2-5『革新技術』
◇◆◇ソフィ視点◇◆◇
「ディモティは居るんですね」
「うん、歩いていったみたい」
ご主人さまの居る場所へ、作ったお弁当を持って出掛けようという時、わたしとリオナは老いぼれという名前の馬の所へ来ました。
「乗って行くんですか?」
「うん、ソフィがね」
「へっ? ……ひゃっ!?」
そう言ってリオナは、わたしの脇の下に手を差し込んでから、ホントに何でも無いかのように持ち上げ、ディモティの上へと座らせてきました。
……子供ですか、わたしは。
「…………流石に同い年の子にこれをやられるとちょっと傷付くんですけど」
「……へ? ああゴメン、あたしが持ち上げた方が早かっただろうからつい」
「…………………」
確かにそうですけど、鐙に足を掛けるのにも苦労しちゃうでしょうけど。 せめて腰を抱いて持ち上げるとかして欲しかった。 まさか年齢一桁の幼児みたいに軽々と扱われるとは。
限界いっぱいまで手を伸ばして持ち上げられても、ディモティに付けられた鞍までの高さまでは少し足りなかったから、そこからじたばたとしがみついてまたがったからスカートぐちゃぐちゃですし。
さっきの馬への登り方はちょっと人様には見せられないです。
「……言いたい事たくさんありますけれど、とりあえずひとつだけ、リオナは乗らないんですか?」
「乗らないよ? というより乗れないのよね、習ってないし」
「……えと、それはつまり……」
「ディモティの手綱をあたしが持って歩いてくつもり」
「わたしは荷物ですか、そうですか」
「そんなつもりじゃないんだけど……えーと、でもソフィは足遅いって聞いたし」
「そうですけどっ、釈然としない!!」
わたしみたことあります。 子連れの旅人さんとかが街の中を、馬に小さな子を乗せてお父さんらしき人が歩きながら手綱を引っ張っている姿を。
馬の上ではしゃぐ子を微笑ましく伺うお父さんの姿が印象的でした。 周囲で眺めていた人達もそんな親子へ温かい視線を送っていました。
「……リオナ、ホントに降ろして。 ホントに恥ずかしいから降ろして……」
ちょっと想像しましたけど、あり得ないぐらい恥ずかしいんですけど。 これじゃ晒し者じゃないですか。
「恥ずかしいの? なんで?」
「リオナにはたぶんわからないと思う……」
仮に、わたしがディモティを引っ張って、リオナが乗っているとするじゃないですか、それだと今度は使用人の先輩が後輩のわたしを歩かせていじめてる図になるんですよね。 理不尽だ。
格好が違えばそうは見えないんでしょうけど……。
…………格好?
「あっ」
「なに、どうしたの?」
「リオナ、わたしがディモティに乗って行くのは変える気ないんでしょう?」
「え、えーと……そこそこ距離あるし、そうして貰いたいんだけど」
「えと、それなら…………」
わたしは、とりあえず妥協案で行く事を決めて、それをリオナに伝えました。
◇◆◇アレク視点◇◆◇
モニカから仕事しないなら帰れと、商会を叩き出されてしまった。
いや、悪いのが俺なのは流石に分かる。 酔っぱらいが汚物撒き散らしてメソメソしているのだ。 自分の商会だが営業妨害もいいとこだろうよ。
とはいえ、帰れと言われても帰りたくない。 もうちょっと傷心の心を癒したい。
ただ、屋敷や商会以外で酒はあんまり呑めないのだ。 何故なら俺は酒乱を自覚しているからだ。
今は戻したおかげか落ち着いているがな。
「……つっても何処に行くかね?」
何処か心を癒してくれる場所。
……誰でも良い、俺を優しく慰めてくれ。
そんな思いが去来するが、俺はいわゆる女の子のお店には行くつもりは無い。
俺は女の子を金に物言わせてあーだこーだするのは好かん。
たとえ進んでその道へ進んだ子であろうとお断りだ。 金が飛び交う関係に愛など存在しない、誰がなんと言おうが、たとえ優しかろうが可愛かろうがそんなものは幻なのだ。
俺の愛は金では買えんのさ、ふふふっ……。
つーか、まあ、時間的にやってねえんだがね。 今はお昼だし、そういうお店は夜からだし。
「…………仕方がない、気を紛らわすつもりで色々やっとくか」
そう呟いて、俺は、このレナータの街のある場所を目指して歩き出した。
◇◆◇
「おお? 会長じゃねーか良いところに……臭っ!? 酸っぱい臭い撒き散らしてんじゃねーよ!?」
「酷くね!? 開口一番がそれかよ!?」
目的地に到着した俺は、そこの代表であるおっさん、ジェイワットに嫌な顔をされた。 酷い。
「まあいいや、ゲロ吐き会長。 丁度良いところに来たな、試作機出来たぞ」
「誰がゲロ吐きだ……いや実際吐いたが…………そんなに臭う?」
「最悪」
「……そ、そう……そんで試作機出来たって、やっとか、やっと出来た?」
「おう、元の設計図は貰ってたし、現物を何度も見せて貰ってた割りに待たせて悪かった」
「おお……ようやく金食い虫が実を得る……」
このジェイワットというおっさんは、とある技術を発展させる為に協力関係を結んでいる人物である。
「で、その“新型蒸気機関”はどれなのよ?」
新型蒸気機関。
鉱山の排水等に利用され普及している、通称“火の機関”を更に効率化、高出力化させた次世代の革新技術の筆頭となりうるものだ。
俺はこの機関を水車の代わりに出来るんじゃね? と思い立ち、以前知り合ったこのマッドっぽいおっさんに資金提供と火の機関の改良を持ち掛けていたのだ。
俺はそのまま水車の代替品として設計の見直しを頼んだだけなのだが……何故かこのおっさん、ノリノリで完全新型の開発に乗り出しやがったのだ。
俺としては、水位の増減に影響されないように、もしくは川すら無い場所での運用が可能になれば従来型でも十分だったのだが、本来の提供資金をおっさんが使い果たした時点で新型なんぞ作っていると発覚し、後に退けなくなっていた。
結局、本来の三倍ぐらい追加で資金をぶっこんで、ようやく今日に至るのだ。
いやー、怒鳴り込みしてストレス発散しようとしたらまさかだわ、こっちの方が心は軽くなったから良しだな。
「そんで性能的にはどうなのよ?」
「さあ?」
「……は?」
「まだ組み上げたばっかりだぜ? 計算上の数値なら従来型の何百倍も出力は出るけどよ」
「…………本当かよ、嘘くせえ」
「だから、さあ? って答えたんだ、試運転しなけりゃ何も分からん」
ジェイワットのおっさんはそう言いながら、俺に何故かスコップを渡して来る。
「なにこれ」
「あそこが炉で、その隣に骸炭が山になってるだろ? 火は今から点火するからじゃんじゃん突っ込んでってくれ」
「なんで俺がそれをやるの!?」
完全に下っ端の仕事である。 資金提供者の事業主に対する仕打ちじゃねえ。
「まあまあ、頼むよ、今は他の作業員は飯食いに行ってて誰も居ないんよ、オレは観察してなきゃいけないしよ」
「戻って来てからやれば良いのにってのは聞く気無さそうだな……ああもう分かったよ!!」
「悪いな」
ニヤリと笑うおっさんを尻目に、俺はスコップを持って骸炭の投入口へと近付いた。
「……よし、点火した。 あとは骸炭を追加していってくれ、火力が上がれば圧力が上昇してタービンを回す力が劇的に増加する…………はず」
「曖昧だな、まあ詳しい事は門外漢だし? 従うけどさ」
という訳で、俺はおっさんの指示の通り燃料である骸炭を投入口へじゃんじゃん追加していく。
すると、投入口から漏れだす熱の増加に合わせて、よくわからないが歯車やらピストンやらが噴き出す蒸気に呼応するように動きを速める。
「……おお? 凄いな、従来型の火の機関とは比べ物にならないぐらい速く機械が動いて…………おっさんどうした?」
熱気と共に順調に稼働しているように見えた新型蒸気機関に感心しつつ、おっさんの方へ顔を向けるのだが、何故かおっさんは遠く離れた石壁の陰に隠れながら様子を伺っていた。
「…………おっさん、おいどうした」
「ヤバい、会長逃げろ、今すぐ退避!!」
「えっ」
──瞬間、新型蒸気機関の炉が、破裂するように内側から爆炎と轟音を吐き出した。
「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああっっ!?!?」
至近距離から爆発に巻き込まれた俺。
全身に高圧の炎を浴びる俺。
衝撃によりおっさんが退避していた石壁まで吹っ飛ばされた俺。
「熱い痛い焦げた超痛い!? 死ぬ、死ぬぅ!?!?」
「ハイハイ水ね、おつかれ会長」
「がぼがぼがぼがぼっ!? べふぇは!?」
転がり悶える俺を、事前に用意していたらしき水を張ったプールへと投げ入れるおっさん。
「……んー、やっぱ高圧式は現時点じゃ断念だな、こんなもん量産したら爆発死亡事故多発でエライ事になる」
「分かっててやらしたんか貴様ァ!! 殺す気かぁぁぁぁ!?」
「まあまあどうどう、まあ会長なら平気かなとな? 実際平気だったし」
その俺なら大丈夫という根拠は何処から来るのか。 死ななかったが実際ヤバかったぞさっきのは!?
「とりあえず会長、高圧式じゃないのまた作るから資金くれ」
「………………………………てめぇ、いつかぜってえコロス」
「はっはっはっ、次の試作機でその言葉撤回させてやんよー」
俺は、後で絶対泣かす奴リストへこのおっさん、ジェイワットの名前を書き記す事を決めた。
こいつに任せたの失敗だったかもしれない、もう後に引けなくなってるのが辛い。




