第26話
夏が来た。日付は八月九日。十年前のあの日、俺とのんこが出会った日だ。ちょうど十年目、俺の隣にはあの年と同じようにのんこがいた。ただ違うのは、のんこが俺と同じ年齢になっていることか。でも中身は変わらずあののんこだった。俺が帰ってきた日以来、いつも一緒にいる。宣言どおり手を繋ぐことと抱きしめ合うことしかしていないが、俺たちは学内でも公認のカップルになっていた。多くの男子が俺に嫉妬し、恨み、俺を選んだのんこに失望した。でもそれでもいい。俺はのんこが好きで、のんこも俺が好きだ。そう、みんなはミスキャンパスの浅見紀子が狭間全と付き合っていると思っているけど、俺にとっちゃ浅見ではなく、のんこなのだから。そして今、二人の目の前に広がっているのは海だ。なんとかこの日までに免許を取得した俺はようやくのんことの約束を果たすことができたというわけだ。車はおじさんがプレゼントしてくれた。俺とのあの経験が発端で論文が認められ、世界的な賞を得るまでになった。そのお礼として。とにかく、俺にとっちゃ数ヶ月前、のんこにとっちゃ十年前の約束。のんこはあのピンクと白のワンピースではなく、オレンジと白を基調としたビキニ姿をしていた。スタイルも抜群なせいか、人目を引くが、気にしない。
「全もおいでよ!」
「あいよ」
関係を先に進めたくて必死で免許を取ったわけじゃない。のんこは俺に会いにきてくれた。俺との約束を守ってくれた。ずっと好きでいてくれた。その気持ちに応えたくて、今度は俺が約束を守りたくて頑張ったんだ。そして想い出のこの日に海に来れたことでホッとしている。目標があると人間は頑張れる。それはのんこが教えてくれたことだ。両親が離婚しても、転校しても、容姿をねたまれようとも、ただひたすらに俺に会うことを夢見て頑張ってきたのんこを知った。だから俺もそんなのんこにふさわしい男になろうと頑張っている。バイトに精を出し、勉強も頑張っている。
「早く来る!」
のんこは豊かな胸が俺の腕に当たるのもお構いなしに俺を引っ張っていった。成長したなぁって思う。思わずその胸を凝視していると、のんこにほっぺをつねられた。
「痛いです・・・」
「そういうとこ、変わんないよね・・・全は」
「と言いますと?」
「川で濡れた時とか、泳ぎに行った時とかさ」
「よく覚えてるなぁ」
「未来から来た変態さんの記憶なんて消えるはずもないじゃん」
「変態って・・・・けどまぁ、インパクトはあるわな」
そりゃそうだな、俺でも記憶に残る。そんなのんこに引っ張られ、波打ち際にやってきた。あまり人気がない海岸を選んだおかげで家族連れが数組いる程度でそう混雑はしていない。俺は膝まで海に浸かると水平線を見た。来週はのんこと泊りがけであの懐かしい水上の地へ行くことにしている。のんこのお祖父さんの家に泊めてもらうのだ。あそこは母方の祖父の家だったため、それを考慮したおじさんが俺を引き合わせなかったのだ。顔を合わせるとややこしいからな。でもお世話になった地主のおじいさんの家には行けない。おじさんの話によれば、二年前に夫婦そろって亡くなったそうだ。でも、せめて墓参りはしたい。のんこは毎年田舎に行き、それ以外でもおじさんと会ってはあの再会の日の打ち合わせをしていたらしい。二年前からは結婚したおじさんの家にも行ってたそうで、それを聞いたときは驚いた。俺ですらろくに行った事がないのに、年に数回は泊りがけで行ってたんだから。おじさんはのんこの相談を引き受け、しっかりとフォローをしてくれていた。その甲斐もあって、のんこはずっと俺を慕ってくれていたのだ。おじさんはその年その年の俺の話をしていたらしい。正月など、年に数回しか会わなかったけど、ニヤついていたのはそういう理由もあったのだ。そんな風にいろいろ考えていると、不意に背中に水しぶきをかけられた。デジャヴを感じて振り返れば、水面を蹴るようにして水をかけてくるのんこの姿があった。
「うりうりー」
「懐かしいなぁ」
「でしょー」
「次はおしっこか?」
嫌味を返すとのんこはあからさまに赤面をした。
「やっぱ変態だ・・・・」
「ひどい言い草だな」
「そ、ひどいもん」
笑うのんこが可愛い。結局その日はろく泳がず、波打ち際で遊んでいた。やがて夕方になり、着替えてもう一度波打ち際に立つ。夕日が赤みを帯びているが、まだ海に沈むには時間が掛かりそうだった。そんな俺の横に立ったのんこがそっと手を繋いでくる。何度となくこうしているが、そうする度にあの夏を思い出す。あの十年前ののんことの思い出が。
「来週・・・楽しみにしてるんだ」
「俺も」
「釣り、しようね?」
「あぁ」
「泳ごうね?」
「うん」
「滝を見ようね?」
「もちろん」
「花火もしよう?」
「だな」
思い出を重ねることばかりをしよう。そして思い出そう、あの夏のことを。
「全?」
「んー?」
俺を見上げるのんこを見つめる。夕日に染まるせいか、のんこの顔が朱に染まっている。
「好きだよ」
「俺も、好きだ」
俺の言葉を聞き、のんこが俺に抱きついた。俺ものんこを抱きしめる。
「大きく育っちゃって」
「・・・・胸?」
「胸もそうだけど、全体的に」
「ロリコン」
「そうだよ、俺、ロリコンだもん」
「その上、変態だもんね?」
「そう」
「その変態を好きな私も変態かな?」
「かもね」
そう言って笑う。雰囲気的にキスできそうな感じもするが、俺はここでする気はない。二人の初めてのキスはあの場所で、二人の思い出のあの川でしたいと思っている。のんこも同じなのか、抱きついたまま夕日へと顔を向けた。
「ありがとう」
俺の言葉にのんこが俺を見上げる。
「こちらこそ」
「うんにゃ・・・変わらないでいてくれたこと、俺をずっと好きでいてくれたこと、だから、俺は感謝してる」
「全に会ってなかったら、きっと私は壊れてた・・・だから、どんな時も笑えって言ってくれた全のおかげ」
「待たせてごめんな?」
「いいよ。これからうんと幸せにしてもらうから」
「そうだな」
「でも未来を知ってるからって、手抜きしたら結婚してやらないからね」
「そっちこそ」
「私は手抜きしないもん」
見つめあって笑いあう。ただそれだけで幸せだった。だからもう一度強くのんこを抱き寄せた。のんこもまたぎゅっと強く抱きしめてくる。お互いの温もりを感じつつ、俺は夕日へと目を向けた。のんこはそんな俺を見上げてから、同じように夕日を見つめる。
今年に入って二度目の夏。のんこといた夏、そしてのんこといる夏。どちらも最高の夏だと思う俺は胸の中の愛しい人を優しく抱きしめた。
胸の中ののんこが笑う。それはあの夏の、十歳ののんこと同じ、俺が好きなのんこの笑顔と同じだった。
7年前に書いたこの物語を、ほぼそのまま載せました。
年代を今年にしてもよかったんでしょうが、それはそれでどこか抵抗があったもので。
いくつか書いた作品の中でも、気に入っている作品でしたので載せてみましたが、
皆さん的にはいかがなものでしたでしょうか?
時間とか未来とか、適当にこじつけで書いたものなので、そこは大目にお願いします。
ただひと夏の物語として、読まれた方の心のどこかに残ればいいかなと思っています。
読んでいただいてありがとうございました。




