第17話
熱い風呂に入ると、体が焼けたことを実感する。だが、戻った世界は五月。たった一日でこうまで日焼けするって、日焼けサロンにでも行ったと思われるかもしれないな。事故の直後に日焼けサロンに行くヤツって馬鹿を通り越して変態だが。さっぱりして部屋に戻るとまたもおじさんが俺の携帯をいじってやがる。クーラーの利いた部屋で涼んでいると、おじさんがちらちらとこっちを見てくる。
「今日の画像が一番多いな、ロリコン」
「・・・勝手に見るな」
「まぁいい思い出だ」
「まぁね」
「データ見てて思ったんだが、お前、女っけなさすぎ」
うるさい。携帯で撮るような女なんかいませんし。彼女もいないしな。
「ほっとけ」
おじさんはますますニヤニヤしてやがる。反論できない自分が嫌いになった。
「明日は?」
「んんー・・・時間しか決めてないなぁ」
「救急セットがいるってことは・・・お前か彼女が怪我をするってこった」
そうだった。メモのことを忘れてたぜ。ということは、どっか危険な場所に行くことになるのか?でも分かっていてわざわざ行かないと思うが。
「ま、用心のためかもしれんがな」
「そうかも」
そう言って寝転ぶと、俺も疲れのせいかすぐに寝てしまった。そんな俺を見て苦笑するおじさんは携帯のデータをパソコンへと移す作業に入った。
「明日で五日目か・・・・残り三日・・・・未来で再会したときの言葉、考えておかないとなぁ」
そんな気の早い独り言など聞こえるはずもなく、俺は夕飯までの時間を爆睡したのだった。おじさんに起こされて夕飯を平らげた後もすぐに寝てしまった俺は物凄く健康的だ。こっちへ来てからやけに健康的な生活になってるな。おじさんは何やらごそごそしていたが、気が付けば朝でした。時計を見れば七時前。なんとう早寝早起き生活。健康的にもほどがあるぞ。やはり今日もおじさんの姿はなく、トイレに行ってしばらく呆けていると朝ご飯の支度ができたということで下へ降りる。やはりここでもおじさんの姿はなかった。ご飯を食べて部屋に戻ると、携帯もないことに気づく。そしてテーブルの上にある走り書きのメモにも気づいた。内容としては携帯を借りる旨と今日は夜まで帰らないことが書かれていた。何故昨日のうちに口頭でそれを伝えないのかと思うが、もうどうしようもない。地主のおじいさんの話によれば朝五時ぐらいに出かけたそうだ。その際に今日の弁当もお願いしてくれていたようで、おばあさんから手渡される。バイクがないため、早めに家を出て歩いて行けば、ほぼ九時ジャストにのんこの祖父の家に到着した。今日ののんこはジーンズに薄い緑のポロシャツ姿だ。
「おはようさん」
「三十秒の遅刻」
「・・・・・・・・・あっそ」
おもちゃの腕時計を見ながらそう言われ、もう何も言い返す気になれなかった。
「冗談だよ・・・今日はどうするの?」
「何も考えてない」
その言葉を聞くや否や、のんこは近くの山を指差した。そう遠くもなく、高くもない山だ。
「あそこに綺麗な滝があるの」
「ふぅん・・・・・でも今日は携帯がないからなぁ」
「残念だね」
「目に焼き付けておこう」
おじさんの部屋にあったリュックを拝借しているため、それを担ぎ直すとのんこに並んで歩き始める。山までは小一時間は掛かりそうだ。今日は少し雲が多いが、天気予報は晴れになっている。朝曇りだろう。おかげで少し涼しい。
「昨日は寝ちゃってゴメンなさい」
「いいさ」
「・・・うん」
気にしてたのね。こっちは気にもしなかったけど。けど素直ないい子だと思う。十年後もこの素直さを持っててほしいと思うけど、難しいんだろうな。同年代でも派手系の女が多いし、こういう将来美人になる子がチヤホヤされないはずもない。そう考えるとやはりこの時代の俺がこの子に会うべきだったと思える。そうすれば、毎年おじさんに付いてきて七夕現象のごとく遊べるのに。十歳の俺のあほ。
「今日は携帯は忘れたの?」
意外な質問に少し驚いた。
「うんにゃ、おじさんが持ってどっか行った」
「そうなんだ」
そんなこんなで会話を続けてると山の入り口に差し掛かった。雲が切れ始め、日の光が覗きつつある。今日も暑くなりそうだ。けれどさすが山道、ちょっと暗いぐらいで涼しいぞ。今日は靴を履いてきて正解だった。当たり前だがのんこも靴だ。言いだしっぺだもんな。
「滝って来たことあんの?」
「うん。去年、おじいちゃんと」
「そうか」
適当に相槌を打ちながらそんな会話をすること一時間、滝はまだですか?既に俺の汗が滝のようなのだが。
「滝って遠いの?」
「あと一時間半ほどかな」
「でぇ・・・・マジか」
がっくり肩を落としながら足を動かす。すると不意にのんこが口を開いた。
「二人の『のりこ』って、私に似てる?」
そう言われ、高杉典子と浅見紀子の顔を思い浮かべる。雰囲気的には美人の浅見が近いか。でも似てるかと言われてもよくわからない。あんまりマジマジ顔を見なかったからなぁ。無視されてイライラしてたし。まぁ、似てないということになるだろう。そう言えば面影が、って気にならなかったし。
「似てないと思うよ・・・でもなんで?」
「名前が同じだとどうなのかなって」
「いや、似ないだろ・・・」
どういう根拠だ。まぁ小学生だしな。けれどふと思う。もしかして、その二人のどちらかがのんこの成長した姿ではないのかと。ならば、浅見がそうだと思う。高杉は似てなさ過ぎる。体形も顔も。浅見が将来ののんこだと俄然やる気が出るが、ここで現実に立ち返る。浅見がのんこなら、なんで俺を無視するのか。タイムスリップする前とはいえ、少なからず俺を意識するはずだ。タイムスリップをするから、出会う前だからそっけない態度を取るのも分かるが、それにしても素っ気なさすぎる。多少は俺を意識してもいいはずだ。そう考えるとその線も立ち消えた。悲しい話だ。だって完全無視だし、普段からチラチラ見てくることもなかったしな。
「俺さ、十年後、帰ったらすぐに会いに行くよ」
「私が行ったほうが早いと思う。事故の場所も時間も分かるし」
「・・・・そうですね」
頭いいね、君。でも会う気になってくれて嬉しい。もしフリーだったならば、そのまま彼女にして高杉や浅見の前を通ってやる。見返してやるんだ。そんな邪な考えをめぐらせていると遠くに水の音が聞こえてくる。どうやら滝は近いようだ。二人の足も俄然速くなる。そして目の前が突然開けたかと思うと、目の前には小さいながらも横幅のある滝が姿を現した。水の色も綺麗だ。完全に水色というべき色をしている。何故今日に限って携帯がないのか。おじさんの馬鹿野郎。
「綺麗だなぁ」
「でしょー?」
満面の笑みののんこに促され、滝に近づいてみる。2、3人のハイキングをしている人もいて、隠れた名所になっているように思えた。滝つぼには大きな魚も見える中、滝を見上げた。陽光に照らされた幻想的な風景に息を呑む。
「未来に帰ったら、また来るよ」
「暇だったら一緒に来てあげる」
小学生の台詞とは思えません。でもお願いしたい。
「その際はよろしく」
俺の言葉にのんこは小さく笑った。こういう大人びたところに毎度毎度ドキッとさせられる。そのまましばらく滝を眺めた後、近くの木陰でお弁当を食べることに。マイナスイオン全開のここで食べるご飯は何と健康的なことでしょう。疲れもあるが、それ以上に感動した。
「明日は、違う川に行きたい」
急にそう言われ、口に入れかけたおにぎりを戻す。
「明日でおしまいでしょ?」
「あー、そっか」
明日は六日目。明後日の最終日は帰る事になっている。そして例のメモには明日は昼も夜ものんこと一緒にいろと書いてあった。夜もってのが引っかかるが。
「んじゃ昼は川で・・・夜も一緒にどう?」
「え?」
「すいかとか食べたり、花火とかしたいね」
「うん」
のんこは笑っていた。本当に嬉しそうな笑顔をしている。正直に言って、俺は惚れたかもしれん。十歳の小学生を好きになった二十歳の変態。そうだよな、世の中なんでそんな変態がいるのかと思ってたけど、今分かった。けど、もちろん理性はあるし、そういう気にはならない。ただ、のんこという人柄に惚れたんだ。
「全は花火、持ってるの?」
「え?のんこは?」
「持ってない」
「最悪の場合、おじさんに買ってきてもらうよ」
俺の言葉に嬉しそうな顔をしてくれる。それが嬉しい。帰りたくなくなってくる気持ちが湧き上がるが、それは無理な話だ。未来で俺の死を嘆き悲しんでいる人がいる。それが未来ののんこかもしれない。そう思うとこの時代に留まることは出来ないのだ。自分のことを本気で悲しんでくれる人に会いたい、ただその気持ちが勝っている。そんなことを考えている俺をじっと見ているのんこに気づかなかった。




