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閑話『王宮の変人達』

※今回三人称視点です。

 


 ファーン王国、王都ラフェリア。


 その中央、巨大な堀に囲まれた五稜(ごりょう)の城壁に護られた白亜の王城。 建国王によってドミニア城と銘打れた、歴史的にも価値のある優麗な城。


 その城の数ある部屋の、王族の居住区画の一室にその者は居た。



「王女殿下」


「……ん、なに?」



 ノックの後に入室してきた女性の近衛騎士の呼び掛けに、手に持って読み耽っていた書物から視線を外す。 王女殿下と呼ばれた、薄く桃色の混じる金髪の、まるで人形のように容姿の整った少女。


 ルクレティナ・ロイ・ファーンファレスと言う名前のファーン王国の姫君は、側付きとして長年自分を守護している女へ意識を向けた。



「先程、リュカマイラス王子殿下がお戻りになられまして……」


「わかった、すぐいく」



 近衛騎士の女性、エレノールの話を遮るように即座に移動しようとする王女。 造りの良い革張の椅子を転げさせる勢いで立ち上がり足早に部屋の外へと向かおうとする。



「いや、殿下が動かずとも此方へ向かっておられますよ?」


「それでも出迎える」


「……いや、内密な話をすぐに始めるのですよね?」


「しー」



 エレノールに諌められた王女、ルクレティナは彼女に向かって、人差し指を自らの唇に触れさせながら“その話題は口にしないで”とサインを送る。 無表情で。



「何処の誰が聞いているか分からない、迂闊な事は話さない」


「……はあ、いや、しかし、人の耳目に晒されたく無いのなら尚更ここで待っているべきでは?」


「エレノールは分かってない」


「……はい?」


「にいさまは声が大きい。 そして考え無しでべらべら喋る。 今すぐに口を塞ぎに行かないと全部駄々漏れになる」


「…………」


「普段なら、いつものバカ話だと流されるけど、今回は具体的な事を頼んている。 つまり急がないと詰む」


「そこまでですか? いったい王子殿下に何をお頼みになられたのですか……」


「資金関連で少し。 調べたらおもしろい人物を見つけたから、それの勧誘」


「……出資者(パトロン)作りですか? それはまた……」



 二人は部屋を出て、廊下を歩きながら話している。 何処で誰が聞いているか分からないとは先程言いはしたが、現在歩いている区画は安全圏だというのは把握している。 でなければ迂闊にエレノールと話を続けたりはしない。



「そろそろ本格的に動きたい。 具体的には冬が終わる頃にはあらかたの準備は整えておきたい」


「……そ、そうですか」



 エレノールに向かって両手でピースサインをしながら無表情で、淡々と予定を口にするルクレティナ。

 それを聞いてエレノールはどう反応するべきか迷って、曖昧な返事をするに留める。

 いつもの事ながら、表情と口調は人形のように感情を表さない癖に、身振り手振りだけはそこらへんに居る街娘なんかより感情豊かだったりする。


 正直、雰囲気と動作が不一致過ぎて不気味だった。


 なに考えているかちっとも分からなくてたまに怖い。 と、エレノールは思っていたりするのだが、当のルクレティナの思考は、様々な事に思慮を重ねてはいるものの、前提となる人格は単純明快であり、それを公言して憚らない。


 つまり誤解されやすいだけの単純な子である。



「とにかく、早くにいさまのところへ行く。 しばらくにいさまの匂いを嗅いでない。 そろそろ補充しないとしんじゃう」


「…………………………」



 ただ、単純明快に公言して憚らない、只ひとつの事があまりにもアレだった。


 エレノールはルクレティナの近衛隊の長となってから七年ほど経っているが、この兄上好き過ぎ王女の妄言は全て聞かなかった事にしながら過ごしている。

 賛同する訳にも応援する訳にも行かないので当たり前なのだが。


 そしてルクレティナの方も受け流されるのを分かっていて口にしている。 そこにはある種の牽制も混ざっていたりする。


 それと言うのもこの近衛騎士隊長。 別名腐女騎士エレノールは隙あらば最愛の人(にいさま)にすり寄ろうとする蠅みたいな奴だからである。

 もっとも本人の気質的に結ばれる事は絶対に無いと言い切れる存在で、ある意味ではもっとも兄に近付けても安心安全な女性なので重宝するのだが。



「それで、にいさまは今どの辺りにいるの?」


「帰還の報が入った時間からして、まだ正門の辺りではないでしょうか?」


「そう、なら間に合う」



 そうして二人は、王子の元へと向かって行く。

 広い城内において、待ち構えている方がすれ違いを起こさないで落ち合える筈なのは間違いないのだが、ルクレティナからすれば兄であるリュカの動向など簡単に解るのでその辺りは考慮に値しない。


 正門を潜った後は、愛馬を休ませる為に馬舍へ必ず向かう。


 その後は帰還した旨を父である国王へ報告に向かうだろう。 一見フラフラとして動きが予測不可能に見える兄ではあるが、フラフラするのはしなくてはいけない事を全て終えてからである。

 なので父が現在居る筈の玉座の間の直前で待ち構えていれば、捕まえられる。



「…………ん、にいさま」


「む? おお我が妹よ、帰ってきたぞ!!」



 そして予測通り、玉座の間へと続く回廊の途中で、兄であるリュカと接触した。



「おかえりなさいにいさま」


「うむ」


「…………」


「今回はにいさま、遅かった」


「すまぬな、少々やらねばならん事があったので遅くなった」


「いい、だいたい予測通り」


「うむ? そうなのか……それより我が妹よ、そろそろ離して貰いたいのだが」


「いや」


「そうか、まあ良いか……いつまでも兄離れが出来ぬ困った妹だな」


「…………」



 会って早々にルクレティナはリュカに抱き付き、それを支えるようにリュカも受け止める。 ちなみにリュカ王子からすれば王女の愛情表現は兄妹としての関係から逸脱した物とはまったく思っていない。


 ルクレティナからすれば完全にアレで一般的には禁忌的な感情による行動なのだが、流石に抱き付き程度までしかしていないので認識の差異があるのは当たり前だろう。


 ここからもっと攻めればたぶん気付かれる。 気付かれたら恐らく兄は自分と距離を置きたがるだろう。

 それは理解しているのでルクレティナはギリギリを攻めるのだ。

 最近は一緒に湯浴みをしてくれないので不満だったりする。 身体が女らしく育つに従って肉体的接触が難しくなって行くのがルクレティナ的には大変遺憾なのだ。



「……いっその事言い逃れ不能な事態にまで発展させるべく既成事実を……」


「我が妹よ、そういうお年頃なのは解るがそれは兄にでは無く、真に愛した男に言ってやると良いぞ、はっはっは」


「………………」



 ぼそりとルクレティナはリュカに聞こえない筈の大きさで呟いたのだがばっちり聞こえたらしい。 大して動揺もせずに頭を撫でられてしまった。



「痛いぞ我が妹よなぜつねる!?」


「八つ当たり」


「……………殿下……えーと、話すべき事があるのでは?」



 兄妹のじゃれつきを黙って見ていたエレノールだったが、いい加減本題に移行するべきだと思ったので割って入る。 それを聞いて、ルクレティナはようやくリュカから離れて報告を聞く事にした。



「にいさま、父上に帰還の挨拶をしたら私の所へ」


「うむ、そうだな」


「ん。待ってる」


 それだけ言ってルクレティナは名残惜しそうに兄から離れ、その場で身動ぎもせず待機した。


「……殿下、貴女が通路のど真ん中に直立していると通る者がちょっと迷惑……」


「気にしなくていい、待ってるだけ」


「……」


「ふむ、急ぎ父への帰還の報を済ませようか」


「お願い致します、リュカ王子殿下……」


 その後、リュカが父である国王への報告のため謁見の間へと赴き帰還を知らせに行ったが、ルクレティナはその間、全く動かなかった。

 ルクレティナの立つ位置が最も迅速に謁見を終えた兄と接触出来る位置らしい。


「そんなにはなれたくないのなら一緒に謁見なさったらよいではないですか……」


「それは不作法。それに非常識」


「いや、通路に王女殿下が突っ立っている方が非常識です」


「きにしないきにしない」


「…………」


 それから暫くして、謁見を終えたリュカと再び合流して、エレノールの先導で王城の一室へと移動する。

 部屋の周囲に人が居ないのを確認して、エレノールが見張りとして扉の前に立ってから改めて本題に入る。



「では両殿下、なるべく早めにお話を済ませて下さい」


「分かってる。 すぐに終わる」



 エレノールにそう告げ、ルクレティナは部屋の扉を閉めてリュカへと向き直る。



「にいさま、ふたりきり」



 そして、ルクレティナは両手を胸の前で抱き、いぢらしく指先を動かしながらいつもの無表情にちょっとだけ朱をまぜて最愛の人(にいさま)を見詰め、そっと近付いて……。



「王女殿下!? まだそれやりますか!?」


「ちっ」



 ……と、不穏で御法度な気配に反応してか、閉めたばかりの扉を勢い良く開いてエレノールがツッコミを入れた。 反応早い。


 腐った気配には敏感らしい。



「……うむ? よくわからんが話をするのではないのか?」


「そうです、リュカ王子殿下の言うとおりです。 ご自重を」


「わかってる。冗談が通じないから困る」


「いや、マジのガチで本気の方が何を言いますか」


「エレノール、うるさい」


「……いや、言いたくもなりますから、聞き流すにも限度がある」


「耳年増」


「年増って言いました!? なんて事言うんですか!!」


「良いから、見張り」


「…………くっ!!」


「相変わらず仲が良いなそなたら」



 渋々扉を閉じるエレノール。 そして冗談はこれで終わりと、掛けている眼鏡をただして前を向くルクレティナ。



「それで、どうだったか教えてにいさま」


「うむ、ダメだったぞ、断られた!!」


「………………」


「何故睨むのだ我が妹よ」



 リュカに是非を聞いた質問の内容は、この王都から遥か西の国境近くに存在する街、地方都市レナータに住む商人アレクシス・カウフマンについての事だ。


 アレクシスは、リュカとの対面においてある事を要求されている。


 それは、資金的な援助や様々な物資の手配。 つまり後方支援者としての協力要請だ。


 それをアレクシスははっきりと拒否している。 理由は“巻き込まれる事による安全な生活の欠如”。 アレクシスからすれば、何よりも保身を優先しなくてはいけない理由がある為に当然の判断だった。 しかし。



「……甘い。 やり手のようだから読んでいるかと思っていたけど、詰めは苦手らしい」


「というと、どういう事だ我が妹よ?」


「いずれ解る。 アレクシスという商人、会った事は無いけれど性質はやっている事を鑑みればだいたい分かる」


「うむ、会って人となりを確認したが真に我が友として向き合いたいと思える心の持ち主だったぞ!! それ故にあまり巻き込みたくもないと考えてな、あまりしつこくは言わなかった!!」


「…………にいさまがバカなのは折り込み済み。 だけど、今回はしっかり説明しておくべきだった、失敗した」



 ルクレティナは顎に手を付けて、考える。

 自身の予測ではまず間違いなく乗ってくると予測していたので、親書を届ける以外には必要無いと思っていたのだが外れてしまった。 どうやら他に何か見落としていた要因があるらしい。



「……にいさま、どうして断られたかは分かる?」


「うむ、安全が保証されぬからであろう、愛しい者を護ると決意した男なのだ、あらゆる危険は当然避けるだろう」


「……それか、迂闊」



 アレクシスという人物について、ある程度調べていたが、天涯孤独であり、伴侶も居ないという情報しか得られなかったので、非常にストイックな人物だと考えていた。


 ……が、しかし、どうやら兄が真の友と呼ぶぐらい意気投合した人物らしい。



「つまり、変態」


「うむ、熱い想いをたぎらせておったな」


「…………そう、にいさまの同類……」



 前提条件である人間性を決定的に間違って解釈していた。 それでは予測を外して当然だった。



「……ともかく、もう一度……予定は遅れるけれど、冬が終わったらまた勧誘しなくちゃいけない。 これはにいさまの望みの為でもあるし、そのアレクシスという人の為でもある」



 ルクレティナはそこまで言って、ひとまず話を終了させる。 冬が来てしまえばここ王都から西の国境付近までは移動が難しい。 なので、予定を練り直して物事を進めなくてはいけないのだ。



「話は終わりか、我が妹よ?」


「うん、終わり…………それにしても……」



 アレクシスという人物。 最初断られたと聞いた瞬間は物事を見抜く眼について、それほどではないと感じたのだが、少し違うかも知れない。 そうルクレティナは考える。



「……私が手を尽くして調べても、全てを把握仕切れなかった。 思っていたより有能かもしれない」



 ルクレティナ・ロイ・ファーンファレス。 ファーン王国王女である少女は、西の外れに住む者が、もしかしたら鍵になるのかもしれないと直感しつつ、密談を行っていた部屋から退室した。



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