第3話
事故に遭い、突然の瞬間移動。いや、時間移動か。とにかく異常な体験をしている中、おじさんからの電話がただ一つの救いだと思ったのにこの言葉は驚きを通り越して衝撃に近い。
「ど、どうして・・・なんで知ってるの?」
「経験さ。とにかく今から言う事を黙って聞けばいい。そうすれば元の時間に戻れる・・・かな?」
「おい!最後は自信なさげだったぞ!しかも経験って何だよ!おじさんもこうなったことがあるの?」
「今からお前と接触して経験するんだ。そこは俺の知り合いが住んでる田舎だ。そして俺もこの時期そこにいる。まずそこに行け。それと、俺が送った緊急充電器、持ってるな?」
そう言われてポケットから黒いそれを取り出した。
「ある」
「よし、いいか、その携帯だけが何故か時空の干渉を受けずに生きている。しかしそっちからはどこへもかけられないという不便さだ。今から言う場所へ、のんこちゃんに連れてってもらえ。絶対に携帯の電源を落とすな!落ちたら終わりだと思え。その携帯だけがこっちとそっちを繋ぐアイテムなんだからな」
その言葉に、すぐそばまで来ていたのんこの方を見やった。不思議そうな顔をしてのんこは俺を見ている。
「わかった」
「携帯と、過去の俺、そして彼女は未来の、つまりお前自身に干渉している。歴史を狂わせて時空を崩壊させたくなかったら彼女とは行動を共にしろ。そうしないと帰れないからな」
「わかったけど、時空の崩壊ってなんだよ!」
「それはこの後、過去の俺が説明する。いいか、今から言う住所を彼女に伝えろ」
そう言うおじさんに頷き、復唱するようにのんこに住所を伝えた。のんこはそれがどこかすぐにわかったようで、その方向を指差してくれた。
「じゃぁ一時間後にまた電話する。俺に会ったらこう言え、『今考えていることと真逆が真実だ』とな」
「なんだよそりゃ」
「そう言えばお前のこと、全部信用する。じゃぁな」
「あ!ちょっ!」
一方的にかけてきて一方的に切りやがった。しかもほとんど役に立ってないし。ため息を大きくつき、俺は汗が滴るのをそのままにぐったりとうなだれた。じりじり照りつける太陽は容赦が無い。だいたい今は何時なんだ?這うようにして店の中の時計を見れば午後1時50分ごろだった。再度携帯電話の時計を見れば13時47分となっている。つまり時間的にはほぼ合致している。今からが一番暑い時間帯だとうんざりしながら、俺はとにかく落ち着きたくて自販機でジュースを買った。もちろんのんこの分も。
「小銭は変化無くてよかったよ」
一人つぶやく俺の横でのんこがジュースのふたを開けている。とりあえず日陰に落ち着いて冷たいジュースを口に含んだ。あぁ天国だ。一気に飲み干し、冷えてきた体と頭でさっきの電話の内容を頭の中で反復した。信じられないけど、やはりここは十年前だということ。そして過去のおじさんが俺を元の時代に戻してくれる。携帯電話が命綱で電池切れはNG。しかもさっきかかってきた番号はこの携帯電話のもの。そしてのんこも俺が帰るために必要な人、ってところか。まてよ、緊急充電器、おじさんはこれを知っていたから送ってきたってことか。じゃぁ俺があそこで事故に遭うのをおじさんは知っていたのか。なんだよ、じゃぁ事故に遭うのを阻止できたんじゃねぇか。ぶつくさつぶやく俺をチラチラ見ているのんこもジュースを飲み終えたのか、俺の缶も一緒にゴミ箱に捨ててくれた。しつけが行き届いたいい子だ。なにより将来性抜群の容姿。俺の時代じゃちょうどハタチの同い年か。そこで俺はある疑問にブチ当たった。おじさんは彼女と行動を共にしろと言った。未来から来た俺と出会い、干渉してしまったから。ということは、この子と俺は未来で繋がりがあるってことか。将来の恋人?嫁さん?『のりこ』という名前が思い当たるが、苗字は『てじま』だと言った。つまり浅見でもなく、高杉でもない、第3の『のりこ』だ。
「行かないの?」
「へ?」
「さっきの場所」
言われてハッとなる。そうだった、おじさんが指定した場所へ行かないとまずい。時間は電話を切ってから十分ほど経過している。
「ここからその場所までどれくらい?」
「三十分ぐらい」
「あ、そう」
この炎天下を三十分も歩くのかよ。と、ここで新たな疑問が頭を過ぎる。
「そういえばのんこちゃんはここで何してたの?」
ほとんど人の通らないここで、この子が一人でいた理由も聞きたい。汗で湿っている前髪をかき上げたのんこはこれから行く方向を見やった。
「散歩。家はあそこ」
これから行く方向より若干右寄りを指差したそこには黒い屋根をした家が小指の先ほどの大きさで見えている。家にいても暇だから外で遊んでいるということか。
「友達は?」
「いない」
表情を曇らせてそう言うのんこから、イジメにでもあっているのかと邪推してしまう。
「ここ、おじいちゃん家だから」
「あ、ああぁ、そういうことね」
そう返事をして歩き出す。のんこは俺の横に並んで付いて来た。どうやら両親が共働きで夏休みの間、お盆まで母親の実家であるここへ来ているらしい。実家はここから車で二時間ほど行ったそれなりの都会だと言う。宿題も全て終え、田舎を満喫していたのだがやはりすることもそうなく、退屈で散歩ばかりしているとのことだ。まぁ気持ちはわかる。だけど、危険の多い田舎で一人ってのも問題だ。
「でも凄いな。夏休みの宿題って多かったような記憶があるもん。俺なんか休みが終わるギリギリで焦りまくってした覚えばっかだ」
苦笑しながらも昔を回想する。遊んでばかりで宿題を後回しにした結果、終盤で泣きそうになった。こんなことならさっさと片付けておくんだったと毎年後悔したもんだ。いや、実際に今のこの時代の俺はのん気に遊んで月末にパニクるわけだ。教えてやれば後悔はしないか。でも無理だろうけど。
「他にすることなかったし」
どうやら見る限り寂しい思いをしているようだ。両親と離れて田舎に来ても友達もいないしすることもそうない。どこか可哀想な気がするが、今の俺がどうこうできる問題じゃない。
「絵日記が残ってるけどね」
額の汗を拭くのんこの言葉に俺は絵日記という懐かしい響きに童心に返るような感じがした。
「俺のこと、書かないでくれよ?」
冗談交じりにそう言うと、のんこは大きな目をさらに大きくしてブンブンと首を縦にふった。そんなのんこを可愛いと思う。ますますこの子の十年後を見たくなる。無事帰れたら会いに行こうと真剣に考えながら、暑そうにしているのんこを見やった。
「あのさ、帽子とかタオルとか取っておいでよ。暑いだろ?」
のんこは俺を見上げ、そして目を2、3度瞬かせた。そんなに意外な言葉だったのかなと思うが、まぁ、仕方ないかと。
「わかった」
そう言うとのんこはすぐ目の前まで迫った家まで駆けていくとそのまま門の奥へと消えていった。近くで見ればデカイ家だ。田舎特有の大きさというか。庭も広いし。そのまま5分ほど日陰で待っているとのんこが姿を現した。少し大きめの麦わら帽子に薄いブルーのハンドタオルを持っている。そして逆の手に持っていた白いタオルを俺の方へと差し出した。
「はい」
「俺に?」
こくりと頷いた。なんていい子だと改めて思う。見ず知らずの、雷と共にやってきた正体不明の男に興味を示し、その上道案内、タオルまで貸してくれる優しさ。これがロリコンな変態男だったら確実に悪戯をされていると思う。ますます十年後に会いたくなった。
「いこ」
小さくそう言うのんこに相槌を打ち、俺たちはまた歩き始めた。ため池を横に見ながらあちこちにあるビニールハウスを目にとめる。おじさんと電話をしてからかれこれ四十分は経ったぐらいか、そこでようやく目的の場所が見えてきた。
「さっきの住所はあの辺。散歩で何度も行ったから知ってる。大きな家だったよ」
ピンクのリボンがついた麦わら帽子を揺らすのんこがそう言う。
「君のおじいちゃん家も大きかったけどな」
「そうだね。でももっと大きいよ」
距離的にあと十分ぐらいの所か。暑いがもう少しの我慢だ。十歳の女の子が弱音を吐かずに歩いているんだ、俺が疲れたとは言いたくない。
「あのさ、俺に親切にしてくれるけど、なんて言うか、こう警戒心とかさ、もっと持った方がいいんじゃないかな?」
ここまであまり会話がなかったのでそう言ってみた。のんこの表情は麦わら帽子で見えない。
「普段はね、ちゃんとしてる。でも雷とやってきた人なんて・・・それになんかほっておけなくて」
十歳の子にこうまで言われる俺って、そんなに頼りないのかな。情けなさがこみ上げてくる。
「いい人だし」
最後にポツリとそう言った。相変わらず顔は見えない。
「わかるの?」
「何も言わないのにジュース買ってくれたし、暑いの気にしてくれたし」
十歳とは思えないな。なんか彼女にしたくなるタイプだ。十歳じゃなかったら口説いてるね。
「そっか。じゃぁ、十年後、俺の彼女になってよ」
「やだ」
即答かよ。冗談で言ったのだが、まぁ、半分本気だったけど、こうもはっきり嫌がられては悲しくなる。やはり美女とは縁が無い。
「冗談だよ」
俺はそう言ったきり黙った。彼女も何も言わず、ただ黙々と歩き続けるのだった。




