1-8『見参ッッ!! 変態バカ王子!!』
屋敷へ帰った翌日、俺はレナータの街の中を歩き、とある場所へと向かっていた。
「………昨日は大変だった、まあなんとかうやむやに出来たからいいものの」
先日の帰宅してすぐの大騒ぎ、上手く切り抜けはしたが一歩間違えれば大惨事だった。
なので、リオナには行くなと言われたが、俺はあの仕立て屋に文句のひとつも言ってやらねば気が済まなくなっていたのだ。
「………ごめんください!!」
「おや? ようこそいらっしゃいませ」
肩を怒らせて大袈裟な素振りで仕立て屋、テイラー被服店へと赴くと、文句を言ってやりたい奴である店主はすぐそこに立っていた。
「やい仕立て屋!! よくもあんなありがた迷惑なサービスしてくれたな!!」
「あ、いや旦那さま少々お待ちを……せ、先客がおりますので」
「うるさいやいっ!! いい仕事するくせに需要と供給を丸っきり理解してないあんぽんたんめ!! 何故リオナの衣装は初等部ではなく高等部の制服にしなかったんだ愚か者め!! あんなの誰も幸せにならないじゃないか!!」
リオナの衣装が初等部では無く、私立聖レナータ学院高等学部の清楚でハイソな雰囲気の、青春という甘酸っぱいフレーバーが漂って来そうな衣装ならばっ!!
俺も嬉しい、リオナもそこまで恥ずかしくない絶対似合うから不幸にならない、哀しみが存在しない世界が訪れたというのに!!
「謝れよ!! 今からじゃもう拝めない女学生衣装のリオナを返せ!!」
「で、ですから先客がおりますので」
「構わぬ店主よ、そちらを優先してもよい」
「む?」
突然他の人間の声が聞こえて来たので、声が放たれた方向へと顔を向ける。
すると、そこにはとんでもない美青年が女物の衣装を改めながら佇んでいた。
「……しかし」
「構わぬと言っておるのだ、その者の言う需要と供給というものも気になるのでな」
「は、はぁ……畏まりました」
「あらやだ、超イケメン……」
やたらと腰が低い店主も気になったが、この美青年の雰囲気はかなりヤバい。
きっと出会った女は総じてときめかせながら歩くに違いない。
リオナとソフィちゃんとは絶対に会わせられない。
微かに赤みがかった、黄金に輝く金髪。
威厳と強い意思を兼ね備え、澄みわたる天空の如し碧眼。
優れた彫刻家であろうと造形不可能なのではないかと思ってしまいそうな程に端正で麗美な顔立ち。
高身長だが決して高過ぎる訳ではない、正に黄金の比率の体現と呼ぶべき体格に、衣服の上からでもはっきりと分かる鍛えられた、引き締まった肉体。
なんで男の俺が野郎の姿形を事細かに説明しなくちゃならねーんだよと、文句言いたくても言ったら負けてしまうと確信する程に奇跡の美形がそこに居た。
くっ……!! 出会っただけで劣等感を植え付けられるとか、なんて厄介な……!!
「…………」
「………む? どうした、先に用を済ませて良いと言っている。 私の事は気にせず申してみよ、聞かせて貰いたいのでな」
くそぅ、しかも物腰柔らかくて性格まで良さそうだと? 勝てる所あるのか……いや、本当に同じ人間かコイツ。
……だが、まあ要件を先にと促されて断るのもおかしいし、本人の言う通り気にせず店主へクレームをぶっこんでいこう。
「え、えーと……なら遠慮しないで………仕立て屋さん、ありゃないよさっきも言ったけど、サービスは嬉しいけどソフィちゃんの衣装と丸っきり同じにする?」
「おや、お気に召さなかったですかな? てっきり女児にイタズラするのが大好きな御仁かと思われたのですが」
「すっげえ偏見だなオイ!? お、おおおお俺は別に小さい子だけが好きな訳じゃないやい!!」
「好きなのでは無いですか、あの可愛らしい制服に真っ赤な背負い鞄、良いものだったでしょう?」
「……くっ!!」
否定は出来ない。 だって、リオナはミスマッチだったがソフィちゃんなら絶対似合うもの。 結局着て貰えてないのが残念だが。
「ふふふ……あの制服もそうですが、あの真っ赤な鞄は自信作ですぞ。 隣の革職人と連携し、とある外国の軍用の背嚢を改造致しましてな、牛皮を硬革に鞣し、更に染料で女の子らしい華やかで愛らしい赤色に色を統一!! 金具によって耐久性を重視し在学期間中、子供らしく乱暴に扱おうと壊れにくい安心設計!! 更に更に、分厚い形状は児童が転んでしまおうと頭部を地面へ打ち付けてしまうという悲劇を回避する防御力!! そして小さな児童が身に付けた時のあのアンバランスさが醸し出す庇護欲を誘う姿ァ!!!! あれは!! 良いものだッッ!!」
「くっ!! は、反論出来ない!! まさか鞄まで貴方の作品だとは……!!」
「……フッ……あの鞄、名をランセルと申します。 お子様が学院に通う時は是非とも当店にてご注文を」
「くそう!! 見た目以外にもセールスポイントあれだけ出されたら頼むしかないじゃないか!! うちの商会で取り扱わせてくれ!!」
「はっはっはっ、残念ですがしばらくは当店の独占販売となりますゆえ」
「くそぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
「……ふむ、店主よ、そなたやりよるな」
「お褒めに預り光栄ですな、はっはっはっ、ついでに男児用も黒色をホントについでに用意しておりますので悪しからず」
いかん、この店主本当に出来る。
この俺が、まさかクレーム入れに来たのに商談を持ちかける事になろうとは……しかもあっさり蹴られるとは……!!
だがまだだ、まだ終わらんよ。
「まだだ、まだ言いたい事はあるぞ仕立て屋!! 例えばバニーだ、何故どっちも黒なんだ!? 普通ちっぱいは白でおっぱいは赤でしょう!?」
例えばソフィちゃんは真っ白なバニーちゃんが可愛らしくてよく似合うと思うんだ。
そんでリオナは赤だ、彼女は情熱的な赤で身を包んでいるときっとゾクゾクするような色気を醸し出すはず。
「……なんですと? それは聞き捨てなりませんぞ!? バニーちゃんは黒が至高にして究極、そして基本ですぞ!!」
「な、なんだとう!?」
「ふむ、黒が基本なのは間違い無かろう、だがその他の色を蔑ろには出来ぬ」
「ん?」
「私の事は気にしなくてよいぞ」
激しい討論の横から声がしたので、見てみるとイケメンがウンウンと頷いていた。
このイケメン、もしや。
「……まあバニーはそれで良いとして、次はあの丸だしメイド服だ!! 俺は丸出しにしろなんて注文はしていない!! あんなのチラリズムへの冒涜じゃないか!!」
「何を申されますか!! チラリズムなど通常のメイド服の丈をちょっと短くすれば事足りるもの!! ならば特殊メイド服は限界以上に布を排除してドエロの極みへと挑むべきではございませんか!?」
「ぐ、ぐぬっ…で、でもあんないかにもなメイド服じゃそもそも着てくれないじゃん!! 丸だしは大好物さ!! でも着てくれないなら宝の持ち腐れじゃないか!!」
「ふむ、確かにちょっとエッチな服を恥じらいながら着てくれるのがもっとも素晴らしいからな、突き抜け過ぎると相手にされぬだろう。 そしてそんなものを嬉々として着る売女など願い下げだ」
「………あんた、わかってるじゃないか」
「お主こそ中々の漢のようだ」
「お二方ともお若いのに好き者のようで」
どうやら俺と仕立て屋主人と、この見知らぬイケメンはその道を同じくする同志らしかった。
三人の目と目が合わさり、誰からも無くニヤリと笑い合う。 仲間とは良いものだな、諸君もそう思うだろ?
「旦那様の言いたい事は解りました、どうやら私の差し出がましい行いでとんだご迷惑をお掛けしたもようで……」
「……いや、わかってくれるなら良いんですよ、リオナの分は無料な訳だし」
「……ほう? 店主よ、お主なかなか太っ腹のようだな? 商人が利益を考えずサービスするなどそうそう出来ぬだろうに」
このイケメンの言う通りだ。 いくら仲間への贔屓と言ってもこうも大盤振る舞いなサービスなど中々出来る物では無いだろう。
今回、俺へのサービスは仕立て屋からすれば確実に赤字な筈だ。
商人ならばそんな真似をして、失敗すれば身を滅ぼす事になるのだから本来はもっと慎重に行くべきだろう。
「いえいえ、確かに最初は志を同じとする同志への些細な贈り物でございましたが、これがなかなか顧客を増やすのに絶妙な手段でございまして、ははは」
「…………確かにサービスが豊富な方が客は利用してくれるが、本当にそこまで見返りが?」
「もちろんですぞ、愛は世界を平和にすると言うでしょう、その愛を育む為の衣装、売れぬ筈がないのです」
「……なるほど」
要約すると、世界中に俺達のような変態野郎は何処にでもたくさん居るので、一度贔屓にされちまえばウハウハだと。
……ホントにやるなこの仕立て屋。
「ほう? ではこの店は我等の同志が集う場所ということか?」
「ええまあ、この国はもとより近隣諸国の貴族や大商人……果ては王族の方々にもご贔屓にされておりまして」
「……す、すごいな、そんなに大きな店じゃないのに」
多国籍の変態達の御用達……さぞ儲かる事だろう。 見習いたい所だ。
「…………ここだけの話、南のシーメリル女王国に存在する女戦士団の正式衣装、デザインは私でございまして……」
「……なにぃ!? まことか!? あの防御力完全無視したような最低限大事な所だけ隠しとけば良いと割りきっているあの破廉恥極まりない戦闘服を店主……貴様が!?」
「マジですか!? あのずらしたらすぐポロリしちゃうような最早服ですらないただの布を貴方が!! なんて偉大な方なんですかあなたは!?」
シーメリル女王国とはこのファーン王国の南部に隣接する国で、そこには女性のみで構成された戦士団が存在するのだ。 そして、その女だらけの戦士達は、卑猥過ぎる衣装に身を包んで戦うと有名なのである。
その卑猥な布切れを、この御方が創造なされたと、そう仰られておいでなのだ、この仕立て屋の店主様は。
「ふふ……あれは良いものでしょう?」
「おお……まさに歴史に残る偉業を成し遂げた勇者だ、なんという素晴らしい出会いか」
「男として最大限に尊敬致します、先程は無礼な発言をして申し訳ありませんでした」
「いえいえ、私はただ本能の赴くままに仕事をしたに過ぎません」
偉大なる御方にクレームを付けようなどとは、自らの無知を恥じる所存である。 この御方こそ、俺の目指すべき頂点なのかも知れない。 いや、きっとそうだ。
俺達三人はしばらく漢同士、己の志す欲望と理想を語り合い、充実した時間を満喫した。 そして。
「ところで兄弟、あんたは何処の人なんだ? この街に住んでる人では無いよな?」
「ふむ、私か? 確かにこの街の人間ではない」
「へぇ、じゃああんたはこの店にわざわざ出向いて来たのか」
せっかく仲良くなったので、この超絶イケメンな青年の事を聞いてみたのだ。
「ここに寄ったのはついでだ、腕のよい変態仕立て屋があると家し……ごほんっ、風の噂で聞き及んだのでな」
「ふーん? そっか、街に用があるなら何処に行くのか教えてくれよ兄弟、それなりに詳しいし助けられるぜ?」
「ちょっ、旦那様そういう無作法は」
「へ?」
かなりフレンドリーな関係になれたと感じたので、背中をバシバシ叩きながら馴れ馴れしくイケメンに話し掛けていたのだが、何故か仕立て屋が狼狽え始めた。
なんだ、何か不味かったか?
「いやよいのだ店主よ、我等は兄弟であり友であり、そして同志であろう? ならばこんなもの無作法でもなんでもないわ、はっはっはっ!!」
「んん?」
「でん……んんっ、あなた様がそう仰るならばよいですが」
「うむ」
うん、この仕立て屋の態度、それにこのイケメン、仕草や態度からどう考えても高貴な生まれの存在だというのが伺える。 うん、たった今気付いたよ、俺もまだまだだわ。
「えーと、貴族の御方で?」
「気にするな!! 先程も言ったが我等は兄弟であり友であり同志であろう? 今さら怖じ気づかれる方が私は悲しいぞ? それに高貴な身分など肩書きにすぎんしな!! はっはっはっ!!」
「そ、そっすか? えへへ……」
やべえ、だいぶ失礼な態度取ってたわ、人が人ならその場で斬首もあり得たぞ、俺の態度……。
「だから気にするな!! 傾国の美男子と謳われてはいるがな!! はっはっはっ!!」
「け、傾国の美男子って確か……」
「むっ、しまった」
「あ、あー……」
「………もしかして、この国の王子様すか?」
「うむ、そうだ」
「…………」
傾国の美男子。 その名で呼ばれる者はただひとり。
このファーン王国第一王位継承権を持つ嫡子、リュカマイラス・ロイ・ファーンファレス王子殿下その人だけだ。
「……で、殿下……なに自分からばらしているのですか……」
「………はっはっはっ!! お忍びできていたのだがバレてしまったのなら仕方ない!! 兄弟よ、私がこの街に来ている事は他言無用に頼むぞ!! しかし男にも通り名が広まっているというのは意外ではあったな、はっはっはっ!!」
「は、はぁ……えーと、リュカマイラス殿下…?」
「堅苦しい、リュカと呼んでくれ我が友よ!!」
「ああ、はいリュカ王子、それじゃ俺はアレクシスなんで、アレクで」
「うむ、わかったぞ、あ、アレ……アックス?」
「アレクです」
「うむ、えーと……まあ良い我が友よ!!」
……名前すら覚えられんのか。 そんな難しい名前じゃないんだが。
「なんつーか、噂通りのお方のようですね……」
「ほう、噂か? どのように広まっているか聞いておきたい所だな、やはり大陸一の美男子として数々の女を虜にしたという逸話も広まっているのかな?」
「……あーいや、なんつーか、王子さま? 傾国の意味はご存知でしょうか」
「知らん、誰が言い出したのかは分からぬが、カッコいいからそのまま通り名として使っている」
うん、噂通りのバカ王子だった。
次の国王になったら国が傾きかねないほどバカだから、傾国の美男子って蔑称つけられてんのにも気づいとらん、誉められてると思ってやがる。
そんな爽やか笑顔で無知を堂々と肯定されても困るがな。
「さて、そろそろ行かねばならん……別れは惜しいが永遠の別れというわけでもない、また会おう!!」
「あ、はい、またいつか」
「またおいでくださいませー」
突然思い出したかのように、大袈裟に振り返りながら店を後にする王子殿下。 うん、動作の端々まで高貴さと優雅さを醸し出していて、カッコいいんだ。
でもね、この御方、すっげえバカなの。
「さあ行くぞ我が愛馬、グレートファイナリティシンドロームエクスプロージョン号よ!!」
「………ヒン」
「……折角の白馬が台無しの名前だ」
いつの間にか待機していた見事な白馬に跨がり王子は言う。 ネーミングセンスも残念ですね。
「では我が友よ!! また会おう!! はっはっはっ!!」
別れの挨拶と共に、白馬の蹄鉄が奏でるパカラッパカラッという軽快な音と共にバカ王子は高笑いしながら去っていった。
「………濃いお方だったな、何しに街に来たんだ」
「さあ、それは存じてませんが……悪い方ではないですよ? あんなんですが」
「まあねぇ? アホな話するバカ友達には丁度いい性格の人だったが……大丈夫なのかこの国は」
性格良くてもあそこまではっちゃけたバカが次期国王か、まあ、駄目そうなら国外へ財産逃がしてリオナとソフィちゃん連れて遠くへ逃げよう。
最終手段だけどね。