ、たまにはリオナにお土産でも買っていこうかなぁと……」
「そうすれば?」
「おう、地味でモテないらしいが一応女子のモニカさんよ、何が良いのか教えておくれ」
「あ、貴方ねぇ……っ!?」
あまり考え過ぎると、仕事に支障をきたすほど参ってしまうので無理矢理にでも考えを切り替える。
しかし切り替えたはいいが何を買っていけば良いのかとまた悩む。
リオナは最近仏頂面が板についてきてちょっと困っている、笑えばかわいいのに。
何を買っても怒られそうだなぁと思いつつ、肩に担いだ袋を持ち直す。
「…………ん?」
「……どうかした?」
その時、路地の正面から数台の馬車が向かって来ているのに気が付く。
荷台は鉄格子で囲まれ、中に薄汚れた男女が無理矢理詰め込まれたようにひしめいている。
「………奴隷……か」
恐らく、次の競売に出品される『商品』だろう、ざっと見て三十人は詰め込まれているようだった。
「…………………」
……袋を握る拳に力が籠るのを自覚する。
自覚して、その馬車に乗っている奴隷達を自分が解放することはないだろうとも確信していた。
馬車に詰め込まれている奴隷達は、皆若く、どう見ても『商品』としては一級品だったから。
「……………………」
ただ、その馬車達が過ぎ去るのを眺める。
──そして、その檻の中のひとりの少女と視線が重なった。
「…………あ……」
「────」
──その瞳は、宝石のように光り輝いて見えた。
奴隷達の多くは瞳から光を失い、まるで死んだように虚ろな眼差しの筈なのに、その瞳だけは確かに輝いて、美しかった。
「ちょっとアレク!? どうしたのよ!!」
「……ッッ!!」
……その後の数分はよく覚えていない。
気が付けば、馬車の前に躍り出て引き留めていた。
きっとがむしゃらに、人目も憚らず追い掛けたのだろう。
「……ぜ、ぜぇ……ぜぇ!! ま、待て、ちょっと待ってくれ……!!」
「……なんだ貴様?」
馬車の馬を操る御者に睨まれる、だがそんな事はどうでもよかった。
今から自分は、割り切っていた筈の感情に訴えて、バカな事を言おうとしている。
「……おいあんた、こ、この奴隷……」
「……あぁん?」
──やめろ。 考え直せ。 今使うべきじゃ絶対に無い。
理性的な部分が今から行うであろう愚行を止めるべく……脳裏にふつふつとせめぎ上がってくる。
だが、もう遅い。
「言い値で買う!! この馬車の奴隷全部置いていけ!!」
自分で自分がよくわからなくなったが……不思議と高揚感に溢れていた。
後から考えたら、それは一目惚れというものだったのだろうと思い付き、恥ずかしくなった。 ちょっとだけ。
◇◆◇
延べ三十人、お買い上げ価格は白大金貨八十枚ぽっきり。
若者が多く、価値が高いとはいえ、相場の五倍以上を支払う暴挙となってしまった。
「……………………や、やっちまった……」
「あ、アレク……貴方一体なにを……」
「やめて言わないでそっとしといて……」
「言うに決まってるでしょ!? 白大金貨八十枚よ八十枚!! 貴方のお屋敷が三軒新築出来る値段よ!? 銀の相場で儲けたお金ほとんど使っちゃったじゃない!!」
「…………わかってるわかってるから言うの止めろよ!! 泣くぞオラァ!!」
……ちょっと時間が過ぎて、頭が冷えるとかなりアホな事を感情に任せてやっちまったと項垂れ地面に膝を付いた。
相場の五倍という事は、本来ならここにいる十倍以上の奴隷を解放出来たという事なのだ。捨て値の奴隷ばかりを買うつもりだったのだから、そのくらい数に差が出る。
考えるまでもなくどちらがいいかなど一目瞭然だった。
なにをしてるんだ俺は……。
「あ、あの……」
「……ん?」
地面にのの字を書いていじけているのをモニカにガミガミ言われていると、奴隷のひとりが話し掛けてきた。
この奴隷達の中では年長なのだろう、自分より幾つか歳上そうな男だ。
「わ、我々は競売に掛けられると聞いていたのですが……いったい何が……」
どうやら状況が分からず困惑しているのだろう。他の奴隷達もそのようでこちらに目を向けている。
「………あー、あんたらは俺が買った、競売に出される前に破格でな」
「…………」
別に隠す必要も無かったので、素直に答える。まだ鎖に繋がれたままの奴隷達はどよめき、怯えていた。
それはいつもの奴隷の態度だ、解放する前は自分がどのような悲運に去らされるのかと怖れ、怯えた反応。
「ひとつ聞くが、あんたら何処の国の人達だ? たぶんみんな同じだとは思うが」
同じ馬車に乗せられていたという事は恐らく……ごく最近にまた、奴隷狩りの名目で攻めいった国から集団で連れ去られた人達なのだろうと当たりを付けた。
「……フォレスタという国の者ですが」
「全員?」
「恐らく、ほとんどの者が兄弟や友人だと繋がりがある者のようですし」
そうか、と答えながら、俺はこの奴隷達の今後について考えを巡らす。
恐らく、故郷に帰りたい者が殆どだろう。
だが彼が口にした国は北の諸国連合のひとつで、この国、ファーンからは北西に位置しており、国境は接してはいるし、この地方都市レナータからは馬車で十日ほどと、そこそこ近いのだが移動手段を持たない者にはけっこうな距離である。
なら、帰還希望者の移動手段の確保と、残留希望者への生活の援助を考えなくてはいけない。
信頼できる仲間が居るならば、この国に住み着くにせよ、故郷の国へ帰るにせよどうにかなる。 人数は居るのでどちらもまとまって動ければ問題はないだろうと、俺は考えた。
「よし、分かった……それじゃあ、あんたらは自由だ、鎖は外すから好きにしてくれ、帰るなりこの国で仕事を探すなりどうしたって良い、どちらにしろ最低限の援助はする」
「……え……」
「モニカ、それとお前らも枷を外すの手伝ってくれ」
「あ、はい」
「「了解っス旦那」」
俺とモニカ、それに黙って付いてきていた護衛で手分けして錠を外していく。
驚く者、呆けたような顔をする者、笑顔を見せる者泣き出す者……様々な感情がその場に溢れる。
そして、口々に感謝の言葉を紡いで頭を下げてくる。
「良いんだよ、礼はいらない」
感謝されるのは悪い気分じゃないが、それをさせたいが為にこんなことをしているのではないから、と言い訳じみた事をいつも思うが口には出さない。
自分がこんな事をする理由は、もっと後ろめたい理由のせいなのだから。
そんな事はこの人達には関係の無い、だから言う必要も無いだろう。
「……あの」
「ん?」
先程と同じ男が話し掛けてくる。
「すいません、どうやらあの子だけは兄弟も友人も一緒ではないようで……小さな子だから我々でどうするかも決めかねているんですが……」
「………」
「……キミは」
その奴隷だった男の指差す先に居たのが、先程馬車を引き留める原因となった少女……あの宝石のような瞳の小さな娘だった。
「……我々としても同郷の者ですし、ついて来られるなら連れていきたいのですが……」
「…………」
本来はそれが良いんだろう、そう思った。 だが……… 。
「………キミ、この中に家族は?」
「いません……」
「友達も?」
「……はい」
「………そっか」
なら、この娘はもう独りだろう。
この国なら、この国の王なら連れて来られた奴隷以外は皆殺しにしている。
「………やはり、ここは私がこの娘の家族を探す為も含めて故郷へ……」
「……いや」
無駄だろう。 フォレスタという国の事は知っていた。 本当に小さな国で、村や集落と言っても差し支えない程、小規模な国だった。
人口はたったの数百人、諸国連合に属して、その庇護下に収まる事でどうにか国としての体制を維持出来ていた国。
そんな国が、諸国連合の政治的な圧力すらものともせず、蹂躙されるに至った。
この国の王は名君だ。 しかし暴君でもある。
それに狙われたのだ、既に滅んでいる。
「……え、ですが」
「この子気に入った、俺が連れて帰るよ」
「………え……」
「……アレク?」
だけど、それを今この子に……ここにいる奴隷だった人達に告げるのは酷だと思う。
もう少し、時間な置かないといけないと思う。
「帰りたいだろうけど、今俺の屋敷に使用人が不足しててね、キミも帰るまでにまとまったお金があった方が良いと思うよ………お父さんとお母さんは?」
「………生きてると思う……いいえ、生きてます」
「…………そうか、でも家はもう無いと思うよ。今帰っても探せないかもしれない」
嘘だ。 確認しなくとも分かる、
この子には何も残っていない。
「……………」
少女はそう告げると悲しそうな顔をしたが……やがてゆっくりと頷いた。
「……わかりました、ついていきます、ご主人さま」
「……うん、よろしく」
それから、残りの元奴隷達をモニカに任せて、俺はこの少女とひとまず屋敷へと帰る事にしたのだ。
…………で、その道中。
その少女は可愛かった。 とんでもなく可愛かった。 改めて見なくとも可愛かった。
ど直球も良いところだった。
「…………ごくりっ」
「………?……あの?」
話している最中は、この子の処遇やなんかを色々考えていたから、なんとかなったがいざ区切りがついて、話が落ち着いたらまともに顔も見れないぐらいに可憐で超俺好みの娘だった。
──この娘、リオナの幼少時と比肩するっっ!!!!
決して今の出るところの出てナイスバディーなリオナが魅力的でない訳ではない。
今のリオナは可愛いと言えば可愛いが分類的にはセクシーなおねえさんである、年下だけど。
自分、ぶっちゃけロリに興味津々です。
罵りたいなら罵ればいい。俺は自身の欲望には忠実でありたいと思っているのだ。
「………えと、その……」
「………?」
さっきまではよく動いた口がまったく動かないので、仕方なくクールを装う事にした。
テンパってる姿をこの子に晒すのは死ぬより辛い。
「……ふん、高く付いたな、だが悪いようにはせん」
「……っ……」
クールにもなりきれず何故か威圧感満載の言葉を放ってしまった。 ごめんよ脅かして。
「…………」
いたたまれず先を歩く、するとちゃんとついてくるではないか、刷り込みされた小鳥の如く。
かわいい。
「…………あの、何処へ……」
「……黙って付いて来なさい」
「…………はい……」
………こうした経緯により、奴隷の少女ことソフィちゃんを大枚叩いて衝動買いしてしまい、現在に至る。
※おおよその貨幣価値。
銅貨=百円
大銅貨=五百円
銀貨=千円
大銀貨=一万円
金貨=十万円
大金貨=百万円
白金貨=一千万円
白大金貨=五千万円
※現実と同様に為替等で絶えず貨幣価値は変動するので本当に大雑把な目安です。