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”のんこ”といた夏  作者: 夏みかん
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第11話

何の前振りもなく、大粒の雨が降ってきて葉っぱを揺らしていった。遠くで雷も鳴っているが、北の方向は明るいので夕立だろう。少し、と言っても一時間程度は降りそうな勢いだ。大きめの木の下に非難したけど、雷が落ちる危険性もある。かといってこの大雨の中では身動きが取れない。風も出てきていよいよ本格的に濡れ始めてきている。このままだと未来へ帰るために絶対壊してはいけない携帯もヤバイ。何か無いかなとポケットをまさぐれば、出てきたのはビニール袋だけ。


「何?」


のんこは袋を見て不思議そうにしている。既に髪の毛もTシャツも濡れている。


「あ、これって、おじさんがさぁ・・・」


そこまで言いかけた時、ひときわ大きな雷が鳴り響く。全身を通り抜けるような轟音にのんこが俺に抱きついてきた。それほど強烈な音だった。横殴りの雨がさらに俺たちの体を濡らす。バイクはすぐ横にあるから最悪びしょ濡れでも山を降りた方がいいのか、と考えていた時、奥の崖のところに小さいながらも深そうな穴が見えた。俺は抱きついて震えるのんこを気にしながらポケットにビニール袋をしまおうとしてハッとなった。これってもしかして、携帯が濡れないようにってことか。俺は濡れたズボンのポケットから携帯電話を取り出して袋に入れるとそれをくるみ、手に持ったままのんこを抱えるようにして崖へと走る。そびえ立つ崖の高さはそこそこで、ほぼ垂直だ。近づいてみると穴は人二人が座れる高さはあって、奥行きは三メートルほど。俺はのんこを奥にやりながら自分も身を屈めて穴へと入った。雨は少し入ってきているが濡れる程度ではない。奥の岩にもたれながら携帯の入った袋を置き、濡れてびしょびしょになったTシャツを脱ぐ。風邪をひくよりましだからな。シャツを絞って水を切り、足元に置いた。晴れてきたらすぐに乾くだろう。


「のんこも脱いだ方がいいよ、風邪ひくぞ。その方が寒くない」


蒸し暑さがある分、脱いだ方が温かい。だが、のんこは大きくブンブンと首を横に振った。まだ十歳とはいえ、さすがに恥ずかしいらしい。俺らの時代の十歳って、女子はこんなんだったかなぁと思うが、今は早熟だしな。でも十年前だと時代は俺の時と同じか、よくわからん。


「背中向けてるから、そうしな」


俺はのんこに背を向けて膝を抱えた。


「絶対見ないって、約束する」


まぁ、約束はしても裏切る狼はいる。濡れた髪をした半裸の美少女を前に、俺もいつ豹変するかわからん。でも、不思議なくらいにのんこに対してはそんな気は起こらない。まるで妹に接するような、そんな感じだ。


「絶対だよ?」

「あぁ、絶対だ」


俺はのんこを見ないでそう言う。しばらくした後、のんこがもぞもぞと動き始めた。濡れたTシャツを脇に置くのが見えた。


「背中くっつけろ。あったかいからさ」


前を見たままそう言ったら、のんこが動揺しているのが見なくてもわかった。しばらくの沈黙の後、のんこの小さな背中が俺の背中にそっとくっついてきた。お互いの体温が感じられ、少しの肌寒さが消えていく。外は少し明るさを取り戻し、雨と風も幾分か収まってきていた。時々鳴る雷にビクつくのんこを背中越しに感じながら、俺は気まずい雰囲気を掻き消そうと話題を探した。


「好きな男の子とか、いるのか?」


この状態でこれを聞くのはおかしいと思ったが、他に思いつかなかった。


「いない」


実に簡潔な答えだ。


「そっか。まぁ俺も女子をマジで好きになったのって五年生ぐらいだったっけかなぁ」

「友達にはいるよ、好きな子。でも、私は別にいない。男子の友達はいるけど」

「人それぞれ、ってことか」


当たり前だと自分でも思う。


「そっちは?」


逆に質問されて、少し困った。


「いないよ。好きな人も彼女も。まぁ女友達はいるけどな」

「どんな?」

「どんなって・・・一緒にボウリングとかカラオケとか行く感じ」

「ふーん」


どういう意味のふーんなんだか。まぁ一応納得したようだ。小さなため息をついた矢先、かなり強烈な稲光の後、轟音が空気を鳴らして穴の中までを振動させた。すぐ近くに雷が落ちた感じだ。地面が震えているのがわかった瞬間、背中から小さな手が伸びて俺の首に巻きついた。苦しいぐらいに締め付けられ、背中に体が密着したのを感じる。雷に驚いたのんこが俺の背中に抱きついたのだろう。よっぽど怖かったのか、くっついた背中越しに震えているのが分かる。十歳とはいえ女の子、既に男とは違う柔らかさが出始めていた。なんか妙に意識してしまったせいか、少しドキドキしている自分が恥ずかしい。相手は子供だというのに変に裸を想像してしまう自分を振り払おうと、顔も背中に埋めているのんこに声をかけた。


「大丈夫か?」


のんこは顔を埋めたまま上下に動かして返事する。前を見たままのんこの腕をぽんぽんと優しく叩き、深呼吸をした。ドキドキが収まり、元の自分に戻っていくのが分かる。のんこはその後五分ほどそのままの状態でいた。何度か雷が鳴って体をビクつかせてはいたけれど。外は随分明るくなり、雨は小雨となっていた。もう少しで止むだろう。そうしているとのんこの体が離れていく。俺はのんこを見ないようにTシャツと袋に入った携帯を持って穴の入り口まで這って行った。既に青空が広がっているのが木々の間からも確認できる。完全な夕立だろう。俺は携帯を袋から取り出し、それをじっと見つめた。やはり何者かが過去に飛んであの手紙を託したとしか思えない。今日袋を持っていなかったら携帯がびしょ濡れになって壊れていた可能性もある。普通ならこの程度で壊れたりはしないけど、なんせこれが未来へ帰るための必需品なんだから壊れたらおしまいだ。だからこその忠告だったんだろうけどな。だが、やはり謎ばかりが残るな。そうこうしていると雨は上がった。さっきまで静かだったセミがまたうるさく鳴き始めている。俺は穴を出て、ポツポツと落ちてくる雫を受けながらバイクに向かった。木が揺れる度に落ちてくる雫がうっとおしいが、まずはTシャツを乾かす場所を探す。俺は上半身裸でもいいが、のんこがいるからな。何気なしに振り返れば、濡れたTシャツを着たのんこが穴から這い出てくるのが見えた。俺は手を振って居場所を伝え、のんこが来るのを待った。半分乾いた状態のTシャツは薄くのんこの素肌を透けさせている。変にいやらしく見えてしまうその姿に相手は子供だと自分に言い聞かせ、のんこに意識させまいと努めた。


「暑くなってきたし、バイクで走ってればすぐ乾くと思うけど、寒くなったらまずいから歩いて行くかい?」

「時間かかるかも」

「どんくらい?」

「三十分かな」

「じゃぁ、服が乾くまでもう少し遊んでから行くか」

「うん」


のんこは元気にそう返事をし、俺も頷いた。


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