第4話
近くで見ればかなり大きな家だ。のんこのおじいちゃんの家の2倍はあるかな。なにせ時代劇に出てきそうなでっかい門がある屋敷だ。本当にここにおじさんがいるのだろうかと疑ってしまう。隣でのんこも屋根つきの門を見上げていた。門の周囲を見渡せばカメラつきのインターホンが右側に、左上には防犯カメラも設置されている。とにかくインターホンを押しておじさんを呼び出そうとした矢先、隣でのんこが俺のジーンズを引っ張った。何なんだとのんこを見れば、左側を見ている。俺もつられてそっちを見れば、自転車に乗った男性がフラフラとやって来るのが目に入った。オールバックの髪に白髪がない。しかし顔は確かにおじさんだ。もちろん十年前のおじさんだけに顔も若い。実際にはあんまり変わってないんだなと思いながらもやって来たおじさんの方に体を向けた。おじさんは不審な顔をしつつ俺たちの数メートル手前で自転車を降りて手押しでやって来る。
「この家に何か用かな?」
実に紳士的な物言い、そしてハンサムな顔立ち、ダンディズム溢れる雰囲気。間違いなくおじさんだよ。こういう風にちゃんとしてれば素敵なおじ様なのに、本来の姿はエロい、マッドサイエンティストな思考、そして人の不幸を楽しむ変人だ。
「いえ、あなたに用があって来ました」
「ほぉ。うちの大学の研究生でもなさそうだが」
「俺、全です。狭間全。正確には十年後から来たっていうか、その、ハタチの全で」
さすがにストレートすぎたかなと思ったがもう遅い。愛想笑いを浮かべてみせるが、やはりというか、当たり前だがおじさんは怪訝な顔をしている。麦わら帽子を揺らすのんこが視界に入るが、のんこも呆れているんだろうなと思った。
「つまりは、君は十年後の全だと?」
下から上まで値踏みするように俺を見てそう言う。変人扱いしてんだろうなぁって目だ。
「話としちゃ面白いが、ま、悪戯にしてはお粗末だよ」
鼻で笑われた。そりゃそうだが、どう言えば信じてもらえるんだか。
「いや、ホントに!事故に遭って、雷と一緒にここへ来たんだ!なぁ、のんこ?」
門を開けて中に入ろうとするおじさんを引き止めるべくそう言う。もう必死だよ。のんこも頷くが、おじさんは小さく小馬鹿にしたように笑っていた。焦る俺は携帯を通して助言してきた十年後のおじさんの言葉を唐突に思い出し、門を閉めようとしているおじさんに向かって叫んだ。
「今考えていることの真逆が真実だ!・・・・・・・・だっけか」
最後は自信無かったので小声だ。意味もわからずとっさにそう言ったが、おじさんの動きは止まった。そしてゆっくりとこっちに顔を向けた。
「真逆が真実?過去の流れが未来を決めるんじゃない・・・未来からの干渉こそが過去を決める。時間が不可逆だからこそ、未来の事象を修正すべく・・・」
おじさんはそうぶつくさつぶやいている。
「なるほど、それだと時空の・・・・・」
さらになんかぶつくさ難しい言葉をつぶやいている。だが、急に険しい表情になったかと思うとそこに自転車を止めてこっちへとやって来た。俺は唾を一つ飲み込んでおじさんを見つめ、のんこは俺のジーパンをギュッと握り締めた。
「さっきの言葉、何で俺の考えてることの答えを知っていた?」
「十年後のおじさんが、電話でそう言えって、指示されたから・・・」
「電話?十年後の俺と電話したのか?」
「過去なのにかかってきた・・・俺の今の状況も全部知ってるみたいで、ここに来てそう言えって」
おじさんはこめかみに左手の親指を置いた。それは考え事をしている時の癖だ。しばらくそうした後、頭をぽりぽりと掻いてから汗を拭うと腕組みをしてみせた。
「まぁ、そりゃ全部知ってるだろう。現にこうやってお前と会ってる。未来の俺にとっちゃ過去の出来事だ」
「あ、そうか」
「それよりその電話を貸してくれ」
おじさんがそう言い終えた瞬間、見ていたかのようなタイミングで俺の携帯が歌声を発しだした。どうやらあれから一時間経ったらしく、十年後のおじさんからのコールだ。自分の携帯に表示された番号は自分の携帯のもの。違和感は全開だよ。
「鮮明な声だな・・・十年の進歩ってところか」
携帯の着メロに感心しつつ、手渡された電話をまじまじ見つめる。色とりどりに輝くLEDが興味をそそるらしいが、正直そんなことをしていていいのかと思うぞ。と思っていたらようやく電話に出た。
「もしもし・・・・話は聞いた。実に興味深いぞ!そして最高のシチュエーションだ」
さっき俺が言った未来の自分からの伝言で全てを飲み込んだのか?興奮して電話で自分と会話してるし。とにかくこれでひとまず安心だ。おじさんは門の中に入ると俺たちに手でそこで待てと指示し、そのまま姿を消してしまった。残された俺たちは日陰に入り、ホッと一息をついた。
「ようやく一歩前進ってとこか」
タオルで汗を拭きながら自然とそう声が出た。
「みんなあんな凄い電話持ってるの?」
のんこがしゃがみこみながらそう聞いてきた。この時代の携帯がどんな機能かは知らないが、やっぱ十年も時代が進むと性能も段違いだろう。
「持ってるよ。ってかさ、のんこみたいな小学生でも持つ時代だ。カメラの性能もいいし、音楽も聴けるし、テレビだって見られるんだぜ」
得意げにそう言ったけど、別に俺が開発したわけじゃない。だけどのんこは目を輝かせている。
「すっごー!電話なのにテレビ?どこでも?」
「まぁ、電波が入ればね」
のんこは驚きと好奇心に満ちた目で俺を見ていた。尊敬のまなざしともいえる。さっきまでの気まずい雰囲気も消え去って、俺たちは仲良く携帯電話について話をした。仕草も表情も可愛いこの子が十年後、どんな美人になっているのだろうと、そんなことばかり考えてしまう。今時の、っても十年後だが、嫌なギャルになっていないことを祈るよ。そうこうしていると、電話をしながらおじさんが戻ってきた。
「とにかく了解だ。条件が整ったら連絡をくれ。じゃぁよろしく」
会話が終わったらしいので電話を替わろうと思ったら切りやがった。当事者は俺なのに。憮然とした顔をしている俺を見てわざとらしくにんまりと笑いやがるのがまたムカツク。こういう顔をしている時のおじさんは何かを企んでいる時の顔だ。未来のおじさんとのやりとりがどうだったかを聞かないと、と思っているとおじさんは携帯を俺に差し出し、それからのんこを見た。俺は無視かよ。
「これから一週間ほど君の行動は制約、つまり、あまり自由にはならないけど、いいかな?」
どういうことかは大体察しがつく。未来から飛ばされてきた俺と接触して、深く関わってしまったからだろう。おじさんはそんなことを考えている俺をチラッと見て、もう一度のんこを見る。のんこは頷いて返事を返し、おじさんはにんまりと笑った。
「とりあえず今後のことを話したい。暑いし、中においで」
そう言って何故かのんこの手を取るおじさん。若い時から女性にはだらしがなかったとか、武勇伝は数知れない。実際オヤジや親戚、さらには本人からもそういう類の話は聞いているからな。いくら美少女とはいえ、十歳の子供にまで手を出さないよな、って心配になるよ。けど、確かに暑いから中には入る。大きな門をくぐるとさらにデカイ屋敷がその全貌を現した。3つの家がU字を描くような形で存在している。日本庭園みたいなものもあり、とにかくバカデカイ。おじさんは正面にある玄関へと向かわずに右側にある離れのような場所、正面の大きい屋敷と細い廊下で繋がった少し小さめの家の方へと向かっていった。と、脇にある小屋のような場所、倉庫か何かのようなそこからおじいちゃん、っても六十歳ぐらいかなぁ、そんな感じの人が姿を現した。
「おかえり。あれ?手島さん家のお孫さんじゃないか。どうした?」
「俺の実験の大事なお客さん」
おじさんは多くは語らずそう説明をした。実験という言葉がどこか有無を言わせない重さを持っている。さすがだと思える。そんなおじさんは間髪入れずに俺を見た。
「彼は助手の山田太郎くん。一週間ほどここに置いてほしいんだけど。もちろん俺が負担して食費やら出すから」
おい、山田太郎ってなんだよ。本名が使えないってなら他にあるだろ。大体、山田太郎ってのも逆にインパクトあるんじゃないかと思うぞ。
「いいさ。弘さんには世話になっとる。一人増えたところで別にかまわんさね」
おじいちゃんはにこやかに笑うと挨拶をしてくれた。ここの主人で佐々木光男というらしい。この辺の地主でもあるという。俺は挨拶もそこそこにおじさんに呼ばれて離れの家に入った。なるべく人との接触は避けたいようだ。離れの玄関を入ってすぐ左側に階段があった。少しばかり急だな。しかもかなり年季が入っている。田舎でこれだけの屋敷ってことは築年数も相当なのかも知れないな。とにかく軋む音を立てる階段を上がりきると扇風機とテーブルの上に山積みされた難しそうな本以外ろくに何も無い部屋が姿を現した。窓は網戸があるもののカーテンが無く、日差しがガンガン入ってきていてはっきり言って暑い。おじさんはそこら辺に座るように言うとうちわを投げてよこし、また階段を下りていった。俺はさっそくうちわで扇ぎ、扇風機のスイッチを勝手に入れた。蒸し風呂だよ、ここ。のんこはテーブルの上に置かれた本を見て首を傾げている。次元がどうの時間がどうのという本が大半で、おそらく内容も俺なんかには理解不能なものだろう。第一興味もないさ。ぼんやりと天井を見上げてこれまでのことを考えてみた。事故に遭って十年前に飛ばされた。のんこに会って、未来から電話がかかってきて、指示に従ってここへ来た。んで過去のおじさんと会った。考えてみればすんげー体験してんだな、俺は。元の時間に戻れるかどうかも分からない、何がどうなってるのかも分からないのに変に冷静な自分がいる。元々楽観的というか、なるようになるさ的な性格をしているせいかな。そんな事を考えているとおじさんが氷の入ったコップとオレンジジュースのペットボトルを持って上がってきた。
「暑いけど、我慢してくれ。クーラーの部屋は実験で使っててな、あと二時間は入れない」
「実験ってなんだよ」
「説明して理解できるのなら話してやる」
黙るしかない。絶対にわざとわけのわからない難しい言葉で説明されるんだ。氷の上に注がれるオレンジジュースを見つめて黙り込んだ俺を見てニヤッと笑う顔がまたムカつく。目の前に置かれたジュースを一気飲みして暑さを一瞬でも忘れようとした。美味い。のんこも喉を鳴らして飲み続けている。おじさんは一口二口飲んだだけでコップを置いた。
「さて、今からこの状況、そして今後のことについて説明する。その前に、注意事項を2つ3つ」
おじさんはあぐらを掻いてオールバックの髪をなぞるような仕草を取った。その後で俺とのんこの空になったコップにジュースを注いでくれた。
「まず、全はなるべく人との接触を避けること。出会うことでその人の未来、人生にも影響を与えてしまう」
「なんで?のんこはまぁ、いいとして、さっきおじいちゃんに居候の話をしたけど?」
「『山田太郎』としてな。しかも居候だけで接触も問題ないだろう、と思う」
「思うって・・・」
「佐々木さんにとっては未来から来たお前じゃない、俺の助手の山田太郎という認識だ。なら影響はほとんどゼロだ。でも彼女は違う。お前が十年後から来たことも知っている」
そう言っておじさんはのんこを見た。
「彼女は全てを知らなくちゃならない」
「なんでさ?」
「未来でお前に関わるからだ」
「まだ会ってもないけどな」
「これから出会うんだ」
「何でわかる?」
「未来の俺がそう言った」
俺はのんこを見た。十年後、俺はまだのんこと出会っていない。ということはタイムスリップ以降に会うってことか。って当然だよな。ここで会って、十年後ののんこを見たいと思ってる。その時点で再会は発生するわけだ。のんこと会う動機も機会も、今、発生したんだから。
「のんこちゃん、君には酷な話だけど、よく聞いて欲しい」
のんこはおかわりのコップを置いてまじまじとおじさんを見た。礼儀がなっているのは両親のしつけがいいのか、祖父母のしつけがいいのか、正座をしておじさんを見ていた。
「今日から一週間、君は全と行動を共にして欲しい。さらに全のことは誰にも言わないで欲しい。誰かに聞かれたら、全は山田太郎で俺の助手だと言うんだ。間違っても未来から来たとは言っちゃダメ」
のんこは分かっているのかどうなのか、頷いてはいる。十歳の子供には確かに酷な話だけど。
「いいかい?絶対に言っちゃダメだ。彼が未来に帰ってからも、ずっと秘密にしなくちゃならない。一生だ」
おいおい、そりゃかなり酷だぞ。一週間ならまだしも一生とは。さすがにそれは無理だろうと異論を挟む。
「いやいや、おじさん、そりゃ無理だ。一生なんて絶対無理」
軽い言い方をしたけど、実際そうだろう。俺だったら速攻しゃべるぞ。
「無理でもしてもらわなくちゃ困る」
「なんでさ」
「本来あるべき未来が破壊され、別の時間が生まれる。つまり、お前の帰るべき未来は別の未来にすり替わり、お前も俺も存在すらしない未来になる可能性がある。タイムパラドックスだ」
おじさんにいつもの軽い感じはなかった。鋭い目で俺を見抜き、そして重い雰囲気を醸し出している。
「いいか?今から言う事をしっかりと理解しろ。でなきゃ、お前は帰れない」
おじさんはそう言うとジュースを一気に飲み干した。扇風機のモーター音、外でうるさく鳴くセミの声だけが妙によく聞こえる。不思議と暑さも感じない。俺はおじさんの雰囲気に飲まれてしまっている。普段のおじさんは陽気できさくで、エロい。けど、今目の前にいるおじさんはどちらかと言うと怖いぐらいだ。そう、別人なんだ。
「お前が過去に来たというのもまた、時間の流れの正常な中での出来事なんだ」
そう言い、おじさんは説明を始めた。所々で難しい説明が入ったので簡単に説明するとこうだ。俺が十年前のここへ来たのも決められたことで、帰るのもまた決められたこと。ただし、過去の俺に接触したのんことおじさんはこのことを誰かに、本来この世界にいる十歳の俺にも話してはならない。何故ならば、俺は現実にタイムスリップすることを知らなかったから。おじさんが話していれば俺は事故を回避してここには来なかった。また、のんこが誰かに話していたら、または十年の間に俺に会いに来ていれば同じく事故は回避できたということだ。そうなると俺は過去に行かなくなり、その事実がなくなる。そうなれば歴史が変わり、未来も変わる。本来あるべき時間の流れがぶつ切りにされて新たな未来が再構築されてしまう。へたをすれば時間そのものが歪みを見せて時空が崩壊、全てが消滅する可能性もあるということだ。ややこしいが、そういうことなのだ。
「俺とのんこちゃん以外はお前が飛んだことを知ってはならない。だから行動は慎重に行い、彼女は苦しいけれどこれを守らなくてはならない。世界、いや、宇宙の崩壊を止めるために」
のんこはその言葉を理解してるのか、大きく頷いた。果たして十歳の頭でどこまで理解できたのか謎だけど。とにかく思ったよりも話が大きいようだ。
「あと、お前が帰れるのは七日後。未来の俺との共同作業で未来へ帰す」
おじさんの説明はこうだ。未来のおじさんが事故の瞬間に強烈な磁場を発生させて事故の衝撃と合わせた時空の歪みを発生させる。全く同じタイミングでこっちでも俺がやって来たあの場所で磁場を発生させて俺を帰すそうだ。って待てよ。っちゅうことは、あの事故現場におじさんがいたってことなのか。俺に『危ない』と叫んだ人物がそうなのだろうか?でも事故っても大丈夫なことを知っているのだからそれはないと思う。
「おじさん、じゃぁ事故の時、現場にいたの?」
「まだ体験してないからなんとも言えんが、ま、そうなるだろうな」
「なんだよ・・・」
「言ったろ?お前が過去に飛ばなきゃ、時空が崩壊するって」
確かにそうだ。けど何か釈然としない。そんな俺を見て苦笑しつつ、おじさんはジュースを注いでいった。
「矛盾なら最大の矛盾があるぞ」
俺とのんこにジュースを入れ終え、おじさんはそう言った。
「お前を帰すために事故のエネルギーを利用した磁場を発生させる。つまりお前を帰すために起こした現象で、お前は時空の歪みに落ちてここへ来たってことだ」
「はぁ?帰るためにやったことで俺がここへ来たって、おかしいだろぉ?」
矛盾とかいう以前の問題だろ。順番が逆だ。過去へ来たから帰るってんで、磁場を発生させる。なのに帰るために磁場発生させたら関係ない俺が過去へ来た。過去へ来なきゃ帰る意味もないのにな。
「おかしいな。だが事実。だからこそ、お前が飛んだことをこれ以上知られるとまずい、なんとなく理解できたか?」
「意味わからんけど・・・今よりもっとややこしいことになるからって話だろ?」
のんこも同意したような顔をしている。おじさんはにんまり笑うと氷を頬張ってゴリゴリと噛み砕いた。
「卵が先か、にわとりが先かってな。とにかく、こっちの準備が整う七日後まで、お前はのんこちゃんと一緒にいろ。寝泊りだけはここだ」
「わかったよ。わかったけど、のんこはいいのか?」
俺の言葉にコップを置いたのんこは黙って頷いた。本当に状況を理解できているのかもあやしいもんだが、とにかく一緒にいることにする。
「悪戯するなよ?」
その言葉におじさんを睨みつける。一緒にいろと言いつつ警戒させるようなことを言うなっての。のんこはおじさんの言っている意味がよくわかっていないのか、コップの中の氷を頬張っている。とにかく、七日間ここで過ごすことになり、どこかホッとしていた。寝泊りする場所もそうだが、おじさんがいてくれて安心できる。専門家がいてくれて本当にありがたかった。




