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2-15『そして、密かに動き出す物語』

 


 …………


「……ん……?」



 ふと、人の気配を感じて眼を開く。



「ん、リオナ?」


「……あ、えと……」



 手を伸ばせば簡単に触れられそうな程、間近でこちらを伺うように顔を向けていたリオナ。


 椅子な座ったまま眼を閉じて、静かに過去の出来事に耽っていたのだが、どうやらいつの間にか眠っていたらしい。

 リオナが掛けてくれたのであろう毛布が、いつの間にか太陽が沈んだ、冬の夜の寒さを和らげてくれている。



「眠ってしまっていたようですし、風邪をひかないようにと……」


「ああ、ありがとう」



 腰を曲げて顔を近付けていた体勢から、一歩引いて身を正しながらリオナは言う。

 そっぽを向くように視線を外したその横顔は、燭台の灯りひとつだけが光源となっている薄暗い書斎の中では良く分からないが、僅かに赤くなっているようにも見える。


 別にやましい事をしていた訳でも無かろうに、寝顔観察ぐらい幾らでもしたらいい。



「だいぶ時間経ってるな……夕食寝過ごした?」


「いえ、丁度出来上がって呼びに来た所ですから」


「そっか、すぐに行くよ」



 窓の外に眼を向けて、既に夜になってしまっていると考えたが、そうでもないらしい。

 備え付けられた柱時計を見ても、まだ夕刻と呼んでいい時間帯である。 単純に日が落ちるのが早い季節だから、既に夜が更けた時間だと感じただけのようだ。

 寝ていた時間で言えばせいぜい三時間かそこらのようだった。



「では若旦那様、私は先に行ってソフィと配膳を済ませてしまいますので、少ししたらいらして下さい」



 そう言って腰を折り、慣れた仕草で礼をするリオナ。 最近は慣れてしまっていたので深く考えていなかった訳だが、やっぱり似合ってない。


 いや、こう言うとリオナに失礼なのだろうが、コイツの場合無理して畏まってる感がどうしても出てしまうのだ。

 元々の性格故にか、生物として格下に頭下げるのに拒絶感が在るのかは置いておくとして。


 生物として格下云々については俺個人が内心思っている事で貶している訳じゃないぞ。

 胡桃(くるみ)の殻を割るのに素手で三つ同時に砕き潰せる奴が一般的身体能力以下しかない俺と同格の生命体な訳無いじゃん。

 進化論という物を聞いた事があるが、ヒトは元々猿だったらしい。 リオナはきっと何処かで猿では無くゴリラの血を受け継いでいるに違いないと俺は思っている。


 宗教的な概念で語るなら前世がゴリラだ。 何度も伝えるが決して馬鹿にはしていないぞ。 畏怖に近い感情は幼少の頃から植え付けられてこびりついて離れないがな。


 まあそんな話はどうでもよろしい。 俺が引っかかるのはリオナの態度であってゴリラ云々ではない。


 引っかかる事は、似合っていないわりに板に付いてきてしまっているという事だ。


 使用人としての器量は十分というか人並み以上だし、元々は気性が荒いとはいえ優しくない訳でも無いし、礼節を弁えるという意味では文句の出しようが無い。

 そういった姿勢があるから使用人としては優秀だと判断出来るし、そこそこ長く使用人として勤めているのだから板に付いて当然なのだが、どうにも納得し難い。


 それは俺が個人的にリオナのあるべき姿を、幼少の頃のそれに合わせてしまっているからなのかもしれないけれど。

 リオナ本人は、もしかしたら今のお澄まし姿を気に入っているかもしれないし。


 ま、それはどうあれ無理した姿勢は俺は良くないと思っているのだがな。 過去を振り返ってみて思ったが、俺はリオナに弁えて過ごせなんて一言も言ってなかったのを思い出したのだ。


 そう、このちっとも似合わないお澄まし口調が違和感の原因なのだ。 無理して敬語使ってますって感覚がものすごい。 棒ともいう。


 丁寧語を扱えない使用人とか致命的とかいう意見は全て無視させて頂く。 この屋敷には来客なんか滅多に無いし、例えあったとしても無言で凌げば問題無い。 たぶん。



「リオナ、ちょっと」


「はい、何でしょうか?」



 退室しようと離れるリオナを呼び止める。

 もう二年も経っているいのだ。 ソフィには昔と同じ口調で会話しているのだし、ちょっとくらいは俺の前でも崩して貰いたいものである。



「ちょっと昔の事思い出してたんだけどさ」


「はあ」



 俺とリオナの間で昔の話を話題に出す事は、ほとんど無い。 当然と言えばそうなのだが、ふとしたきっかけであの事を思い出すのを避けているからだと思う。


 ただ、今のように昔の話を振っても、リオナは特に何も感じていないように見える。

 もちろん具体的な話をすれば別だろうけど、本当に子供の頃の話くらいなら、これからはしても良いかも知れない。


 たぶん、リオナもその方が昔の彼女へ戻りやすいだろう。


 彼女の傷は消えていない。 でも、常に痛んで疼く、生傷の状態ではもう無くなっていると感じる。 二年という月日が、少しずつ癒してくれている。



「お前、でかくはなったが昔とあんま変わらんなぁ」


「……はい?」



 お澄ましていたり無闇に暴力に訴えなくなったり、色々変化は見てとれるが、根っこの部分はまるで変わっていないリオナ。

 きっともう少しすれば、過去に囚われる事も無くなるだろう。 そう信じている。



 そもそも、リオナは強い娘なのだ、俺なんかよりも遥かにな。



「……どういう意味ですか?」


「いや別に」


「……呼び止めておいて……むぅ……」



 リオナは、むっとした表情で俺を見る。 本当にお澄ましが苦手な奴だ、表情がコロコロ変わるのでからかうのに丁度良い。



「気にすんな、少ししたら行くからもういいぞー」


「……畏まりました! ……まったく……!!」



 ちょっと不機嫌にしてしまったが、このくらいは子供の頃の仕打ちへの仕返しみたいな物だ。 怒り気味にリオナは書斎を後にして、それを最後まで眺めて、俺は少しだけ気分が軽くなった。



「悪いなリオナ、ありがとう」



 もうひとつ、改めて気付いた事がある。


 それは、あれ以来、俺が潰れずに頑張ってこれたのは、リオナが居てくれたからという事だ。 守っているつもりで、俺もどうやら守られていたらしい。


 ひとりになった書斎で呟いた言葉は、それへの感謝だった。







 ◇◆◇ソフィ視点◇◆◇






 夕食が出来上がって、リオナがご主人さまを呼びに行っている間、わたしは食事の準備をしていました。 使う食器を出しておいたり、改めてテーブルを拭いたりですね。



「…………あれ、これは?」



 その途中で、テーブルの上に置きっぱなしになっている物を見つけました。 確か、ご主人さまとリオナがお昼過ぎ頃に話をしていた時に話題にしていた物だったはず。



「……水晶の棒と、それに本……えと、“古代魔導(ソーサリー・)語録全集(オブ・レコーズ)”……?」



 食事の準備に邪魔だったというのもありますけれど、それ以上に興味が湧いて、それらを手に取りました。



「……魔法の詠唱に扱われた言語の語録……へぇ、ご主人さまも持ってたんだ、あれ……でもちょっと違う?」



 わたしの生まれはここから北西に位置していた、既に滅んだ国であるフォレスタ。 その国の文官をしていたわたしのお父さん。

 そういった出自からなのかもしれないですけど、わたしは子供の頃から読む本には困らない生活をしていました。


 もう残っていないですけど、フォレスタのお城の奥に“叡知の間”と呼ばれる図書室が在りました。 わたしはその図書室へ毎日のように通っていました。


 父が、そこの司書を任されていたからというのが理由ですけど、今考えると重要な本ばかりだったのに子供が入って良かったのかなとは思うけれど。


 その叡知の間という図書室の中に、一冊の禁書が在りました。


 名前は『霊式詠唱術目録(スピリット・オブ・トゥーン)


 著者は、ここにある本の著者、聖女レナータ様の伴侶としても知られている賢者フォレス様。


 ものすごく難解で、読める人が居なかった本で、禁書といっても読むことを禁じられたりはしなかった本で、たぶんだけれどお父さんも他のお城の人も、小さな子供が解読出来るとは思わなかったんだと思います。


 わたしも最初は無理でしたけど、何年も掛けて、解読に必要な言語を覚えて、暗号のような、“精霊の声”を文章化したそれを読破しました。



「……ん……やっぱりちょっと違うみたい。 基本的な構成は同じだけど……うーん……」



 手に取った本を開き、記憶の中にある禁書と比べて、別物だという事を確認する。



「こっちは確か、魔法の灯火? でしたっけ?」



 本の方は一応お仕事中なので、後で読ませて貰えないかお願いするとして、もう一方の“魔法道具(マジックアイテム)”らしきものを手に持ち構えてみる。


 そして、本当になんとなく、記憶の中に眠っていた一文をわたしは口にする。



『──光の精霊に命じる(アーレ・ルーチェ・スピリティア・)依代へと宿り(ビタム・リューセム)闇を照す光となれ(エステ・ブラス)



 ──瞬間、わたしの持つ棒状の水晶は眩い光を放ち始めた。



「えっ、へっ!? わっ!!」



 冗談混じりで、本当に光り出すなんてこれっぽっちも思わずにいたわたしは、その光に目を眩ませて、驚いてその道具を取り落としてしまいました。



「あっ!」



 床に落ちた光の棒は、鈍い音を響かせて水晶の部分が折れてしまった。



「…………っ……」



 魔法。 信じてなんかいなかった昔話の不思議な力。


 それを発現させた。 些細な事で、一瞬だったけれど、確かに光っていた。



「ソフィ?」


「ひう!?」



 突然背後から声を掛けられて、わたしは身をすくませる。



「り、り、リオナ!?」


「な、なによ、なにそんなに驚いて……あっ……」


「へ? あっ……」



 心臓がばくばくと高鳴る中、リオナがわたしの足元を見て声を上げる。 釣られてわたしも見れば、先程壊してしまった例の水晶棒。



「壊しちゃった所に声掛けられたからびっくりしたの?」


「え、えと……」


「大丈夫よ、どうせガラクタだし、キチンと謝ればなんともないから怖がらなくても」


「え、えと、はい……………………あの、リオナ?」


「なに?」


「その、光ってるのを見たりとかは……」


「……ひかってる? 何の事?」


「いえ……大丈夫、なんでもない」


「……むう、ソフィもそれ? まあいいけど……」



 そう言って、リオナは台所へと向かって歩いて行きました。 光っている所は、見なかったみたいでした。



「…………」



 リオナが離れた後で、壊れた水晶棒を拾いながら考える。


 あの光は、本当に魔法だったのでしょうか?


 目の錯覚?


 それとも、正真正銘の……。


「…………もしそうなら、どうしよう、言わない方が良いよね……」



 きっと、ご主人さまとリオナなら平気だと思うけれど、魔法なんて、もう誰も扱えない“伝説”。


 そんなものを扱えたとして、どんな風に扱われるか、どんな風に見られるのか。


 わたしは、それを考えて怖くなって、誰にも言わないようにしようと密かに思いました。




2章終了です。 閑話を数話挟んだ後に3章へ移行します。


ブックマーク、評価、感想レビューお待ちかねしております。どうぞよろしく(´・ω・`)


※シリーズの短編を新たに投稿してあります。アレクシスとリオナのエピソードとなります。

シリーズ一覧から興味ある方はどうぞ、ひどいタイトルのものがそうです。

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