第25話
昼食後、おじさんは車でどこかへ行ってしまった。もちろん俺の携帯を持ったまま。これからまた忙しい日々を過ごすことがどこか嬉しそうだった。そんなおじさんが送ってくれたのはのんこの部屋だった。一人暮らしをしている女性の部屋に入ったことがないせいか、かなり緊張してしまう。のんこに促されて部屋に入ると、やはりきちんと整理された綺麗な部屋になっていた。いい匂いもするし。
「座って。コーヒーでも入れるから」
「ども」
浅見にそう言われるが、のんこだと認識している自分が変だ。のんこはコーヒーを部屋の真ん中にあるテーブルに置くと俺の横にちょこんと座り、すぐ横にあるベッドの上に置かれたアルバムを手に取った。それを俺に差し出す。見ろってことか?
「早く」
迷っていると急かされた。まず表紙をめくると、十年前に俺が撮ったのんこの写真で埋め尽くされていた。どうやらおじさんがバックアップを取り、それをのんこに渡していたらしい。
「懐かしいでしょ?って言いたいけど、全はそうでもないんだよね?」
目を細めてそう言われるが、実際に懐かしいと思う。
「いや、十分懐かしいよ」
本気でそう思う。俺の言葉にのんこも笑っていた。
「嫌なことや、寂しいことがあったときは、これ見て笑った」
その言葉に俺はのんこを見た。ちゃんと約束を守ってくれたのだ。今日会いに来ることも、辛いときでも笑うことも。それが嬉しかった。
「そしたら元気が出た。全に会いたくて、会いたくて・・・・だから頑張れた」
ページをめくると、二人で写った写真が姿を現した。のんこと俺が最後のあの川で撮ったものだ。
「私を知らないと分かってても・・・腹が立った・・・私はずっと全を好きだったのに、全はそうじゃないんだもん。だから食事会も無視できた。私を知らない全に興味ないから。この写真の全とは違う全なんだから」
「あ・・・いや・・・うー・・・」
言葉にならなかった。だってマジで知らないんだし。そんな俺の反応を見たのんこは俺のほっぺたを軽くつねってくる。だがその指をすぐに離し、そっと頬に手を添えてきた。
「でも、やっと会えたね・・・・あの全に・・・・嬉しいよ」
のんこはそう言うと、昔話を始めた。両親の離婚の際、激しい罵り合いから逃げてこの写真を見た。泣きながらも笑顔を作った。そうすると俺がそばにいるような気がしたらしい。中学の時に苛められた時も、高校で人気の男子からの告白を断って他の女子に恨まれたときもそうしてきた。そして大学で俺の姿を見つけたとき、いろんな感情が渦を巻いた。けれど俺はのんこではなく、浅見紀子としてしか見ていない。それは十分に理解していた。毎年おじさんに会っては注意をされ、慰められていたそうだ。そして、今日、やっと会えた。ミスコンなんて出たくないのに歴史がそうさせた。はやく現場に行きたいのにMCの話が長くてイライラしたそうだ。だからすぐに着替えて走り、そのままの勢いで俺の胸に飛び込んだのだ。わざわざあの日と同じような服を着てきたのも意図的だった。自分がのんこだと分かるように。
「ずっと好きでいられたのは、きっと一番寂しい思いをしていた時にいろいろ気遣って遊んでくれたからだと思う。大人になるまで、今日までそんな人はいなかったし」
どんなに辛くても寂しくても、俺の優しさを思い出して元気になった。それほど、あの夏のインパクトが大きかったそうだ。未来から来た変な男が自分を支えてくれた。あの一週間の出来事は色あせることなく十年経った今でも鮮明に覚えているらしい。
「本当にゴメン・・・・待たせたし、何より待っててくれてないと思ってた」
その瞬間、のんこが俺に抱きついた。ドキドキしたが、そっと俺も抱きしめる。この感触、この感じ、確かにのんこだと思える。だからこそ確認をしたい。今の、これからの二人の関係を。
「あのさ・・・・俺たち、付き合うってことで、いいかな?」
「いいよ・・・でも・・・」
「でも?」
「十歳の子を好きになる変態さんだから・・・・これ以上はまだ進めません」
「いいよ、十分だ」
そう言って二人で笑った。その後は徹夜で二人で話し合った。これまでのことを、思い出のことを。十年分を埋めるようにして。




