第16話
昼までは泳ぎは控えて浸かる程度で済ます。水温が低いので、そうせざるを得なかった。昼飯を食べた後は暑さもあって水温も上がり、泳ぎやすくなっていた。またも大きな岩に掴まって水中を見る。心なしか魚は減っているようだ。すると右腕をとんとんと叩かれた。顔を上げると岩の上にしゃがみこんだのんこがいる。
「なに?」
「あの・・・・・・・その・・・・・おしっこ・・・・したい」
「ん?」
さすがに恥ずかしいのか顔を真っ赤にしつつもじもじとしている。思わずしゃがみこんでいるのんこの股間に目がいったが、俺は変態ではないのですぐに目を遠くの茂みに向けた。
「あそこの陰でしておいで」
「・・・・・・・・・・虫、いるかも」
「大丈夫っしょ?」
だがのんこは困った顔をしている。前回のトラウマかな。仕方なく岩によじ登り、のんこの手を引いて茂みへと向かった。
「ここで待ってるから」
茂みの向こうに虫がいないのを確認してからそう言ってやった。のんこも茂みを覗き込み、自分の目で確認する。だがそこから先へ進もうとはしない。
「どうした?早く」
「もうちょっと離れてて」
「あ、はぁ・・・」
「早く!」
「へーへー」
言われるままに少し離れた。
「そこにいて。来ないでよ・・・・写真もなし」
「撮るわきゃねーし!」
半笑いでそう言ったが、本当は泣きそうでした。俺を変態扱いかよ。のんこは何度も振り返りつつ茂みに消えた。そしてしばらくすると戻ってくる。
「おかえり」
「・・・・・ん」
目ぐらい合わせなさいと言いたい。
「音とか・・・・聞こえなかった?」
「音?」
「んー、もういい」
そう言うと川へと向かって行った。離れろって言ったのはそういうことか。女の子だねぇ。気が利かなくてごめんよ。
「全!おっきなトンボ!」
急なのんこの声に川を見れば、黒と黄色の縞模様の大きなトンボが飛んでいる。オニヤンマだな。俺も近づくが、川下へと行ってしまった。でもトンボは巡回コースがあるから、また戻ってくるだろう。
「捕まえてよ」
無理です。
「いやいや、網ないし」
「手で」
いやいや、無理ですって。ってか分かってて言ってるな。すんげーニヤけ面してるもん。そんなのんこに自分も尿意を感じたためにおしっこを告げてさっきとは違う茂みに向かった。心配そうにこっちを見てますが、さすがに同じ茂みに入るほど無神経ではありません。尿を放出して戻ってくるとのんこの姿がない。あわてて見渡すが、やはりいない。
「のんこ!」
思わず叫ぶ。返事がない。変な汗が全身を襲う。バシャバシャと膝まで川に入り、もう一度大きな声で叫んだ。
「のんこぉ!」
「なに?」
荷物の近くの大きな岩の陰から顔を出すのんこ。お前なぁ。
「びっくりさせんなよ・・・・心配したじゃねーか」
ほっとしてヘナヘナと川岸にへたりこんだ。そんな俺に近づくのんこが水筒を差し出してくれた。
「喉渇いたから」
「飲みすぎるとまたおしっこ行きたくなるぞ」
受け取りながら嫌味を言ってしまった。
「今度は川の中でするもん」
「それって道徳的にどうなんだ?」
その言葉にのんこは小さく笑った。どうやらこの数日で俺の扱いを理解してきたみたいだ。お茶を飲みながらそう思っていると、のんこが川下を指差した。
「あっち行きたい」
そのリクエストに答えるため、荷物を手に川下を目指す。五分ほど歩けば急な流れもある開けた場所にたどり着いた。奥は池のようになっているが、その前後は石と石で水の幅が狭いので流れが急だ。
「あそこは危ないぞ」
そこを指差して注意を促し、俺は適当な場所に荷物を置いた。のんこは分かってると答えて池のような場所へと向かった。俺もすぐに後を追う。一応事故がないように。のんこはすいすい泳ぎ、俺が後を追う。そんな俺から逃げるようにのんこが泳ぎ、俺がそれを追う。何度も俺を振り返るのんこ。そんなのんこと一定の距離を置いて追う俺。ってこれ、第三者が見たら美少女を追い回す変態ロリコンなんじゃないかな。そう思っているとのんこが近づいてきた。
「一緒に急流滑りしようよ」
「どうやって?」
「くっついて行けば危なくないと思う」
「むう・・・まぁな」
のんこに連れられる形で少し川上に戻り、岩の上に立った。ここからは急な流れになっていてそのままさっきの池みたいなたまり場に流れ込んでいる。俺は座り、その前にのんこを座らせた。天然のウォータースライダーだ。そのまま尻をずらすようにして流れに飲まれる。もみくちゃにされながらものんこの体を支え、そのままゆるやかな流れになるまで身を任せた。水面に顔を出すのも二人同時だ。のんこは笑っていた。それを見て俺も笑った。その後五回も堪能し、そろそろ帰る運びとなる。携帯の時間を見れば三時を回っていた。濡れた体を拭いているとちらちらと俺の方をのんこが見てくる。
「どうした?」
「着替えたい」
「ならそうしな」
「・・・・・・・・どこで?」
毎度毎度気が利かなくてごめんなさい。仕方なく見渡すが、ここは茂みもろくにない。あるのはのんこの体が隠れる程度の岩のみだ。
「あそこの岩陰に行けばいいよ。俺、背中向けてるから」
その言葉に岩と俺とを交互に見る。また嫌味を言われるのかと思いきや、意外なお言葉を頂戴した。
「近くにいてほしい」
「わかった。じゃぁ着替えさせてやる」
「それはいらない」
きっぱりとそう言いながらも笑っているところを見ると、やはり扱いに慣れてきたな。のんこは岩陰に隠れ、俺はその岩陰にもたれた。携帯の充電を確認すれば、まだ十分に余裕がある。そのまま今日撮った写真をメモリーカードに保存し、携帯を閉じた矢先、背後で人の気配がした。
「・・・・・着替えの写真、撮った?」
「・・・・・・・保存しただけ、今日の分を」
「・・・・うそ」
「シャッタ-のメロディ鳴らなかったろ?」
「音って消せるんじゃ?」
「消せないって・・・そういうのを防止するために」
「未来でも?」
「未来だと余計にね」
疑いの目を向けるのんこを促し、初めの川上に戻った。土手を上がり、バイクに荷物を積みこんでいく。ふとのんこを見ると大あくびをしていた。さっきまでの疑いの目はなんだったんだというぐらいにリラックスしているようだ。
「寝たら落ちるぞ?」
「んー・・・大丈夫」
いや、大丈夫じゃないな。そこで俺はのんこを前に座らせた。これならもし眠ってしまっても体がふらつくのを防止できるし、片手で支えることもできる。のんこはそれを渋ったが、無理やりそうさせるとおとなしくなった。ゆっくりとした調子でバイクを進めること三分、のんこが舟をこぎ始める。俺はのんこと体を密着させ、左腕の肘間接内側にのんこの頭を置くようにして支えつつ慎重に運転をした。木陰で一旦バイクを止め、のんこの寝顔を撮ることも忘れずに。行きの何倍もの時間をかけて帰ってきたこともあって、着いたのは四時半になっていた。のんこを起こし、荷物を持たせて立たせると俺もバイクを降りた。眠そうにしながらもお礼をしっかり言うのはのんこらしい。明日の予定も決めず、とりあえず朝九時にここでと告げ、のんこを家に帰す。手を振りながらもあくびをするのんこに苦笑しつつ、俺も家路についたのだった。




