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”のんこ”といた夏  作者: 夏みかん
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第2話

車に轢かれて死んだら田舎に行くのかと、そう思うしかない俺は体の痛みがないことを確認するかのように手を動かし、そして座り込んでいる態勢を変えるようにして身をひねりながらゆっくりと立ち上がった。どこにも怪我はなく、服もそのまま。血も出ていなければ服にも付いていない。


「どこだよ、ここ」


自然とつぶやく俺の言葉に、目の前の女の子はビクっと体を震わせた。バッチリと目が合うが、お互いどうしていいかわからない。仕方なく大人の俺からコミュニケーションを取ることにした。


「あのさ・・・」


またも女の子は体を震わせる。俺はなるべく笑顔で彼女に接するようにした。


「ここは・・・どこかな?」


身を屈めて目線を同じにしたせいか、少女はジリッと一歩下がってしまった。


「・・・水上みずがみ


小さな声だが怯えつつも地名とおぼしき名前を口にした。『みずがみ』か、全く知らない名前で、見渡す景色も知らない土地。事故のショックでどこかへ飛ばされたのだろうかと思う。おじさんの影響なのか、危機に際して時空を超えて安全な違う場所へと飛んだのではないかと突拍子もないことを思いついてしまう自分が笑える。そんな俺をますます怪訝そうに見ながらも好奇心からか逃げようとしない少女に、俺は徐々に冷静になってきたために自分に起きたことを見ていたかどうか聞いてみることにした。


「あのさ、俺、どうなってここに来たかわかんないんだけどさ・・・どうなったの?」


なんとも下手くそな質問の仕方だが、どう言っていいかもわからない。自分の置かれた状況がさっぱりなだけに、唯一の目撃者であろうこの子にこう聞くしかなかった。


「雷が落ちたみたいに光って、目を閉じて開けたら座ってた」


これまたわかりやすい答えだ。ようするに事故にあった時に雷に打たれたような衝撃は当たりで、そのショックか何かで俺はここに飛ばされて死を回避できたということか。なんかよくわからないが生きているのは素晴らしい。


「そっか・・・ありがとう」


ちゃんとお礼を言ってきた俺にビビッたのか引きつった笑顔を返してくる。不審者というか、突然目の前に現れた男にあれこれ質問された上に笑顔を見せられてお礼を言われたらこうなるよな。


「俺、狭間、狭間全っていうの。よろしくね」


警戒心を解くために自己紹介をした。少女は大きく頷いてまじまじと俺を見やった。


「君は?」


手を差し出さず、その場から動かず、態勢を変えずにそう聞いた。彼女の警戒心を薄めるためだ。


「のりこ・・・てじま、のりこ」

「のりこちゃんか・・・いい名前だね」


また『のりこ』かと思いながら笑顔を見せる。どうやら『のりこ』という名前に縁があるらしい。と言っても浅見には縁はなく、高杉は友達なだけだが。


「みんなは『のんこ』って呼んでる」

「のんこちゃんか・・・じゃぁ俺もそう呼んでいいかな?」


警戒心が薄れてきたのか、のんこちゃんは大きく頷いて小さく微笑んでくれた。しかし年齢は十歳そこそこだろうがかなりの美少女だ。肩よりやや上でばっさり切られたショートカットもよく似合う。夏が似合う感じの美少女だ。夏とはいえばここはクソ暑い。まだ五月だってのにセミがわんさか鳴いている。地球温暖化にもほどがあるぞ。にじみ出てくる汗を拭いつつ立ち上がってもう一度周囲をぐるりと見渡した。見渡す限りの田舎だ。緑豊かな田んぼにあぜ道、そして用水路。外灯は少なく、農家のような家々もまばらだった。どこかで見たような風景だが、どこにでもあるような風景でもある。


「しかし暑いな・・・五月にセミだし、異常だね」


のんこにそう言って微笑むが、のんこは不思議そうな顔をして俺を見上げている。何か変なことでも言ったかなと思っていた矢先、のんこが口を開いた。


「五月じゃないよ、八月だよ」


何を言っているんだ、この子は。今日は五月の三十日だよ。確かに八月のような暑さにセミ。緑の稲穂もそうだけど。けどこの子は夏の服装で、俺は薄手ながら長袖のシャツを着ている。服装を見比べてだんだん自信がなくなってきた俺はジーパンのポケットから携帯電話を取り出して折りたたまれたそれを開く。日付は間違いなく五月三十日、午後1時29分。


「ほら、五月三十日だろ?」


そう言って俺は携帯をのんこの前にかざした。


「これ間違ってるよ。今日は八月九日だもん」


のんこは自信満々にそう言う。事故のショックで壊れたとは思えない、日付も時間も合っている。しかしここの季節は夏だ。どういうことだと頭をめぐらす。そんな俺の携帯をまじまじ見つめるのんこ。表面のLEDが流星を描くように七色に光っているのが珍しいのだろう。


「こんなの初めて見た」

「まぁ2010年最新モデルだけど、田舎じゃ珍しいかな」

「2010年って?」

「今年のってこと」

「今年は2000年でしょ?」


またおかしなことを言う。ってことは何か?今は2000年8月9日だってのか?


「おいおい、2010年でしょうが?君、何年生?」

「四年生」

「四年ってこたぁ、十歳だろ?じゃぁ今が何年かぐらいわかるよな?」

「わかるもん!そっちが間違ってるんだもん!」


その後、俺たちは押し問答をした。十年の歳の差で十年の違いを延々論議だ。さすがに疲れてしまった俺は滴る汗を拭い、天を仰いだ。空は濃い青に白い入道雲がその青を侵食しているようだ。しかしこの空を見ていると確かに夏、八月としか思えない。機嫌が悪そうな顔をしたのんこを見やりつつ、喉が渇いた俺は彼女にこの辺に自動販売機が無いかを聞いてみることにした。しかしその前に確かめることがある。


「あのさ、俺、舞川まいかわってところに帰りたいんだけど、どこか知らない?」

「まいかわ?」

「そう千葉の」

「・・・行った事ないからわかんない。千葉は」

「そっか・・・・え?行った事ないの?」

「だって遠いもん」


しかめっ面をしてそう答えるのんこ。遠いってなんだよ。俺もしかめっ面をした。


「遠い?遠いって・・・ここ何県?」

「静岡」


耳を疑う。静岡って言ったのか、今。俺は千葉、かの有名なテーマパークのある県にいたはずだが。事故のショックで空間が捻じ曲げられて静岡に飛ばされたってのか?しかも十年も前の?バカバカしい。


「あ、そう。ま、いいや。この辺にコンビニか自販機ない?喉渇いてさ」


深く考えるのは、今はよそう。とにかく一息ついてからいろいろ考えたい。楽観的な性格が幸いしている。


「あそこ」


そう言って指をさしたのんこの視線の先に小さな店がある。駄菓子屋のようだ。とりあえず歩き出すと、のんこはしばらく突っ立っていたが俺の後ろからついてきた。2000年、静岡。頭を巡るキーワード。再度携帯電話を取り出すが、やはり日付は2010年5月30日午後1時37分だ。正常に動いている。だが気候は夏、そして見知らぬ土地。のんこが正しいのだろうかと考えながら駄菓子屋の前にある自販機の正面に立った。ポケットから財布を取り出して中身を見る。財布の中には2833円しかない。バイトの給料日が月末なだけにこうなのだ。あと一日すれば財布の中も潤う。とりあえず120円を取り出して飲み物を吟味するように上から下まで眺め倒す。少し離れた場所ではのんこがしげしげと俺を見ていた。仕方ない、のんこにも買ってやるかとふと下のほうを見れば、なにやらキャンペーンの告知が貼られている。


「抽選で1万名にソフトが当たる・・・新発売PS2発売記念?シドニーオリンピックを応援しよう?」


シドニーオリンピック?新発売PS2って、まるで2000年じゃないか。息が荒くなるのが自分でもわかる。俺はあわてて店に入り、そこに置いてあったお菓子の製造月日を見た。すべてが2000年製造だ。


「すみません、今年って、2000年ですよね?」


引きつり笑顔でそう聞くと、ちょこんと店内のベンチに腰をかけ、扇風機を回しながらうちわで扇いでいるおばあちゃんは怪訝そうにしながらそうだよと答えた。まさかという思いが頭を駆け巡り、言い知れない衝撃が全身を伝わっていく。俺はよろよろと店を出ると携帯を手に友人に電話をかけようとメモリーを操作するが手が震えてうまく操作できない。焦る思いが手に伝わって誤操作を連発していた矢先、急に電話が電子音を奏でて歌声を発しだした。着信を告げるお気に入りの人気シンガーの歌を掻き消すようにボタンを押す。あわてていたので相手が誰かも確かめずに出てしまったことを後悔する。十年も前の世界の誰が俺の携帯電話にかけてくるのかという思いを押し殺し、そっと耳にあてて一つ唾を飲み込んでから声を発した。


「も、もしもし」

「全、俺だ、弘だ」


その声と名前にホッとし、思わずしゃがみこんでしまった。暑い太陽の光で熱気を帯びた砂利道がジーパン越しに肌を焼く。


「おじさん!嘘だと思うだろうけど・・・」

「十年前に飛んだ気分はどうだい?」


俺の言葉を遮ってそう言う、まるで全てを知っているようなその言葉に、俺はからからに乾いた喉を潤すために唾を一つ飲み込んだ。



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