2-1『恥ずかしい人達』
風の音も、虫の声も聞こえて来ない。そんな静かな夜に独りベッドに横たわっている時に、よく夢を見る。
「………う、うぐぅ……」
「……なっさけないわねアンタ、男でしょ? ちゃんと付いてきなさいよ!!」
それは、まだ何も知らない子供の頃のささいな思い出だ。
「仕方ないだろ!? ぼくは頭脳労働派なんだよ、お前みたいなメスゴリラと一緒にしないで貰いたいね!!」
「もっぺん言ってみろこの野郎」
「に"ゃーーーーー!?!? こめかみが!? ゴリラの握力は推定500kg!! 成人男性のおよそ十倍の力がこめかみを!?」
「………ホントに、握り潰していいならぶっ潰したいわね」
あの頃はまだ、お互いに気を使うなんて事もなくて、本当の兄妹のようにじゃれあっていだものだ。
「……ぜぇ…ぜぇ…!! まったく、そのちょっとからかっただけですぐに怒る性格どうにかなんないのかよ!? 毎日毎日虐められるぼくの身にもなってくれません!? もうちょっとこうさ、クールでキリッしたセクシーなお姉さんを目指そうぜ!?」
「……はぁ? そんなの目指してどうするのよ、だいたいあたし、チビで怒りっぽいしまだ子供だし、ていうか虐めてないし、アンタがあたしを怒らすのが悪いのよ、文句あんの?」
「おおありだよ!? ぼく歳上!? しかも屋敷の当主の息子!!」
「それがなによ、あたし旦那様に言われてるもん、女の子に負けっぱなしじゃ将来情けない男になるから、もっとぼっこぼこにしていいって言われてるもん」
「こ、この……お、おまえ奴隷じゃん!! ご主人様の命令はちゃんと聞けよな!?」
「だから、キチンと聞いてるじゃん、毎日ぼっこぼこにしてる」
「逆効果だよ!! むしろ女性に対して恐怖心を抱きそうな勢いだよ!!」
…………今思えばちょっとやり過ぎだったような気がしないでもない。 いや、まあ、子供の頃の話だし良いだろう。
ともかく、生意気で、乱暴者で、お転婆で男勝りだった私と……。
今よりもっとひ弱で、嫌味っぽくて、ちょっとだけ横暴な態度だった彼との思い出は、今も色褪せずに私の胸の奥にある。
◇◆◇
……………。
「…………いまなんじ?」
いつもよりも朝日の光を眩しく感じながら目を開き、寝惚けた感覚で部屋に置かれた柱時計をぼんやりと眺める。
とけいのはりのいちがおかしい。
………………寝過ごした!!
「……やばっ!!」
ああもう、なんでいっつも夢見る時は寝坊するのだ。 いや違う、先日までしばらくアイツとソフィは不在だったので実はだらけてたりしていたのだ。
いやだって朝早く起きなくてはいけないのは朝食の為だけど自分ひとりしか居ないのに真面目に作るのはめんどうだったしけっこう適当に過ごしてたのだ。
その惰性で今日寝坊したのだとしても、だらしなくて恥ずかしいのだが。
「と、とにかく着替え……寝癖も直さなきゃ……」
もう既に朝食を済ませている筈の時間なので焦るけど、このまま飛び出す訳には行かない。
寝間着ははだけてるし髪はみよんみよんのボサボサだし口の端と頬がよだれで汚れているらしくかぴかぴしている。 ちょっと人様にお見せ出来る状態では無い。
身だしなみは使用人たるもの常に整えておかなくてはいけないのだ。
……が、しかしその行いは入り口から聞こえたノックによって無情にも中断させられた。
「おーい、リオナー?」
ノックの主は自分の主人、若旦那様であるアイツだった。
──ヤバい、開けられる。
「あ、うっ、あわっ……!?」
脱ぎかけの寝間着のまま、即座に着替えを中断してベッドへ逆戻りして布団を被る…………が、それは失敗だった。 扉を押さえて開かなくするべきだった……いや、タイミングを間違うとこの格好を視られてしまう。
自分は今、寝間着の下を履いてないのだ。
「開けるぞ、もうけっこうな時間だけど、どうかしたのか?」
やっぱり入って来た。コイツの場合、昔からノックの意味が無い。 いや、自分も応答しなかったのはまずかったのだけど……。
「……」
「まだ寝てるのか……しょうがないな」
「……」
頭まで布団を被ってしまっているのでまだ寝ていると勘違いされたようだ。 すぐ起きるからそのまま退室してくれないだろうか。
「……諸君、こういう時はあれではないかね? 無理矢理布団をひっぺがしてきゃーなにするのよばかっ、へんたいスケベっ!! 出ていきなさいよばかばかばかっ!! …っと、寝起きのお顔拝見と共にそういう恥じらいたっぷりの反応を引き起こすのが男の美学ではないかね?」
「……………………」
しかし、退室しようとせず何故かあたしの寝ているベッドの近くで、うろうろしながら独り言を開始していた。
………誰に向かって問いかけているんだろうか。
いつもの事と言えばそうなのだが、コイツはたまに妙に芝居がかった動きをしながら独り言をぶつぶつ言うのだ。
変な人に見られるから正直、辞めて欲しい。
ちなみに身振りは大袈裟なのが気配で分かるが声はものすごく小さな声でボソボソ喋っている。
「………なに? そこは目覚めのキスをするべきだと言うのか諸君? ふむ……確かにシチュエーション的にはそれも悪くなかろう」
「えっ」
「ん?」
「……………」
「気のせいか、すまない諸君、話の途中だったな」
だから、誰に向かって語ってるんだそれは。
でも、き、き、キスか……いやなんでそんな事言い出すの!?
意味が分からない。 というか、よ……よだれで汚れてるからそれは困……いや違うなんでもない。
……とりあえず布団を捲られないように手でしっかり掴んでおく。
「確かにシチュエーション的にははなまる百点だろう、だが断る!!」
「…………!?」
「俺はまだ命が惜しい。 故に放っておこう、起きてきたらやれやれしかたねーなコイツって顔をしてやるのが精一杯だ。 すまんな諸君、はっはっはっ」
「………………………………」
…………。
なんだろう、非常にイラっときた。 なんというかものすごく殴りたい気持ちでいっぱいだ。
……下さえ履いていれば、布団から飛び出してぶん殴っていたかもしれない。 最近は我慢しているけれど、なんというかすごい自然体でバカにしてくるから抑えるの大変だったりする。
「うん?」
「…………?」
独り言劇場をやり終えて満足したのか、退室しようとしていたアイツが立ち止まる気配を見せた。
「………………」
「……? ……?」
何か視線を感じる気がするが、自分の視界は布団に遮断されていて確認出来ない。 しかし、何処かを眺めている気配は絶対に感じるのだ。
「………………………ふっ……」
「……?」
やがて、失笑のような声の後、あたしの背中の方へ近付いて来て……。
「相変わらず寝相悪ぃなコイツは、やれやれ」
「!?」
めくれていたらしい布団を元に戻すように払われて、そのまま退室していった。
払われた部分はお尻の辺りだった。
直後、気付いていなかったのだけど、外気に晒されていたらしいお尻がスースーしなくなった。
あたしは、アイツが来る直前、着替えを始めていて、寝間着の下を脱いだばかりだった。 パンツまでは脱いでないけど。
……つまりそういう事だ。
「……う、うああああああああああああああ…………!?!?」
あたしはしばらく着替えを再開する処ではなくなってしまったのだった。
……こんなの気にしなかったあの頃に無性に帰りたい。
あああああああ…………。




