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見つけた方法

 苦しそうに息を荒げ、時に痛みに喘ぐフィリの手を、キールが握りしめている。


「頑張れ、頑張れ、フィリ……!」


「アダムさん…………」


 2人を見ていることしかできないエドガーが、アダムのことを考える。

 アダムは黒晶の手がかりを探してくれているのだろうか。それとも、もう国を出てしまっただろうか。


 エドガーは、実はこの蝕まれた国を脱することができる。図書館の他にも書店の経営もうまくいっているため、国から出ていく金があるのだ。

 だが、この惨状から逃げ出す気にはなれなかった。

 自分にも、こうして苦しむ人をできるだけ看てやることはできる。

 たとえ黒晶に感染しても、それは自分以外の誰かの命を守ったと、そう言える。

 だから、感染することは怖くなかった。


「苦しむ人を見る方が、ずっと嫌だ……!」


 汗を拭うタオルを持って来ようと立ち上がったエドガーの前に、2人の人物が現れる。


「アダムさん……! シャルルちゃんも! 無事で良かった……」


 俯いたアダムの顔は、純白の髪で陰になってよく見えない。勝利や希望とは程遠い雰囲気の2人に言葉を失うエドガー。

 アダムがフィリのすぐ近くまで歩み寄り、口を開く。


「エドガーさん」


「は、はい」


「キールを連れて、部屋の外に出て下さい」


「…………え?」


 アダムがキールをベッドから離し、エドガーに預ける。

 何も理解できずにいるエドガーがアダムに尋ねる。


「……何か、分かったんですか……?」


「…………黒晶を、消す、方法が」


「! 本当ですか!? やった! やったなキール!!」


 涙を浮かべて喜ぶエドガーがキールの肩に手を置き、歓喜の声を上げる。


「…………本当に……? 本当に、フィリは……!」



「フィリは助けられない」



 キールの希望に満ちた声を、アダムが遮る。

 呼吸の止まったキールに代わり、エドガーが震える声で問う。


「……でも、今、黒晶を消す、って……」


「黒晶は消えます。ですが」


 アダムがそこで言葉を区切り、深呼吸する。

 ひどく長く感じられる沈黙を破り、アダムが告げる。



「感染者は、助からない」



 シャルルがエドガーとキールを扉の外に突き飛ばし、扉を閉める。

 2人が扉を開けようとするが、シャルルに押さえつけられている扉はびくともしない。

 扉を叩きながら、エドガーが叫ぶ。


「何を……何を言ってるんですか!? アダムさん、あなたは一体、何を……」


「痛みは、無いようにします」


「やめ、やめろ……やめろ! やめろ!! やめろよ!!」


 キールが絶叫し、扉を幾度と無く殴りつける。

 その震動はシャルルに伝わる。



「やめろ!! やめて……!! 頼むから! フィリを殺さないで!! 嫌だ!! 嫌だ!! やめろおおおおおおおおぉ!!!」



 震動は伝わっても、扉が開くことはない。

 シャルルは扉を押さえながら、下を向いて唇を噛みしめる。

 キールの悲痛な叫びを聞いて、アダムが小さく呟く。



「すまない」



「あ、ぁあぁああ、ぁあああああああああああああああああああああああああああ」



 アダムが、1人の少女の命を、終わらせた。

 その手で殺し、その直後、フィリの胸に手を刺し込む。

 キールの無意味な叫びの吹き荒ぶ中、生命の名残である拍動を残す心臓を引きずり出し、口に運ぶ。

 口に入れ、噛み、細かく砕き、飲み下す。

 咀嚼を終え、アダムが振り返る。


「シャル、次に行こう」


「…………アダム」


 口の端をフィリの血で濡らし、髪の色を僅かに黒く変えたアダムの顔を、ゆっくりと見上げるシャルル。



「あと、99人」



 アダムの表情に、感情は無かった。




※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※※




 教会。サザンクロスに蝕まれた人間の集う場所。

 ここにいるのは感染者のみだ。故に、誰も互いを忌み嫌ったり、憐れんだりしない。

 ただ静かに、死を待っている。

 痛みに喘ぐ人々の中、比較的感染して間も無い男が、教会の入り口に人を見つける。


「新入りか…………2人……あんな小さい子も……」


 その2人はつかつかと中に入り、1人の感染者に近づく。

 内1人、長身の青年が呟く。



「すまない」



 血飛沫が舞い、赤い水溜まりができる。

 青年は続けて殺した人間の胸に刺し入れる。

 感染者の男には、青年が臓物を引き抜いたように見えた。

 そして、彼はそれを口に入れ、食した。



「あと、98人」



 青年は男の方を向いて、近寄って来る。

 眼前まで迫った青年の顔は、とても冷たい表情をしていた。



「すまない」



 ブツッ。


 何かが切れる音がして、視界が揺れ、世界が回る。

 首の無い自分の体が目に入り、青年が自分の体から心臓の抜き取って食すのが見える。



「あと、97人」



 男の意識は、途絶えた。




※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※※




 黒晶──サザンクロスを生み出した男の隠れ家。

 男を監視するのはレイチェル1人。

 右腕を失った男の肩には布が巻かれ、簡単な止血が為されている。

 静寂を破り、アダムとシャルルが帰って来た。

 レイチェルが顔を上げ、アダムを見る。


「アダム…………!?」


 シャルルに手を引かれ、足を引きずって歩くアダムの体は。


「……ククッ、クハッ! ハハハハハハ!! 良い男になったじゃないか」


 真っ黒だった。皮膚も、眼球も、爪も、髪も。

 虚空を見つめ、ただ足を前に出している。

 シャルルがアダムに声をかけると、アダムがその場に倒れ込む。

 シャルルがうつ伏せだった体を仰向けに直し、アダムの手を握る。

 その姿を見て、目を輝かせる男が1人だけ。


「素晴らしい。どうやったのかは知らんが、サザンクロスを全て集めて来たらしい。精神がイカれる程の苦痛だろうなぁ。だが既に全身の肉が結晶化しかけていると見える。これではすぐにまたサザンクロスは世に放たれる」


 嬉しそうな男に向かって、朦朧とした意識の中アダムが話し始める。


「サザンクロス……は…………人間の、肉と……魔力を……食い……尽くす…………」


 ひどく弱々しく、しかし確固たる言い方に、男が眉をひそめる。


「だったら…………魔力の、無い肉を……与えたら……?」


「……魔力の補充ができず、サザンクロスは消滅するだろうな。だがそんなことは……」


「僕は、不死だ…………肉体を損壊させても……すぐ…………再生、する…………」


 この言葉を聞いて、男が目を剥いて立ち上がる。

 それをレイチェルが一瞬で押さえ込み、地面に固定する。


「貴様っ……! 貴様! 貴様ああああああああああああああああ!!!」


「シャル…………頼む、サザンクロスが、消えるまで……僕を…………」


 アダムの声を聞き、シャルルの肩が震える。

 一息置いて、アダムが言葉を落とす。


「殺し、続けろ…………」


 シャルルの脳裏に、記憶がフラッシュバックする。

 恐ろしくて、悲しくて、心が引き裂かれそうになる。

 震えるシャルルの体を見て、レイチェルが声を上げる。


「もういい! わたしが……!」



「やる」



 シャルルの、凛とした声が空間にこだます。

 自分の肩を抱いていた腕を解き、拳を開く。



「アダムを助けるのは、私、だから」


「…………ありがとう……」



 シャルルの腕が振るわれ、アダムの腕、脚、腹、胸が次々と潰される。

 結晶に近づき、より色濃く黒の出た部分を、端から潰していく。

 その度にアダムの顔が苦痛に歪み、口からは呻きが漏れる。

 潰れた体にはすぐ白炎がまとわりつき、傷が塞がり、肌色になる。だがその肌色は一瞬で黒く染まる。


「ふっ……! ふぅっ……! ふぅっ!!」


 シャルルが涙を流し、唇を噛み、呼吸を乱し、体を激しく震わせながら、アダムの体を潰し続ける。

 何度も、何度も、何度も、何度も。


 何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。


 白炎の先の黒が、消えて無くなるまで。

 皆様こんにちは。小夜寝草多と申します。


 最高潮であり終幕までの秒読み。次で最終話となります。

 辛いお話が続くと、何気ない会話であったり日常のやり取りであったりを書くのがとても楽しいです。

 ちなみに、本連載の脳内キャストは……アダムは中村さん、シャルルは安済さんでした。皆様はいかがだったでしょうか。


 ここまで読んで下さりありがとうございました。これからもよろしくお願い致します。

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