第9話
魚を5匹のんこに渡し、家の前で別れた。全部あげると言ったのだが断られてしまったからだ。とりあえず、のんこにとっても俺にとってもいい一日だったんじゃないかな。気分転換にもなったし、なんか自分を見つめ直す機会にもなった気がする。最初はアレだった田舎もいいもんだと思えるよ。居候宅に帰り着いた俺は原チャリを元の場所に返して荷物を降ろす。
「よぉ、意外に早かったな。収穫は?」
草履を履き、ラフな格好のおじさんがにやけ面でやって来た。
「8匹。5匹はのんこにあげたけど」
俺は魚の入った袋を手渡す。おじさんは袋を開いて覗き込むようにしたけど、にやけ面は変わらない。
「彼女が5匹でお前が3匹釣ったのか?」
「4、4だよ」
「そうか」
嘘だと思ってる感じで笑いながらそう言った。俺はそんなおじさんを無視してすぐ横にある水道の蛇口をひねった。釣り道具を洗うためだ。
「おばあちゃんに渡して焼いてもらうか。数が足りないけど、ま、いいさ」
「おじさんが食べなきゃいい」
「こりゃ手厳しいな」
また笑いながら言う。なんか、手玉に取られているようで嫌な感じだ。俺はおじさんを無視し続けて黙々と竿を洗う。
「のんこちゃんに悪さしなかっただろうな?」
「しなかったけど、裸は見たよ」
「なにっ!」
「冗談に決まってるだろ?んなことするわけない」
嘘ではない。けど、のんこの名誉のためにもそう言うさ。やられっぱなしが悔しかったんでそう言ったまで。けど、おじさんの動揺っぷりが面白かった。
「あの子は将来絶対美人になる。今のうちに猛アピールして十年後に戻ったら彼女にしろ」
将来美人になるってのは当たりだろう。十歳の今でも芸能界でやっていけるほどの美少女だ。だからって十歳の子にアピールして十年後に再会、あの時から好きだったって言って彼女になるわけがない。それにこんな子が二十歳まで十歳の時に好きだった人をずっと想い続けるとかありえないし。
「十年後、彼女になってくれって言ったら速攻で嫌だと言われたよ」
のんこに冗談で言った時のことを思い出しながらそう言った。
「そうか。まぁ十年も一人の男を愛し続けるなんて、まぁ、ありえないからな。特に十歳の子が」
俺が思ってることとおんなじことを言いやがる。ますますなんかムカつく。
「で、明日からどうする?」
「とりあえずのんこと遊ぶ。いろいろ身の上話を聞いたら、そうしてやりたい気分になった」
竿を洗い終えてどこに干そうかと周りを見た。それらしき場所がないから倉庫になってる小屋の壁に立てかける。釣り針なんかも洗い終え、入れ物に戻して竿の下に置いた。
「他人との接触を好んでない風に見えたんだが、やっぱりお前は全だよ」
おじさんはそう言うと、さっきまでとは違う笑みを見せていた。どういう意味だと思ったが、おじさんがさっさと行ってしまったからそれを知ることはできない。
「別に好んでないわけじゃない、めんどくさいだけだよ」
独り言が自然と出た。その後軽く風呂に入り、すぐに晩御飯の時間。その晩御飯に追加された焼きいわなはおばあちゃん以外の三人に分配されていた。おばあちゃんが遠慮したのかもしれない。こんなことなら四匹ずつに分ければよかったと後悔する。ちゃんと人数を考慮して分ければこういう気まずい気持ちにはならなかったと思う。自分の配慮の無さが嫌になった。元々おばあちゃんの食事の量はかなり少ない。年のせいなのか、かなりの小食のようだ。だからちょっとだけ救われた気分になった。早々と食事を終え、再度風呂へと向かう。やはり大きな風呂は精神的な疲れも癒してくれるようだよ。少々日焼けした腕が痛い。顔にかけたお湯もしみる感じがするから焼けたんだろう。上半身裸でいた時間もあったしな。と、ここで不意に上半身裸ののんこの姿が蘇ってきた。十歳ぐらいで胸って膨らみ始めるんだなぁとか、変なことを考えている自分に気づいて一人気まずくなった。頭の先までお湯に浸かってそういう妄想を消し飛ばし、お湯から上がる。てきぱきした動きで体を洗い、頭を洗う。その後、軽く温もってから風呂場を出た。おじさんが買ってきてくれた下着を身につけ、Tシャツと短パンを履いた俺は足早に風呂場を後にする。なんか凄い罪悪感が風呂に入って取れたはずの精神的疲労を倍増させている気がするな。我ながらそんな目でのんこを見ているのかと思う。クーラーの効いた部屋に戻ると布団を敷いているおじさんがいた。何か勝手に気まずくて、俺は部屋の隅っこに座った。布団を敷き終えたおじさんが意味ありげにこっちを見てくるが視線を外してそれから逃げる。
「なんだ?どうかしたのか?」
「別に」
「・・・そうか」
おじさんはそう言うと部屋を出て行った。俺はのっそりと布団の上を這い、寝転がる。古臭い造りの天井を見上げるようにしてから目を閉じた。疲れからか、一気に睡魔が襲ってきた。結局そのまま眠ってしまった。どれぐらい眠ったのか、ふと目を覚ますと真っ暗の中で一部だけぼんやりとした明るい部分があるのに気づく。俺は身を起こさずにそっちへと顔を向けると、テーブルの上に何かしらの機械を置いて作業をしているおじさんの後ろ姿があった。のそっとした動きで身を起こすとおじさんがゆっくりした動きで俺を見た。テーブルの上では外装を外された状態で充電されている俺の携帯の他に、何かよくわからない複雑な機械があってそれが何本かのコードと繋がれていた。
「ちょっといじってるぞ。中身のデータは見てないし、壊してない」
「何してるの?」
「お前が帰るために必要なものが何かを分析してる。まぁだいたい俺の予測と同じだ」
「凄いね・・・そんなこと、わかるなんて」
あくびをしながら褒めてしまった。おじさんは苦笑気味に笑うと首を回してほぐすようにする。
「SF好きで始めたことが、こうして職になってる。人生ってのは趣味と実益を兼ねてこそ幸せになる」
「・・・そんな人、ほとんどいないよ」
「だろうな。俺は運がいいと自分で思う。それに・・・」
一旦言葉を切ったおじさんは一度天井を仰ぐように上を向いてから俺を見た。
「お前を未来へ帰すために時空の研究をしていたのかもしれん」
「ありえないよ。まるで俺がタイムスリップすることがあらかじめ決められていたことで、それに対するフォローとしておじさんの研究やのんこの存在があるっての?それじゃおじさんの仕事の意味やのんこがおじいちゃんに預けられるのも俺のせいなのか?」
おかしいじゃないか。それじゃぁ俺のせいでのんこの両親がうまくいってないってことになるぞ。俺がここに飛ばされてくるためにのんこが寂しい思いをしてるってのかよ。この時、俺はのんこのことばかりを気にしてる自分に気づいていなかった。
「もしくは、お前が過去に来たということも、別の何かを達成させるための歯車かもしれんぞ」
「なんだよ、それ」
「この世の全ての出来事はあらかじめ終わりまで決められている。そして全ての運命の重要な部分、時間を動かす歯車を回すための絶対的力に対してその周囲でそれを動かすための役割が決められているという」
つまり誰かの何か重要な事柄に対して、それを動かすためにのんこの両親がぎくしゃくし、おじさんが時空の研究を始め、俺がタイムスリップしたってことか。
「お前にとって重要な要素を動かすため、俺はこの研究をしているのかもしれないと、そういう可能性もあるってことだ。それがタイムスリップなのか別の要因なのかはわからん。でも俺の人生に必要な要因としてお前がタイムスリップしたのかもしれないし、のんこちゃんの重要な要因を動かすためにそうなったのかも知れない。結局は何が重要なのかわからん。お前と俺と、のんこちゃんの重要な何かを動かすため、かもしれない」
「なんだよ、その重要なことって?」
「知るかよ。俺がノーベル賞を取るためかもな」
おじさんはそう言うと俺に背を向けて携帯電話を元に戻し始めた。結局すっきりしないまま話は終わり、俺はもやもやしながら寝転がる。俺のせいか、のんこのせいか、おじさんのせいか、何にせよ何かのために俺が過去に来たのは間違いない。おじさんの説によれば俺が未来に帰る代償として過去に飛ばされた。そしてのんこは未来で俺と関係があるらしい。これは多分、過去で俺と出会ったことで再会するからだろうと思う。恋人にするしないじゃなく、単純に俺が会ってみたいからだ。過去に来るまでに接点がなかったから、断言できる。けど、俺は一体何故過去に来たんだろう。未来へ帰るために飛ばされた。過去に来る必要があった。のんこと会う必要があった。過去のおじさんと会う必要があった。どれもよくわからないな。結局、未来へ帰るまで何もわからないってことか。そんなことを考えているとまた眠気が襲ってきた。何の答えも出ないまま、俺は知らないうちに眠りについていた。




