1-13『嘘と涙』
ソフィちゃんの故郷、フォレスタへの道のりは概ね順調だった。
何日も掛かるちょっとした旅ではあったが、道中には集落等も点在していて、緩やかな平地を進む道のりだったのだから、当たり前ではあるが。
野盗の類いもファーンでは滅多に出没しない。 そもそも野盗にまで堕ちる民があまり居ないのと、行き先であるフォレスタと、出発地点であるレナータの間の街道に潜伏する旨味がほぼ皆無なのだから当然と言える。
せいぜい逃亡奴隷と出くわすかも、という程度だ。 俺達が遭遇した訳では無いが、全く居ないとは考えられないからな。 ただ、奴隷身分の者の逃亡は困難を極める。 余程、運が良くなければ逃げ切れない。
……話がそれたな。 ともかく、俺とソフィちゃん、それとリュカ王子は、長い道のりを馬二頭と荷車一台で進んで行った。
俺の馬であるディモティは、リュカ王子の白馬の速度に合わせる事など出来なかったので、速度は少し遅めだったが。
仕方ないのだ、長距離移動になるから荷物の運搬に荷車は必要だったんだし。それと、ソフィちゃんは自力で馬に乗れないから長時間の相乗りは負担が掛かるのだ。
国境の関所を抜ける際に一悶着あるかもしれないと予測していたのだが、杞憂に終わっている。
なんでもフォレスタは既に自国領として扱われているので、出国手続きなんかはもう必要なかったらしい。 一応、仕事で使う時の為の出国手形を持参していたが、使う事は無かった。
それと、関所から少し離れた場所にあった、何者たちかの墓所。 そこへリュカ王子が花を、俺とソフィちゃんに供えてやって欲しいと言われたので、言われた通りに供えてから、祈っておいた。
どんな人達の墓所なのか気にはなったが、リュカ王子は「我が友は知らぬ者達だ」と素っ気なく言うのみで詳細を教えて貰える事は無かった。
道中、ソフィちゃんは俯いたまま、荷車の一点を見詰め続けるようにして押し黙ったままだったのだが、その墓所での祈りだけは俺やリュカ王子よりも長く、深く捧げていたのがやけに印象として残っている。
たぶん、ソフィちゃんには誰の墓達なのか、分かったのだろう。 その祈る後ろ姿に、明確な拒絶の意志が感じ取れたので、やはり何も聞けないまま、その墓所を後にする事になった。
その墓所から、つまり関所を抜けてから半日ほどの道を進んで、ようやく俺達は目的地であるソフィちゃんの故郷、フォレスタの“跡地”へと到着した。
そう、到着したその場所は、跡地としか言えない場所に成り果てていた。 俺の予測通りに。
◇◆◇
「ここがそなたの国だ、少女よ」
「……………」
街の中を歩きながら、俺達は周囲を見渡して、様々な物を見ていた。
「家も、城も、美しかったであろう森の木々ですら焼き払われている」
「……酷いな」
どう考えてもやり過ぎだ。 街の再利用や従属させる事など考えていない、ただ破壊され、全てが火をくべられた場所。
「…………何も残っていないんですね、あの時は街の詳しい様子なんて見てる余裕なかったから、わかりませんでしたけど」
ソフィちゃんは乗っていた荷車から降りて、自分の足で先頭を歩いている。
俺とリュカ王子も、馬や御者台に乗ったままでは歩調を合わせづらいので、手綱を引いた状態でソフィちゃんの後に続いている。
「……お城も崩れてる」
ソフィちゃんは、ひとつひとつ確認するように視線を向けて、呟きながら進む。
フォレスタの国は、数百人が纏まって住んでいた、この街がひとつだけの小国だ。
街の周囲は防壁など造られておらず、森と湖、小高い丘に囲まれた、美しい国だったであろう場所。
「…………家も、街も全部瓦礫と燃えかすになってる」
「……」
「これじゃあ、もう住めませんよね……だから誰も居ないんだ、きっと」
「…………あの、ソフィちゃん」
「…………………………」
抑揚の無い、平淡な言葉に嫌な物を感じて、堪らず声を掛けるが、ソフィちゃんはそれを無視して、そのまま歩き続けた。
「…………」
「……少女よ、そなたの生家は何処にあったのだ?」
そのまましばらく歩いて、街の中心から離れて、民家の跡がまばらになってきた辺りでリュカ王子が聞いた。
「もう通り過ぎました」
「……むっ?」
「小さな家でしたし、全部燃えて形も残ってませんでした」
立ち止まり、振り返ってみるも、俺では何処がソフィちゃんの家だったのか、分からない。
「よいのか? 立ち止まらず過ぎても」
「………………」
「大事な物とかは、きっとお母さんは持ち出してますから、平気です」
「ソフィちゃん……その、それは……」
「やっぱり何も残ってないからかな、誰も戻って来てないんですね……どうしようかな」
「…………」
「なあ、ソフィ……」
俺は、彼女の振る舞いに危うさを感じて呼び掛ける。 それに対してソフィちゃんは、ちらりと顔をこちらへ向けただけで、すぐに別の方向へと視線をずらされてしまった。
「あの時捕まらずに逃げられた人達が行きそうなのは……えと、南西のヴァリエか北の連合国のどれかですよね、簡単に行けそうなのは……」
「少女よ、もう良いだろう?」
「良くないです、わたしはお父さんとお母さん、それに他の生き残りの人達を見つけるのに来たんですから」
ソフィちゃんは視線を反らしたまま、はっきりとした口調でリュカ王子の言葉を拒絶する。 それに対して俺は、なんと言えば良いのか言葉を放てずにいた。
これまでの話と現場の状態から、万が一の可能性すら残されていないのは誰でも分かると俺は思っていた。 でも、ソフィちゃんは、頑なにそれを認めたくは無いのだろう。
全てを説明出来るほど事情を把握している訳ではないので、推測混じりだが、簡単に言えばこの国フォレスタは、地理的に要所とはならないはずの国だという話を聞いていた。
大昔、史実かどうか疑わしいが救世の英雄のひとりである賢者フォレスが、その当時のファーン国王や各国の重鎮達に不可侵の盟約を結ばせ、隠遁した地に人が寄り合って出来た国とされている。
賢者フォレスという人物は数百年前、勇者と共に魔王を討ったと言うおとぎ話の人物でもあり、俺が住む街を興した聖女レナータと同列に語られる存在でもある。
まあそれは今は良いか……ともかく、この国は古い真偽の不確かな盟約によって、ずっと存在していた訳だが、それが今になって破られ滅ぼされたというのが顛末だ。
理由は、領土の拡大とか、奴隷の供給とか様々あるのだろうが、奴隷としての価値が無い者を皆殺しにして、国土とした際に新しく自国の民を移住でもさせるつもりなのだろう。
民族浄化と言う奴だ。 他国の民に自国の治世を施すより、はるかに楽だろうからな。
ご丁寧に閉じ込めて、逃げ出した奴が後に敵対勢力になるのを徹底的に防いでいる点を見ても、今のファーン国王様ってのは後々の争いまで見据えた、相当に野心豊かなお方なんだろうよ。
……それに巻き込まれた、ソフィちゃんを含むこの国の人々にとっては、厄災その物だろうけれどな。
「……なあ、ソフィちゃん」
でも、認めたくなくても、ここまで来て自分の眼で確めてしまったのだ。 今更その事実に、蓋をする事は難しい。
「良いです、何を言おうとしてるかは分かりますから、でも何度言われてもわたしの意見は変わらないです」
「…………」
だがどう言っても、俺は部外者なのだ。 明確に拒絶されてしまえば何も言えない。
「少女よ、ついて来るのだ、あちらへ向かうぞ」
「……そっちは湖で、道なんてありませんけれど?」
リュカ王子は、道の無い方向、湖と小高い丘が見える方向を指し示してから、そちらへと歩き始めた。
「…………王子?」
「黙って付いて来るのだ、そこに探し人も眠っているはずだ」
「……………っ……」
歩を進めながらリュカ王子は続ける。
「我が妹の手配でな、父の眼を盗み使いを出し……亡骸を湖の畔、あの小高い丘に埋葬したそうだ」
それを聞いたソフィちゃんは、顔を青ざめさせ、身体を震えさせて押し黙っていた。
「来い、そなたは決めたのだろう? 自分の眼で確めると」
「…………は……ぃ……」
ソフィちゃんは、ぎこちなく震える足を動かして、リュカ王子の後を追い小高い丘へと向かう。
俺は、それを黙って見ているしか出来ない。
そして、その丘へと到着し、遠巻きには分からなかった、木の杭を打ち立てただけのような、簡素な物が整然と並ぶ所へ、俺達は立つ。
「身元までは分からぬので、墓標に名は刻まれておらぬ、だが身に付けていた品を分かりやすく供えてある……まあ、それも奪われるなりなんなりで完璧とは言えぬがな」
「………っ……」
ひとつひとつを確認するように促しながら、リュカ王子は説明して行く。 ソフィちゃんも、それに従って故郷の人達が眠る、その墓達を見てまわる。
そして、その内のひとつの前で彼女は立ち止まった。
「……ここか、供えてある指輪に覚えがあるのだな?」
「………お母さんの身に付けていた物です」
「父の墓は分からぬか」
「…………」
「………ここです、隣じゃなかったですけど近くにありました」
「そうか」
「…………」
木を打ち立てたられただけの簡素な墓。 ソフィちゃんが示したものには、くすんだ色の、安物だと思われる指輪が紐を通されて下げられていた。
その3つ隣の墓にも同じような造りをした物が同様に下げられている。 おそらくだが、結婚指輪か何かなのだろう。 安物のように見えるが、それが強奪を免れた理由なのかもしれない。
「理解したか、そなたの父と母はもう居ない、そなたの帰る家も……ここにはもう存在せぬのだ」
立ち尽くすソフィちゃんの後ろから、リュカ王子が諭すように告げる。
「……………」
「理解したのなら、もう意地を張るのはよせ。 そなたも分かっておるだろう? 我が友、そなたの主人はそなたの暮らしは保証してくれる、少しでも幸福な人生を歩みたいのならば、戻るべきだ」
黙ったままだったが、それについては責任を持つつもりだ。
衝動的な感情による突発的な行動ではあったが、結果だけを見ても、俺はあの時の行動を間違っていたとは思わない。 ここに来て、なおさらそれを強く思う。 しかし。
「……戻らない……ううん、この人の所には行きません」
ソフィちゃんは、顔を向けぬままにリュカ王子の言葉を、俺を拒絶する。
「何故?」
「わたしはお父さんとお母さんをきちんと探します」
ソフィちゃんは、彼女は、それでも現実を認めようとはしなかった。
「少女よ、そなたの目の前に墓標があるのだぞ?」
「わたしは信じない!! お母さんが言ったんです、絶対にまた会えるっていったんだもん!!」
何かにすがるように、頑なに認めようとはしない。
「こんなお墓なんて……中にお父さん達が眠っているのなんか分からないじゃないですか!! あなた達が直接見た訳でもないじゃないですか!! わたしは絶対に信じません!!」
言いながら、彼女は崩れ落ちる。 自分自身に言い聞かせるように、その宝石のような瞳から、涙を滲ませながら、叫ぶ。
「そうですよ……そうだった、生き残りの人が居てもバレたら大変ですよね!? 貴方のお父さん…王様にバレたら今度こそ殺されちゃいますもんね? だから、みんな死んだって言うことにして、生きてる人達は別の国へ逃げて、そこで暮らしてるんですよね!? 絶対にそうですよ、だって……」
──だって……。 と、続く言葉を詰まらせた彼女を見て、その小さな身体と心に受け止め切れない傷を負った彼女を見て、俺はどうするべきか迷う。
このまま、事実を無理矢理にでも受け入れさせるのは正しい事なのだろうか。
彼女の心は壊れてしまわないのか?
彼女は、もうきっと理解している。 両親が死んでしまった事を分かっている。
……でも、それでも自身の心を守る為に、自分自身に嘘を付いて、それに必死に騙されようともがいている。
そこまでしなければいけない程、彼女の心は壊れ始めている。
それを、壊れてしまうと分かっていながら、事実という彼女にとって拒絶したい事を突き付けるのは、本当に間違っていないのか?
「…………口で言っても分からぬか、仕方ない」
「……王子、何を……」
リュカ王子は、自身の愛馬である白馬の、その載せていた荷物を漁り始める。 何事かと思い声を掛けるが、その取り出した物を見て、俺は息を詰まらせた。
「なに、私も色々と旅の真似事をしているのでな、こういった土を掘り返す道具は常に我が愛馬に運んで貰っておるのだ、便利なのだぞ?」
リュカ王子が手に持つのは、踏鋤だった。 この場でそんな物を取り出した意味は深く考えなくとも分かる。
「なにを……」
ソフィちゃんもリュカ王子の動きに気付いて、動揺した。 まさか、そんな事までしようとするなんて当然思わないだろう。 当たり前の反応だ。
「墓を暴く。何……埋葬してから一ヶ月程ならそこまで腐ってもおらぬはずだ、そなたが見れば、この墓に埋まっている亡骸が両親のものかどうかなどすぐに解るだろう……まあ、焼き殺されていなければの話だが」
「えっ……や……」
「────止めろこのバカ王子!!」
埋葬されているであろう場所に踏鋤を突き立てた王子の胸ぐらを掴み、俺は叫んだ。 どうするべきか迷うも糞も、事実を突き付けるにしても何にしても、やり過ぎだと思ったからだ。
「そこまでする必要があるのかよ!? それが彼女にとって本当に必要な事なのか、全部突き付ける事が彼女の為になるのか!?」
「無論だ、無意味に死者を冒涜するような真似など、するものか」
「…………ッッ!!」
「止めるな我が友よ、この少女が自分から言ったのだ、自分の眼で確めるまでは認めぬと…………それとも、ここで自身を誤魔化したままにして、ありもしない希望を背負わせて、意味も無く彷迷わせる生き方をさせるか?」
王子の言葉は間違ってはいない。 だが、それは強い心を持った奴にしか当てはまらない言葉だ。
「……彼女はそこまで強くない、それでも絶対に必要なのかって聞いてんだよ!!」
「必要だな」
「他にやり方は無いのかよ!? どうして泣かせるような真似をする、なんで他に方法を探さない!?」
「他に方法を思い付かぬ」
「だったら俺が探す!! 彼女が、ソフィが受け入れられるようになるまで、傷付けないように、俺が守りながら探す!! 人の意見も聞けないような馬鹿がこれ以上でしゃばるな!!」
睨み付け、ありったけの声を響かせて俺は吼えた。 王子のやり方は彼女にとって劇薬だ。 傷付いた心でそれを飲ませて、取り返しの付かない事態になるぐらいなら、今はまだ彼女の嘘をそのままにしておいて、時間を掛けて、ゆっくりと傷を癒しながらその嘘を解きほぐす方が良い。
「…………ふっ……」
「……っ!! なに笑ってんだこの……!!」
「いやすまぬ、ただ、そなたとは真に友情を繋ぎたいと思っただけだ」
睨み付けていた俺に笑って見せてからそんな事を言うリュカ王子。 そして、胸ぐらを掴んだままの俺から視線を外し、ソフィを見詰めながら、はっきりと告げる。
「我が友はこう言うが、もう遅い。 少女よ、眼を背けるな、もしそなたの言うようにこの墓標の下の亡骸が両親の物で無いのなら、その他の墓も全て暴く、それでも見つからないのであれば……その時はそなたの両親探し、私自らがそなたに付き従い命を掛けてでも探し当ててやる」
「……そ、そ……んな……ぅ……」
「待っておれ、数分で確認出来る」
俺の腕を払いのけ、再び墓を暴こうとする王子。 俺の制止を一切無視して、全てを突き付ける為に。
「やめて!! もう良いですから見せないで!!見たくない!!」
俺が殴り掛かってでも止めようとする前に、その叫びが王子の動きを止める。
「何故止める、そなたが言ったのだぞ、両親の死を信じぬと、その為には必要な事だ」
彼女は蹲ったまま、涙を地面へと落とす。
「……うっ……ひぐっ……うぅ……」
「泣くなとは言わぬ、幼子に親の死を確認せよと言うのも酷なのも分かる、だが、そなたが言ったのだ」
「……だって……見たら……見ちゃったら、わたしはほんとうに一人ぼっちになっちゃうじゃないですか……!! わたしそんなのやだ!! 絶対にやだ!!」
彼女の叫ぶ声が、辺りに響く。
「わかってましたよ!! あの時、お母さんと別れた時から、お母さんは……お父さんも!! もう死んじゃうから会えないなんて事、あんなに酷い事になっていたこの国から逃げられるなんて本当は思ってませんでしたよ!! でも……でもそれを受け入れちゃったらわたし生きていけないと思ったから!!
独りで生きてなんていけないから、ずっとお父さんもお母さんも生きてるって思い込んでいただけですよ!! それがいけない事ですか!? わたしは独りじゃないって思い込んで辛いことも悲しい事もやり過ごす事がいけない事なんですか!?」
彼女の声を、俺と王子は黙ったまま聞く。
「お願いですからわたしのお父さんとお母さんを……わたしの中からも殺そうとするのはやめて下さい……!! お願いですからやめて下さい……っ…うぅ……ぐっ……うぅ……!!」
考えた通り、彼女は自分を自分の付いた嘘で誤魔化していたのだ。 そうじゃなければ壊れてしまうから。 突然襲い掛かってきた災いに、心が耐えられなくなってしまうから。
「辛いか?」
「………」
王子の問いに、頷いて答えたソフィ。
「だが受け入れよ、眼を背けてもそなたは救われぬ、ただ痛みから逃げ続けているだけだ……それではいつか、逃げきれなくなった時に心が死ぬ」
ソフィは、泣き腫らした眼を向ける。 そこには悲しみと、怒り、それと憎しみを宿しているように見えた。
「…………貴方が……あの国の王子さまである貴方がそれを言いますか? こんな事になったのは貴方のお父さん、王様のせいなのに」
「………そうだな、それこそ言い逃れも出来ぬ事実だ」
「…………」
「我が父……あの暴君が憎いか?」
「………憎いです」
ソフィははっきりとそう答え、それを聞いた王子も眼を伏して、頷く。
「心得た、では戻ろう」
「………何処へ?」
「当然、我が国へだ」
「…………わたしは……」
ソフィは、再び俯いて押し黙る。 きっと、もう戻りたくないのだ、あの国へ。
自分の両親と、故郷の全てを奪いさったあの、俺達が住む国には戻りたくないのだ。
王子は、それだけ告げると俺とソフィから離れて、白馬を連れて歩いていってしまった。
去り際、後は任せると言いたげな視線を俺に向けてきたので、彼女を連れ戻す説得は俺がしろという事なのだろう。
「………………」
……バカ王子め、やるだけやって、言うだけ言って後始末は俺に丸投げか。
だがまあ、王子の真意はともかくソフィをこのままにしておく訳にも行かない。
「ソフィ、聞いてくれ」
「…………」
俺は、俯くソフィの隣で跪いて語りかけた。
「君を残して行く訳には行かない、君の言うとおり、独りじゃ生きてなんか行けないからな」
きっと、無理矢理にでも連れて帰らなくてはソフィはもう動かない。
彼女はひとりぼっちだと言った。
確かに彼女の全ては奪われた。 奪われて、連れ去られて、心を騙してまで耐えて、なんとか生き延びた。
そうしなくては生きて行けなかったのだろう、故郷と両親だ。 当たり前だがそれらは間違いなく大切なものだ。
なんとか生き延びて、生き延びた先でひとりぼっちだ。 それがどんなに辛いのか、悲しいのかは恐らく本人にしか分からない。
でも、欠片ぐらいなら誰にでも理解して貰えると思う。 だから、俺は言った。
「ひとりには絶対にしない。 辛くても、悲しくても憎くても良い、一緒に来てくれ」
死なせたくない。
悲しませたくない。
せめて、これからは幸せに暮らして欲しい。
──その為に俺は、彼女と出逢った気がするのだから。
ソフィは、表情を見せないままに無言で頷いたのみだった。