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2-13『焼き芋マイスター』

 

 冷たい季節風が、太陽に照らされている筈の身体からも熱を奪っていくのを感じながら、俺は屋敷の外、周囲を覆うように茂る林の中に居た。


 先程までリオナと話していた訳だが、あまり長く話し込んでしまうと仕事の邪魔になってしまう。 故に支障が無いようにとひとりで遊んでもとい出来る事をしているのだ。


 遊んでないぞ? やらなきゃならない仕事も無くて暇してるのは事実だが、子供じゃあるまいし林に入ってひとり遊びとかするものか。



「ぶんぶんふふーんっと、あーつまんね」



 俺はそこら辺で拾った木の枝を振り回しながら、特に進む方向も決めずに進んでいるが遊んでいる訳では無い。

 たまに「ハァッ!!」とか言いながら上段に構えて振り下ろしたりしているがそれは進行方向に邪魔な枝や草が生えていて、それを払っているからだ。 別に楽しくない。



 じゃあ何故棒切れ振り回して雑木林をうろついているのかって? それには勿論理由がある。



「……あー、やっぱり伐られてるな」



 その理由というのは、ここ数年で俺の家の私有地であるこの林において、無断で木を伐採しているアホが出没しているらしく、その確認に来たのだ。


 今日、林に入ってから発見した伐採の跡の証拠たる切り株の数はこれで五つ目だ。

 どれもこれも樹齢は少なくとも数十年は経過している立派な木ばかり伐られており、通年で数えるとけっこうバカに出来ない数の樹木が伐られてしまっている。 被害額はそうだな、金貨数十枚って所か。



「……この国は伐採が進んでて薪が高いからな、気持ちは分からんでも無いが」



 近年、鉄や金銀、銅なんかの鋳に骸炭(コークス)が用いる技術が誕生したと以前説明したが、それは本当にここ数年の話であり、世間的には未だ薪が燃料として主流だ。 例えばうちの屋敷だって暖炉や釜は薪用のそれだしな。


 そんな燃料事情故に、このファーンにおける森林資源は枯渇寸前、つまり森という森、木という木が伐採され尽くされてハゲ山だらけになってしまっているのだ。



「あの遠くに見えるレミア山脈も、昔はちゃんと緑色してたって話だしなぁ」



 ここから遥か北に見える、諸国連合とファーンを隔てる大山脈、レミアの山々も俺が物心付く頃には既に茶色だった。 まあ、今は季節的に真っ白なんだがね?


 山の木々を根こそぎ伐採した為に土砂崩れが頻発し、無残な土色の山になってしまったという話である。 伐ってそのまんまにするからいけないのだ。



「さて」



 俺は伐られてしまった切り株の側を、持っていた棒切れで軽くほじくり返す。


 そして背中に背負っていた籠から苗木を取り出してそこに植え直す。


 自然に生えるの待っていると、伐られてしまうペースの方が速いと気付いて定期的に植林している。 俺が林に入った理由はそれである。


 自分の敷地ぐらいは保全しないとねぇ? 本来ならそんなもの必要無いように、この林に生えている木々は伐採禁止と告知する看板なんかも各所に立てていたりするのだが、残念ながら効果は得られていないようなので、こうして地味な努力を定期的にしなくてはいけなくなっている。



「……よし、と」



 植えた根の部分を軽く叩いて、植えた苗木が倒れないようにしてから立ち上がる。 そして再び棒切れを振り回しながら、俺は屋敷の方角へと歩き始めた。


 まったくやれやれだ。 たまにの気分転換には都合は良いが人の庭を勝手に荒らされてると思うとやっぱり気分悪くなる。

 事情とかあるかもしれんがやってる事は窃盗だしその内犯人取っ捕まえて賠償させてくれるわ!!


 どうせ貧乏人だろうがそんなもん構うものか、裸にひんむいて膝まづかせてケツの毛までむしり捕って屈辱的な体験をプレゼントしてくれる。 ふははははは!!


 ひとつ気になるとしたら、生えてる木をわざわざ伐採とか大掛かりな事を林中を転々と、ちょっとづつ伐っていってる所かね?


 ただ盗むだけなら一ヵ所に集中して伐って行けば良いものを、何故わざわざバラけさせるのかが分からない。 バレづらいように? だとしたら浅知恵だがね。



 まあ、その内に商会から見張り用の人員引っ張ってきて監視でもさせるか。 その内下手人は捕まるだろう。





 ◇◆◇





「お?」



 林から出て、開けた庭に足を踏み入れると、そこにはリオナとソフィ、それに老いぼれ馬のディモティが焚き火の近くに集まっているのに気がついた。


 パチパチとはぜる火と、もうもうと登る煙に巻かれないようにギリギリの所でしゃがみこみ、じーっと焚き火を眺めているのが分かる。



「なにしてんの?」


「あ、ご主人さま……」



 近付いて、話し掛けるとソフィが反応してくれた。 無視されるかと思った、うれしい。


 避けられてはいるけれど、無視まではされていないし立場的にも雇い主だからね、割りと律儀な性格をしているソフィとしては無視したくても無視は出来まい。 うん、言ってて悲しくなるぜ。



「お庭に散らばっていた枯れ葉なんかをお掃除して集めたのですけど、それを処分しようとしたらリオナが通りかかりまして」


「ふむ?」


「丁度良いからって、お芋を焼き始めたんです」


「……ふーん」



 焼き芋かよ。 道理でリオナが無反応でずっと焚き火を眺めてると思ったわ。


 コイツは酷い言い方をすれば万年腹ペコ女である。 とにかく暇があれば何か食っている。


 その栄養は何処に行ったのかは一目瞭然だとして、それでも駄々余りしているエネルギーは身体能力に回っているようだ。

 いや逆か、馬鹿力出すのに大量に食い物が必要なんだろう。 燃費が悪い奴である。


 そんな訳でリオナにとって間食はけっこう重要な案件らしく、焚き火を見つめるそのおめめは真剣そのものであり、膝を抱えた体制のままソワソワと身動ぎしている始末だった。


 まあいい放っておこう、邪魔するのも悪いからな。



「なんでディモティまで……って、コイツはコイツで集めた草食ってんのかよ」


「えと、選り分ければ食べられそうな草も多かったのでついでに」



 枯れかけの雑草なんだが、まあ、馬にはご馳走なのだろう。 でもよく火を恐がらないものである。 あれかね、年の功か。



「きっと寒いせいもあると思いますよ? ほら、急に冷え込んできましたし」


「そうかもしれないが本能が死んどるなコイツは」



 まあそれだけ人に従順という事でもあるか。



「……で、もう焼ける?」


「どうでしょう? えと、リオナ……」


「あとちょっと」


「あ、うん……」


「…………」



 余計な問答を一切挟まない簡潔な返答だった。 そこまで真剣になれるのか、焼き芋ごときに。



「……まあいいや、ところでだな? えーと……」


「え、ああはいなんでしょうか?」


「…………」


「…………」


「……えーと」


「……はい」



 さて、声を掛けたは良いがなんと言えば良いのか。


 避けないでとか嫌わないでと直球で言えば良いのか? いや、それは何か違う気がする。 何が違うのかは説明出来ないけどな。


 じゃあもっとお話ししましょうとか、もっと近くに来てとか言うべきなのか。


 だが待って欲しい。 お話ししようぜなんて言って、今現在のように口ごもってしまえば意味は無い。 近くに来ては論外だ。 何するつもりですかと警戒されたら余計に心が抉られる。



「………………」



 俺はコミュニケーション能力については低く無い。 それなりの対人能力が備わっていなくては商人なんぞやれるものか。 なのにどうしても色恋沙汰は苦手である。 なんでだろうねぇ?


 結果として、俺は何か話したいのに何も言葉が浮かばないという事態に陥ってしまった訳で、こうなるなら話し掛けるべきでは無かったと後悔し始めている。



「……はぁ……ええと、ご主人さま?」


「え、ああうん? なに?」


「その、ごめんなさい」


「うん?」



 俺に向かってペコリと頭を下げてくるソフィ。 やっぱりつむじまでかわいい。


 じゃなくて、謝られるような事なんかあっただろうか、全面的に自分がやらかしている記憶しかないのだが。



「なんでソフィが謝るんだ?」


「ええと、余計な心労だけ掛けさせる事になってしまったみたいですし」


「ううん?」



 いや、確かに嫌われていると思いここの所はけっこう心にくるものがあったのは事実だが……それは自分の失敗のせいである訳で、ソフィが謝る事ではないと思うんだ。



「…………説明必要です?」


「出来ればお願いしたい」


「えーと、その、ご主人さまは勘違いなさってるみたいですけど……その、あの時の事はわたし、気にしてませんよ?」


「……そうなの?」


「そうです。 べ、別にその、……見たぐらいでは何とも思いませんから!!」


「そ、そう」



 そう、なんとも思わないか……良かっ……良いのかそれ?


 いやよそう。 不快だと思われているよりは良い筈なのだ。 たぶん。 きっと。



「……それじゃ、なんでこの所俺の事避け気味で……?」


「……それは、ええと」



 ソフィは、口ごもりながらちらりと焼き芋にご執心なリオナを横目で確認してから、改めてこちらを向いて応える。



「ちゃんとリオナの事、見てあげて欲しいからです」


「……んん?」



 ソフィは何か覚悟したような顔付きで、リオナの名前を出してそう告げる。


 リオナの事をちゃんと見て欲しい。 さて、どういうつもりの言葉なのか。



「……それ、どういう意味で…… 「出来た!!」 …………」



 意味をきちんと把握しようと、重ねて問おうとした時に、丁度リオナが声を上げやがった。 空気読め。



「ソフィお待たせ……あ、えと、アン……じゃない若旦那様、居たのですか?」


「気付いて無かったのかよ、ちょっと前から居たわ!」


「そ、そうなんですか? えと、申し訳ありません……ええと……こ、これはその……」



 棒でつついて転がして火から取り出した焼き芋を隠すように立っているリオナだが、誤魔化そうとしても無駄である。 恥ずかしがらずに普通に食えと言いたい。



「……おやつに何作ってようが別に何も言わないからな?」


「そ、それはそうでしょうけれど……」


「で、俺のは?」


「ありますけど……」


「じゃ、くれ」



 とりあえずリオナがご執心だった焼き芋のひとつを手に取って、その出来立てのものを手で割ってみる。


 焼き芋に使った芋は甘薯(かんしょ)らしい。 別名ヤム芋もどきといい、この辺りではあまり育てていないが、痩せた土地でも育つので農耕に適さない土地なんかではよく育てている代物だ。 馬鈴薯(ばれいしょ)には劣るが渡来品種の芋としてはけっこう愛されている作物である。



「…………」



 横目で、ソフィが問答のタイミングを外されて少し俯いてしまっているのに気付いたが、改めて聞くのにはリオナが居ない所が良いと思い止めておいた。



「ソフィも、はい」


「あ、うん……ありがとうリオナ」



 あとね、芋食いながら真面目な話とかしたくないし。 気が抜けるだろうが。



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