1-11『ソフィア・マッケンジー』
わたしの暮らしていた国は、とても小さな国でした。
とても小さいけど、のどかで、綺麗で、大好きでした。
わたしのお父さんは平民でしたけど、文官としてお城へ勤めていて、厳しいところもあるけれど優しい人でした。
お母さんも優しかったです。一人娘だったわたしに料理やお掃除、お裁縫……いろんな事を一緒にやって教えてくれました。
わたしは、そんなお父さんとお母さんの間に……二人が結婚してから十何年も経ってからようやく生まれた娘だったらしくて、望まれて生まれたと分かって居たから、とても幸せでした。
周りの子よりちょっと小さくて、そんな所も心配されていたみたいだけど……わたし自身はあんまり気にしてませんでした。
だって、小さいままの方がお父さんとお母さんとずっと一緒に暮らせるって、そんなホントに小さな子供みたいなことをこの歳になっても思っていたから。
好きな男の人とかも居たことがなかったし。
そんなある日、隣にある大きな国、ファーン王国から兵隊さん達がたくさんやって来ました。
わたしの国にも兵隊さんは居ましたけど、人数はすごく少なくて、当たり前だけれど、こんな小さな国なんです、だから兵隊としていつも働ける人はすごく少なかったんです。
諸国連合という、小さな国同士が寄り合って助け合う仕組みに組み込まれた国だったから、いつもは少なくても平気なんだってお父さんから聞いた事があります。
でも、周りの国は助けに来てくれませんでした。 助けが来ない戦いで、数が少なかった兵隊さん達は、すぐに殺されてしまったそうです。
攻めてきたファーン王国の兵隊さん達は、何千人も居たそうです。それでも、わたしの国の兵隊さん達は降参せずに立ち向かったと後から、一緒に捕まって閉じ込められている人に聞きました。
どうして勝てないのに? と、わたしは疑問に思ったんですけど、後から考えたらその兵隊さん達は分かっていたんだと思います。
降伏しても、わたし達の運命は変わらないと。
その後はよく覚えてないですけど、泣きながら走って、走って走って……それでも逃げられなくて、最後はうずくまってこんな怖い事はすぐに終わってほしいと、ずっと神様にお願いしていました。
誰でも良いから助けて欲しい。 神様でも、おとぎ話の勇者さまでも誰でも良いから助けて欲しかった。
わたしの事を、お父さんの事を、お母さんの事を、この国のみんなを。
でも、うずくまっていたわたしの所へやって来たのは、燃えるような赤い髪をした、大男でした。 この国へ攻めてきた、隣の国の兵隊のひとりでした。
この世界に、神様なんて居ないんだなってこの時悟っちゃいました。 もしも神さまが居るのなら、こんなひどい事、許す筈ないですから。
………………。
逃げ出す前に、お母さんは言いました。
「私はお父さんと一緒に逃げるから、先にお逃げなさい」
わたしは嫌でした。
どうして一緒に逃げてくれないの?
お父さんもお母さんも一緒に逃げよう?
お母さんだけお父さんを待ってることない、わたしも一緒に待ってるよ?
お母さんはわたしを叩きました。
「私はもう歳だから、一緒に逃げても追い付かれる、だから、お願いだから先に行って」
わたしは、そんなの嫌だ、お母さんが走れないなら背負っていくよって言いました。
お母さんはまたわたしを叩きました。
「人より小さい子が私を背負えるわけないでしょう? 私は、お父さんに背負ってもらうつもりだから、だから早くお行きなさい」
わたしはそれでもそこを動きませんでした。
「大丈夫、私もお父さんも絶対に大丈夫だから、お父さんはお城勤めなのよ? 秘密の抜け穴くらい知っているわ」
窓から見えるお城は、焼かれて真っ赤に燃えていました。
「だから、早く行きなさい、先に逃げて、そしてまた一緒に暮らすんでしょう? あなたはお嫁になんか行かないって言っていたものね?」
お母さんは、泣きながらわたしを抱きしめて、そう言いました。
「……もし、もしあなたが捕まってしまっても大丈夫、あなたは可愛いから、それに若いから殺されたりしない、もし捕まってしまったら」
「そのときは逆らってはダメよ、ずっと耐えて、私やお父さんに絶対に会うんだって、そう思っていなさい。そうすればあなたは辛くても負けたりしないわ」
そう告げて、お母さんはわたしを離しました。
わたしはお母さんに頷いて、涙を袖で拭ってから笑いました。
「元気でね」
わたしはお母さんに別れを告げて、走りました。
お父さんにも会いたかったけど、また絶対に会えるって思えばそんなに辛くはありませんでした。
…………でも。
突然やって来た、変な名前の白馬に乗った変態さん……じゃない、王子さまは言いました。
わたしの国は、もう滅んでしまったと。
あの小さかったけれど立派なお城も、ちょっと品揃えが悪くて不便だった雑貨屋さんも。
お父さんが建てて、お母さんが守って、わたしが育ったあの家も。
全部燃えてしまったと。
住んでいた人達も、全員死んでしまったか、奴隷となったと言いました。
奴隷にすらなれない人は皆殺しにされたと言いました。
お父さんとお母さんは、もう年老いていました。 お父さんは目が悪くなって来ていたし、お母さんは足腰が弱くなって来ていました。
たぶん、奴隷としての扱いには耐えられないと思われてしまう人達です。
つまり、お父さんもお母さんも、死んでしまったと言いました。
絶対にまた会えるって信じていたけど、もう会える事は無いんだと言いました。
じゃあ、わたしはどうすれば良いんでしょうか。
わたしが頑張っていこうと思えていたのは、みんな無事で、いつか必ずまた一緒に暮らせる、また家族みんなで幸せに暮らしていけると信じていたからです。
わたしを買って、このお屋敷に連れてきたご主人さまは、ちょっとどころではなく変態さんだけど、わたしの事を、リオナが居るにも関わらず変な目で見てくる人ですけど、すごくお優しい方です。
だから、いつか必ずわたしを故郷へと帰してくれると思っていました。
でも、ご主人さまもわたしのお父さんとお母さんは死んでしまっていると思っていたみたいです。
……だからあの時、他の解放した人達と一緒に故郷へ向かわせないで、ここに連れてきたのかな?
わたしは、ずっとご主人さまに騙されていたんだとわかりました。
優しいから、わたしに嘘をついて騙したみたいです。
でも、出来ればすぐに言って欲しかったな。
何も知らないまま、作り笑顔までして我慢していたわたしがバカみたい。
大事な事をキチンと言わないから、リオナにも勘違いされてうまくいかないんですよ、リオナも不器用だけど、ご主人さまはもっと不器用です。
わたしも器用なほうじゃないから、人の事はあんまり言えないですけどね。
わたしはこれからどうやって生きて行けば良いのか分かりません。
厳しいところもあるけれど、優しいお父さんも。
いろんな事を教えてくれるお母さんも居ません。
わたしは一人ぼっちになってしまったみたいです。 どうやって生きて行けば良いのかなんて教えて貰ってないのに、一人ぼっちです。
そんなの嫌でした。
わたしはまだ、お父さんとお母さんに教えて貰って無いことがたくさんあります。
……いいえ、全部教えて貰っていたとしても離れたくありません。
だから、わたしは自分で確かめようと思います。
良くしてくれたご主人さまやリオナには悪いですけど、黙って故郷へ帰る事にしました。
あの変態さん……じゃない、王子さまが言った事が嘘だと、間違いだと言うことを確認しに行くことにしました。
故郷へ帰れば、絶対に会えるって思うから。
アレクさん、リオナ、ごめんなさい、いままでありがとう。