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”のんこ”といた夏  作者: 夏みかん
19/26

第19話

六日目の朝、はっきり言って寝過ごした。昨日はいろいろ考えて眠れなかったせいもある。あれだけ健康的だった生活はどこへ行った?あわてて飛び起きて朝ご飯を食べる。支度もそこそこに中庭に出れば、あきれた顔をしたおじさんが立っていた。


「早く行かないと、怒られるぞ」

「分かってる」


今からバイクを飛ばせばギリギリ間に合う。そんな俺にリュックを差し出すおじさん。


「最後の弁当だ。夕食後に礼を言っておけよ」

「わかってる」

「のんこちゃんも一緒の夕食だ。あちらさんには俺から話しておくから」

「気が利くね」

「のんこちゃんのためだし」

「・・・あっそ」


乾いた笑いさえ出ず、俺はバイクを発進させた。急がず慌てずぶっ飛ばす。のんこはいつもの通り家の前にしゃがみこんでいた。


「3分の遅刻」

「・・・・・・・すみません」


昨日を除いてずっと遅刻ですみません。けれどのんこは笑っていた。


「今日はどこの川?」

「あっち」


指をさしたのは俺が来た方向だった。あっちに山はない。


「川なんかあるの?」

「ずっと行って、左に行ったら鉄橋のある川がある」

「了解」


バイクを反転させてアクセルを握ろうとした矢先、絆創膏を貼った右手の傷にそっと触れてきた。優しい手つきで。


「どうした?」

「・・・・平気?」

「ああ、平気」

「ホント?」

「ホント」


鸚鵡返しに返事をし、微笑んで見せた。すると心配そうだったのんこも微笑む。俺はその顔を見て安心し、アクセルをふかせた。今日も暑い。そんな中、川を目指してバイクを飛ばす。最後のデートを楽しむために。そう、これはデートだ。のんこと俺の。十年後、またこうしてデートが出来ればいいが、それは未来で考えればいい。今はただ、のんこと一緒に川へ行くのみ。それを意識しているのか、いつもより強めに抱きつくのんこの温もりを感じながらバイクを軽快に飛ばしていった。しばらく進むとのんこが左を指差す。広めのあぜ道に入ると、少し交通量が増えた気がした。そのまま走ること二十分、少し遠くに鉄橋が見えてくる。どうやら川はそこらしい。やがて道は舗装されたアスファルトに変わる。そのまま走ると、大きめの川にぶち当たった。結構広めの川で、何人かの親子連れの姿も見えた。その川沿いにバイクを止め、のんこを伴って川原へと降りる。舗装された石の階段のおかげで容易く降りることができるのはありがたい。川は浅く、泳ぐことはできそうになかった。コンクリートで舗装された川原を歩いて行くと、そこから先は自然の石が敷き詰められた川原になった。俺はのんこを気にしながら水に濡れないように石をまたぎ、水辺へと近づいた。のんこもバランスを取るようにして付いてくる。そうして少し大きめの石の上に座ると、のんこも隣に腰掛けた。山の中と違って広い場所のせいか、見える景色もどこか新鮮に感じる。


「こんな場所に川があったんだな」

「うん。でもメダカぐらいしかいないけど」

「みたいだな」


浅いこともあって、確かにメダカの姿が見える。他にいても小魚だろう。荷物を日陰になる場所に置き、二人並んで川へと足を浸けた。冷たいが、やはり山の水とは違って温い方だと思える。


「網でもあればメダカも取れたんだろうけど」


ざっと見ただけでも結構なメダカがいる。手ですくえないかとやってみたが、やはり無理でした。


「やっぱ手じゃ無理だ」


そう言って笑うとのんこも笑う。ただそれだけで嬉しい気持ちになる自分が変だ。別に恋をしているわけでもない。惚れたのはのんこの人格だ。このまま十年先まで彼女が変わらずにいてくれたら、その時は本気で恋する自信はある。でも、多分そうじゃない。おじさんの言葉を思い出して余計にそう感じた。十年ってのは長い。実際、十年前の記憶なんてほとんど残っていない。人は変わる。なら、のんこも変わるのだろう。だから昨日おじさんはああ言ったんだと思えた。川原の石、水面、草、それらを見ている俺をのんこが見上げた。無表情ののんこを見つつ、さっき思ったことを口にする。


「ところでさ、ここで何するの?」


山の中の川と違い、泳ぐことも出来ず釣りもできない。風が通って涼しいが、特別何をすることもない場所だ。


「今日で出かけるのも終わりだから、いろいろお話したくって」

「あぁ、そう、ね」


そういうことですか。まぁ、なんかいろいろ話したいことはあるけど、どこまで話していいかわからない部分もあったしな。


「座ろう」


俺は日陰になる石に腰掛ける。少し流れの速い川に足を浸けるとひんやりとして気持ちがいい。川の音が涼しさをくれる気がした。隣に座ったのんこも同じようにしてみせた。それから他愛のない話をした。まずは俺の話。小学校の時は結構活発的だったが、中学に行くとそれもなりを潜めた話。高校に行くと生活がだるいと感じたことや友達が少ないこと。なんとなく大学に行き、なんとなく生きているということも話した。


「だからさ、今、ここで過ごした数日はすごく充実している。楽しいし、生きている実感がわく」


自然と笑顔がこぼれる。十年前に飛ばされた時はどうなるかと思ったが、のんこと過ごすことができて本当によかったと思えている。


「うん。私も楽しい。三年前から夏は1人でこっちに来てるけど、友達もいないし、寂しかったし・・・でも今年は全がいたから楽しい。すごく楽しい」


そう言って笑うのんこに笑みを返す。何度も楽しいと言ってくれることが嬉しかった。これまでで汚れてしまった心が綺麗に洗濯されたような、そんな気持ちにさせられる。だからこそ、強く思うことがある。


「もう少し、せめてのんこが帰るまで一緒にいられたらよかったのにな」


のんこが帰るまではまだあと数日はある。だが、俺が帰るのは明日。しかも、もう会うことはない。会えてもそれはのんこにとって十年後の話だ。だからこそ、俺がのんこを見送れたらと思うが、それは不可能な話だ。


「でも、いいよ。十年後、また遊んでくれたら、それでいい」


のんこはそう言った。だが、果たしてそうできるかは果てしなく疑問だ。俺がそうしたくても、君が拒否しそうだから。十年後の君も、同じ気持ちでいて欲しいと思う。


「そうだな。また釣りしたりしような」


けれど俺は大人だ。そんなのんこの想いを否定はしない。


「でも、確かにもっとどっかに行きたかったな」

「・・・・・うん」


ここでのんこの表情が曇った。


「どうかした?」

「前に、どこ行きたいって聞かれたとき・・・本当は行きたかった場所がある」

「え?なんだよ、じゃぁ言ってくれたよかったのに」

「無理だから」


その言葉を聞いて考えた。まさかとは思うが十年後、とかじゃないよな。


「・・・なんで?」


そこでのんこは押し黙った。視線はすぐ目の前の水面を見つめている。その表情はどこか暗いように見えた。


「・・・・・・・海」

「え?」

「海に行きたかった」


のんこは対岸に目を向けつつそう呟いた。海か。確かに遠い。しかも車の免許がないし、車もないな。土地勘もないし、確かに無理だ。


「・・・・そっか、残念だ」


そう言うしかない。そんな俺へと視線を向けたのんこを俺も見つめる。


「十年後・・・」

「ん?」

「十年後に、連れてって」

「んー、ん、そうだな」


返事の歯切れが悪かったせいか、のんこの表情が曇った。のんこにはいい思い出としての俺を残したい。だから俺は笑った。


「わかった。約束する。連れてく、免許取って」

「うん!」


のんこは笑った。果たしてこんな約束を彼女が覚えているかはわからない。それこそすっかり忘れていて、彼氏でも作って海に行った時に思い出すかもしれない。でも、それでもいい。そう思う。


「私、私も楽しいこと、なかったから」


不意にそう口にしたのんこは自分のことを語り始めた。ここ数年で両親が不仲になり、家ではほとんど口を聞いていないこと。そんな家庭環境のせいか、毎日を怯えた感じで過ごしている。だからだんだん消極的になり、友達も少ないのだそうだ。だから、こうして夏休みにここへ来ることはどこかほっとしているとも言った。けれど、さっき言ったように寂しくも感じている。そりゃそうだ、まだ十歳なんだから。


「でも今は楽しい。明日でお別れしちゃうけど、こんなに楽しかったのは久しぶりだったし」


そう言って笑うのんこの顔を照らしていた太陽が雲に隠れた、同時にのんこの表情も曇る。


「だから、来年からは寂しいかも」

「おじさんに頼んどく。これからはおじさんが相手をしてやれってね」

「私は・・・全がよかった」

「・・・・・・ゴメンな」

「・・・うん」


しんみりしちまった。でもこれは仕方がない。今の俺は幽霊みたいなもんだ。ずっとこっちの世界にいればそれも叶うのだろうけど、俺は帰らなくちゃいけない。俺をこっちに送ったのがもし未来ののんこなら、俺は帰る必要がある。でも、のんこには笑っていてほしい。どんなときでも、ずっと笑っていて欲しい、そう思った。


「どんなに辛くても、寂しくても、笑おうぜ」

「え?」

「落ち込んだりしたら、笑えないけど、それでも笑おう。そしたら元気になれそうじゃん?」

「んー・・・」

「のんこは笑顔が似合うよ。俺、本気でそう思ったもん。この数日でそう思った。だから、笑っていて欲しい」


それは難しいことだろう。でも、笑っていて欲しい。笑う角には福来るじゃないけど、そう思いたかった。相変わらず俯き加減ののんこを見た俺は荷物を持って立ち上がった。そんな俺をのんこが見上げる。


「あっちの岸まで歩いていけそうだ。行こう」

「うん」


川は浅く、石が点在していることもあって歩いて渡れるようだ。俺はのんこの手を引きつつ、たまに水に浸かりながら対岸を目指した。そして川の真ん中辺りに来たところで一旦足を止める。向こうから電車が来るのが見えたためだ。やって来た電車は鉄橋を渡り、消えていった。なんかなごむ光景だな。そんな風に思っていると、のんこは鉄橋の方をじっと見ていた。そんなのんこを見て思わず笑みが浮かんでしまう。そのまま手を引いて対岸に向かい、さっきと似たような石の上に座った。こっちからの眺めは山が遠くに見えて田舎って風景がいい。鉄塔に山、他に高い建物はなく、大きな一軒家が数軒見えるのみだ。心が落ち着く感じがした。


「夜の花火は大丈夫?」


ぼーっとしていたら横でのんこがそう言う。そういやそういう話をしていなかったな。


「晩飯も一緒に食べるよ。おじさんが君のお祖父さんに話しておくって。それから花火する。こちらも準備できてるから心配なし」

「そう。んー、楽しみ」


本当に嬉しそうに笑う。いい子だなって改めて思った。だからこそ、変に俺を意識しないで欲しいと思う。最初はあれほど二十歳ののんこに会いたい気持ちが強かったのに、今はそうでもない。今のこののんこから変わった姿を見たくないという気持ちの方が大きいからだ。絶対に美人になっていると思う。それこそ今年のミスコンだった浅見なんかよりもずっと美人になっているはずだと思っている。けれど、そののんこは十年の歳月を経ているのんこであって、今横に座っているのんこじゃない。そう思うと寂しさも大きい。そう思っていると腹の鳴る音が聞こえてきた。俺じゃない。隣で顔を赤くしたのんこが俯いている。


「飯、食おうか」

「・・・・・ん」


時刻は十一時半、少し早いけど、いいでしょう。俺はおばあさんからもらった最後の弁当を取り出した。おにぎりに卵焼き、焼きしゃけ、いつもと変わらない弁当が心に染みる。


「明日、何時に帰るの?」

「一時半ぐらいにのんこに会ったから・・・一時ごろになるんじゃないかな?」


そういやそういう話を全くしてないな。大丈夫かよ。


「そっか」


表情を変えないのんこはおにぎりをほお張った。俺も同じようにおにぎりを食べる。美味い。あっという間に弁当はなくなり、その後は水辺で少し遊んだ。その後バイクで鉄橋付近に行ったり、のんこを写真に撮ったりする。のんびりとした時間を過ごす中、この時間がずっと続いて欲しいと願う自分がいた。けれどそれは願ってはだめだ。そんな風に考えながら遠くを見ていると、のんこがそっと手をつないで来た。ちょっと驚いたが、そのままにしてのんこを見ると、遠くの山を指差した。


「あっちが海」

「そうか」


次に少し左側を指差した。


「あっちが私の家」

「ほう」

「全の家は?」


俺はのんこが指差した場所よりもずっと左を指差した。


「あっちだな」

「覚えた」

「覚えてどうするの?」

「来年からそっちに向かって呪いをかける」

「やめてくれ・・・」

「十一歳の全に呪いをかけてもだめかな?」

「そりゃそうだ・・・・ってかなんで呪われなきゃイカンの?」

「うーん・・・なんとなく」


そう言って笑うのんこに思わず笑みが浮かんだ。


「十年後でも、空は一緒だよね?」


言っている意味はよくわからないが、そうだと思える。だから素直に頷いた。


「同じ空の下にはいないけど、空は空だ」

「うん」


こういうことを考えるってのはやっぱ女の子なんだな。でも、そう思うと少し嬉しくなった。だからこそ、俺は今ののんこを忘れないと誓った。この夏に体験した不思議な出来事も忘れないだろう。でもそれ以上にのんこと遊んだ思い出は一生消えないと思う。


「写真、何枚か撮らせてほしい」


その言葉に露骨に嫌な顔をするのんこだが、握っている手は離さないでいた。


「どうするの?」

「何が?」

「何する気?」


相変わらず変態扱いかよ。けどどこか小悪魔的な笑みを浮かべているので確信犯だと思います。この子もこの数日で変わったな。やっぱ俺の扱いに慣れた感じがする。


「思い出、欲しいなってさ。もう今ののんこには会えないんだし」


その言葉を聞いたのんこは複雑な顔をしてみせた。前から思っていたことだが、やはりこの子の精神年齢は高い。複雑な家庭環境に育っているからかな。そんな風に思いながら、俺は携帯を取り出した。


「わかった」


その後はのんこ撮影タイム。最初は恥ずかしがっていたのんこもだんだんとノってくる。川原で、鉄橋をバックに、道端で、いろいろなのんこをたくさん撮った。するとのんこがおもむろに近づいてきた。


「一緒にも撮れる?」

「まぁ、できなくはないけど」

「じゃ、撮ろう」


2人で寄り添って撮影。何度か失敗しつつも成功させ、ほっとする。ってかさ、これって恋人同士でするやつだよな。十歳も年の離れた男女がこうしてるのを傍から見たらどう見えるのか。ちょっと怖い。そのうちのんこが携帯を取って俺を撮り出した。それ、どうする気?


「記念になるでしょ?おじさんに頼んで写真もらえるし」

「そうかな?」

「そうです」


のんこはそう言ってとびきりの笑顔をくれた。そうして徐々に空が赤みを見せる頃、俺たちは川を後にした。バイクに揺られている間、いつもよりきつく俺に掴まるのんこがいた。こうしてバイクで2ケツするのもこれで最後だ。


「絵日記、書いた」

「え?」


スピードがのろいから、声はよく聞こえた。


「全と遊んだこと、書いた・・・・近くに住んでるお兄さんと、ってことにして」

「そっか」

「だから、忘れない」

「ありがとう」


素直に言葉が出た。いろんな意味のありがとうだったけど、のんこに伝わったかな?伝わったと信じたい。


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