2/14閑話『ポンコツメイドのショコラータエピソード』
バレンタイン閑話です。
それは、俺がリオナと二人きりで過ごすようになって数ヶ月が過ぎた頃、そしてソフィちゃんと暮らすようになる一年以上前の話である。
色々あってふさぎこんでいたリオナもようやくある程度、普通に接する事が出来るようになってきている。 まあ、それは今は気にする事では無いが。
「……ただなぁ、やっぱりあの屋敷にリオナひとりは流石にキツイっぽい」
「私に言われてもね……雇えば良いじゃないの、使用人増やしなさいよ」
「……うーん……」
リオナは、現状ただひとりの屋敷の使用人である。
資産の殆どを失い、非常にきわどい経営状況へと陥っていた我がアレックス商会なのだが、俺自身の獅子奮迅とも言えるような銭ゲバ荒稼ぎと、モニカのパシリとしての才覚により、ここ最近はなんとか持ち直す事に成功しているのだ。
「…………とはいえ、人を雇うほど余裕がある訳でも無いのも事実。 それに屋敷で雇うなら、まずは商会の人員だろ、今の所従業員なんざお前含めて数人だぜ? 人手不足過ぎてそろそろ過労死するわ、俺が」
「……まずは私だと思うのだけど!!」
何を仰るのかこのパシリは。 雑用が大変なのは分かるが仕事内容的には俺の方が…………いや、やっぱコイツの方が働いてるわ、何日自宅に帰して無かったっけ? ちなみに俺は可能な限り毎日帰ってます。
「すまんすまん、言わないからてっきり働く事に快感を得ているのかと」
「大変だから頑張ってたに決まっているでしょ!? 誰が好きこのんで商会で寝泊まりするか!!」
「すまんのう、ボーナスは弾むから勘弁してくれぃ」
「えっホント!? 現金でくれるの!?」
「いや、借金の下方修正。 やったねモニカちゃん残り返済期間五十年と三ヶ月が五十年ぴったりになったよ!! うれしい? うれしい?」
「…………………………あんまりうれしくない、現金でください……」
一瞬喜んだモニカだったが、ただの借金三ヶ月分の棒引きだと分かるとみるみる暗い顔になって俯いてしまった。 だよね、生活費ギリギリな分しか毎月渡してないもんね。
すまんが現金のボーナスを渡せる程に経営状況は回復していないのだ。 許せ。
「とまあ、お前への賞与をけちるぐらいにはまだ油断出来ない状況なんだ。 そんな時に業務には直接関係ない使用人を増員はちょっとな」
「……ふーん? でも意外ね? あなた、リオナちゃんの為なら他の何を犠牲にしても惜しまない感じなのに」
「何言ってんだ」
そんなもん時と場合によるとしか言えないわ。 確かに今、リオナはちょっと大変そうだが、ホントにちょっとなのだ。 大変とも辛いとも言わないし、忙しそうに働いていても文句も言わない。
あの屋敷がそこまで大きな物ではないのもあるが、リオナ自身がひとりでやれると言っているし、今はそれに甘えるしか無かろう。
……もちろん、ずっとリオナひとりという訳にもいかないけどな、ワンマンだとどうしても休日が極端に少なくなってしまうのだ。 文句は言って来ないが良くは無かろう。
「……という訳で、アイツがちょっとでも楽になれる道具とか、何か知らん?」
誤魔化しという訳ではないが、せめて何かしら助けになるような物を渡しておきたい、そう思ったのだ。
「道具? 例えば?」
「例えが言えるならそれを渡してる」
「……ああそう、そういう所はホント使えない人ねあなた……」
「うるせー」
「…………道具、道具ねぇ……使用人って、結局は炊事洗濯なんかの家事全般よね……えーと」
モニカはぶつぶつとぼやきながら、机に置かれていた書類へと目を通す。 なんの書類かと覗きこんだが、どうやら先日仕入れた物のリストのようだ。
「そうなると、日用品よね。 リオナちゃんって、お化粧とかは?」
「してんの見た事ねーな」
「……それでアレか、同じ人間なのかしらホント」
またぶつぶつ言っているモニカ。 リオナは人間だぜ? 腕力はゴリラだけど。
「まあいいか、そういう事なら、これなんかどう?」
「ん?」
モニカがリストに記載されている物を指さす。
「…………あー、そういや必要かもな」
「でしょう? あなたの事だから渡してなさそうだし」
それは主に貴族様向けの品物だったのだが、労うつもりならもってこいとも言える。
「化粧クリームねぇ? 確かに肌荒れとかはさせたくない」
「そう思うなら渡してあげなさいよ、別に指定されて入荷した物では無いから持って行っても平気よ?」
「……わかった、持ってくわ、倉庫室にあるんだな?」
「ええ」
「了解、それとモニカもひとつ持ってって良いぞ」
「え、なんで?」
「お前、疲れからなのかも知れないけど肌荒れすげーぞ、受付もやってるんだから整えとけ」
「えと……あ、ありがとう?」
「なんで疑問系なんだよ……まあいいや、そんじゃな」
そうして俺は、リオナへ渡す為の化粧クリームを手に屋敷へ戻るのだった。
◇◆◇
「リオナ、これ」
「はい、なんでしょうか?」
屋敷へ戻って早々、俺はリオナへと件の化粧クリームを渡す。
使用書きを見るに、瓶詰めされたホイップ状のクリームを、直接肌に刷り込めば良いようだ。 水仕事なんかはアカ切れたりしたら痛いだろうしね、ちゃんと使って貰いたいものだ。
「……これは……若旦那様、よろしいんですか?」
「ああ、使ってくれ」
「はいっ、えと、ありがとうございます!!」
うむ、ここしばらく見ていなかった喜ばしい顔だ。 もしかしたら困っていたのかも知れない、もっと早く渡せば良かった。
「さっそく使わせて頂きますね?」
「うん、喜んでくれてなによりだ」
「はいっ、それでは」
お辞儀をしてから調理場へと向かうリオナを眺めて、俺はホッと安堵の息を漏らす。 いらないとか言われないかちょっと心配だったのだ。
「……さて、ちゃんと渡せたし、仕事仕事」
俺もなんだか気分が良くなり、少しにやけながら書斎へと向かったのだった。
◇◆◇
「若旦那様、お茶のご用意が出来ましたけれど……」
「……ん、ああ」
しばらく書斎にこもっていたら、リオナからお茶の時間を告げられる。 だいぶ没頭していたようで本当にいつの間にか時間が過ぎている。
「……なんか良い匂いだな、なに?」
「お茶うけにクッキーを焼いたんです」
「クッキーか、でもこんな香ばしい匂いのクッキーとか、材料どうしたの?」
「はい?」
リオナは俺を待たずにクッキーを、既にポリポリと食らっていた。 この食いしん坊め。
「うまい?」
「おいしいですよ?」
「ふーん? なんか何処かで嗅いだ匂いだな……何処だっけ?」
「……?」
「まあいいか、頂きます」
リオナが焼いたクッキーをひとつかじって咀嚼する。 するとどうだろう、口の中に広がるのは南の大陸から輸入されるカカオという木の実から精製された脂分のまろやかな味と風味が……。
「リオナ」
「はい?」
「さっきのクリーム、どうした?」
「はい? 先程頂いたバターですよね? クッキーに使ってみました、おいしいですよね」
「……………………………」
ポリポリとクッキーを頬張りながら、リオナは保湿用の化粧クリームをクッキーに混ぜましたと宣言しやがった。
「……………おい、リオナ……」
「……???」
キョトンとした顔で化粧クリームクッキーをポリポリ食べるリオナ。
……こいつマジか、素で間違ったのかおい。
「……なあリオナ、さっきの物、用途と成分、言えるか?」
「……? ……瓶詰めされたホイップバターですよね? えと、カカオのバターにアーモンド油を混ぜた物、かな?」
「…………」
なるほど、この香ばしい匂いはアーモンドオイルか……一応、一般食品だけども。
「えっと、まず小麦粉をミルクで練って生地にして、お砂糖とバターを加えて、それから………」
なんか作り方を説明しているけどさ。 確かにちゃんとしたクッキーの作り方なんだけどさ。
でも、化粧品使ってるんだぜこのクッキー。 食べちゃったじゃんどうすんのこれ。
「……もう食べないんですか? おいしいのに」
「…………いや……その」
だが、ここでリオナに「お前がクッキーの材料にしたのは化粧品だ」と、告げるのはどうなんだろうか。
一応間違った認識なので、訂正するのは正しいだろう。 しかし、リオナは女の子なのだ。
……女の子が、化粧品をそれと知らず食べ物扱いしてるぜ。 とか指摘されたら、傷付くんじゃ無かろうか。
少なくとも赤っ恥の悶絶ものの筈だ。 だって女子としての常識が欠如してるぜ、と宣告する事になるのだから。
「……おいしくありませんでした?」
「……いや…………オイシイヨ?」
俺は、真実を闇に葬る事に決めた。
そして、リオナには基本的に食品関連のみを買い与える事にして、化粧品関連は自前で準備するように促す事にしたのだ。
「オイシイヨ、オイシイヨ、うえっぷ……オイシイヨ」
「…………???」
まあ気分の問題で実際美味しいんだけどね?
後日、この時のリオナの勘違いからカカオバターの利用法を考え、リオナに実験的に調理させ“ショコラータ”という固形のお菓子を完成させ、アレックス商会の躍進に追い風を与える事となるのはこの時はまだ知るよしも無かった。
※基礎化粧品にはカカオバターを使用した物もあり、植物由来の天然化粧品は基本的に食しても無害ではありますが、万が一の可能性もあるので絶対に真似をしないように(´・ω・`)真似して何かあっても自己責任でございます。
※2/13
短編外伝をひとつ投下してあります。 今後登場予定のキャラの外伝ですので今すぐ見る必要はありませんが、興味のある方は目次上部のストーリー一覧からどうぞ。




