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過去話3『消せない傷が出来た日』

 


 そして、俺は商人としてのノウハウを蓄積しながらの生活を開始した。


 本来ならリオナも連れていきたいと思っていた。

 しかし断られてしまったのもあるが自身が彼女を守っていけるだけの力があるかどうか、その不安もあり連れて行くのは断念したというのが俺の中では大きかった。


 あまりいい気分では無いが、長年従順に従っていたリオナを父親がどうこうするとは考えていなかったのだ。

 俺が家を出たのは個人的に反発したからであり、リオナ自体は俺とは関係なく父を慕っていた。


 問題なんか、起こるとも思ってもいなかったというのが本音だ。



「ビックになってから“迎えに来たよ、ハニー”これで次は勝つる!!!!」


「俺の失敗はアイツが俺に首ったけだと勘違いしていたからだ。 だとすれば一から口説き落とす努力を怠らなければ次こそは!! 次こそは奴の乙女心をズキュンと射止められると思わんかね? そうは思わんかね諸君!?」



 ちなみに俺の独り言癖はこの頃ついた。 俺の精神は失恋と孤独によりちょっと参っていて、寂しいから誰も居ないのに観客がいるという設定を作っていたのだ。



「ふむ、諸君の言いたい事も分かるぞ? そんなキザなセリフお前に吐けんの? そう言いたいのだろう諸君は!? いいか、俺を誰だと思っている? この置物を奴だと思い込み口説き落とすセリフを見事に言ってみてくれる!!」



 そこで取り出したのは出先で見つけた掘り出し物の民芸品。 お魚くわえた木彫りのクマさん。

 目付きが怒った時のリオナに似ていたので思わず買ってしまった一品である。

 尚、現在もアレックス商会のロビーにて鎮座しており、マスコットみたいな扱いで来客者に愛されている。 たぶん。



「……む、むひゃっ…迎えにひはよはにゃー!!」


 …………。


「…………」



「ふっ、焦らず行こうじゃないか諸君、まだまだ時間はあるからな……」



「こ、告白の練習はさておいてだ、次はあれだその後だろう、夜のアレだ、バカにされたくないからな」




「……さて、イメージイメージ、幸い知識だけは豊富に持ってるからな、あとはどう実戦で使えるか」




「……そんなに固くなるなよ……ちゃんと優しくするから、ほら……緊張してる、まるで材木みたいにゴツゴツしてるぜ?」


「怖くなんかないよ、だって……お前はこんなに逞しいんだ、乱暴になんか出来ない」


「……さあ、安心して瞳を閉じて………優しくするって約束のキスだ……」



 いやー、キツイっす。


 

 俺の逞しい妄想力と変態力もこの頃に養われてしまった訳だが、思い返すとひどいひどい。


 まだ十代なのに少々拗らせていたからな。 人間淋しい思いをしているとろくなことに為らないという良い例である。




 その一方で、俺の商才についても確実に開花したと実感も出来ていた。


 殆ど準備金がない状態からたった数ヵ月で、ある程度大きな仕事の一端を担える程に。


 この国では労働の殆どを奴隷に任せている。 だが俺は奴隷を使役するのを否定しつつ、人を雇い、賃金を十分に支払った上で確実に利益を出せる仕事を選ぶ。


 そういった判断を行えるぐらいには、商人としての目耳は優れていたらしい。


 いや、他の者が奴隷という存在に甘えていた中で、曖昧な判断でも損などしないという温い考えを持つ商人ばかりだったからこそ、無駄を許さずに利益を確実に上げるという姿勢が実を産んだのかもしれない。


 その最中、人との出会いにも恵まれた。 助けたり助けられたり、色々繋がりを持って、それが信頼や信用に繋がって行く。


 例えばモニカ。 コイツもその繋がりの内のひとりだろう。 偶然だったのだが、取引先となる貴族のおっさんに、丁度モニカが借金のカタに連れて来られた場面に居合わせたのだ。



「……あ、アレクくん?」


「………………だれ?」


「学校でずっと同じクラスだったでしょ!? 貴方、中退して一年経ってないのにもう忘れたの!?」


「……………………………………居たっけ?」


「居たわよ!! いくらなんでも認識してなかったのは酷くないかしら!?」


「どうどう、そんで? その元クラスメイトがどうしてこんな所に?」


「…………お父さんが借金を返せなくて……その……」


「へー」


「興味無さげ!! それならなんで聞いて来た!?」


「お客様、此方のお嬢さんを買ったので?」


「うむ、そうじゃな、金の代わりに仕方なく」


「どうなさるおつもりで?」


「そりゃあ負債分は楽しませて貰うが」


「そうですか、ではちょっと提案なんですが」


「ふむ?」



 とりあえずなんか哀れだったので、借金の肩代わりをしてやった。

 白大金貨金貨五枚で下取りである。

 平民の生涯賃金五人分ぐらいで安くは無かったが、どうにも俺の勘が囁いたのだ。

 コイツは事務として一級の仕事をこなす筈だと見た目で決め付ける事にして、その勘に従う事にしたのだ。



「ありがとうございます、ありがとうございます油ぎったおっさんに散らされる所でした本当ありがとう……そ、そのでも、アレクくんも、もしかして私を買って……」


「これ借用書、サインしてね? それと俺は心に決めた愛しき女性が居るからモニカ、お前はどうでもいいです」


「…………………そ、そう……まあ、地味だしね私……うぅ……」


「良いからサインしろや、きびきび働いてとっとと金返せよな」


「分かってる……ぶふぅお!? なにこの金額!? 元金の倍じゃないのよ!!」


「そなの? 言い値で払ったし知らんけど、嫌なら元に戻すよ?」


「こ、これでいいわよ畜生!! 人でなし!! 一生借金払いつづけろとかあんまりよ!!」


「はっはっはっ、恨むなら娘を売り払った父親を怨め…………」


「……なに、どうしたのよ」


「……いや、ちょっとな」



 その時初めて、俺はリオナを置いてきた事を不安に思った。



「…………そろそろ行くか、商会も立ち上げられてるしな」



 そして、それがきっかけと言えばそうなるのか。


 家を出て、一年以上が過ぎた頃には俺の生活は安定し、一人前と認められるには十分過ぎる程に力を付けた。



「……………よし、もっとデカイ奴になってから、とか思ってたけど、行くか」



 迎えに行こう。


 もう彼女を守って暮らしていくには十分な資金と力がある。


  一年以上も掛かってしまったがこれでも早くここまで来れた方なのだ、そのために死に物狂いで努力し、耐えてきた。


 今度は引き下がらない、以前断られた時は自身が不安だったこともあり、一度否定されただけで諦めてしまったが次は相手が折れるまで挫けないつもりだった。



「…………前んときはちゃんと、言ってなかったしな」




 ──愛している。




 それを言葉にするのがむず痒く、気恥ずかしくて変にふてぶてしい態度での告白になってしまったあの時、俺はちゃんと後悔している。

 きちんと言っておけば良かった、そう思っている。



 だから、次はちゃんと伝えよう。



 自分の思いを言葉にして、彼女へと。



 いまいち練習の成果は覚束ないが、それでも彼女は分かってくれるだろう、今度こそ。



「…………帰るか」



 そして、故郷へと俺は戻ってきた。




 ◇◆◇





 屋敷へ帰った時、感じたのは違和感だった。


 辺りは夜の帳が落ちて薄暗い。だが、屋敷には明かりが灯っていない、中に入っても十人程召し抱えていた使用人達が誰も居ないのだ。


 だが鍵は掛かっておらず、空き家になってしまった訳でもない。


 ただ、無人と化している。


 この家を出ている間、父の噂は聞いていた。

 相変わらず非道なやり方で奴隷達を扱って財をなしていたようだった。

 なにか変わった事を聞いた覚えはないが、あるとすれば一人息子が蒸発したという噂……つまり自分が出ていった事ぐらいで、父そのものに対する事は以前と変わらなかった筈だ。


 だからこそおかしい、何故誰も居ない? 寝ている訳でも、隠れている訳でもない。



 屋敷の中を歩き続けながら思い立った事は、使用人も連れてバカンスでも行ったのか? という考え。


 だが鍵は掛かっていなかった為、違うとすぐに思い立つ。


 一階部分の殆どを散策しても菜にも分からず、不安になっていった。


 リオナはどうなった?


 なにかあったのか?


 不安と共に動悸が激しくなっていって、途中リオナが使っていた使用人部屋も寄ってみたが何もなかった。


 背筋に冷たい物を感じながら二階へと駆け上がる。


 二階にあるのは俺と、それと父の寝室に書斎……あとは死んだ母さんの使っていた部屋がある。


 俺は真っ先に父の寝室へと向かった。


 まずは父が居るのかどうか、その確認をするのが一番手っ取り早いだろう、そう思った。


 父が居るのなら事情を聞けばいい。 居ないのであれば数日滞在して念のために帰りを待ちながら街へ行き、何か知っている者を探して話を聞けば良い。




 そして、父の寝室の扉を開けた瞬間に、思考は白くなにもかもが吹き飛んだ。




 数秒の放心の後、眼に写るモノを理解しようと、いつものように状況の把握と結果の推測する。

 それらの行いは商人としていくらでもやってきたのだから。



 父は居た。



 自身のベッドから、ずり落ちたようになりながら、仰向けになって。


 そして、胸から流れ出る赤い色が、血溜りを作りながら。


 血溜りを作り出したであろう“自分がリオナに手渡した、母の形見のナイフ”を、胸に突き立てられた姿で。



 そしてもうひとり、ベッドの上で俺に気付き、震えながら、怯えるような瞳を向ける者が居た。


 赤い髪は乱れ、涙を溢れさせながら、嗚咽混じりに何かを言おうとしている。



「……ぁ…あたし…っ……!!」



 無理矢理に引き裂かれたのだろう、衣服は破られて、下着も剥ぎ取られているようだった。


 そして、その露になった肌に赤く、べっとりとした液体がまとわりついている。


「……リオ、ナ……」




 ──ああ、そうか。


 自分は選択を、間違ってしまったんだ。そう理解した。


 父の返り血に染まる彼女、リオナを見つめながら、俺は思った。


 無理矢理にでもあの時、連れて行かなくてはならなかったのだと。



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