1-15『幸せの約束』
「…………」
「…………」
……………………はて、俺の耳がおかしくなったので無ければ、ソフィちゃんは“抱いてもらえませんか?” と言ったように聞こえたのだが、何かの間違いだろうか。
「………………」
「………………」
沈黙が俺とソフィちゃん、二人の間を支配する。
うん、知ってるよ? ここで聞こえなかった振りをして、え、なんだって? とか聞くと怒られるんだろ? 主に諸君に。
「……………………」
「……………………」
うん、わかっているよ、聞こえなかった訳じゃない。 誤魔化したりはしないさ。
ソフィちゃんは間違い無く、俺に向けて抱いてくれと頼んで来た。 どういう経緯でそんな事を言い出したのかは分からないが、確かにソフィちゃんはそう言った。
…………でだ、この場合、俺はどうするべきなんかね?
いやね、確かに俺はソフィちゃんの事、大好きだよ、めちゃめちゃに愛してるさ。
そんでもってめちゃめちゃに愛されたくてめちゃめちゃにされたいし、したいのさ。 そこは嘘偽り無く俺の本音だ。 おうとも、俺はソフィちゃんと子作りしたいね!! 子種を下さいとか言われたら喜んで差し上げるつもりさ!!
……でもだ、果たして俺はソフィちゃんに愛されるような事、したかねぇ?
「…………………………」
「…………………………」
まあ、実は俺がソフィちゃんにそうだったように、ソフィちゃんも俺に一目惚れしていた……とかなら話は分かるのだが。
断言してもいい、俺はそんな一目惚れされるような男では無いのだ。 ヒョロガリチビの女々しい顔した男とか、何処に一目惚れされる要素があると言うのか?
……内面? ははは、俺は変態だぜ? そんでソフィちゃんには変態バレしてるんだぜ? なんか考えてたら泣きたくなってきた。
「…………あの……?」
「ひょっ!? な、なななななななに!?」
「……えと、固まっちゃってたので……」
「ああああううううん、ご、ごめんいきなにゃりだったかりゃ!?」
「……よかった、聞こえてはいたんですね?」
「う、うん……」
ああそうとも、突然の事で俺は硬直していたのさ、嗤えよ。 どうせ場馴れしてない童貞だよ!!
「…………なら……」
「ちょ、ちょっと待った!!」
「……?……はい?」
俺はゆらりと近付いてきたソフィちゃんを制止して、落ち着く為に深呼吸をしてから言う。
「……………………えーと、なんでいきなりそんな事言い出したのか、聞いて良い?」
「……あなたが………ご主人さまの方から、来なかったから……」
「…………ううん?」
俺の方から来なかったからとは、どういう意味なんかねぇ?
「……えーと、ちょっと待って…………ソフィちゃん、立ったままだと辛いだろうし座って」
俺は部屋の隅に置いてあるソファーへと座るように、ソフィちゃんを促す。 ソファーは三人掛けなので、とりあえず俺も机から離れてソファーへと座る事にした。 正直もう仕事処ではないので、それは諦める。
「……いや、ソフィちゃん?」
「はい」
「いや、はいじゃなくてっ!?」
ソフィちゃんが座ろうとしなかったので、まずは俺が座ったのだが、そしたら密着された。 ホントにどうしたというのか、こんな大胆な子だったというのか。
「…………どうして何もしないんですか?」
「え、いや、どういう事?」
「抱く為に連れてきたんでしょう? だったら、そうしてもらえないですか? ……その方が何も考えないで済みそうですし」
「……は?」
ソフィちゃんは、俺の隣に座り密着しながら、その小さな手を所在無げに動かしている。
伏しがちの紫の瞳は潤んでいるように見えるし、頬も薄暗いランプの灯りだけでも分かる程度には、朱に染まっている。
でも、全体的にみると、彼女はどうも不貞腐れているような印象を受けた。 とにかく、表情が投げやりで酷くつまらなそうなのだ。
「なあソフィちゃん、自分で何を言ってるか、分かってる?」
「…………もちろんです。 そこまでバカじゃないです」
「いやバカだろ、ふざけんな」
「…………」
ガッカリした。 ホントにガッカリした。
状況的に見れば当然だったのだろうが、自分の願望に目がくらんで認識が遅れた。 それは反省するべきだが、今は良い。
この子、自暴自棄になって変な事言い出しただけだ。
期待して損したわ。 そんなので誘われても俺は本意で無いと言うのにまったくもう、どうしてくれようか?
「あのさ、俺の事なんだと思ってんの君は……」
「……わたしのご主人さまでしょう? それと、わたしの事が好きな変態さん」
「……」
はい、間違ってないです。 変態なのを知ってるのはともかく、なんで好きなの知ってるんですか……?
「わたしはそんなに鈍くありませんから、ご主人さまがわたしをそういう風に見てるのは買われた日にすぐ分かりましたよ?」
「……ぐふっ!!」
「最初にお風呂一緒に入ろうって言いかけてたのもそうですし、床に倒されてた時も下着覗こうとしてたのに気付いたし、街の仕立て屋さんへ行った時も、手を繋ぐ事に執着してましたし、あと、変な衣装を頼んだりも」
「……お、おおう……」
「……その時は、まだ何をされるのか分からなかったのもあって、怖かったから言いませんでしたけど、気持ち悪かったです、ご主人さまは」
「ふぐっ!!」
やめて、これ以上は命に関わる。 言わないでお願いします許して。
「ず、ずず随分はっきり仰る……ハハハ…………………」
「……ごめんなさい、今までは猫被っていただけです。 でも、もういいですし……」
「もういいって言うと?」
「…………わたしも死んじゃいたかったって言ったら、怒りますか?」
「当たり前だろ」
「…………」
ソフィは膝を抱えるように座り直して、呟くように言う。
「あなたが酷い人だったら良かった。うそなんか言わないで本当の事だけ言う人なら、中途半端な優しさなんか持ってない、憎める人なら良かったのに」
「…………」
「わたし、あの王子さまに言いました。 この国の王様が憎いって。 でも、どんなに憎んでもそんな偉い人になんて、わたしがどう思ってるかなんて届かない」
「…………」
「復讐すら出来ないんです、怒っても、悲しんでも、憎んでも、わたしにはそれ以上の事が出来ない。 許せなくても、相手にはそれが伝わらないんです」
「…………」
「……それで、ご主人さま……あなたに八つ当たりみたいに、そういった感情をぶつけられれば楽だった。 酷い人なら、憎んでも平気だったのに、あなたは、わたしを壊れ物みたいに扱って、優しくしか接してくれない」
「………………」
「今だって、恥ずかしかったですけど、こっちから誘えば喜んで乗ってくると思ったのに…………」
「当たり前じゃん」
「…………」
ソフィちゃん、彼女は感情の行き場を求めているのかも知れない。 憎んで良い相手は手の届く場所には居ない。
悲しくて辛いだけで、怒る事すら出来ないのだ。 だから、無理矢理にでも俺が嫌いになれる理由を欲したと、つまりそう聞こえた。
「だが断る!!!!」
「ひぅ!?」
ソフィちゃんがどんなに願おうがそれだけは聞けないね。 なんで嫌われるような真似をしなければいけないのだ。 いやまあ、ちょっと危ない所だったんだが。
「俺は君への態度を変えるつもりはひとつもないよ、嫌でもなんでも優しくするし、自分が出来る事はするし、君がこれから幸せに暮らせるように、命を掛けてでも守るつもりだ」
「……そ、そんなの……っ!!」
「迷惑だと思おうが余計なお世話だと思おうがそんなのは知らない」
だって、好きになってしまったのだ。 運命感じてしまったのだこの子に。
ソフィちゃんは、俺を嫌いたいと言った。
それはつまり、逆に言えば、嫌いじゃない、つまり好きと言ったと同義だと思うのだが、どうだろう?
ちょっと強引過ぎる? まあ別に構わないじゃないか、これ以上嫌われなければそれで今は良い。
きっと、そのうち、悲しむ心も癒えて、笑える日が彼女に来るようにする。 今はそれだけ考えていれば良いのだ。
「…………うぅ……なんでこんな変な人なのに……」
変な人でごめんね。 自覚はある。
「……わたし、いい子じゃないです、さっきだって酷いこと考えてたんですよ?」
「あの程度酷いの範疇に入らないね、俺個人としては」
「あなたのこと……ご主人さまのこと、変態だと思って実はバカにしてたんですよ」
「合ってるし平気……うん、へ、平気だし……」
「ホントはけっこう毒舌ですし、ご主人さまのこと、たぶん泣かしちゃいます」
「…………みたいね、ちょっとびっくりだが問題ない」
はい、けっこうグサグサ来てます。 言葉のナイフが心に突き刺さりまくってます。
……物理のリオナ、精神のソフィちゃんか。 刺激的な毎日になりそうだ。 はっはっはっ。
ソフィちゃんはそんな事をずけずけと言いながら、次第に涙でその瞳を溺れさせようとしている。
辛い事を経験して、心がポッキリと折れてしまって、自暴自棄になって壊れてしまおうとまでした彼女は、これまでの鬱憤を晴らすかの如く俺に色々言ってくる。
「……そういえば」
「……なんですか?」
「これ」
俺は、今まで渡しそびれていた物を懐のポケットから取り出して、隣で泣く少女の、その美しい銀髪へと取り付ける。
「渡し忘れてた、一度上げた物なんだから、返品は受け付けないよ」
「……これ、あなたが持ってたんですか?」
それは、青い宝石があつらわれた髪留めだ。 ソフィちゃんが飛び出して行った時から俺が渡そうと懐にしまいこんでいたのだが、今の今まで渡しそびれていたのだ。
「…………ずるいです、こんなタイミングで渡さないで下さい」
「えっ、あ、うん、ごめんね? いやタイミングとかよく分かんなくて……っと!?」
女性への適切なプレゼントの受け渡しのタイミングなんて知らないので焦っていたら、突然ソフィちゃんが抱き付いてきた。 なに、なにごと。
「…………そ、ソフィちゃん?」
「…………」
俺に胸に顔を押し付けて、ぐりぐりとすがられる。 なんとなく、押し付けられた部分がじわじわと湿っぽくなっていくのが分かる。
「……え、っと……あーっと……」
この場合、抱き締めて良いのだろうか。 わからん、誰か教えてくれ。 頼む諸君、正しい女の子の触り方を伝授させてくれ。
「…………よ、よしよし……?」
「…………………むぅ……」
「ご、ごめん頭撫でれば良いのかなと」
とりあえず頭を撫でてみたのだが、更に強く抱き締められてしまった。 良かったのか悪かったのかすらわからん。 そんでつい謝ってしまった。
「…………」
「……ひとりにはしないって、言いましたよね」
「……あー、うん……言ったけど」
「わたし、嫌な子ですよ、それでもですか?」
「俺は嫌じゃない」
「言うこと聞かないかもしれないですよ、奴隷なのに」
「そもそも奴隷扱いするつもりが無いんだが……つーか、ソフィちゃん、身分的には既に自由民だよ? 連れてきた二日後には手続きしてきたし」
「えっ……そ、そうなんですか?」
「うん」
「…………また内緒だったんですね、ばか」
「う"……ごめん」
「…………一緒に居てくれるんですか、ずっと、いきなり居なくなったりしないって、約束出来るんですか?」
「…………するよ、ひとりになんかしない」
「ちゃんはいらないです、ソフィって、呼び捨てにしてください。 その、あの時みたいに」
「あの時? ええと、まあいいや……じゃあソフィ……」
「…………」
……そんな問答の最後。 ソフィちゃん……じゃない、ソフィはゆっくりと顔を上げて、俺と視線を合わせる。
「絶対に幸せにしてくれるって、約束してくれるんですか?」
すがるような、その濡れる紫色の宝石を見て、ただ一言、俺は応える。
「約束するよ」
──それを聞いたソフィは、ようやく笑ってみせてくれた。
その涙で頬を濡らしながら造った表情は、ソフィの、今まで見たどの笑顔よりも綺麗な、“本当”の笑顔のように感じた。
……その後少しして、泣き疲れたのか、ソフィは俺に抱き付いたまま眠ってしまう。
俺は身動きが取れず、そして眠るソフィの柔らかさと良い匂いに悶々としながら朝を迎える事となったのだった。
◇◆◇リオナ視点◇◆◇
「…………良かった、平気みたいね……」
深夜遅く、書斎での二人をずっと、扉が少し開いた隙間から見ていた。
帰って来てからのソフィの様子は、心配をし過ぎる事は無いほど危うげに見えた。 だから、夜中にベッドを抜け出した彼女に何かあればまずいと思い、後をつけていた。
そして、見た。
「…………」
両手の指で、ソフィとお揃いの、赤い宝石の付いた髪留めをいじる。 ソフィのついでに貰った物だけれど、女性向けの装飾品なんて買って貰ったのは、実は初めてだったので少し嬉しかった。
まあ、お土産については自分が食べ物が良いと答えていたから、それに合わせて選んで来てくれていただけだとは思うけれど。
「…………今さら、女の子扱いもないよね」
そう呟いて、でも、自分の中にずっと隠している感情も、無視は出来ないでいるのも確かだった。
でも、それはもう表に出すつもりの無い感情でもある。そのつもりなら、もっとずっと早くに、あの子がこの屋敷に来る以前………あの日、あの時に伝えていたし、応えていた。
──今更だ。
自分だってそう思う。 そして主人である彼も、そう思っているから、あの子に気持ちを向けているのだろうから。
(……さて、もう休まなきゃ……明日からまたあの子に色々と教えながら仕事しなきゃいけないもんね)
そう心の中で呟いて、あたしはその場を後にした。
ここまでが第1章となります。 一度閑話を挟み、次々回から第2章となります。
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