神の力
リリーの後に続いて辿り着いた教会は、町並みの中で一際大きく目立っていた。
教会の前には人だかりができ、1人の初老の男性と、膝を擦りむいた少女を囲んでいた。
「見てて、本当に凄いから」
リリーが得意気に指差すその光景を、固い表情で見守るアダム。
神父と思われる男性が少女の膝に手をかざすと、白い光がその手から溢れ出す。光は少女の膝を優しく照らし、ものの数秒後、怪我は綺麗に無くなっていた。
「こんなことが……」
「ね? 前は戦争で腕を失った騎士の腕を元に戻した、とか聞いてるよ。行こ!」
リリーが小走りで神父の前に向かうのに続いて歩き、群衆の中心に立つ。
「神父様、こんにちは!」
「こんにちは、リリー。そちらのお2人は?」
神父がアダム達の方を見るのに合わせ、アダムが軽く会釈する。
シャルルは微動だにせず、無表情で神父を見ている。
「アダムとシャルルちゃん! 旅の途中でこの国に寄ったみたいで、神父様にお祈りしてもらおうと思って連れて来たんです」
「そうですか。ようこそ。ここはあまり大きな国ではないですが、とても良い国ですよ。お2人はご兄妹ですか?」
「そうですね。シャルは、妹のようなものです」
話しながらアダムが確認するが、神父にエルフの特徴は見られない。詠唱も無かったように感じた。『神の力』は魔法ではないという可能性が高い。
アダムの目は、神父の指に嵌められた指輪に集中する。
猜疑心を拭えないままでいるアダムの耳に、群衆の声に混じって悲痛な声が聞こえる。
「神父様、どうか、どうかお救い下さい……」
神父も気がついたらしく、群衆の中から出て来た年老いた女性に近づく。
縋りつく女性の手を取って、柔和に話しかける。
「どうされました」
「孫が病に……どうかお救い下さい、お願いします」
「……神は、万人を見て下さっています。ですが、信仰の無い者に手を差し伸べては下さいません」
「毎日の礼拝は欠かしたことはありません、貧しいもので、お供えはできていませんが……」
「申し訳ない、それでは神は力を振るわれない。さあリリー、行こう」
神父が女性の手を放し、教会の中に戻ろうとする。
泣き崩れる女性を見て苦しそうに顔を歪めるリリー。
その様子を見ていたシャルルが、静かに、しかしよく通る澄んだ声を神父に放つ。
「どうして?」
「シャルルちゃん……」
リリーがシャルルを1度止めようとするが、神父が振り返ったのをみて動きを止める。
神父はシャルルの前で身を屈め、目線を合わせる。
「何がだい?」
「助けてって言っているのに、どうして助けてあげないの? あなたには凄い力があるんでしょう?」
その言葉を聞いて、神父はシャルルの肩に手を置いて言う。
「神様は、信仰を積まない人には助けを与えてくれないんだ」
「お祈りはしているのに?」
「目に見える形の方が、神様だって分かりやすいだろう?」
納得がいかない様子のシャルルに、ゆっくりと言い聞かせるように語る神父。
尚も食い下がろうとするシャルルをアダムが引き寄せて、神父に詫びる。
「申し訳ありません。まだ子供なものですから」
「子供じゃない」
シャルルがムッとした顔で頬を膨らませる。
「お気になさらないで下さい。こうして咎めてくれる方がいるから、私も信仰心を忘れないでいられるのです。ありがとう、シャルルちゃん」
「……突然で申し訳ないのですが」
シャルルの両肩を掴み体の前で固定しながら、少し低い声でアダムが尋ねる。
「『魔構石』という物をご存じですか?」
「…………いえ、存じ上げませんね。それでは私はこれで失礼します。お2人の旅に、幸多からんことを」
胸の前で手を組み合わせて祈りを捧げた後、神父は教会の中に入る。
頬を膨らませるシャルルの頭を撫でながら、アダムがリリーに問う。
「『神の力』を受けるには、何かを教会に呈する必要があるのかい?」
「まあね…………でも、お金は神事とか、教会の運営に充てられてるって話だから、仕方ない、とは思うよ。あたしも、レオの足を治して貰うのに、教会にお金を払ってる」
「払ってる……? 継続して支払っているのか?」
「ま、まあね……でも、『神の力』を受けるのも大変だよ。中々必要な金額にならないや」
何でもないように振る舞うが、明らかに肩を落とすリリー。
アダムが押し黙ったのに気が付き、リリーが慌てて大声を出す。
「ご、ごめんごめん! 空気悪くしちゃった! それじゃ、あたしは神父様のお手伝いしてくるから、好きに国の中見て回ってて! 日が暮れる頃には家に帰るから!」
手を振って走り去るリリーを見送り、アダムとシャルルの2人は顔を見合わせる。
「行こうか」
「子供じゃないのに」
「分かった分かった」
※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※※
公園や広場で大道芸をやっているのを見て、市場に立ち寄り棒つきの飴を買った2人は、リリーの家に戻る為に市場を折り返していた。
日も傾き人通りが少なくなってきた市場を、飴をくわえて歩くシャルルと、それを横目で見て微笑むアダム。
「しかし、血液以外では栄養補給はできないのに、相変わらず甘い物は好きだね」
「んむ」
飴を口に入れたまま、シャルルが呟く。
「ふぁえふ……」
「口に物を入れながら喋らない」
「ん…………アダム、気付いてる?」
「ああ。つけられてるね」
2人から一定の距離を保ち、数人の人間が追跡しているのが見える。
腰にナイフのホルダーがぶら下がっているところを見ると、穏やかな雰囲気ではない。
「ここじゃ迷惑になる。路地に入ろう」
「ん」
シャルルが再び飴を口に入れ、アダムの後に続く。
細い路地に入り、少し開けた場所に出て立ち止まる。
追って来たのは5人。
全員がローブを纏い、フードを目深に被っているため顔は見えない。
顔が見えないため断定はできないが、体格から察するに全員男だろう。
ローブは脱がずに各々ナイフを取り出し、構える。
「シャル、下がって」
「戦える」
「飴を落としたら嫌だろう?」
「…………下がってる」
飴を頬張ったシャルルがアダムの後ろに下がり、アダムが少し腰を落とす。
男達が一斉にアダムに襲いかかり、ナイフを突き立てる。
「おっと、目的は捕獲じゃないのか」
男達のナイフを振る手に迷いは無く、生け捕りではなく殺すのが目的だと察する。
大振りの男達に対して、僅かな体重移動で刃を免れるアダム。
刺突を繰り出した男の腕を受け流し背中を軽く押してやる。体勢を崩した男の後頭部に蹴りを入れると、男は勢い良く壁に顔をぶつけ、目を回して昏倒する。
「やり過ぎたかな」
「死ね……!」
ナイフを降り下ろす次の男の懐に入り、肘打ちで気絶させる。
続く男達も、アダムに1撃すら与えられずに地面に倒れ、呻き声すら上げない。
最後の1人の意識は残し、胸ぐらを掴んで壁に押し付けるアダム。
「話を聞かせてもらおう」
「ぐっ……!」
「手ぇ上げろぉ!!」
最初に倒した男が、鼻血を垂らしながらシャルルにナイフを向けている。
姿勢を変えないアダムに、鼻血男が裏返った声で怒鳴る。
「手ぇ上げろっつってんだよ!!」
「大人しく寝ていた方が良かったろうに」
「うるっせんだよ!! 早く手ぇ上げろ!! こいつ殺すぞぉ!!」
唾を飛ばして叫ぶ男に向かって、アダムが申し訳なさそうに言う。
「そっちの方が、僕よりずっと強いんだ」
「え?」
飴を口に入れたままのシャルルが、ナイフを持った男の手を掴んで軽く捻る。
パキッと何とも小気味の良い音が響き、男の手首があらぬ方向に曲がった。
「いでぇええあああああああああああああああ!!」
「だから言っただろう」
アダムが捕らえていた男を気絶させ、地面をのたうち回る男に近づき、折れた手首を踏みつける。
「おああああああああああああああああ!!?」
「さて、君達の雇い主は誰かな?」
「ああああああああああああああああ!!」
「うるふぁい」
「おぶっ」
シャルルが顔を軽く叩くと、男は涙目になりつつも絶叫を止める。アダムが男の前で屈んでもう1度、ゆっくりとした口調で尋ねた。
「君の、雇い主は、誰だ?」
「…………」
「シャル、彼の爪を……」
「分かった! 分かったから勘弁してくれ!!」
男が涙と鼻血をぼろぼろと溢しながらアダムの言葉を遮り、呼吸を整えて答える。
「…………神父様だ」
皆様こんにちは。小夜寝草多と申します。
実は僕も甘いものが大好きで、暇さえあれば甘味を口に運ぶ生活を送っています。流石に最近体が心配したなってきたので控えようかなと思うのですが、やめられないとまらない。
シャルルの糖分管理はきっとアダムがしているんでしょう。
ここまで読んで下さりありがとうございます。これからもよろしくお願い致します。