【短編】スマホ画面の向こうに女の子
「マスター、いやですわっ」
「そんなところ、触らないでください!」
ある少女は、笑顔でそう言うことを強要されている。
「きゃっ」
(まずい、いまのは本気で、びっくりした。きもちわるいよぉ……)
少女たちは、知らない場所からいきなり『触られる』ことがある。
首筋、胸、露出したおなかのあたり、股やおしりの部分。太ももから足先にかけて、舐めるように触れられる。
「ひあぁ……ダメですよー。でも、マスターになら……」
(そんなこと、思ってないのに、口が勝手に動く……)
『ヒイラギから、ナツミに変更』
頭の中に声が響くと、その辱めはとりあえず終了する。
部屋を出て、控えの少女たちが待つ場所へ移動するのだ。
「ヒイラギ、お疲れ様だね……」
「ナツミこそ、心を強く持ってね」
さきほどまで部屋にいた少女、ヒイラギは控え室の中に入ると、仮眠用のベッドに崩れるように横になる。
憔悴したような顔で、部屋では見せられない素顔をさらせるのは、この仮眠用のベッドの中でだけ。
「おつかれ、ヒイラギ」
「ん……サザンカか」
サザンカという少女は、くせの強い格好をしている。ゴスロリ、それも黒を基調とした赤いラインが入っている、ビジュアル系をイメージした衣装を着ているのだ。
「サザンカは呼ばれなくなって、もう二ヶ月か」
「うん。この控え室は、本当に居心地が良いからね」
「わたしは疲れたから、寝るね」
サザンカは、ヒイラギが布団を被って寝ようとすると、それを遮るように声をかける。
「寝る前に、マッサージしてあげる」
「……お願いしようかな」
サザンカはお節介な性格をしていて、普段からヒイラギにマッサージや身の回りの世話をしようとしてくる。
昔はよくしてもらったのに、最近では年齢があがってきたのもあって、鬱陶しく思いながら拒絶していた。それでも、今日だけはその気遣いがありがたかった。
「ぅん……サザンカのマッサージ、きくぅ」
「今日も、たくさん『触られた』の?」
「……うん」
「私は気にしないけど、ヒイラギは潔癖だからね。代わってあげられれば、いいのだけど……ごめんね」
「しょうがないよ」
時間が経つと、ヒイラギは規則正しい呼吸をしていく。
「すぅ……すぅ……」
「今日も、頑張ったね。ヒイラギ……おつかれさま」
そうして、少女たちの一日は終わっていく。
ある者は苦行に耐えながら、ある者はそれほど気にすることなく、またある者は、出番がないことに悲しみながら。
それでも少女たちの絆だけは、本物だと本人達は思っている。
――例え、デジタルデータの向こう側に居る存在だとしても。