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2-12『魔法議論』

 


 今から五百年ほど昔の、遠い日の伝説が記された本がある。


 曰く、かつてこの世界は、魔物、幻獣、そして悪魔や魔族と呼ばれる悪しき存在が跋扈(ばっこ)する、死と呪いが蔓延はこびる暗黒の世界だったという。


 とはいえ、何も邪悪な存在だけが彷徨(うろ)いていた訳じゃない。 天使とか、精霊や聖なる獣とか、善性を持つ存在もまた人々にとって今よりも近しい存在だったらしい。


 そんな幻想染みた世界において、もっとも人に影響を与えていたものがある。



 それは、“魔法”と呼ばれる超常の力だ。



 歴史を紐解くと、如何にかつての人間が魔法と共に歴史を歩んでいたかがはっきりと確認出来る。 燃やす物など無い場所に炎を灯し、水の無い場所に水を生み出し、大気が澱む洞窟の中で風を巻き起こす。


 魔力と呼ばれる力を使って、奇跡を起こすこの能力は、確認出来る範囲だけでも数千年もの年月、人間の力となっていた。


 魔法を礎とした人の文明は極めて高度だった事は有名だ。 現在、魔法という力を失った人間は新たに科学の力で世の中を発展させようと躍起になっている。

 しかし、現在確認出来る最新の技術を用いても、魔法を行使していた時代の暮らしには遠く及ばないのが現実だ。


 例えば、火の機関と呼ばれる蒸気の力で作用する道具がある。

 燃料を釜で燃やして水を沸騰させる。 それで生じた水蒸気の圧力によって機械を作動させる物だが、こんなもの、魔法という物があれば機械仕掛けの道具も、いちいち追加しなくてはいけない燃料も必要とせずに、ただ人間が炎や水を出せばそれで済んでしまうのだ。


 ……とまあ、とにかく魔法というものは当時の人々にとって無くてはならない存在だったという事だ。

 それで話を戻すが、その魔法が失われるきっかけとなった話があり、そしてそれが所謂、勇者と魔王の戦い。 そう呼ばれる伝説だった。


 なんでも、魔王という強い力を持つ魔族が、世界を魔力で満たす“神珠(しんじゅ)”という魔石を盗み、その珠の力を全て自分の物にしようとしたのがきっかけらしい。


 それに対抗する為に、勇者と言う特別な力を持つ者が魔王討伐の旅に出る。


 勇者は強力な力を持つ魔王やその軍団に討ち勝つ手段を探して、精霊達の居場所を巡ったという。


 火や水といった元素を司る精霊や、光や闇の精霊という大精霊まで味方に付けて、勇者は遂に魔王を凌ぐ力を旅路の果てに得て、そして魔王を討った。


 正直、陳腐なおとぎ話である。 だが実録だと言う証拠はけっこう残っているので、数百年も経過した今でも議論は絶えない。


 それと言うのも、魔法が失われる出来事だという記載はあるのだが、何故失われる事態になったのかという顛末がごっそりはしょられているのだ。


 故に、世間では“証拠があるんだから魔法は実在した”派と“眉唾物の作り話で証拠だって全て捏造だ”派に別れて日夜議論されているのだ。


 ちなみに俺、アレクシスは「作り話乙!!」 と魔法とか信じちゃうお子さまを煽る手合いである。 だって妙にインチキ臭いんだもの、この話。



「……という訳で、魔法なんざ初めから存在しない」


「……むっ……!! で、ですけど昔の魔法によって動く道具とか実際に存在するって聞きましたし!!」


「それっぽい良く分からん骨董品が存在するってだけだ。 だいたい実際に稼働している所を見た人間が皆無なのに、実はこのガラクタは魔法道具(マジックアイテム)なんですよー!! ……なんて話を誰が信じるんだ、居るとしたら教えてくれ粗悪品の壺を高値で売り付けられるカモだからな」


「でもレナータ様は実在する人物ですよ若旦那様? この本に書いてある、勇者の旅に同行した聖女様が街を作ったと教えてくれたのは若旦那様ですけれど!!」


「宗教的な思惑による宣伝(プロパガンダ)じゃね? 一応レナータ様がお作りになったのが同名の街ではあるけど、レナータというお人が魔王討伐の聖女と同一人物かまでは実は不明なのだよリオナ。はい論破」


「子供の時に教えて貰った話と違うんですけど!?」


「そりゃそうだ、子供の夢をぶち壊す真似なんて俺にはとてもとても……」



 なんだかんだでソフィを衝動買いしてしまった日から二ヶ月近く、ソフィが改めてこの屋敷の住人となった、彼女の故郷でのくだりから一ヶ月ほど過ぎた冬の日。

 俺とリオナはちょっとした話題から軽い言い合いに発展していた。



「……じゃ、ウソ教えたんですか」


「…………そう言われると俺が悪者臭いが……あれだ、子供の頃は俺も魔法はあるって信じてただけの話よ?」


「むぅ……」



 これ以上言い合いをしていると手が出てきそうなので、話のまとめに入る。 リオナは納得していなさそうな顔で頬が膨れているが、俺は別に嘘を言っていたつもりは無いのだ。



「例えばだな、ここにいまいち何に使うのか分からん棒があるだろ?」


「ちょっと前に買って来ていた装飾品ですよね?」


「そ、“呪文を唱えると光る魔法の松明”って話で買ったやつ。 そんで、こっちもある」


「それは?」


「“古代魔導語”についての書籍、覚えるのに苦労したぜ」


「はあ」



 リオナはキョトンとした顔で俺と本を見比べている。 どうやらどんな意味がある物なのか理解しきれていないらしい。



「分かるように説明するとだな、“魔法”の発動には“詠唱”が必要で、そしてその詠唱に用いる言語はこの世界においてただひとつの言語だけなのだ。 いま俺達が話している言語じゃ唱えても魔法は使えない」



 そして、その魔法を発動させる為に必要な言語が記されているのがこの書籍なのだ。



「それで、その二つをどうするんです?」


「ちょっと見てろよ? えーと……『──光よ我が命に応え(ディナスティア・レシオ)依代へと宿れ(ビタム・リューセム)


「…………」


「…………」



 調査の結果判明した詠唱を、光る棒らしい物を持ちながら唱えてみる。 しかしやはりというか、特になんの変化も伺え無かった。

 まあ、以前調べた時もそうだったので当たり前だが。



「ええと、唱えた呪文? が、間違っているのでは……」


「バカ言え、この古代魔導語の辞典、著者がさっきから話題のレナータ様のだぜ、しかも初版で貴重な古書だ。 本来なら国営の図書館で持ち出し禁止になっていてもおかしくないぐらいの代物だからなこれ」


「はあ……ええと、本物……?」


「疑り深いな!? ちゃんと査定したに決まってるだろ、間違いなく本物だよ」



 リオナが珍しく食い下がる。 こういう知識的な物には興味を示す事は少ないのだが、どうも魔法という存在を否定されるのはどうしても嫌らしかった。


 まあ、実際これだけでは魔法が存在しないという理由としては弱い。

 先に述べたように世界から魔法が喪失した決定的な出来事が、勇者と魔王が存在した時代に起こったらしいので、現在において魔法を唱えてみる。も発動しないのは当たり前なのだ。


 ただ、本当に喪失の理由が明かされていないので、“元々無かった物を喪失したかのように記述した”のか、“後世に伝えられないほど重大な理由があったから歴史から抹消された”のか、どちらなのか分からないのだ。


 魔法道具が遺物として残っているって? 大掛かりな詐欺による捏造品という可能性もあるからなんとも言えんね。


 話が逸れた、とにかくリオナはどうしても信じていたい類いの人らしい。 やはり妙に子供っぽい所が残っている奴だった。



「……そういえばお前、あの勇者の話けっこう好きだしな、わかった、すまんムキになって否定しても嫌なだけだったな」


「あ、え、その……そ、そういう訳では……」



 リオナはオタオタしながら謝罪に対して否定的な事を言うが、別に隠す事は無い。

 誰だって好きな物を否定されるのは嫌な気分になるだろう。 そういう意味ではこの一連の話において俺は非常に嫌な奴である。


 ……おっと? なんてこった俺とした事がとんだ失言だったようだ。 こんなんだから女の子に嫌われるんだきっと。 ハハハハハっ!!



「……なんで泣いてるんですか」


「いや、我が身の不甲斐なさにちょっと」


「不甲斐無い? 別にそんな事は……」


「良いんだ、お世話は、どうせみんな俺の事嫌いなんだ」


「ええ……」



 季節は冬。 そして俺の心も未だに寒い日々が続いている。


 例の裸マント事件以来、ソフィはあんまり俺に近付いて来てくれなくなった。 なんというか、他人行儀で距離を置こうとしている気配がびんびんに感じる。


 あまりの寂しさに、普段通りのリオナに話し掛ける回数が増えてしまったのが今回の魔法云々の流れのきっかけである。


 ほら、現にリオナから視線を外して死角になっている方角に眼をやれば……。



「……あっ……!」


「………………………………」



 物陰から覗き込んでいたソフィと一瞬だけ目が合った。 でも気付いたソフィは逃げるように何処かへ行ってしまう。 話に混ざってもいいのよ?



「……………」


「若旦那様……?」


「……ソフィが機嫌良さそうな時にでも言っておいて、もう変なもん見せないから逃げないでって」


「……ええと、はい」



 三人での暮らしはもっと楽しく暖かいものだと思っていました。 つらい。



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