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”のんこ”といた夏  作者: 夏みかん
18/26

第18話

昼を食べ終えた俺たちは滝の周囲を散策し、景色を堪能した。そして名残惜しくも戻る時間を考慮して滝を後にする。元来た道を戻れば、木々の間から入道雲が見て取れた。かといって夕立が降りそうな雰囲気もない。他愛ない世間話をしながら山を下っていると行きよりも早い時間で中間地点までやって来れた。やっぱ下りは楽チンだ。そんなことを考えていると、横でのんこの悲鳴が聞こえた。あわててそっちを見れば、のんこの周りを一匹のスズメバチが周囲を囲むように飛んでいる。手で振り払おうと暴れているせいか、のんこは道の端、つまりは傾斜の部分に向かってふらついた体を向けていた。一方は切り立った崖、一方は傾斜になっている山道でこれは危ない。目を閉じているのんこはそれに気づかない。俺はとっさにのんこの腕を掴むが、それすら振りほどこうと暴れる。仕方なく強引に道の真ん中へのんこを押した直後、落ち葉に足を取られた俺はバランスを崩して傾斜を転がった。五メートルほど転がって背中から大きな木にぶつかり、ようやく体は止まった。あちこちが痛いが骨に異常はないと思える。木を支えにゆっくりと立ち上がると、上を見る。道に座り込む形でのんこがこっちを見ているのが分かった。ハチはもういないらしい。とりあえず無事を伝えるために軽く右手を上げると、そこから血が出ているのがわかった。つまり救急セットは俺が使うのね。痛む体を押して傾斜を上がり、道に座り込む。ふぅっと一息つくとのんこが抱きついてきた。


「ごめんなさい、ごめんなさい!」


そう言って何度も謝るのんこの背中を左手でぽんぽんと叩きつつ落ち着かせる。ってか俺が間抜けだっただけだし。でもハチもそうだけど、俺が転がり落ちる姿もショックだったんだろう。


「大丈夫、救急セットあるしな」


いまだ抱きついたままののんこにそう言い、軽く抱きしめた。小学生とはいえ女性特有の柔らかさは感じられる。のんこをそのままにリュックを下ろし、救急セットを取り出す。とりあえず消毒液をぶっかけたら気絶しそうになるほど痛い。そこにガーゼを当てて血と汚れを取り、大きな絆創膏を貼ろうとしたが傷口の方がでかい。仕方なくもう一枚ガーゼを取り出して傷口にあてがい、包帯を巻いた。こりゃ見た目は結構大げさだ。他にも擦り剥いていたけど、まぁ大丈夫なレベルだ。相変わらずのんこは抱きついたまま泣いている。


「もう治ったよ」

「・・・・・ごめんなさい」

「もういいって・・・・さ、帰るぞ」


のんこの頭に手を置いて撫でてやると、恥ずかしそうにしながらもそのまま立ち上がった。俺も立ち上がるがやはりあちこちが痛い。けれどのんこの手前、それは見せない。のんこは俺から離れず、左腕にくっついた状態で山を降りる。結局時間をかけて降りたこともあって、向こうに見える山は夕焼けの赤に染まっていた。田舎道を行く間ものんこは俺から離れようとはしなかった。会話もなく、長い影が自分たちの前に存在している。もう体の痛みもなくなっていた。ようやくのんこの祖父の家に付いた頃には西日が山に掛かっている時間になっていた。


「少し遅くなったな・・・明日も九時でいいかい?」


のんこは黙って頷くだけ。上目遣いの目はまだ潤んでいた。


「心配ないよ、もう大丈夫」

「ごめんなさい」

「もう大丈夫だから謝らない!」

「う、うん」

「じゃ、明日な」

「うん・・・・」


俺は再度のんこの頭に手を乗せた。のんこは体をビクッとさせたが、手を振り払うことはなかった。


「また、明日」

「うん」


笑った。ようやく笑ってくれた。俺はほっとしつつも早く家に入るよう促した。のんこはどこか名残惜しそうにしながらも門をくぐって帰っていく。完全にのんこの姿が消えたのを確認してから家路を急ぐ。そうして門をくぐると、夜までいないはずのおじさんが笑顔で迎え入れてくれた。


「よぉ、おかえり」

「なんで?夜じゃないの?」

「車で送ってもらってな・・・・・・で、その服の汚れようと怪我からして・・・・襲ったな?」


そうきますか。反論する気にもなれんわ。


「あぁ襲った・・・・・・・・って言えば満足か?」

「満足だ」

「最低だな・・・」


俺はおじさんを無視して家の中へと入る。


「彼女を助けようと怪我をした・・・・うーん、さすがだ、歴史どおり進んでる」


その言葉に俺は振り返った。つまりあなたは今日、俺が怪我をすることを知っていたのですね。


「この間の電話で知ってた」


俺の思考を呼んだのか、はたまたこれも未来からの情報なのか。


「言ったら回避されて歴史が狂うだろ?」


そう言うおじさんを振り返ることなく家に入るとそのまま風呂場に向かった。腕の傷が痛んだが、体を綺麗にする。そして部屋に戻るとおじさんは俺に携帯を差し出してきた。


「返すよ」

「ん」


疲れもあって適当に返事をし、寝転がる。


「明日の予定は?」


正直あまり言いたくなかったが、花火のことを思い出したので顔だけをそっちに向けた。


「昨日とは違う川へ行く」

「んじゃ夜は花火でもするか?」


その言葉に、また未来からの伝言かとため息をついた。そんな俺を見たおじさんが怪訝な顔をしてみせる。


「なんだよ」

「どーせ未来のおじさんから聞いたんだろ?」

「いや。メモに夜までって書いてあったから花火でもどうかと思って今日買ってきたんだが」


その言葉に身を起こし、俺はあぐらをかいた。ということは気を利かせたということか。


「とりあえず礼は言うけど、もう隠し事はなしにしてほしい。もうあと二日なんだし」

「そうするつもりだ」


本当かと思うが、もう何も言う気になれなかった。そうしていると夕食になり、下へ降りる。この夕食も明日で終わりかと思うと感慨深い。そんな夕食も終え、部屋に戻る。するとアイスコーヒーを二つ持ったおじさんが部屋に入ってきた。


「じゃぁちょっとお話を」


口調は軽いが、内容はそうでもないと思える。おじさんがそんな空気をまとっていたからだ。


「明日は一日のんこちゃんといろって話、思い出を残せってことだ」

「まぁ、そりゃわかる」

「今ののんこちゃんとの思い出をしっかりと胸に刻んでおけ」

「なんだよ・・・もう彼女と二度と会えないって感じじゃん」

「そうだ、会えない」


その言葉に一瞬背筋が冷たくなるような感じを受けた。まるでのんこが死んでしまうような感じの言葉に思えたからだ。俺はゴクリと大きく唾を飲み込んだ。


「どういう、意味だよ」

「深い意味はない。ただ、もう十歳の彼女に会えるのはもうこれで終わり。未来へ帰れば、二十歳の彼女しかいない」


そういう意味かと思い、ほっとしてコーヒーを飲んだ。どこか苦い感じがするが気のせいだろう。


「今、お前が見ている彼女と十年後の彼女は別人だ。純粋にお前を慕っているが、十年で人は変わる。十年後ののんこちゃんを俺も知らないしな。未来の俺は知ってそうだが、教えてくれなかった」


そう言うとおじさんもコーヒーを口に含んだ。


「だから、今の彼女を忘れるな。未来の彼女に絶望しようとも、この時代の彼女の想い出だけは、絶対に」


その言葉を噛み締めながら、俺は頷いた。


「彼女の中で、お前は思い出の人なだけ。変な期待はするなよ?」

「してねーよ」


いや、本当はしていた。けど、今の話を聞いてその期待は薄くなった。俺にとっては一瞬でも、のんこにとっては十年だ。十年は長い。人はそれだけあれば変わってしまうのだから。


「なら、今ののんこちゃんを大事にしてやれ」


おじさんはそう言うとコーヒーを飲み干した。俺も同じようにしてみせる。そして今日、泣いていたのんこを思い出した。笑ったのんこや怒ったのんこ、照れたのんこ。どれもすごく魅力的だ。十年後、彼女は絶対に美人になっているだろう。だからこそ期待していたが、確かにそうだ。所詮はひと夏の思い出の人物に過ぎない。未来から来た変な男がいた、その程度だろう。


『私が行ったほうが早いと思う。事故の場所も時間も分かるし』


昼間言ったのんこの言葉を思い出すが、その可能性が薄いと思えた。今日の滝も一人で来て、思い出に浸るだけになるだろう。そんな風に考えている俺を、少し悲しげな目で見ているおじさんには気づかなかった。


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