2-3『寒い季節』
◇◆◇ソフィ視点◇◆◇
わたしに向かって、ご主人さまとの仲を応援するとか言い出したリオナだけれど、その顔は本心からそう言っているようにはとても見えない。
流石に気付いてるよね、昨晩、わたしがご主人様の所に行ってたのには。
「…………」
どうしよう。 流石に何も無かったと言っても信じて貰えないと思う。
肉体的にはともかく、精神的にというか将来的にはというか……わたし、ご主人さまに言質を取ってしまっていて…………。
『──絶対に幸せにしてくれるって、約束してくれるんですか?』
『──約束するよ』
「わあああぁぁぁあああぁぁぁあああぁぁぁあああ!!!?」
「なにっ!? いきなりどうしたのソフィ!?」
リオナが突然大声を上げたわたしを心配してくれてますけどそれどころじゃないです。
あの時は、何度も繰り返すけれど色々な事がありすぎて、わたしもかなり弱ってたんですよ。 だからあんな結婚の約束のような言葉を…………。
「う"う"う"う"う"う"う"……」
「ちょ、ちょっとホントに大丈夫?」
どうしようどうしようホントにどうしようなんとか違うとかそんなのじゃないって言い訳でもいいから言いたいのに頭がうまくまわらない。
しゃがみこんで、また頭かかえて唸っちゃって、リオナが気遣ってくれているけど、どうやって返事をすればいいのか……。
「……アイツに何されたの? 嫌な事された?」
「…………へっ? え、いやそんな事は!?」
「でも、唸ってるし……なんて言っていいのかわかんないけど、ええと……」
リオナは、どうやらわたしがご主人さまに変な事をされたから悶えてると思ったらしいです。
違います。 逆ですわたしが変な事したから悶えてるんです。
ただ、ここでそれを言ったら余計拗れるんです。 たぶん、リオナの中では既にわたしとご主人さまは相思相愛の関係になってしまっている筈で。
「……っ……」
「ソフィ?」
「いえ、平気です、それよりリオナ……」
「な、なに?」
頭を振って、のぼせた考えを振り落として、わたしが取るべき態度に、脱線しかけた問題を元の状態へと切り替える。
「 さっきのリオナの言った事です。 応援とか言われてもわたしは別にご主人さまとは何もありませんよ?」
「え、いや、でもソフィあなた……」
ちょっと無理矢理かもしれないけれど、さっきまで見せてた態度とは真逆のものかもしれないけれど、このままだと、この目の前の素直じゃないだけの子が可哀想過ぎるから。
リオナは少しだけ押し黙った後、平坦な口調で言ってきました。
「……昨日の事をあたしに気を使う必要はないわよ? あたしもアイツも只の主従関係しかないんだから、特になんとも思ってないもの」
「むっ……でも」
「……前に言ったでしょ、何でもないって、ソフィが勘違いしてるだけなんだってば」
勘違いもなにも分かり易すぎる態度取ってるクセに、やっぱり認めないリオナ。
ご主人さまもそうですけど、なんでこんな素直じゃないんでしょうね? まあ、ご主人さまの場合はあれです、一時の気の迷いだと思いますけど。
お母さんが以前言ってたもん。 男の人は人生のうちに何度か気の迷い起こすから気を付けろって。 ご主人さまのわたしへのあの態度はそれだと思う。 たぶんですけど。
だから、わたしは言いました。 言いましたとも。
「リオナ、もっと素直になった方が良いよ? ご主人の事、好きならちゃんと言わないと」
自分の気持ちも大切ですけど、それでも嫌いじゃない子から泥棒するような真似、出来ませんし。
◇◆◇リオナ視点◇◆◇
「…………はい?」
ソフィが頭を抱えて踞っていたので、心配になって声を掛けたのだけど、色々と言い合っているうちにソフィがそんな事を言い出した。
「ですから、わたしは関係ないので、リオナは好きなら素直になった方が良いよって言いました」
「いきなり何を言い出すのよ……」
今、この子とアイツは両思いなのだ。 なのになんであたしがそれの邪魔になるような事をしなくちゃならないのか。
そもそも何処をどう見れば、あたしがアイツをそんな風に想っているなんて判断が出来るのか。
確かに、その、間違ってはいないのだけれど、それはキチンと隠している。
誰が見てもあたしとアイツはただの主従関係、もしくは兄妹ぐらいにしか思われない筈だ。
そうでなければこの二年、丸分かりの態度でずっと過ごして来たという事になるじゃないか。
だいたい素直じゃないと言うならソフィだって、昨晩あれだけ甘えてたのをこっちは見てしまっているのだ。
あんなのあたしやって貰った事ないし。
別にして貰いたいとか思った事なんか無いけれど子供の頃ですらアイツは基本逃げるからまともに抱っこすらしてくれな……いやそれはともかく。
「……素直じゃないって言うならソフィだってそうじゃない?」
「…………む……」
「あたしも心配してたけど、アイツ、優しくしてくれたんでしょ?」
「そ、そうですけどっ!! それは好き嫌いの問題じゃないですから、リオナだって優しくされてるでしょう?」
「……なんの事? それよりさ、アイツあんまり調子乗らせると付け上がるから今後気を付けてね?」
「気を付けろって……どういう事にでしょうか?」
「……そ、それはあれよ……その、色々と……」
「…………まあ良いです、気を付けるのはリオナですし?」
「いやいや、だからどうしてそうなるのよ? あたしには関係ないんだけど? だってアイツはアンタがお気に入りだし?」
「そんなことありませんよ、だってご主人様はリオナと話している時が一番楽しそうですし」
「それこそ見間違い、ただアイツは主人っていう以前に腐れ縁なだけよ?」
「でも腐れ縁って切っても切れない関係の人達の事ですよね? ほら、ずっと一緒じゃないですか、わたしはまだずっと一緒にいるかなんて分かりませんし」
「あら、でもアイツが自ら連れてきた子なんてソフィが初めてよ? つまりそれだけ気に入られたって事だし意地でも逃がさないつもりじゃないかしら? 良かったじゃないお互い必要としあってるなんて幸せよ?」
「それはリオナの事じゃないですか? ふふっ……きっとご主人様、リオナが居なくなったら死んじゃいますよ?」
なにか言い合っている内に熱くなって、やたら口が回る。 ここまで口が早く動く口論は初めてかも知れない。 まあそれは今はいいや、そんな事より。
「………」
「………」
色々言い合って、一旦それが止まりお互いに沈黙する。 キッと眉を吊り上げて睨んでくるソフィ。
あたしも負けずに、自分の言い分以外絶対認めないと言わんばかりに睨み付ける。
「わからず屋」
「意地っ張り」
なんなのこの子は、こんな素直じゃない子だったわけ!?
◇◆◇アレク視点◇◆◇
やあ諸君、素晴らしい朝だね!!
ソフィちゃんをめぐるあれやこれにひとまず一段落を付けてからの初めての朝日がとても気持ちいい。 最高の気分の朝だ。 はっはっはっ!!
ソフィちゃんを寝かし付けて、椅子の上で仮眠しか取っていないから寝不足だけど、しかもやろうとしていた仕事も結局すっぽかしたけれど、気分は最高さ。
だって、ソフィちゃんの気持ちをなんとか持ち上げられたと思ったし、あの時の言葉はあれだよ諸君、とどのつまり愛の告白みたいな物だろう? 違っているかね?
ソフィちゃんは幸せにしてと言った。
そして俺はそれに必ずすると約束した。
これはあれだよ、もう結婚して下さいと言われたも同然だろう? はっはっはっ!!
まあ、仮眠を取っている内に何故かソフィちゃんはベッドから抜け出していたが、調理場でしゃがみこんでいるのはそっと覗いて確認したから、また何処かへ行こうとしたとかでは無いなら良いやと声は掛けなかったんだがね。 朝の作業を邪魔するのも悪いからな。
それでリオナが寝坊しているのに気付いて起こしにいったらパンツ丸出しで寝ていたのを見てしまったのだが、俺は紳士的にそっとはだけた布団を直すにとどめたさ。
ちょっとぐらいなら触っても寝てるからバレねーだろという悪魔の囁きに屈せずにな。
季節はそろそろ冬。 日差しだけでは温め切れない冷たい空気が、俺の火照った身体を冷やしてくれる。 ソフィちゃんもリオナも俺の心臓を急作動させるのはほどほどにしてほしいぜ。
朝っぱらから処理する訳にもいかないしね。 流石に最中に呼ばれてバッチリ視られるような真似は出来ない。
ずっとソフィちゃんと旅をしてたから一ヶ月ぐらい解放していないのでけっこう辛いが我慢しなくてはなるまい。
「……イチッ!! ニーッ!! サンッ!! シッ!! …………ゴーロクシチハチッッ!!」
なので俺は今、庭で上半身裸になり腹筋をしていた。 邪念を飛ばし、肉体からエネルギーを発散せねば暴発しかねないからだ。
まあ、四回までやったらお腹痛くなったから、声だけ出して寝っ転がってるだけになったのだが。
「…………ぶえっくしょ!! 寒っ!!」
地面が冷たい。 やっぱり霜が降りてるのに寝そべるもんじゃねーわ。
俺は開始して間もない筋肉トレーニングを即座に中断して上着を着る。 この西ファーン地方は、冬の始まりは急にやってくる。 一ヶ月前まで暑いぐらいに感じていた筈なのに、既に朝方の気温は微かに水面に氷が張るほどに下がっている。
「……薪と炭の準備とか色々手配せねば」
雪は降ることは降るが、そこまでは例年積もらない。 しかし北から吹き付ける風は強く凍てつくような寒さを運んでくるので、しっかりと防寒対策しなくては命に関わるのだ。
これから春までは、物流も滞り易くなるし早めに動かなくてはいけない。
「ふざけてる場合じゃねえか、さっさと飯食って、とりあえず商会に顔出さねえとな……」
本心としてはソフィちゃんと一日中、屋敷の中でイチャイチャしていたいのだが、そこは働く男の宿命で、色恋だけにうつつを抜かしている訳にもいかないのだ。
というかマジでそろそろ業務に戻らないとモニカがキレる。 キレても借金棒引きすれば黙るけどそれはあまり良い手段では無いからな。 奴は有能なので可能な限り、金で縛り付けておかなくてはいけない。
俺はそんな事を考えながら、いい加減空腹を感じていた腹を満たす為に調理場へと向かう。
ソフィちゃんが居るのを確認してからそこそこ時間が経過しているし、そろそろ出来ている筈なのだ。 いつもより作るの遅いが別に俺は朝食の時間を指定した事は無いので多少ルーズだろうと何も言うつもりは無い。
「おーい、そろそろ朝食……」
そして、調理場にたどり着いた時、リオナとソフィちゃんの話し声が聞こえてきたので、声を掛けようとしたのだが……。
「……そ、それはあれよ……その、色々と……」
「…………まあ良いです、気を付けるのはリオナですし?」
二人は何やら不穏な空気で言い争いをしていた。
「……ちょ……何事……」
堪らず制止しようとして、しかしその言い争いの内容に足を止めてしまう。
「いやいや、だからどうしてそうなるのよ? あたしには関係ないんだけど? だってアイツはアンタがお気に入りだし?」
「そんなことありませんよ、だってご主人様はリオナと話している時が一番楽しそうですし」
「それこそ見間違い、ただアイツは主人っていう以前に腐れ縁なだけよ?」
「でも腐れ縁って切っても切れない関係の人達の事ですよね? ほら、ずっと一緒じゃないですか、わたしはまだずっと一緒にいるかなんて分かりませんし」
「あら、でもアイツが自ら連れてきた子なんてソフィが初めてよ? つまりそれだけ気に入られたって事だし意地でも逃がさないつもりじゃないかしら? 良かったじゃないお互い必要としあってるなんて幸せよ?」
「それはリオナの事じゃないですか? ふふっ……きっとご主人さま、リオナが居なくなったら死んじゃいますよ?」
「…………」
……どんな口喧嘩してなさるんですかキミ達は……?
「わからず屋」
「意地っ張り」
………いや、あの?
「じゃ、はっきりさせましょうか、リオナ?」
「なにをよ?」
「…………」
「ご主人さまの事好きですよね? それもかなり」
「あんな変態死ねば良いとおもってるわ」
…………。
「こっちもそっくりそのままお返しするわよ、ソフィ、アイツの事好きよね? それもむちゃくちゃ」
「ご主人さまは頭がちょっとおかしいので男性としては論外です」
………………………………。
「…………ふーん?」
「…………そうですか」
お互いにお互いを睨み付けながら、俺を貶す二人。 どういう事だよ。
「…………昨日あれだけ甘えてたクセに、ふーん?」
「…………リオナだって、ご主人さまの話してる時はずっと女の子の表情ですよ? ふふっ」
「違うっつってんでしょ」
「こっちも違います」
「……………良いから遠慮しないで、アイツと仲良くして、どーぞ」
「わたしの事は気にせず素直に想いを伝えて下さい、どうぞ」
「……………」
「……………」
…………そう……。
押し付けあう程、嫌か。
……嫌だったのか。
──俺は、そのまま屋敷を飛び出した。
──冬の始まりを感じる空の下へ。




