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救出劇

 ダリーの話によれば、捕らえられた子供達は厩舎にある馬車の中にいるらしい。

 ドラグの怪力を警戒し、手枷と足枷に加え檻まで用意してあるという言葉を聞き、檻の鍵を拝借したのだ。

 なるべく音を立てないようにゆっくりと移動して、厩舎に辿り着く。


「……アダム」


「ん? なんだい」


 声を潜め、シャルルがアダムに恐る恐る話しかける。


「さっき、ぶってごめん」


「いいよ。話さなかった僕にも非がある」


 夜目が利くシャルルは、自分が叩いたアダムの頬の色がまだ変わっているのを見て俯く。

 そんなシャルルの頭を撫で、アダムが鍵を差し出す。


「こうも真っ暗だと、僕じゃ何もできないな。ほら、しっかりして。鍵は頼んだよ、シャル」


「分かった」


 鍵を手に取ったシャルルが中に入るのを見届け、アダムは厩舎の外を見張る。

 真っ暗な厩舎を迷い無く進むシャルルは、馬車の中にある積み荷の近くまで行き、被さっている布を剥ぐ。


「ひぃっ! もうやめて、お願いします、お願いします、お願いします……」


 今朝のドラグの少年が、目を固く閉じて震え出す。彼の悲痛な声を縫って、シャルルの澄んだ声が響く。


「静かに。私はあなた達を助けに来た」


「助け、に……?」


 シャルルが少年の手を優しく握り、なるべく穏やかに語りかける。


「ここにいる皆だけ?」


「いや、中に、俺の妹が…………」


「シャル、ダリーの部屋の灯りが点いた。急ごう」


 アダムの言葉を聞いて、シャルルはもう1度少年の方に向き直る。


「あなたの妹は私が連れて来る。ここで……」


「俺も行く!」


「ダメ。あなたは怪我をしてる」


「たった1人の家族なんだ……あいつ、きっと怯えてる。お願いだ」


 暗闇の中、少年の目は確かにシャルルの目を捉えて訴えかける。

 ほんの少しの思考の後、シャルルが語気を強めて言う。


「絶対にアダムから離れないで」


「! 分かった」


 シャルルが少年の手を引いて出てきたのを見て、アダムの目が見開かれる。


「君は……」


「アダム、彼を」


「……仕方ないな。で、どうするんだい?」


「彼の妹が、建物の中にいる」

 

 ダリーの部屋がにわかに騒がしくなってきた。鍵が無くなったことに気がついたのだろう。

 アダム達が厩舎を出る前に、厩舎の中が明るく照らされる。


「あ、アダムさん!? アンタ、一体何を……」


 狼狽するダリーに、アダムは軽い調子で答えを述べる。


「先程は楽しいお話をどうも」


「どうしてドラグのガキが…………! 騙したなぁ……この俺を! 騙したなあああああぁ!!」



「騙すも何も、僕は『興味がある』と言っただけです。それに、大人は汚いものですから」



 爽やかな笑顔を見せるアダムに、顔を真っ赤にして怒り狂うダリー。


「くんぬおおおおおおおおおお!! お前等! あの2人を八つ裂きにして、灰も残らないように焼いちまええええええええええ!!」


 声を割りながら絶叫するダリー。

 シャルルがアダムの方を振り返ると、アダムは笑顔のまま答える。



「いいよ。好きなだけ」



 広げられたアダムの腕の中にシャルルが飛び込み、アダムの首筋に思い切り噛みつく。

 ゴクン、ゴクンとシャルルの喉が鳴り、数秒後、アダムが地面に倒れる。


 口元を手で拭ったシャルルの目が、ダリー達の持つランタンの光を反射して紅蓮に光る。

 男達には、シャルルが消えたように見えただろう。

 何の音も無く1人の人間が姿を消し、ドラグの少年の目前まで迫っていた巨体の男が、重厚な音を立てて倒れる。


「……は? 体、動か、ね…………い、ぇああああああああああああああああ!?」


 腕をバタバタと振って前に進もうとした男は、自分の両脚が奇妙な方向にねじ曲がっているのを見る。視界に捉えてようやく痛みを感じたのだろう。叫び声は、遅れてやってきた。

 その様子を見て、後続の男達が後ずさる。


「な、なんで……」


「え? う、うわ」


 叫び声を上げる前に男の膝がひしゃげ、仰向けに転がる。

 増援が駆けつけるが、厩舎に顔を出した端から体の一部が音を立てて歪み、地面に倒れることとなる。

 夜の暗闇も手伝って、男達は状況を飲み込めないままに攻撃を受け、動けなくなる。

 目の前で起こっているあまりに鮮やかな蹂躙を見て、ドラグの少年は呟いた。


「一体、何が起こって……」



「ヴァンパイアは、吸収した魔力を一切の無駄無く身体能力へと変換できる。シャルは、ヴァンパイアなんだ」



 仰向けに倒れたまま、アダムが少年の問いに答える。


「ヴァンパイア、って……70年前に、絶滅したんじゃ……」


「ヒューマンの迫害によってね。シャルは、運良く……と言っていいのか、生き残った。迫害を受け、謂れの無い暴力を受け、それでも彼女は生きた」


 180センチを優に超える長身と、格闘家かと思われる程の厚い筋肉を持つ大人が、子供のように慌て、喚きながら逃げ惑っていた。

 彼らを沈める少女の顔は無表情ながらも怒りに満ち、その腕は容赦無く振るわれる。

 シャルルが腕を動かせば筋肉が切れ、関節は砕け、骨が折れる。



「ヴァンパイアに生まれてしまった。シャルはそれだけで、長い間苦しめられていた。きっと、君達のことを放っておけなかったんだろうね」



 アダムが、シャルルの戦う理由を告げる。

 気がつけばもう、動いている男はダリー1人になっていた。


「あ、ああ……」


「あの子達に、何か言うことは無い?」


 痛みに呻き声を上げる男達の中、へたりこむダリーの前に立ち、シャルルは静かに尋ねる。


「い、幾ら欲しい……」


「…………」


「い、今は、あんまり手持ちが…………! そうだ! アンタ等、雇ってやる! そんで、利益の3割はアンタ等に……」


「……言うことはそれだけ?」


「分かった! 分かったよ! 4割だ! これでいいだろ!? な!? 俺ぁ、俺ぁまだこの商売終わる訳にゃいかねぇんだ! 頼むよ……」


 大人げも無く涙を流すダリーの目の前に、シャルルの手が差し出される。

 ダリーの顔が少し綻び、シャルルの顔を見上げる。


「へ、へへ……じゃあこれで、交渉成立…………」



「あなたの声は、とても耳障り」



 シャルルが腕を横に一閃、ダリーの顎を捉えて真っ直ぐに振る。

 ぐらりと揺れたダリーの目は、暫く目を動かしてアダムとシャルルを交互に眺める。



「まさか……白、銀…………?」



 その一言を最後に、ダリーは意識を失った。




※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※※




 捕らえられていたエルフとドラグの子供達は、ウィルム王国に行くことになった。

 ウィルムはヒューマン以外の種族にも寛容で、エリドバートなら悪いようにはしないだろうというアダムの考えによる決断だ。

 ダリー達は馬車の檻に押し込め、子供達が呼ぶ世界守護に確保されるのを待つ状態だ。


「ウィルムに着いたら、城か世界守護の駐在所を訪ねると良い。ここからウィルムは近いし、道中特に危険な獣もいないから」


「はい。……あの、ありがとうございました」


 アダムに深々と礼をする少年にシャルルが近づき、少年の手を取る。


「気をつけて」


「ぅあ、えと、その……はい…………」


 顔を真っ赤にして下を向く少年と、それを見て不思議そうな表情になるシャルルを、アダムがくすりと笑って見守る。

 シャルルは少年と別れる前に、1つ質問する。


「ヴァンパイアを、見たことはある?」


「ヴァンパイア…………見たことは……」


 その言葉を聞いて項垂れるシャルルに、少年は慌てたように言う。


「あ、でも! 前に俺達が連れて行かれた国で、変な噂を聞いた」


「変な、噂……?」


 こてんと小首を傾げるシャルルに少年はまた顔を赤くし、上擦った声で続きを話す。


「『神の力』を使う、神父様がいるって…………その人なら、何か知ってる、かも……ごめん、あんまり役に立てなくて……」


「ありがとう」


 柔和な笑顔を向けられて首まで真っ赤にする少年の手を放し、シャルルはアダムの隣に戻る。

 振り返ったシャルルの表情は、無表情に戻っていた。


「さよなら」


「……! また! またね!!」


 歩き出したアダムとシャルルに向かって、少年は叫ぶ。

 アダムが振り返って微笑むが、シャルルは振り返らない。

 シャルルの足取りは軽い。

 皆様こんにちは。小夜寝草多と申します。


 シャルル激おこです。実はドラグの男の子の名前も考えてたりしますが、その辺はまた別の機会に……。


 ここまで読んで下さりありがとうございます。これからもよろしくお願い致します。

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