止まる疾駆
「はっ……はっ……」
微かに汗を流しながら、アダムが閑散とした町を駆ける。長年蓄積した知識と共に習得した魔力の操作で肉体を強化し、地面を抉りながら。
あの後、医師は黒晶やその周辺について事細かに語ってくれた。
彼の話では、調査に来た世界守護の人間は国の西側の森、東の渓谷の2ヶ所に行くと言って消息を絶ったらしい。
何か手がかりがあるとすればそこだろう。アダムは西側の森、シャルルは東の渓谷へと向かっている。各々、何も無ければもう片方に合流する算段である。
走る内に市街地を抜け、森が目に入る。
「…………!」
背後で風を切る音がして、身を屈めるアダム。
頭上を異様な速度で拳大の石が通り過ぎ、前方の木々を何本か貫いていく。
アダムが足を止め、後ろを振り返る。
市街地の石造りの地面でも、森の草原でもない、土と石の地面。
アダムが走り抜けてきた市街地を背景に1人、アダムの方を向いて佇んでいる。
「よお! お急ぎでどこ行くんだ!?」
体格、声質からして女性。口元には不敵な笑み。肩から先は褐色の肌が露出しており、彼女の最大の特徴を惜しむことなく晒している。
「ドラグか……」
アダムが小声で呟く。
目の前の女の腕は、紅い鱗に覆われていた。
鱗の片手は、女性にしては長身な彼女の背丈程もある大剣を軽々と持っている。
「何の用だ」
「簡単に言やあ兄ちゃんを殺しに来た。っても納得いかねえか」
緊張感の無い笑いを浮かべ、女が語る。
「依頼、ってやつだな」
「マーセナルか」
「お、正解! よく分かったな。もしかしてわたしのこと知ってんの?」
「悪いが、君個人のことは記憶に無い」
「なんだよー、結構有名人だと思ってたんだけどなー」
空いている左手で赤い髪を掻いて肩を落とす女を見て、アダムは思考を巡らす。
相手はドラグ。その身体能力は先程の投擲力から見てもアダムとは段違いだ。だが、魔力操作で移動速度を上げれば逃げらる可能性もある。
足に魔力を集中し、時を待つ。
ほんの一瞬、女が目を逸らした瞬間、アダムが地面を蹴って森に向かう。体を激しく風が打ち、筋肉が爆発的に伸縮する。
女の様子を確認するため、背後を横目で見る。
「つれねえなぁ、兄ちゃん」
振り向いた方向の逆側、右から女の声が聞こえる。
咄嗟に右腕で女の拳を受ける。たった1撃で腕の骨が悲鳴を上げ、アダムの体が吹き飛ぶ。
受け身も取れずに地面を転がるアダムに、女が声をかける。
「よく防げたな……今ので頭粉々にする予定だったんだけど」
「防いで骨折……ドラグの身体能力は伊達じゃないな」
アダムの右腕は白い炎を上げて元の形に戻り、見た目では分かりにくいが骨も繋がる。
それを見て女が顔をしかめる。
「うえぇ、なんだそれ!? ちょっとズルいだろ……」
「生まれつきこうなんだ。それより、誰の依頼で僕を狙う。いつからマーセナルは傭兵から殺し屋に?」
「傭兵でも殺し屋でもねーよ。時代が変わったってこった。今時マーセナルは何でも屋だ。皿洗いから国崩しまで報酬次第。紅蓮のレイチェル。機会と金がありゃ依頼してくれ」
冗談めかして笑う女──レイチェルに、アダムは表情を変えずに返答する。
「今から殺す相手だろう」
「ああそっか、機会はもう無いわ、悪い。んで依頼内容だっけか。まあ伏せろとも書いてなかったからいっか。手紙がきてさ。兄ちゃんの見た目の特徴とこの国の場所、兄ちゃんを殺してくれって内容。んで……」
暫く頭に左手を当てて少し考え込む素振りを見せ、やがて口を開く。
「依頼人の名前は無かったな。ただ文末に『神の御加護を』って」
──回りくどい手を使うものだ。
アダムの脳裏に、いつぞやの神父の姿が蘇る。あの様子では直接天使が出向くことは無いだろうとは思っていたが、マーセナルを利用するのは全くの想定外。
しかも厄介なことに、相手はドラグ。
真っ正面から相手していたのでは間違い無く逃れることは叶わない。
「何かの冗談かとは思ったが、前金は十分。依頼を完遂すりゃあもっと貰えるってんだから受けない手は無い。人殺しは気が引けるが、わたしの経験上……」
レイチェルは大剣を構え直し、金色の目を光らせる。
「殺しの依頼されるような奴は、殺されても仕方ねぇようなカスだ」
皆様こんにちは。小夜寝草多と申します。
強いキャラの登場や活躍というのは、たとえそれが敵でもわくわくするものだと思います。
今回登場のレイチェルは、変化球ではなく、直球の強キャラです。姉御肌のキャラクターは好きではありますが、レイチェルは姉御肌と言うよりは、男勝りと言った方が適当かと思われます。
ここまで読んで下さりありがとうございました。これからもよろしくお願い致します。




