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”のんこ”といた夏  作者: 夏みかん
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第1話

今日もいつもと変わらぬ退屈極まりない一日だと、そう思っていた。高校までの成績は良かったものの、それなりの高校に入ったのが運のつきだったのか、いや、そうじゃないな、遊んだからだ。ろくに勉強もせず遊んだ結果、行けるはずの大学にも行けず、なんとかようやくな感じで合格したこの2流大学に通っている俺は狭間全はざまぜん。『ぜん』なんてけったいな名前の冴えないハタチの男だ。容姿もそれなり、成績もそれなりなホントに冴えないヤツです。だからと言っちゃおしまいだが、彼女なんてもう2年もいない。といっても2年前に付き合った女にも一ヶ月もたずにフラれたわけだが。まぁ当時は女の体にしか興味が無かったせいか、そっちに走ってしまった俺が悪かったんだけど。そんな俺が今日も冴えない日々を送っている。入学して約一年と一ヶ月、もちろんそれなりに友達はいるが、今日は俺のそばに一人もいない。なんせ今日はミスキャンパスを決める日。そう、この学校で一番の美人を決める大会の日だ、当然みんなそっちへ行ってしまった。俺はもう、興味もないね。そのミスキャンパスが俺の彼女になってくれるってんなら、喜んで投票して参加もしただろうけど。昼前からその大会があって、本来は授業が休みだったのだが遅刻寸前で飛び起きたせいであわてて来てしまった。そう、来てから休みと気づいたアホだよ。だからもう帰ることさ。今が一番盛り上がってるから誰がミスに選ばれたかだけ確認してね。


「圧倒的多数!やはりド本命!今年のミスキャンパスはぁぁ、浅見ぃ紀子ぉぉ!」


MCの言い回しがなんか腹立つが、歓声も凄まじくウザい。ド本命ってか、浅見以外の誰がいるっての。誰が見たって彼女が1番だろう、決めるまでもないし、わざわざ出しゃばってまで自分が美人だと周りに確認させる彼女もどうかと思う。自己顕示欲が強い女は嫌いだ。負け惜しみじゃなく。


「投票してくれた人には感謝しています。でも、嬉しいというより、恥ずかしいな」


可愛い声ってのも得だと思う。マイクを通して聞こえてくるその美声も容姿とマッチしているだけに。そう、俺の前から来るもう一人の『のりこ』を見てしみじみそう思う。


「よぉ」


わざとぶっきらぼうな挨拶をしたわけじゃない、これが俺のスタイルだ。


「あら、もう帰んの?」


野太い声はもうおばちゃんな感じだ。見た目もはっきり言ってぽっちゃりしているし、顔もまぁ、何と言うか、可愛いとは言えない。はっきり言って絶対にミスキャンパス候補にもなれない感じだ。今選ばれた今年のミスキャンパスと同じ『のりこ』でも、こっちは高杉典子だけど。


「別に用があって来たわけじゃないし」

「用も済んだんでしょ?彼女で決まりで」


チラッと俺の背後を見やる。真後ろは黒山の人だかりで見えないが浅見がいるステージだ。俺は軽く肩をすくめ、苦笑を漏らした。


「興味ない。というか、遅刻だとあわてて来たら、今日はコレだった」


正直にそう言う俺も、こいつを友達と認識しているからだ。入学当初から同じ学部ってのもあって、仲はいい。もちろん友達以上の関係にはならないと断言しておこう。が、とにかく、ウマが合うのは間違いない。


「どんくさいわねぇ・・・でもそのわりには手荷物なしとは、授業をナメてるわね」

「とっさに着替えてきたからな。脱ぎっぱなしのジーパンに財布が・・・」


ここで携帯を入れておいた後ろポケットをまさぐると、いつもは持っていない物体が手に当たる。それをポケットから出し、コレかと納得した。


「あんた緊急用の電池の充電器なんか持ち歩いてるの?」


取り出した黒いそれは携帯電話のバッテリーが切れても乾電池でそれを補えるものだった。

「いやぁ、なんか知らないけど、昨日送ってきたんだ、おじさんから。2、3日肌身離さず持ってろって手紙付きでね。んでそのままポケットに入れっぱなしだった」

「結果的に肌身離さずってわけね」

「そうだな」


あきれた笑いを含ませてそう言う高杉につられて俺も苦笑する。


「おじさんの言う、因果ってやつかな」

「あぁ、あんたのおじさんって有名な学者だっけ?」

「おう」


そう、おじさんは狭間弘はざまひろしという物理学者で日本有数の大学教授だ。物理学の他に時間や時空に関する研究をしていて、過去と現在がどうの未来がどうのと、年に数回会う度に言われている。でもお堅い人じゃなく、学者には思えない頭の柔らかさと寛大さ、そして軽さがある。なにせ去年、自分の研究室に通う教え子と電撃結婚したぐらいだ。年の差二十歳という夫婦。おばさんに当たる人と俺はわずか四歳しか変わらないってんだから驚きだ。真面目でお堅いサラリーマンのうちの親父とはえらい違いだよ。同じ兄弟でもこうまで違うのかと思い知らされた人物からの贈り物だ、何かしら意味があるのかも知れないけど、はっきりいって携帯のバッテリーがなくなるまで話す相手もいなければそこまで携帯をいじることもない。


「未来で使うのかもね」


自嘲気味にそう言うが、おじさんが時空のなんたらを研究していることを知らない高杉は怪訝な顔をしている。そりゃそうだと苦笑し、俺はそれをポケットにしまった。後ろでは相変わらずMCによる浅見へのインタビューが続いている。佳境に入って熱が入っている口調がイライラさせやがる。


「彼氏がいない上にこれじゃぁ、ますますモテるわね」


鼻でため息を漏らす高杉にそうだなとだけ答える。たしかにあの容姿で彼氏がいないのは不思議でならない。


「今まで付き合ったことがないって言ってたけどね」

「そういや仲良かったよな、浅見と」

「まぁね。学部違うけど、食堂とかで一緒になること多かったし」

「へー、そう」

「でも、好きな人はいそうな感じだったなぁ」

「ふぅん」


正直どうでもいいし、浅見に興味はない。まぁ本心を言えばあるのだが、彼女のようなタイプが俺を好きになることはない。現に何回か友達を通して顔を合わせたことはあるが、無視されたし。高望みはしないさ。


「ま、あんたもちゃんとすればいい男なんだから、頑張んなさい」


まるで息子にでも言うような言葉に苦笑すら出来ず、俺は肩をすくめて彼女に別れを告げた。遠ざかるマイク越しに聞こえる浅見の声、MCの声、そして歓声。心のどこかで嫉妬のような感情を覚えつつ、俺はキャンパスを後にした。しばらく歩いてポケットから取り出した緊急用の電池ボックスを眺めつつ信号を待つ。家から大学までは交通機関を使うことなく徒歩で通っている。二十分程度歩けばいい場所にワンルームマンションを借りたのが幸いだった。だが不幸な面もあって、大学の周囲ぐらいにしかコンビニもスーパーもなく、マンションの周囲は住宅地しかない。ちょっとコンビニまでと家を出ても十分以上も歩く必要があった。いつもなら大学を出てからまずスーパーやらコンビニに寄るのだが、今日は用がない。買い物は昨日済ませていたからだ。五月末の陽気はすでに夏を感じさせている。毎年毎年暑さが増しているのは地球温暖化のせいなのか、そう思いながら額の汗を拭いつつ住宅地に足を踏み入れる。車が対面でようやく通れるような場所が続くが、車は少なく自転車が多かった。歩きながらぼんやりと浅見のことを考える。肩までの髪は今時の子にしては珍しく、茶色がかっているが黒い方だ。大きめの可愛い目も特徴的だが、なによりスタイルが抜群だ。自分の彼女にすればそりゃ優越感に浸れるだろう。だが、それは夢だ。実際、彼女は俺を避けるようにしている。以前友人三人で彼女を含めた女三人と食事会という名目のコンパをしたが、彼女は俺とろくに目を合わさず、会話もほとんどしてくれなかった。照れ隠しとかそういうものではない、明らかに避けていた。友達でイケメンなやつには結構話しかけたりしてたくせに。その時、俺は現実を思い知らされた。所詮美人はイケメンを選ぶってな。だから浅見に興味は無い。負け惜しみや妬みかもしれないけど、俺にとってはそういう存在だ。そんなことをぼんやり考えているとそれなりの広さをもった十字路に差し掛かった。ここには信号もなく、くすんでしまったろくに機能していないミラーとアスファルトに記された『止まれ』表示があるのみで車は減速こそすれど止まることはまずない。歩行者が注意しなければならないふざけた場所だった。そう、いつもの俺なら一度止まって車の往来を確認しただろう。けれど今はぼんやりと考え事をしている真っ最中だ、そんなことをする余裕も気持ちもなかった。そのまま十字路に差し掛かった瞬間、誰かの叫び声で我に返った。


「あぶないっ!」


顔を声のした方に向けた時、目に飛び込んできたのは真正面から来る車と左側から来た車。挟みこまれる形で立ち尽くす自分の死を予感したが、体も思考も何も動くことはなかった。あ、死んだと、ただただ冷静な自分がいた。車と車が自分を挟んでぶつかり合う。急ブレーキの効き目もなく、俺は車に潰されて死んだ、そう思った。その瞬間、目の前が閃光に包まれ、雷に打たれたような衝撃が全身を揺さぶった。宙を舞うような、空を飛んでいるような感覚の中、俺の意識は急速に遠のき、そしてすぐにそれは戻った。まばゆい閃光に目をぎゅっと閉じていたが、どうやらそれもおさまったようでまぶしさはもう感じられない。どこにも痛みはなく、感覚はあった。死ぬというのはこんなものかと思いながら目を開いた。ぐしゃぐしゃに潰された自分の体を見るのは怖かったが、状況を掴みたいという欲求がそれに勝る。目の前に広がる田畑、少し遠くには緑豊かな山にやかましいセミの声。何もない田舎道の十字路には簡素な外灯が1本あるのみで、そこにあったはずの家並みも壁も、そして突っ込んで来た車も声を上げた人もいなかった。いや、正確には人はいる。自分を驚いた目で見ている女の子だ。白いワンピース風の服に短めのジーンズ、白いサンダルを履いた小学生と思える少女。大きめの瞳をさらに大きくして俺を見ているその目が印象的な美少女だった。


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