表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/17

どうして

 サザンクロスが完全に消滅する頃には、太陽が1度沈み、再び昇っていた。


 アダムの体から黒は消え、残った黒は、大量の心臓を食したことで艶を取り戻した髪だけだ。

 シャルルはアダムの体が正常な色に戻ったのを見届けると、その後眠ってしまった。

 膝の上で眠るシャルルの頭を撫でるアダムに、レイチェルが水を渡す。


「お疲れさん」


「……ありがとう」


 掠れた声で礼を言い、水をゆっくりと飲み込む。冷たい水が乾いた喉に沁み、僅かに咳き込む。

 空いたグラスを受け取ったレイチェルが、軽い調子で喋る。


「その髪、どうなってんだ? 昨日は真っ白だったよな?」


「あぁ……心臓を、大量に食べたからね。寿命が延びた証拠だ」


 ふーん、と、事も無げに感嘆詞を漏らしてグラスを机に置くレイチェルに、アダムが呟くように尋ねる。


「怒って、いないのか」


「……何が」


「僕は100人の一般人を、殺した」


 机から離れ、再びアダムに近づいてその胸ぐらを掴むレイチェル。


「怒ってるよ。あんな方法しか思いつかなかったてめぇと、何もしてやれなかったわたしにな」


 獣……否、伝説の竜の如く鋭い歯を剥き出しにし、握った拳を震わせる。

 息を吐き出して手を放し、シャルルの傍に座ったレイチェルが、静かな声を出す。


「……これ以上の被害は出ない。サザンクロスに関しちゃあ、まあ、納得はしねえけど、それでいい」


 シャルルを眺めて、ほんの少し、分かるか分からないかぐらいの怒りを籠めて言う。


「シャルルは、お前を『殺す』間、ずっと辛そうだったぞ」


「……シャルは、人を殺めたことがない」


「だろうな。ありゃあ殺しの手つきじゃねえ。だったらなんで、アレをシャルルにやらせた」


「……臆病者なんだよ。僕は」


 なんとも情けない姿。細い声。

 小さな寝息を立てるシャルルの髪を優しく撫でて、1つ1つ確かめるように言葉を紡ぐ。


「シャルと出会って、一緒に過ごそうと決めた時、僕は、悪人の心臓しか手に掛けないと誓った」


 レイチェルは胡座をかき、黙って話を聞いている。


「他人の為に生きようと思ったのは、あの時が初めてだった。シャルの為に、普通に生きる人の為に生き永らえようと、そう思った」


 シャルルの小さな手を取り、両の手で包み込むアダム。やがてその手を放し、自分の手を眺める。


「信用してるんだ。僕を信じて、命まで預けてくれるシャルを。僕が命を預けるなら、シャルが良い」


 眠っている筈のシャルルが、アダムの手に触れて頬に引き寄せる。

 シャルルの頬に手を当て、弱々しく微笑むアダムを見て、レイチェルが立ち上がる。


「あーあー、わーったよ。んじゃ、わたしはもう行くわ。食いもんも適当に持ってきたから、ちゃんと食えよ」


「依頼はもう良いのか?」


「アダムが殺されて当然の奴じゃねえのは分かったし。それに、こいつを世界守護に突き出しゃ多少金も貰えんだろ」


 気を失った白衣の男を肩に担ぎ、レイチェルが出入り口に向かう。


「わたし達も色々国回ってるからさ。仲間も紹介してぇし。なんだ、その……」


 アダムに背を向けたまま頭を掻き、それまでのおどけた雰囲気を消して言う。



「次会うまで、頑張って、生きろよ」



 立ち去るレイチェルの後ろ姿を見えなくなるまで見送った後、アダムは穏やかな表情でシャルルの頭を撫でる。


「……生きろなんて言われたのは、君以外では初めてだ」


 アダムの手は、シャルルが目覚めるまで緩やかに動き続けた。




※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※※




 シャルルが目を覚まし、2人は国を出る為に町まで戻って来ていた。

 建物を幾つか過ぎ、随分と久しぶりに見た気がする高い壁が見える。


 アダム達の前に立つ、1人の男性。アダムは立ち止まらず、横を通り過ぎる時に一言だけ告げる。


「黒晶は消えましたよ、エドガーさん」


 去ろうとするアダムの肩を引いて振り向かせ、胸ぐらを掴むエドガー。


「どうして殺した!!!」


 エドガーは、泣いていた。大粒の涙を流し、アダムの首を締め上げて叫ぶ。


「どうしてフィリをあの時殺した!? どうして他の手を考えなかった!?」


 鬼気迫る形相。悲哀と憤怒を、余すことなくアダムにぶつける。



「どうしてお前は平気な顔をしてるんだ!!!」



「黙って」



 シャルルが、決して大きな声ではないのによく通る、鋭い声でエドガーに言い放つ。



「なんで、アダムが平気だなんて、思うの…………」



 自分の胸を押さえ、嗚咽混じりの声でエドガーに訴える。

 エドガーは、シャルルの瞳から目を逸らすことができなかった。紅い紅い、涙で潤んだ瞳。



「アダムはすごく苦しんだのに……悩んで、痛くて、辛くて、ずっと……どうして、あなたが、アダムを責めるの……? 何も見てない、何も知らない、何も、何もしてないあなたに……」



「シャル」


 アダムがシャルルの頭に手を置いて、静かに名前を呼んだ。

 暫く、シャルルの小さな泣き声だけが聞こえた。


「エドガーさん」


 唐突に名を呼ばれ、エドガーの肩が跳ねる。

 エドガーがシャルルから目を放し、アダムの顔に向ける。

 笑って、いる。


「キールは、どうしていますか」


「…………泣き疲れて、今は寝てる」


「生きているなら、良かったです」


 それだけ言って、シャルルの手を引いて歩き出すアダム。


 エドガーは悔いた。

 何をかは、自分にもよく分からなかった。

 ただ、アダムをこのまま立ち去らせたことを、どうしてか、ずっと、ずっと悔いていた。



 泣き続けるシャルルに、アダムが穏やかに話しかける。


「シャル」


「ひっく…………ひっ……」


「ありがとう。僕の言えないことを、代わりに言ってくれて」


「ぅえ……ひっ…………いい……アダムは、不器用、だから……」


「そうだね…………おいで、シャル」


 アダムがシャルルを抱きかかえ、シャルルがアダムの肩に顔を埋める。

 そのまま門を通り過ぎようとしたアダムを、門番が引き止める。


「おいちょっと待て! チェックを……」


「黒晶は消えた。感染者ももういない」


「何言って……」


「通してくれないか」


「チェックを……」



「通してくれ」



 アダムの目を見た門番が硬直する。ただ目が合っただけで、脳が警鐘を鳴らし、体が止まる。

 単純に脳が訴える、圧倒的な恐怖。

 固まる門番の横を通り抜け、悠然と歩くアダム。

 シャルルの涙は、2人分の水を流し切るまで止まらなかった。


 化け物と呼ばれ、何者に恨まれようとも、彼は人を救う。

 皆様こんにちは。小夜寝草多と申します。


 歴史上の人々が憧れた不老不死。タダで手に入るなんて誰が決めたんでしょう。きっとそんな凄いものは、それなりに値が張るんでしょう。

 ヒーローになるのも、単純な困難ばかりではないと思うのです。あの時悪と呼ばれた彼も、ヒーローになりたかったのかもしれません。


 『白き不死者は生き足掻く』を読んで下さり、本当にありがとうございました。

 これからも、小夜寝草多をよろしくお願い致します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ