裁き
家に帰って暫くベッドで震え、満足に睡眠できていないリリーを起こしたのは、外の喧騒だった。
赤くなった目を擦って、外に出て通りかかる人に声をかける。
「あの、何かあったんですか……?」
「教会に忍び込んで皆の金を盗もうとした奴が、これから処刑されるんだってよ!」
不気味な高揚を帯びた声で早口に言って去っていった男を目で追い、リリーは背筋が凍るのを感じる。
魔構石と書類をポケットに突っ込んで駆け出し、人の波が向かう方へ。
教会の前、神父がいつもは『神の力』で人々に希望を与えていた場所に、2つの十字架が立っている。
木で組まれた十字架に、長身で白髪の青年と、小柄で銀髪の女の子が縛りつけられている。
その前で、神父が声を張り上げる。
「この者達は、昨晩、皆様が教会の為に寄進して下さっている寄付金を盗もうとした、不埒な悪党です」
──違う、彼らはお金なんて盗んでない。
「この国を憎み、皆様を絶望に落とさんとする、悪魔の徒です」
──違う、その2人は、この国のことを誰より考えてくれていた。あたしなんかよりずっと。
「ですが、私は彼らにも、人として最後の言葉を述べる権利を与えたいと考えています」
神父がアダムに目をやると、アダムは顔を上げ、リリーの方を真っ直ぐに見る。
あの冷たい目では無かった。
温かくて、優しい、包み込むような微笑。
昨夜アダムから受け取った魔構石を握り締める。
アダムが口を開く。
「『神の力』は、魔構石によるものです」
群衆がざわめき、好奇と猜疑の声が飛び交う。
その中に、神父の声が響く。
──皆、知ってるんだ、魔構石のこと。
「皆様、落ち着いて下さい。彼の言うことを信用してはなりません。彼は既に、悪魔に取り憑かれています」
群衆の喚声は神父の熱を持った言葉に同調し、口を揃えて同じ言葉を放ち始める。
「殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ!」
人々の目は異様な光を含み、拳が高々と上がる。
狂気の喚声の中、神父の手にはめられた指輪が青い光を帯びる。
「神の裁きを」
「待って!!!」
リリーの無意識が、喉を震わせる。
あれだけ叫んでいた群衆の声はピタリと止み、神父がリリーに声をかける。
「リリー、どうしたんだい。彼らは君の寄付金を……」
「違う!! アダム達はお金なんか盗ってない!!」
再び始まった群衆のざわめきは、嘲笑を孕んでいる。
全員の目がリリーに向く中、リリーは近くに立っている男性から、恐らく農作業に使っていたのであろう鎌を取り上げ、自分の腕に当てる。
「『神の力』……ううん、魔構石の力を見せてあげる」
鎌を肌に沿わせて引き、皮膚を切る。
腕からは血が流れ、痛みで熱を帯びる。
「お願い……!」
鎌を捨て、魔構石を傷に当てる。
一心で腕が治ることを願う。
願う、願う、願う、願う、願う、願う、願う。
群衆が呆れた顔を見せた直後、石が白い光を放ち始める。
確かに切れていた皮膚は、光を浴びて塞がっていく。
「ほらね。『神の力』は、誰にだって使える」
群衆の声が驚愕に染まる。
リリーは畳み掛けるようにポケットから書類を取り出し、声を張り上げる。
「これが魔構石取り引きの証拠!! 神父様の名前もハッキリ書いてある!!」
確固たる疑いの目が向けられ、神父は狼狽える。
狼狽えてしまう。
ここで冷静でいれば事態は変わったのかもしれない。
だが、神父は表情を崩し、冷静さを欠いた。
「あ、あの女を殺せ!! 悪魔の手先だ!!」
神父の怒号と共に、教会の中からローブを着た男達が出てくる。
彼らは既に武器を抜いており、リリーの命を奪おうと群衆を押し除けて走る。
「シャル、リリーを守るんだ」
「ん」
シャルルが少し身じろぎをするだけで縄はほどけ、体が自由になる。
シャルルは瞬く内にリリーの前まで到り、襲い来る男達を薙ぎ倒す。
「くそっ! 貴様だけでも……!」
「ーーっ! シャルルちゃん、アダムが!」
「動かないで。守れない」
神父が手を向けると、氷の槍がアダムの胸に突き刺さる。
群衆の混乱は絶頂を極め、神父やローブの男達から逃れようと散り散りになる。
神父はアダムの胸から大量の血が溢れるのを見て、嘲笑して教会に戻っていく。
「アダ、ム…………」
男達がシャルルに蹂躙され、全員が地面に力無く転がる中、リリーが膝から崩れ落ちる。
「大丈夫」
シャルルが男達のナイフを蹴り上げて手に取り、流れるような動作で投げアダムを縛っていた縄を切る。
空中でアダムが体勢を整え、しっかりと足から着地する。
腹に刺さった氷の槍を引き抜いて捨てるアダムが、悠然と歩いて来る。
「……へ?」
「驚かせてすまない」
胸の傷が一瞬白い炎に包まれ、白炎が消えると傷は綺麗に無くなっている。アダムの笑顔は柔らかなものだった。
アダムがリリーの頭に手を置く。
「よく頑張ってくれたね。これで、レオも安心だろう」
「アダム、生きて……」
「シャル、リリーを家に送り届けて」
「分かった」
「へっ? あ、ちょっと!」
リリーの手を引き、シャルルが走り出す。
それを見届け、アダムは教会の方に振り返る。
「さて、僕も神の恩恵に預かろう」
※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※※
「はあ、はあ…………クソッ! あのガキ!! 散々面倒見てやったのに仇で返しやがって……!」
神父は魔構石と、金庫の中の金をかき集めながら独りごちる。
粗末な袋に魔構石と金を積め終え、部屋の外に出ようとした神父は、扉の前に立つ人物を見て呼吸を忘れる。
「き、貴様……何故…………」
「先程は素敵な氷彫刻をありがとうございました」
アダムが生きていることに一瞬慌てるが、すぐに不敵な笑みを取り戻す神父。
「はっ! 運の良い奴だ。当たり所が良かったか。だが……次は外さん!!」
神父のはめた指輪の1つが青く輝き、再び氷の槍を生み出す。
槍は勢い良くアダムに向かって飛ぶが、アダムは避ける素振りを見せない。
氷の槍はアダムの頭に突き刺さり、アダムの顔を凍りつかせる。
「無様だな。避けもせんとは…………な、に……?」
槍を頭に受けた筈のアダムは、倒れること無くその足で立っている。
氷の槍を手で抜くと、頭にぽっかりと穴が残る。
「やはり、魔構石を指輪に加工していたんですね」
穴から白炎が吹き出して傷を癒し、アダムは真っ白な髪を掻き上げる。
神父は後ずさり、壁まで追い詰められる。
「そ、そうか、さっきの銀髪のガキ、それにその頭……貴様等……『白銀』か」
アダムが無言で神父に近づく。
「ははは……裏では有名人だぞ……悪党を各地で殺して回ってる、2人組だと…………」
アダムが歩み寄る間も、神父は大声で語り続ける。
「特に、白い青年……貴様は、格別らしいな…………くはははははは!! 何が悪魔だ! そんな、チンケなもんじゃない……」
「神父様、神は、僕のような人間にも恵みを与えて下さるようですね」
微笑するアダムを見て、引き吊った笑顔を作る神父。
不細工な笑みを浮かべたまま、吐き捨てる。
「貴様は、怪物だよ」
「貴方なら、殺しても咎められない」
アダムの手が神父の胸に突き刺さり、心臓を引きずり出す。
管で繋がったままの心臓が脈打つのを、神父が見つめる。
アダムが、拍動する心臓を、1口かじる。
中から血液が大量に溢れ、床を赤黒く染める。
まだピクピクと僅かに動く残りの心臓を口に入れ、管を噛み千切り分断する。
神父は咀嚼を終えたアダムを見届け、うつ伏せに倒れ血溜まりに沈む。
ほんの少し黒さを取り戻した前髪を見て、アダムが呟く。
「やはり、1人ではこんなものかな」
少し不満気に部屋を後にするアダム。
「待ちなさい」
アダムが素早く振り返り、身構える。
倒れた筈の神父の体が持ち上がり、背筋を正す。
「神父……ではないな。誰だ?」
「お前達人間に合わせて言うのであれば」
再び開いた神父の目はぼんやりと光り、アダムを凝視する。
「天使。お前を裁く者です」
皆様こんにちは。キノの旅のアニメが始まると聞いて大歓喜中の小夜寝草多と申します。
オルフェンズがもう少しで終わってしまうと思うとショックでならない今日この頃。岡田さんはマジで鬼脚本やで……。
本連載で事前に組む脚本、いわゆるプロットというやつがいかに大切か、身を以て実感しました。プロットと本文執筆で書く楽しみが2度あるってのも素晴らしいですね。
ここまで読んで下さりありがとうございます。これからもよろしくお願い致します。